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「荷車を引く土蜘蛛を買おうと思いまする」


 春うららかな雪解けの季節となり、兼ねてからの懸念が表面化しつつあった。輸送力の限界である。


 嵩張る肥料、発見されてからというもの日に日に出荷が増えていく炭木、迷宮で働くもの達の食料や生活用品。アケハ殿の酒、それらの輸送がとうとう滞るようになってきたのである。


 その為、迷宮前にある在庫置き場には山となった商品が積まれ、管理する山寝が悲鳴をあげ始めていた。だが、実際に品を捌いている村では迷宮から品が届くと同時に商人へと右から左へと流しているような状況であった。


 もはや、人力での輸送は現実的ではなくなってきていたのである。


「あわせて、道の整備も」


 迷宮と牛頭家の収める村を繋げる道とも言えない道は大凡20尺ほどの幅があり、道の両端を適当に踏み固めただけの簡素な物だ。


 雨や雪が降ればぬかるみ、乾燥した日であっても荷車が通れば土煙が上がり、歩くものが咳をしながら歩かねばならないような道だ。今までならばそれでも良かった。そもそもがそれほど使われないからである。


 だが、今や状況が変わった。商品が汚れにくく、荷車が通りやすいうえに、多くの者が通れる道が必要となったのだ。そして、どうせ道を作るのならばと、かねてより美歯が一つの提案をしていた。


 迷宮から牛頭家のある村、それにこの辺りでは賑わいのある八丁町まで繋がる一本の大きな道を作ってしまおうという案だ。道の管理に関しては、恩恵に預かるもの達で共同の管理組織を作り、道のための税の集金、手入れを行う事まで考えていた。


「人夫に関しても近隣の武家と話しをつけておりますので、後は姫様に決定したという手紙を書いて頂くだけでございます」


 共同の管理組合のトップに姫の名を連ねる事には触れず、姫が組織の結成の為に文を出したという既成事実を作らせるつもりの美歯であった。


「別に良いが……決まっとるのなら別に妾が手紙を書く必要なぞないのでは?」


 所々が妖魔の体液で染まった着物を、これまた雑に着こなした姫が、顔無の腕の肉をくり抜き、適当な大きさに切っただけの椅子とも言えぬ椅子に腰を下ろした。


 今や、町とも呼べるようになってきたこの迷宮前では、このような「あったら便利かもー!」という思いつきで雑に作られた椅子や机なぞがある程度規則的に置かれている。この適当な思いつきによる産物は雑ながらに役立った。

 

 美歯と姫の周りでも、この机と椅子を使い、ちゅーちゅー楽しそうに雑談しながらお昼ご飯を食べる鼠族達の姿が目立つ。


「姫から直接手紙を貰う、という事が大切なのです。迷宮で領民を働かせているのもあり、嫌でも姫の噂が耳に入るでしょうからな。姫から直接手紙を貰う事を名誉と思う者は多いのです」


 ぽりぽりと姫が角を掻いた。彼女は(妾はそんな立派な人間ではないのに、何故妾なぞをありがたたがる?)と不思議に思っていた。それに会った事もない相手をよく尊敬できるものじゃのとも思った。


「名誉というのは大事だ。自分たちが正しい側に付いて、間違わずに進んでいると思わせてくれる。いくさでもこれが勝敗を分ける」


 アケハが塩を振っただけの芋とうどんを机に置くと、慣れた様子で姫の隣に座った。姫も慣れた様子で芋をひょいっと盗み食いをする。


 それを見ても、アケハは何も言わずにうどんをすすった。もはや姫の摘み食いを諌めるのを諦めてしまったのである。


「これもお前が毎日率先してこの迷宮商売をやっていたからこそだ。商売が軌道に乗っている間はどんどんお前の名が上がっていくぞ」


「ゆーて、妾って言われた事をやっとるだけなんじゃがのー……名が上がるなら美歯とかじゃないのかえ?」


「それでは誰も付いてきませぬ。姫様だからこそ皆、自分に無いものを各々勝手に映し出し、付いて来るのです……というわけでございますから、明日は館の方で色々とやってもらいまするぞ。挨拶したいという武家もおりますので、そちらとの面談も」


「うへー、またあの面倒な服を着ねばならぬのか……」


 近頃では、姫との面談を求める者と会う際、今までのような乞食のような身なりではなく、黄色を基調とした高貴さを漂わせる身なりで会うようになっていた。

 着付けは月華が楽しげに、しかし確実に行い、立ち振舞は美歯から厳しく教えられているのもあり、この辺りに住む鼠族の貧乏侍はそれだけで感服するのである。


 どうせ、すぐに汚い姿で妖魔を狩っている様子が見られるのだが、こうしておくと幻滅される事なく、高貴な方が率先して働いてくださっていると思うのだから、鼠族は単純であった。


「今後、こういった事も増えてまいります。今のうちから慣れてくださいませ」


「別によいがのー……妾が館で対応しとると、月華とアケハ殿も一緒じゃろ? それではこっちの妖魔狩りや二層で働く木こり達の護衛が滞らんかのー」


 その言葉に、アケハがうどんを啜りながらも反応した。のどごしの良い、値段相応の味と量のうどんを嚥下すると、箸をカチカチと鳴らしながら「そっちの方だがな」と続ける。


「武家の者達であれば5人で顔無を狩れるようになった。茶々の幻影訓練が思ったより効いている」


「あー、なんか仕事終わりに顔無の幻影出して遊んどるなーって思っとったんじゃが、あれって練習用じゃったの?」


 鎌が復活したことで己のメンタルも復活した茶々は、迷宮商売に参加する事になった。その際、ハム助から顔無の特徴と動きを再現した幻影を出し、訓練に使えないかと頼まれたのだった。


