ハム助が殺された(業務量に)
「ところで……私の鎌はどこにあるのかな。そちらの者を襲った以上、暫く自由にさせてもらえないのは納得している。だが、鎌は父の遺品でもあるんだ。売ったりせずに、置いておいてくれないかい」
この言葉が、晩ごはんを食べている最中の和やかな雰囲気を凍らせた。えっと……父の遺品の鎌って、ハム助が砕いたであろうあれじゃよな?
ずずず、と吸い物を飲んでいるから今は答えられぬという体で隣の月華を見やる。
「へー、鎌をお使いになるんですねー」
あっ! こやつ何も知らぬ振りをしよった! お主は直接砕けた鎌を見とらんじゃろうけど、絶対わかっとるじゃろ!
「拙者はずっとこの館で色々と些事を片付けておりましたからのぅ。鎌がどこにあるのかはよくわかっておりませぬ」
美歯も素知らぬ振りをしとるが、これ絶対ハム助が報告しとるんじゃよなぁ……。砕けてるのがわかった後、なんと! 可哀想に……って演技する気満々じゃなこやつ。
「なっ、七色蟲美味しいのー」
よし、妾も何を知らぬ童女を装うのじゃ! 妾しーらない! 戦いとか鎌とかわかんないのじゃー!
こうなると、必然的にアケハ殿に皆の視線が集まった。酒を口に含みながらもアケハ殿がだらだらと冷や汗を書いているのがわかる。
アケハ殿の目が(えっ、私が言わないといけないのか?)と言っているのがわかる。妾も(あの鎌の事を一番知っとるのはアケハ殿じゃし)と目配せ。
アケハ殿が目を瞬いて、さらなる意志を伝えてくる。
(待て待て、お前またなんか変な術を覚えたな。今、目を合わせるだけでお前の言いたいことが頭で響いたぞ)
(妾成長期じゃしー)
美味しいものを食べる度に成長しとる気がするし、やっぱり食事って大切なんじゃなーって。
酒を嚥下したアケハ殿が一呼吸した後に茶々を見据えて、一度軽く口を開き、すぐに閉じ、もんのすんごく言いにくそうに言った。
「鎌は砕けた。破片ならある」
「……は? そんなはずはない。あれは私の父である沢三白が鬼鉄を使って作った逸品だ。生半可な事じゃあ罅すら入らないはずだよ」
「砕けているのだから仕方がないだろう」
「はっ、そういえば緑色の破片が入った麻袋が……おお、妖魔に取り込まれている最中のこととはいえ、なんとも可哀そうな事をした……」
よよよ、と美歯が泣き崩れる振りをする。考えとったセリフ感しか感じぬのじゃ!
「……見せて貰っていいかい?」
――――
麻袋の中を見た茶々が大きくため息をついた。
「剛剣アケハの名は伊達じゃないって事か。……流石だね」
「あ、ああ……」
「しかし、困ったな。私は緑鬼鎌での戦い方しか知らないし、これで実力を示す事以外の生き方がわからない」
茶々が麻袋の中に手を入れる。めっちゃおてて斬りそうじゃけど、手を突っ込んでも怖くないのかのー?
「父から、母から……初から、これが私に残された全てで、これがなければ私はただの小娘なんだけどな。砕けたか」
袋から大きめの破片を取り出し、まじまじと見つめた後。少し目を閉じ、ゆっくりと優しく開いた。
「……あの世で詫びて来るよ」
茶々が自らの喉に、鎌の破片を突き刺した。
血が、どぼりと溢れる。美歯が跳ねるように立ち上がり、手を伸ばすのが見えた。
茶々が突き刺した破片を横へと滑らせて、首をさらに大きく裂いた。血が辺りを染めあげ、茶々の肌が、瞳が、色を失っていくのが目に見えてわかった。
美歯が伸ばした手は何も掴めず、空を切った。
「なぜ!! 何故お前たちは死に急ぐ!!!」
どたりと、後ろに倒れた茶々を美歯が受け止める。血が美歯の体を染めた。茶々の青い顔を覗き込んだ美歯の表情はこちらからは見えない。
「沢も! 林人も! 山彦も! お主も!! 何故みんなワシを置いて行こうとする!!!」
美歯のその慟哭に言葉は返ってこない。変わりに、ずしりとした死の重みだけが美歯の両腕に伝わったのが、わかった。
「何故……何故……ただの少女でも良いではないか……沢への贖罪ができると……」
動けない。目の前で起こった事が現実のようにおもえぬ。鎌が砕けただけではないか、お主は生きていたではないか……。何を詫びることがあったのだ……。
「お主にとって、この鎌で復讐する事だけが希望だったとでも言うのか……」
この日以来、美歯が何かに憑かれたかのように働き始めた。迷宮商売はどんどん規模が大きくなり、周りを巻き込み、将軍家への敵対勢力を集め、数年後、とうとう将軍家へ戦争を仕掛ける事となった。
因みに、業務量が増えすぎたせいでハム助は過労死した。




