14
申し訳ない。次話予告「ハム助死す!」は今回ではなく次回でした。
炭と思われる黒い木と、蛸蝿の遺骸を回収した後、適当に狩りをして、良い時間になったので館へと帰ることになった。ちらりと周りを見ると、村へ帰ろうと同じく帰り準備をしている者もいれば、気にせず働いている者もいる。
「のう、ハム助よ。まだ片付けをしていない者達はもしや、ここで寝泊まりしとるのか……?」
「そうでございますよ。伝手がある者は村で過ごしておりまするが、そうでない者は泊まる場所もありませんからな。村の空き家も使ってはおるのですが、入り切りませぬし」
ですから、とハム助が顎で示した方向には、それなりの大きさの粗末な小屋がある。とにかく雨風を凌げるようにと、薄い木材を繋ぎ合わせたという感じだ。
「ああやって、迷宮前ではありますが住居を大急ぎで作っておるのです。……年貢未納の為、他所から出稼ぎに来ている連中が主な住人でござるな」
借金を払うために地元から出てきて、家族と離れ離れで誰とも知らぬ連中とタコ部屋で雑魚寝とは、流石に可哀想じゃのー……。
「なるほど、わかった。妾に出来ることはあるか?」
「いえ、とくには」
ううむ、できるだけ力になってやりたいと思ったのじゃが、即答か。
「姫樣はいつも通り過ごしておいてくだされ。こういった事は拙者達の管轄でござるよ」
「とは言っても、ハム助よ。お主ちと働きすぎでは? 妖魔狩りに、家臣の取りまとめに、出稼ぎ労働者の取りまとめに、工具・食料の物品取り揃えに……」
「いえいえ、労働者や妖魔肉の加工を取りまとめておるは山寝、家臣の取りまとめと工具や食料の取り揃えは美歯樣がやっておられますし、妖魔狩りも拙者は少しやっておるだけに過ぎませぬぞ。実際の作業量はそれほどでもありませぬ」
「ん……んん? そう言われてみれば、そう……なのかのぉ?」
ちらりと、月華の方を見やると、月華が目を逸した。いや、これはハム助の奴め、嘘をついておるな?
「月華よ、実際どうなのじゃ?」
妾に問われた月華の表情が少しばかり固まる、そして、表情はそのままに視線をハム助へとやった。ハム助は首を横に振っている。
「じ、実際ハム助殿の作業量はそれほどでもありませんヨー?」
「なるほど、とんでもない事になっておるのか。ハム助よ、サービス残業や休日出勤は嫌じゃとあれほど言っておったじゃろ。他の者に仕事を押し付けい」
ハム助が遠い目をして、フフフと笑った。
「限界一杯まで押し付けて今の状況なのでござる」
あっ、これ言ってもどうにもならんタイプの奴じゃ。ううむ、山吹殿が言ってた食客がもう少し来れば、楽になるのかのぅ?
「アケハ殿、アケハ殿以外の食客がいつ来るかわからぬかえ?
「知らん」
「じゃよねー」
安心と信頼のアケハ殿である。
結局、ハム助は迷宮前に残り、妾達だけで館へと帰ることになった。いつも通り湯浴みをして、食事をして、前よりもふかふかになったお布団に潜る。
ううむ、妾はこっちで快適に暮らしとるというのに、迷宮前の者達は今も寒さに震えとるんじゃろうな……。なんか罪悪感が湧くのう。
…………よし! 決めたのじゃ!
―――
「却下でございます」
「何故じゃ!? というか、まだ何も言っとらんじゃろ!!」
翌朝、館で書類仕事をしている美歯に相談があるんじゃがと話しを持ちかけると、話しを切り出す前に一瞬で却下された。
「大方、あちらに住んで一家一本刀で暖を取り、せめて寒さだけでも思ったのでしょうが、それはなりませぬ」
「えー……別にいいじゃろ。それに、毎日あっちまで歩く手間も省けるし」
「姫樣、あちらでは警護がなり立たぬのです」
「……警護ぉ? 何を言っとる。今まで裸足で妖魔を狩りまわっておった妾に今更そんな者は不要じゃ」
因みに、昔と違い今は下駄を履いている。迷宮前が賑やかになったのは良いものの、木片やら骨片やら顔無の皮膚片やらがそこらに落ちており、素足では危ないと履かされるようになったんじゃよなぁ。
「姫様がおっしゃりたいこともわかりまするが、今後はどうなるかわかりませぬからな。この館には簡易的な結界も張っておりますし、侵入者が来ればすぐにわかりまする」
「結界のー、今まで館に侵入してこようとした者なぞ、迷子になった者だけではないか……」
月に一回、妾が貼り直させられとるけど、あんまり意味を感じぬのじゃ。
「ともかく、あちらでの寝泊まりはなりませぬ。それとも姫樣は護衛として、ハム助や月華に寝ずの番をしろと言うのですか?」
ぐぬぬ、いつになく嫌らしい言い方をするではないか。これはいつもの茶化しではなく、本気で譲らんという意志を感じるのじゃ。
ここらに湧く程度の妖魔じゃったら、一人でも返り討ちに出来る自信はあるんじゃけどなぁ。
「あいわかった。そこまで言うのならば妾も諦めよう。……じゃが、迷宮前の者達だけに不便を強いるというのも可哀想じゃし、できるだけ配慮してやってくれても良いかの?」
その辺りはこちらでも考えておりまする、との答えを貰い、妾もうむ、と頷いた。流石にこれくらいは確約してもらっても良いじゃろ、
今日も迷宮前まで行こうと、館から出ると、門の前でアケハ殿と月華が待っていた。あれ、そういえば最近はずっとこの二人と一緒じゃな……。
「もしかすると、二人は妾を守る為に一緒におったのか?」
「今更だな。まぁ、一緒にツルんでいて楽しいというのも否定しないが、私はそのつもりだぞ」
「一人で迷宮までの道をぼーっと歩いていると暇じゃないですか。お喋りする相手がいないとやってられません」
おお、ちょっぴり感動しそうになるセリフの後に、忠義の欠片も感じられない答え。妾、もしかして結構扱いが重くなってる? と思った瞬間これじゃよ。
「いやほんと……この姿になって、山吹樣からの紹介ですよーって事にしてますから……仲の良かった人とも下手に話せませんし……寂しい……」
「ごめんなさい、ほんっとうにごめんなさい」
これには妾も思わず平謝り。まぁ、確かにそうじゃよねー!?
