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ハム助が殺された。

飛ばしてもあんまり困りません

 ハム助が殺された。


 迷宮前の、仕事用にと仮に作った小屋の前で倒れていた。脇腹にはクナイが刺さったままだ。体を触ると、酷く冷たく、硬かった。


 何故? ハム助は恨みを買うような事はしてないはずだと、泣いた。一体誰がこんな事を?


 妾を脅迫するためだけに、草を狩るのと同じ感覚で殺されたのだとわかったのは、暫く経った後の事だった。


―――――



 迷宮を開発し始めてから二度目の冬が終わり、雪解けが始まった。隣国の岳水国では、今年も鉄砲水による被害に気をつけよとの連絡が回る中、このスカンピン国に住む妾達はいつもと変わらず迷宮商売に精を出していた。


「……在庫には余裕がありそうじゃの」


 迷宮の2階へと降りて、集積所を確認する。ここで取れる炭木がうず高く積まれており、荷役の者が懸命に木を荷車へと積み込んでいる。


 今妾が降りてきたこの階段も、最初は木の板を渡して荷車を上げていただけだったが、今では金属製の線路が作られている。


 荷車が満杯になると、階段の上から鈎付きの縄が投げられる。その鉤縄を、これまた荷車に付けられた鈎に繋げ、大きな声で「付けたぞー!」と叫ぶ。


 すると、数秒後には上の階からは威勢のよい掛け声が聞こえ、みるみるうちに荷車が線路を上がっていくという塩梅じゃ。


 後ろから、カン、カン、カンという音がしたので、そちらを見やる。すると、月華が走ってこちらに来る所であった。因みに、このカンカンという音は月華が辺りにある木を蹴り、跳ねながらこちらに来る時の音である。

 この体にもすっかり慣れ、以前よりも身軽になりよった。


「あれ、姫樣。今日は大工の方々とご相談なさるって言ってませんでした?」


「美歯がある程度纏めてくれておったし、もう終わった。それよりも月華、護衛している途中の木こりを置いて来るでない。この階段辺りにいる妖魔は発生次第狩っているとはいえ、危ないじゃろ」


「ご安心を、木を蹴って、高いところからグルッと周りを見てきましたし、護衛には皇忠組こうちゅうぐみがついておられます」


 新たな体に慣れた月華は、あっという間にアケハに次ぐ強さとなった。顔無は自前の刺突剣を撃ち出すこともなく突き殺してしまうし、蛸蝿に関しても生来の身軽な動きと刺突剣を駆使し、一人で狩るようになっていた。


「ならば良いか。月華よ、引き続き二層の監督は任せたぞ」


「畏まりました。姫樣は三層へ?」


「うむ、嗚呼。護衛はいらぬぞ。下手に付かれた方が邪魔じゃ」


 月華が微妙な笑い声を返す。何か言いたげじゃが、あえて聞くまい。


―――


 途中で襲ってきた岩亀を屠りつつ、三層へと向かう。三層へ続く階段は黒い石で作られており、降りる度に、妾の赤下駄からコツコツという音が響いた。


 三層は赤レンガで出来た複雑な迷路が延々と続いている。今までのただっぴろく、大きい妖魔が出るところとは違い、そこらと同じ、普通の大きさの妖魔が湧いてくる。


 赤レンガを崩しながら進もうと試みてもみたが、どういう原理かすぐに修復されてしまい意味を成さなかった。


 最早道を覚えてしまった迷路を進んで行くと、ある程度の大きさがある広間へと出る。そこで目的の人物を見つけることが出来た。

 数人の配下と一緒に測量用の縄やら量程車りょうていしゃを触っている。


「アケハ。調子はどうかの」


「あまり良くない、行き止まりが見つかるばかりだ。それと、命知らずの死体をまた一つ見つけた」


「許可証無しかえ?」


「嗚呼」


 妾、アケハ、月華、岩鉄がんてつの4人で三層に潜り始めて、その情報が広まってから、この迷宮に来る武芸者が増えた。と、いうのも、この三層。それなりの強さの妖魔が出るのもあり、術具やら神気が篭った金属を取ることが出来るのだ。


 一層と二層では、妖魔を倒しても肉塊そのものが採取物であり、輸送と加工の手間を考えると、手軽に金稼ぎ出来るものではない。


 だが、この三層では妖魔を倒し、出た物をそのまま持ち帰り、金へと変える事ができる。それもあって、自信だけはある荒くれ者や貧乏武士がこぞって三層へと潜るようになった。当然、妖魔に狩られた。


 その結果、神気を持つ餌を大量に平らげたうえに、経験を得た妖魔――百足武者が更なる餌を求めて二層にまで駆け上がり、危や大惨事となるところであった。


 それ以来、迷宮に入るには迷宮互助組合の許可が必要となったのだ。というか、そうした。


「ま、三層への許可証は結構厳しめの割に、迷宮の入出管理は適当じゃからの。こういう輩が出るのも仕方なしか」


「三層入り口に陣を張るのはどうだ? 私達測量組は迷宮を出る手間が省けるし、無駄死にする輩を食い止めることもできる」


 アケハ殿の部下達が、迷宮で寝泊まりするのは勘弁と顔を強張らせた。アケハ殿にはそれなりの剛の者達を付けたが、それでもここで快眠出来るほど神経は太くないわな。


「そこまで投資する必要性を感じぬ。地図さえ完成すれば三層も一層二層と同じくらいの速さで踏破出来るとふんでおるし、許可制にしたお陰で前よりは勝手に降りる奴が減った。それでも無駄死にしたい奴は勝手に死なせておけば良い。他には?」


