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麻袋の中を見た茶々が大きくため息をついた。
「剛剣アケハの名は伊達じゃないって事か。……流石だね」
「あ、ああ……」
「しかし、困ったな。私は緑鬼鎌での戦い方しか知らないし、これで実力を示す事以外の生き方がわからない」
茶々が麻袋の中に手を入れる。めっちゃおてて斬りそうじゃけど、手を突っ込んでも怖くないのかのー?
「父から、母から……初から、これが私に残された全てで、これがなければ私はただの小娘なんだけどな。砕けたか」
袋から大きめの破片を取り出し、まじまじと見つめた後。少し目を閉じ、ゆっくりと優しく開いた。
「……あの世で詫び――
「いやー、さっきメッチャ嫌な夢をぉっぁあ”あぁぁ!? オラァァ!!!」
ハム助が急にふすまをスパァーーーン! と勢いよく開け放つと、そのままふすまの引き手を千切り、茶々にぶん投げた!
ホゥワァ!? 急に何やっとんじゃこやつー!?
引き手は茶々の手に当たり、鎌の破片がガインと弾き飛ばされた。そして、そのまま妾のお椀をスパリと真っ二つにした!
「わ、妾の飲みかけのお吸い物ーー!?」
「ハム助さん! 働きすぎてとうとうお狂いに!?」
ええい! じゃから働かせすぎだと言っとったのにぃ!
妾と月華がハム助の正気を疑っていると、何故かアケハ殿と美歯は「よくやった!」と言って茶々を取り押さえている。
「失礼っ!」
ハム助がどこからか紐を取り出して、茶々を縛り上げ、鎌の破片が入った袋を遠くにやる。
えっ、なにこれ? 全然わからんかったが、茶々が何かしようとしとったの? これ。
「ははは……無様だ」
茶々が泣いている。鎌が壊れたの、そんなにショックだったのかのぅ……。直せば良いだけな気もするんじゃがのぅ。
「もはや、私には何もない……父に託された鎌も壊してしまった。死なせてくれないか。このまま生きていても迷惑をかけるだけだし……もう、疲れたんだ」
美歯が険しい顔で言葉を探している。アケハ殿も同様に、普段は見せない真剣な顔のまま押し黙っておる。月華はおろおろしとるし、ハム助はー……。
「疲れていても嫌でも働け」
皆が、怪訝な顔でハム助を見た。だが、ハム助は仏頂面で同じ意味の言葉を繰り返した。
「お主の都合なぞ知らぬ。だが、こちらとしてはお主に働いてもらう予定でござる。嫌でも働け。それに、お主の受け入れ準備もやっておるのでござるぞ」
「だが、私にはもうっ!」
「いや、そういうの面倒でござるから、いや、ほんっとそういうのもう良いでござるから……な? お主が不遇で不幸なのはわかっとるでござるからぁ。何もできないアピールはもういいでござるから……拙者の仕事を少しでも減らす為に働け」
うわぁ……ハム助、寝不足のせいかめっちゃ機嫌悪いのじゃ……というか、そもそもハム助は襲われたとか言っとったし、茶々の事自体あんまり好きじゃないのかものぉ。
「だが……私には、もう何も……」
「暗殺の知識がある、その身のこなしがある。術は鎌の力によるものが大きかったのかも知れぬが、それでも術を使うための恵まれた神気がある。めっちゃあるではござらぬか。拙者なんてお主と違って神気ほぼなし術の才能なし金なし暇なし家族なし家格なしでござるよ」
「そ、そうですよ茶々さん! 私、正直ハム助さんの立場なら生きていく気力なんて沸かないと思いますけど、茶々さんにはまだまだ希望があります!」
おお……月華よ、恐らくお主は説得に助力しようとしておるのじゃろうが、その言葉を茶々はいまいち理解しておらぬし、その言葉を聞いたハム助の目が今一瞬にごっておったぞ……。
「……というか、そもそも、だ」
ここで黙ったきりのアケハ殿が口を開いた。ずーっと何か考えとったんじゃな。
「沢三白が鎌を作ったのなら、同じように作り直せばいいだろう。伝え聞いていたりしないのか?」
「……私はその辺りにあまり詳しくない。初が持っていた本に書いていたかもしれないが、その本も初がどこかに隠したという事以外……知らない」
「……そう、か。探そうにも難しいだろうな」
「じゃ、初殿に直接聞けばいいんじゃないかのー?」
「ですな、事情を文に書いて届けましょう」
「あっ、実は発酵・蒸留技術の件で伺いたいことがあるので、それも一緒に送って頂いても?」
「初さん、お姉さんの事伝えたら喜んでくれますかねー」
「待て」
牛頭家の者達で和気藹々と何を手紙に書いて送るか決める雰囲気になっていると、茶々殿が水を刺してきた。うわっ、めっちゃまぶたピクピクしとる。
「初は死ん――」
「拙者が助け申した。刺客は5人共返り討ちにした。なんか舐め腐って誰が狩るか競争してたでござるから、一人ずつボッコボコにしたでござる」
「嘘だ」
「マジでござる。第一、あやつら体術も術もお主以下でござったろ? おまけに拙者が砕いちゃったような鎌もないし、負ける通りがござらん」
「だ、だが……そんな偶然が、そもそも、お前がそこまでして初を助ける理由なんてないだろう、そんな都合の良いことがあるわけ」
「この辺りで神族の女児なぞ姫様しかおらぬ。夜に鍛錬してるところで、神族の女児が襲われておったら誰でも姫様と間違えよう」
ここで、思い出したように月華がとたとたと歩き、すぐ近くにある美歯の執務室から手紙を取ってきた。嗚呼、確かに実際に書かれた文字とか見せたら一発じゃのぅ。
「はい、初さんが最近送ってきてくれたお手紙です。お名前が洪庵となっていますけど、一応、初さんのお名前は隠しておこうっていう配慮です」
筆跡を確認した茶々が大粒の涙を流した。
「そんなぁ……ウッソだぁ……」
しとり、しとりと手紙を濡らし、硬くボソボソした古紙がしんなりと柔らかくなった。
「……あえる、かい?」
「会えるとも。じゃから、安心せい」
それなりに距離があるが、来れぬ事もない距離じゃからのー。来てって言ったら来てくれるじゃろ。
茶々がそのまま俯いて涙を流す。途切れ途切れながらも、ありがとうと言っているのがわかった。
その様子を見て、美歯が、アケハが、月華が、ハム助が、皆こう思った。そう――
(さっさと妹が生きてること伝えておけば良かった)と。そーすりゃ変なゴタゴタも起こらなかったんじゃ!




