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美歯が声をかけると、すぐさま牛頭家の家臣が10人ほど集まった。そのうえ皆、妖魔退治をするための装備を整えてきている。
急な話しだというのに、なんとも頼もしき家臣たちよ。
「呼ばれたのでとりあえず大急ぎで来ました!」
「姫様が暴れた後を通るだけで肥料が手に入ると聞いてやってまいりました!」
「姫様だけを働かせて肥料を掠め取れると聞いて!」
「本当は嫌ですが、部下である手前、断りづらく馳せ参じました!」
「よくわかりませぬが、皆が集まっていたので急いで同じ格好に着替えて来ました!」
なんとなくそうなんじゃないかなとは思ってたわい!
中にはわかっていますよという顔をしながらも、辺りをチラチラ見ている輩もおるのぅ、というか、これ半分ほどはよくわかんないけど来ました感出しとるではないか……。
「あー、家臣達よ、今回集まってもらった理由は簡単、ちょっと歩いたところに迷宮あるじゃろ?
そこで妖魔の肉を取って肥料にしようって寸法なのじゃ」
「なっ、姫様! それはいけませぬ! いけませぬぞ!」
牛頭家家臣が一人、ハム助がヒゲを震わせながら声を荒げた。
「今から迷宮に行けば、勤務時間を過ぎまする! イエス定時帰宅! ノー残業!」
ざわりと辺りが蠢いた。
「今からいけば残業になるのは確実……そのうえ、牛頭家の懐事情ではサビ残なのは明らか!」
「うむ、確かにそうじゃな」
「で、あれば――」
「じゃから、今回の迷宮行きは個人の自由とする」
「なっ!?」
ざわめきが強くなった。
「強要はせぬ、強要はせぬよぉ……? ついてくるものがおったとしても、それは本人の自由意志じゃ」
「な、な、な、なんたる卑怯な、姫様その言い方は卑怯でございまする!」
家に帰っても特にやることがないけど、残業を蛇蝎の如く嫌うハム助が地団駄を踏んだ。
ここで「ちょりーーっすwwwじゃwww俺、帰りまーーーすwww」とやろうものならば、今後の進退に関わることは間違いないからのぅ。
「おおお……姫様、参謀術中を習得なされましたな……そのお年でその老獪さ、恐ろしや……」
美歯が恐れおののきながらも荷車を持ってきた。それは良いが、美歯よ、なぜ妾に向かって荷車の持ち手を向ける? いや、なんで受け取らないの? みたいな顔をするでない。
「美歯よ、妾一応は姫なんじゃが……」
「とは言っても、この荷車、結構大きいのですよ。この中で一番大きいのは姫様でございますし……」
ねー、と家臣が一致して頷く。お主らも妾の腰くらいの身長はあるから、持てんことはないじゃろうに……。
「まぁ……確かに、お主らではこれを運ぶのはつらそうじゃの。仕方があるまい、妾が引く、いくぞ!」
荷車の持ち手を掴み、前に進もうとした瞬間
「わー! のりこめー!」
家臣たちが荷車に我先にと乗り込み始めた。手にずしりと重さを感じる。後ろをじろりと見ると齧歯類達はどうしたのと言わんばかりに首を傾げた。美歯に至っては藁のクッションを敷いている。
「重いんじゃが?」
「姫様頑張ってください!」
「乗り心地悪し、けど視点は高くて中々」
「丸くなって眠るゆえ、着いたら起こして」
「それじゃ、拙者も寝るー」
「もー、今回だけじゃぞー?」
「あっ、拙者は先に歩いてぬかるみとかないか確認しておきまする」
ハム助……文句は言うが、根が社畜なんじゃよな、こいつ。
――――
ろくに舗装されていない道を暫く歩くと、地面の色が茶褐色から、黒へと変わり始める。黒い地面はひび割れ、乾燥している癖にやけにずっしりとしていた。
「おー、ダンジョンが近いのぅ」
この黒い大地は土でありながら何の野菜も育たない不毛の大地だ。時折、とんでもなくしぶとい草が生えているのを見ることがあるが、それも極々まれだ。多分、うちの領地の土地が貧しいのも、これが少し混じってるせいだと思うんじゃよなぁ。
「おお、迷宮が見え始めましたな。木も生えていないので、遠くからでもすぐわかりますなぁ」
「嗚呼……もう定時を過ぎた気がする……もし、定時に帰れていたなら……うーん、帰れてたら……いや、定時に帰ることに意義があるのだ。定時バンザイ!」
「因みに、ハム助よ、実はうちって定時きっちり決まっておらぬぞ? 牛頭家の上の、その上の、ずーっと上の麒麟家がやっておるからなんとなく倣っておるだけじゃ」
「うごごごご、定時とは一体」
どこでこんな知識を仕入れたのかのぅ。
――――
黒い大地に足を踏み入れてから、一刻ほど歩くとようやく迷宮の入り口へとたどり着いた。白く継ぎ目のない金属で出来た、山のように巨大な半円状の建物、それにぽっかりと出入り口用の穴が開いている。
「いつ見ても壮観じゃのー……。
しかし、妖魔が出て来ぬようという工夫が……毎回ちょっぴり不安じゃのー」
この迷宮の妖魔は大きい。一番小さい妖魔でも神族の大人3人分ほどの背丈がある。始祖帝はそこに目を着けたのだろう、出入り口を微妙に狭くすることで迷宮から妖魔が出れぬようになっている。
「ほれ、家臣たちよ、着いたぞ。ほれ、起きるが良い、おーい」
家臣たちは皆丸くなって寄り添い、お昼寝をしていた。寄り添い合っている毛皮の中に手を突っ込むと、暖かい。嗚呼、確かにこれは皆寝てしまうのぅ。
「じゃけど、無理やり起こしちゃう」
荷車の持ち手を大きく上に持ち上げると、中からコロコロと家臣たちが転がり落ちた。この齧歯類共め、妾だけ働かせよってに。