「地図作りに飽きた。毎日毎日、測量器具を使っては紙に距離を書いて……たまに会う妖魔を斬り倒すくらいしか娯楽がない」


「それは……すまんが、我慢してはくれぬか。完成した地図は、妾達の迷宮での立ち位置を更に強い物にしてくれるはずじゃ。それだけに、信頼出来る者にしか任せられぬ」


「月華にやらせればいいだろう。こういう細々とした事はあいつの方が得意なはずだ」


「あやつには二層で集団を率いる為の力を付けさせたいのよ。アケハは、もう出来るじゃろ?」


 アケハが仏頂面で、ふん、とだけ返した。戦好きなだけあって、集団戦も出来るんじゃよなぁ、アケハ。


――――――



 下駄の音を響かせながら、一人で出口まで向かう。途中で蛸蝿が襲ってきたので、術で地面に叩きつけた後、急所を一刺しして殺す。浮遊術で遺骸を浮かせると、そのまま一層まで上がった。


 遺骸を宙に浮かせたまま歩くのは、この辺りでは妾くらいだ。それもあり、上がってくる妾を見て解体職人や荷役の物はすぐに妾に気づいた。


 その目は恐怖を主とした畏敬の目であり、親しみや近親感を思わせるものではない。迷宮を開拓してからというもの、一番変わったのは、この視線かもしれぬ。いや、ハム助が死んでからか? いまいち覚えておらぬ。


 何か語るでもなく、皆が異常なく働けているか横目で見て、遺骸を浮かせたまま歩く。時折すれ違う者達が妾に気づくが、皆、妾に気づいた瞬間体を強張らせ、ぎこちない様子だ。


 迷宮の出口近くにまで着いて、蛸蝿の遺骸をずしりと置き、一層を取りまとめているジャンガリアンに処理しておくよう言伝する。


 かしこまりー、と気安い様子で引き受けてくれたが、それを見ている周りの者達は変わらずどこか緊張していた。


 気安く話してくる者も、随分少なくなってしまったものよのぉ。



―――


 迷宮が不備なく回っているか見て回り、問題が起こっていない事を確認して、薄暗い迷宮から外へ出た。


 まだ、昼を過ぎて数刻も立っていないのもあり、外は明るい。


 迷宮の入り口から少し横に立っていると、荷運びが妾の隣を駆け抜けた。空の荷車を忙しなく迷宮の中へと運び込み、それと同じくらいの速さで、妖魔肉や炭を積んだ荷車が運び出されている。


 顔を少しばかり他所へ向けると、作業場からは湯気がもうもうと上がっている。又、炭商人らしき神族が鼠族の作業員と何やら会話している。その会話を聞き、何やらちょくちょくと紙に記している者もいた。


 そこから少しばかり歩けば、今度は屋台から威勢の良い声が聞こえてくる。今日のお勧めは蕎麦のようだ。とは言っても、ここの屋台はいっつも蕎麦がお勧めだと言っておるがの。


 最初こそ一つしかなかった屋台も今や数が増え、出稼ぎの労働者達の胃袋を満たす欠かせないものとなっている。まぁ、変なのを出す屋台も増えたから妾達で規制も入れないといけなくなってきているのじゃが……。


 妾の横を、顔無の皮膚と炭を積んだ荷車が通り過ぎた。その荷車が向かう先の場所では、ガタイの良い溶鉄工達が汗を流しながら作業をしているのだろう。なんでも、この迷宮から取れる炭は良い物らしく、作業が捗るのだそうだ。


 迷宮から村を繋ぐ道路から横へと歩けば、労働者達が寝泊まりするための長屋が無数に建っている。最初こそ牛頭家の館がある村で寝泊まりしていたが、家屋が足りない事もあり、どうせならと迷宮の近くに作ってしまったのだ。


 ふと、地面を見る。雪はもう残っていない。嗚呼、雪解けと共に腐臭がしてくる季節じゃ。


「……下手に置いておったら腐るかの」


 カラン、コロンと赤下駄を鳴らしながら歩いて行く。昔とは違い、裸足で歩くことはなくなった。


 朱色の生地に金糸で刺繍された服は、軽く頑丈で暖かい。妾を見て、誰もが一目で姫とわかるようになった。


 銀の髪に、所々金が差し込んだ螺鈿のような頭髪からは、二本の黒い角が生えている。その角につけられた金輪は皇族の関係者だと如実に表わしており、皆、妾を侮ることをしなくなった。


 黄色い瞳をしているから、という理由で付けられた名前も、変えることにした。皇極こうぎょくと名乗ることで、皇族側であると、立ち位置をはっきりとさせる事を望んだからだ。


「ふむ、やはり臭ってきたの」


 臭いの元は、目の前にある囲いから発せられている。立て札には罪状が書かれており、その内容は家臣達が頭をひねりながら考えた物だ。


「塩漬けにはしとるんじゃがな」


 台に乗せられた生首が、苦悶の表情を浮かべていた。

 煮殺した者、水攻めにした者、生きたまま体に塩を詰めた者、餓死させた者、 うっかり圧死させた者、それぞれが違った苦痛を浮かべている。


 それら、今冬に捕らえた刺客や間者を見て、思わずため息をついた。


「……仇が見つかるのは、いつかの」


 ハム助を殺した刺客は、まだ捕らえていない。関わっていた木っ端共は、数人ほど埋めたんじゃがな。


 妾が誰かの仇として討たれるより早く、ハム助の仇を取りたいところじゃの。


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