17
芋餅も食べ終わり、これから働くかーと皆で体を軽く伸ばしておると、奥から憔悴した様子のハム助がやってきた。
「山寝から詳細は聞いておりますか? 刺客を捕らえたゆえ、今から館の牢に運んでまいります」
背中には刺客だと思わしき気絶した女性を抱えている。一応、細い縄で縛ってはおるけど不用心じゃのー。
「なんか見ないと思ったら、刺客狩りに行っとったのか。釜は回収できんかったのかえ?」
「ん? 嗚呼、鎌でござるか? 一応拾いましたが、やけに小さくなったうえに割れてるでござるよ」
と、ハム助が麻袋をずずいとまえに出す。んあ? 釜って、こんな小さいわけないと思うんじゃが。一応中身を見てみると、薄い緑色の金属片と柄のような物が見えた。
あー、こりゃ釜じゃなくて鎌ではないか。
「いや、こっちじゃなくて、煮る方の」
「そちらは流石に一人で回収するのは無理なので、放置しております。なんかガシャ髑髏っぽい感じになっておりましたぞ。肉もついておったので、釜としての再利用は難しそうでございまする……」
ううむ、そんな物になるとは、やっぱりさっさと買い換えるべきだったのでは?
「では、今日は疲れたので、こやつを適当に処理してもうおやすみさせて頂きまする」
「ちょっと、ハム助さん。これからお仕事が始まるところですよ」
月華が呆れた様子で言ったが、ハム助は「いやー、マジ疲れたから今日は早引けさせてもらうでござる」とげっそりしている。
確かに、最近激務のようじゃし、疲れが溜まってたんじゃろうなぁ……。
「とりあえずお主が休んでも大丈夫なようにはしておるのじゃろう? 最近働きすぎじゃし休め」
「嗚呼! そう言われたら本当に大丈夫かなーって気分になりまする! やはり拙者がいないと回らないのでは……!?」
こやつ、普段は働きたくないって言っとるのに、いざ忙しくなったらほんっと休まんのー……。
「よいから休め。たまにはお主抜きで回して、自分たちで考えさせる事も必要じゃ」
「おお、自分で考えることが滅多にない姫様がそれを! 成長しましたな……このハム助、感動致しました!」
確かにそうじゃけどー! というかこやつ、疲れてても減らず口だけは達者じゃのぅ! 隣から、アケハ殿がちらりと麻袋の中身を見て、その表情を強張らせた。
「おい、待て。この緑色に葉脈のような線……緑鬼鎌じゃないのか。これ」
「りょくきかま? 詳しくは知りませぬが、切れ味はものすごかったでござるよ。拙者の普段遣いの刀とかもう、スパッ!って斬られましたからな」
「待て待て待て待て……じゃ、その背中に背負ってる刺客とやらは沢三白の娘か!?」
「名前までは知りませぬ。その辺りは牢にでも入れた後尋問せねばなりませぬな」
アケハ殿が頭をガシガシと掻いた。ちょっと困った時の動作じゃな、あれ。
「そいつが本当に沢三泊の娘ならば、故あってそいつを助けてやらねばならん。すまないが、処遇は私に任せてくれないか」
アケハ殿が珍しく申し訳なさそうな顔をしている。アケハ殿のこういう顔、初めて見たかもしれんのー。
「えっ、いや……ちょっと、そこら辺は拙者の一存では決めかねるのでござるが……。美歯樣に聞いて貰わねば」
「ならば、襲われたお前からも口添えを頼めないだろうか。都合の良いことを――」
「それは断り申す」
ぴりり、とした緊張が走った。武士同士の鋭い視線がハム助とアケハ殿の間に交わされる。先程から空気気味の月華はというと、武人達はすーぐにそうやって自分達の世界に入りたがると呆れている。
「10両やる。サンピン侍には大金だろう」
10両……どれくらい大金なのかよくわからぬので、月華をちらりと見やる。いまいち、といった表情じゃの。まー大金ではあるが、出せなくはないという事か?