 この訓練のお陰で武家の者達は複数人で時間をかけてではあるが顔無を狩れるようになり、元々精強であった公巣家の者達は二層での炭木刈りの護衛に専念出来るようになったのである。


「それって……各々の実力を把握して配置せねばならんし、誰を訓練させるかも管理が必要じゃよな。……ハム助はどうしとるのじゃ」


 サッと美歯が目を逸した。アケハも気まずそうにうどんの器に顔を伏せる。そこへ、ぱたぱたと可愛らしい音を立てながら初が走ってきた。鎌の一件から「お姉ちゃんがいるなら私もここに住みます。洪庵先生にも伝えておきました」と、半ば強引にここで働くことになったのだった。


「美歯おじさま、薬草園を作らせてください。ハム助樣から人手や物資の管理を手伝って頂く約束も取り付けましたから、後は許可を頂くだけです」


「またハム助か……」


 姫が苦々しそうにつぶやくと、初がきょとんとした顔で下唇に指を当てた。ハム助が活躍する事に何の異論があるのだろうかと考えているのだ。


「今更じゃが、ハム助に負担をかけすぎじゃ。他にも手伝えそうな人材がおるじゃろう」


「お言葉ですが……」


 と、口を挟んだのは甘しょっぱいタレをかけて香ばしく焼いた芋餅の串を数本持った月華である。あむり、と芋餅を食み、咀嚼しながらも言葉を続けようとしている。


 姫が催促するように、左手の指をくいくい動かすと、月華は何時も通りに芋餅を手渡した。それを見たアケハも「私も、一ついいか」と芋餅を催促する。


 そういった光景を見れば欲しくなるのが人情である。芋餅は串から外され、元々芋が入っていた容器に入れられる。各々が箸でむぎゅむぎゅと摘み始めた。


「ハム助さんって、勝手に自分の事を忙しくしちゃうんですよ。幻影での訓練、この広場の設営、屋台の管理、それに先程初さんが言ってらした薬草園、怪我をした者の為の労働者互助組合。これ、ぜーんぶハム助さんがやりたいって言って始めた事ですからね」


「嗚呼、最近は簡単な鍛冶場も作りたいみたいだぞ。わかっていた事だが、道具をここで修理できたら便利だからな。ここで働いてくれそうな鍛冶師を知らないか相談された」


「そういえば、お姉ちゃんもハム助さんに仕事を投げられたって言ってましたね……」


 ひのふのみのと、ハム助が抱えている案件を指折り数えていた姫だったが、余りの多さにやってられぬと言って大きなため息を吐いた。


「確かに、確かに必要じゃろうが……屋台の管理や互助組合は美歯がやるべきことではないのか?」


「ご存知でしょうが、拙者は他所との交渉で忙しゅうございましてな。内々で必要な仕事は殆どハム助に任せておりますじゃ」


(ふむぅ……これはどうするべきかの)


 非常に珍しいことであったが、姫が牛頭家における問題点を把握し、打開策を自ら考えていた。迷宮開拓の規模が大きくなり、抱えるべき物も増えた事で、いっぱしの責任感を持つようになり、成長したという事でもある。


「うむ、何も思いつかぬ……!」


 だら、それが解決策を思いつくという事には必ずしも繋がらない。現実は非常である。


――――


 日が落ちる前、ようやく落ち着いてきた迷宮前で、ハム助を捕まえた姫が何か手助け出来ることはないかと問うと、ハム助は辺りを見回し、ならば、と答えた。


「名前を貸してくださいませ。拙者の身分では言う事を聞かぬ武家も多くなってきましてな、姫の名前ならば言うことを聞くでしょう。その辺りも明日纏めておきまする」


「いや、ここを取り仕切っているのはお主じゃろ? ならばお前の方が偉いのでは」


「拙者は結局のところサンピンでございますからな。最近は300石取りの家の当主なぞも来ておりまして、格が違うと取り合って貰えぬのですよ」


「じゃが、そんな話は聞かぬが……」


 思わず姫は首を傾げた。この迷宮街で様々な事を行っているのは知っている。そして、忙しいゆえに中々手が付けられない事こそあれど、後から来た者が言うことを聞かずに困るという話は聞いていない。


「現状でも、名のあるアケハ殿や、洪庵殿の弟子である初殿がやっている、という体にしているからこそ、皆従ってくれているのです」


「ならば、お主にそれなりの地位を――」


「嫉妬心からの妨害まで考えられまする。おやめください」


 ハム助が何時になく面倒くさそうな顔で言った。彼の内心としては、気位が高めの鼠族武士をなだめすかしてようやく素直に働かせるようになったというのに、変な波風を立ててくれるなと言ったところなのである。


「しかし、それではお主の働きに報えぬではないか」


「落ち着いたら禄でも上げてくださいませ。今はダメでございますがな。まだまだ仕事が残っておりますので、失礼いたしまする」


 ハム助はそういって仕事へと戻ったが、当然ながら姫は納得できない様子であった。納得していない事をアケハと月華も悟ったが、こればかりはハム助の事を思えばこそ、下手な事をしてハム助の仕事を増やすわけにはいかぬと考えた。


「ハム助よ……お主はそれで良いと思っておるかもしれぬが、妾は納得せぬぞぉ……」


 姫が余計な事をしようと、その目に陰謀を滾らせていた。この陰謀によって、ハム助が大きく頭を抱えることになるのは数週間後の事である。


 


例によって次回ハム助が死にます。

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