「この姿になって三日目にして、自分が思ったより寂しさに弱いと気づきました……」
「あー、んー、その、上手いことは言えないが、話し相手くらいにならいつでもなるから、頑張れ」
「わ、妾も妾も!」
「姫様は原因を作ったお方ですから当然です」とピシャリ。あぁん、冷たいのじゃ。
けど話し相手として頼ってくれるというのは、正直嬉しい。
―――
女3人喧しく話しながら迷宮へと着くと、もうすでにハム助が忙しそうに全体の指揮を取っていた。
「美歯樣が午後から来られるゆえ、大工のゲン吉殿は昨日詰めた設計図を用意しといてくだされ。用意が終わったら、細かい測量をお願い致しまする。南池村の南忠樣、こちらの紙をどうぞ。こちらで働くにあたって必要な事を取りまとめておきました。質問があればまた聞いてくだされ。ジャンガリアン! すまぬが二十日殿と真臼殿にコレを! とりあえず渡したらわかってもらえるはずでござるから頼む!」
ひっきりなしにハム助を尋ねる者と、ハム助自身が呼びつけた人で入り乱れ、そこだけがガヤガヤと賑やかになっている。というか、ハム助待機列ができとる。
「のー、月華よ。これどうにかならぬのか?」
「朝はいつもこうですし、纏めてる人材が増えないとどうにもならないと思いますよ。私も美歯樣から預かった物がありますので、ハム助の所に行ってきますねー」
月華は元々持っていた身軽さで人混みをヒュンヒュン避けると、ハム助の前にある机にドスッと書類を置いた。そしてそのまま「これ、美歯樣が欲しいと仰ってました」と言って即座にこちらへと戻ってくる。
ハム助はというと、その書類をチラリと流し見した瞬間、目の色が濁った。
「いや、昨日と言ってること違うでござるよ、これ……」
呆然と、口を半開きにすること数秒、ギラリと妾達を見やると、大声で「姫様! こちらへ!」と叫んだ。
「ほいほい、何用じゃー?」
「地下で見つけた黒い木を覚えておりますな? あれを出来るだけ形を残して、数本持ってこれませぬか。炭として商品になりそうなのですが、伐採するのにどれくらいの強度の斧が必要か、品質が安定しているか、輸送するにしても問題がないか、色々と情報を取りまとめたいのです。あ、困った事や気づいた事があればこの裏紙に書いてくだされ」
「月華よ、纏めよ」
「地下に行って、黒い木を取りに行きましょう。細かい事は私が後でハム助殿に伝えますね」
「とりあえず迷宮前まで運んで来てくだされば、後の手配はしておきまする。本当は拙者も行きとうございますが……ここ数日、サボり気味でしたからなぁ」
サボり? いや、ハム助はずっと迷宮で働いておったような……蟹を狩ったり、館で月華の変身騒ぎを見たり……って、嗚呼、そういえばこっちの取りまとめは全然やっとらんかったのか。
「……お主にとっては、最早あれがサボりなのじゃなぁ」
「こうした雑談も実はサボり気味でございまする。はっはっは!」
そう笑うハム助をちらちらと見やる者は多く、ハム助が空くのを待っているようだった。ううむ、これはさっさと開放した方が良さそうじゃの……。
「忙しそうじゃし、また夜にでも話そうぞ。とりあえず、黒い木の件は頼まれたぞ」
「気を使わせて申し訳ございませぬな。では、頼んだぞ! 月華よ!」
「はいはーい。かしこまりましたー」
月華が気安く手を振りながら返事を返す。あぁん、妾頼りにされてなさすぎぃ。