よくわからぬ顔をしていると見かねた月華がこそこそと教えてくれた。こうやって察してくれるところ好き。
「ええっとですね。ハム助さんの給料が年に3両です。ですので、ハム助さんの給料の三年以上ってことになりますね」
「それ結構凄いのでは?」
「因みに、武具の整備代なんかもこの3両で揃えろって事になってますから……そういう事を考えると、ハム助さんが10両貯めようと思えば数十年かかるでしょうね」
「それ、もしかしてうちの禄が低すぎるだけでは?」
「これからは豊かになるから良いんです」
「おお、確かに」
思わず二人してにっこり。一方隣の二人はにらみ合い。
「10両とは、それなりの額でござるな。それを容易に出す価値があるだけの人物であるのならば、何故こんなところで暗殺家業を?」
「予想はつくが、言えん」
「なればこそ、美歯樣に相談が必要でござるな。……まぁ、それとは別に10両はいただくでござるよ」
結局貰うんじゃな……。まぁ、大金じゃしのー、くれると言われたら貰うか。
「……やっぱり5両で良いか?」
「この背中の娘の当面の生活費にしようと思っておりまする。不備が出ても良いならそれでも」
「あいわかった。そこまで言われては流石に出し渋れん。幸い、こいつの為にならと金を出すやつには数人心当たりがある。この10両より金が必要なら言え」
ふぅむ、この流れ、よくわからんが要するにあれかの。
「これ、このまま説得なりなんなりしてこやつも仲間にしちゃおうって感じなのかの?」
「そういう感じっぽいですねー。刺客ってのが怖いですが、まぁ、アケハ樣の知り合いなら大丈夫でしょう」
――――
迷宮での仕事も終わり、体を炭で黒っぽくしたのを風呂で流し、すっきりとした気分で館へと戻るとそこには縄も付けられず、質素ながらも清潔な着物を来た刺客の姿があった。
美歯と一緒に何かを話していたようだが、妾達が来るとこちらへと目を向けた。
「貴方が、父さんが話していた噂の帝か」
「んあ? 美歯、そこまで話したのかえ?」
「ええ、説得するには言う必要があると思いましたのでな」
んむ? なんか美歯も元から知り合いっぽい雰囲気醸し出しとる。……じゃあなんで美歯の身内でもあるハム助が狙われたんじゃろ、よーわからんのー?
「貴方につけば、将軍家に復讐出来ると聞いた。家臣にしてもらってもいいだろうか」
「えっ、復讐とかなにそれ聞いてない」
「ま、将来的にはそうなる予定ですので、諦めてくださいませ」
「妾は将軍家に何の怨恨もないんじゃけど!?」
刺客――茶々が戸惑ったようにぽりぽりと頬を掻いた。嗚呼、なんかこう、妾はもっとしっかりしてると思っておったのかのぉ。
「それと……今回、迷宮の前にいる鼠を狙った理由は私にもわからない。将軍家が力をつけるために商売をしているとは言われたが、まぁ、嘘だったのかな。だが、私が行かされたくらいだし風礫――嗚呼、私がいた組織の事だ。風礫としては確実に仕留めたかったんだろうね」
「こう、そういうところって抜けたらバツとかそういうのありそうじゃけど……」
「間違いなく狙われるとは思う。貴方達が巻き込まれる可能性も、確かにある」
うへー、急にきな臭くなってきたのー……。
「幸いここには結界もあるし、刺客が来てもよっぽどの相手じゃなければ私が殺すよ」
「そういう血なまぐさい事が嫌なんじゃけど……」
「これから嫌でもそういう事をするようになるさ。じゃなきゃ父さんみたいに殺される」
おぉぅ、なんとも急に重い話題ぶっこんできたのぅ……。あー、そういや釜で煮られたとか言ってたのー……。
「まぁ、最もそういうことなら、そこのアケハさんの方が得意そうだけどね。……緑鬼に取り込まれてた私を助けたのも貴方だろう?」
なんか話しに入れる感じではないなと、台所から酒と肴を取ってきていたアケハ殿が急に話しを振られて「ん? あ、ああ」とよくわかってないけど反射的に、といった感じで返事をした。
沢三泊の娘はというと「だろうと思った。うっすらではあるけど、緑鬼に取り込まれている間、朧気だが鎌を振るっていたような記憶がある。それを御せるのはここだと貴方くらいだろうからね」と澄ました顔で言っている。
いや、普通にハム助がぶっ叩いてきたっぽいんじゃけどな?
「……他に聞きたい事はあるかな? 答えれる範囲の事なら答えよう」
「いや、急に言われてものー……」
「ええっと、横からですいませんがいいですか?」
おずおずと月華が手をあげた。沢三白の娘が「なんだい?」と質問を促す。
「今更なんですが、お名前を伺っても……? まだ聞いてないんですよね」
そういえばそうじゃった。
「嗚呼、自己紹介もしていなかったか。すまない。私の名前は茶々(ちゃちゃ)、気軽に呼び捨ててくれればいいよ」
「その、妹さんとかいらっしゃいます?」
ぴくり、と茶々の耳が動いた。少しだけではあるが眉も跳ねる。どうやら余り聞かれたくない事のようじゃの。ま、聞くんじゃけど。
「初……妹なら死んだよ。擬死薬を飲ませて、死んだように見せかけて逃がそうとしたがバレてね。……後は、先程言った通り、組織を抜けた者が辿るべき運命を辿ったよ」
「死体は見たのかえ?」
「見ていないが、5人で殺しに行くのを見た。……それもそれなりの実力者5人だ。これで生きていると思えるほど楽観的じゃないさ」
茶々の声がだんだん小さく、低くなっていく。思い出すだけでも辛いようじゃが……。
いや、これ十中八九うちと付き合いのある初殿じゃろ。
なんか死んだ振りをして逃げてきたって言ってたの覚えとるもん! 薬と一緒に送ってくれる手紙読んでる感じ、めっちゃ元気に生きとるんじゃよなぁ……。
事情を知っている美歯と月華もどことなく気まずそうな顔をしている。事情を知らぬアケハ殿は部屋に置いてある火鉢で七色虫の幼虫の干物を串に挿して炙っている。成虫だと見栄えも良いうえに油で揚げるとサックサク。幼虫でも濃厚な味が口に広がる七色虫。
……くっ、茶々が真面目な話しをしとるというのに、めっちゃいい匂いをさせてきおる!
「だから、風礫の奴らを殺す時は私も連れて行ってくれないかな。本当は、幹部を皆殺しにしてから脱走するつもりだったんだけど……隙が中々見当たらなくて、実行する前にこうなっちゃってね」
「アケハ殿、妾にもそれ分けてくれるんじゃよな?」
「……お前に分けると殆ど食われるだろう。酒はこういう肴をちびちび食べながら飲むものなんだ。豪快に食われてはたまらん」
「えっと……こういった話しは別に興味ないという事かな」
「嗚呼、私が聞いておきますのでお構いなく。姫様には牧草ばっかり食べさせてたせいか、美味しいものには目がないんですよねぇ……」
「牧草? あれは蟲に食べさせるものだろう。あんなのを主食にしていたら、舌が腐り落ちてしまわないかい?」
アケハ殿の酒の肴を狙っていると、なんか急に酷いことを言われた気がするのじゃ……。うう! 辛い! この心の傷を癒やさねばならぬ……! それには、そうじゃな。やはり美味しい食べ物じゃな!
「おい、こら、おい、火鉢の前で涎を垂らすな。晩ごはんなら、ちゃんと用意してもらえるだろう。七色蟲を取りに台所に行ったが、もうそれなりにできてたから、そっちを待て」
「そっちには七色蟲あるのかえ?」
「確か、吸い物に入っていたはずだ。それで我慢しろ」
すすす、と火鉢から遠ざかる。アケハ殿がほっと息を吐く。
すすす、とまたもや火鉢へと近づく。アケハ殿の顔が険しくなった。
「焼いたのと煮たの。食べ比べしてみたくなったのじゃ」
「あぁもう……一つ、一つだけだぞ?」
おおぅ! 言ってみるものじゃのぉ!
次回予告! ハム助 死す!