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 ロボロフ――月華の刺突剣の柄から、その刀身が撃ち出された。

 回転しながら撃ち出された刀身は、顔無の口腔を貫くと、そのまま後頭部を突き破り、半ばのところで止まった。


 月華が柄を握って少し念じると、柄から新たな刀身が生えてきて、それと同時に真珠の髪飾りから真珠が一つ消える。


「至近距離だと貫通、中距離だと半ば、遠距離だとそもそも当たりもせずか」


 腕を組んで見守っていたアケハ殿が呟いた。


「これ、凄いですね……。最初は姫樣の馬鹿って思ってましたけど、これとんでもなく強いです」


「な? な? じゃから許せ」


「その態度が気に食わないから許しません」


 くっ! 思ったより怒りが深い!


「ただし、普通の刀のようには扱えぬようですな……っと」


 ハム助が痙攣する顔無から刀身を引き抜き、顔無の皮膚に振り下ろした。甲高い音がしたかと思うと、いとも簡単に刀身が曲がってしまっている。


「ロボロ……ではなかった。月華、もしかしてこの刀身、硬さを変えることができるのではないか?」


 曲がった刀身を念入りに見ると、ハム助が言った。先端は潰れず鋭さを保ったままだが、どうも半ば辺りから潰れているように見える。先端とそこ以外で硬さが違うのかの?


「どうでしょう、正直、この体になったばっかりでなんとも……」


 ま、そりゃそうじゃよねー。そもそも、今までのちょこまか動き回りながらチクチク突くのとは全然違う戦い方じゃしの。


「嗚呼、それと自分で気付いておるか知らぬが、お主が刀身を作る度に頭の真珠が一つ消えとるぞ」


「ええっ!? これ有限なんですか!?」


 ロボロフが頭の髪飾りを慌てて手に取る。最初は7つあった真珠が4つになっているのを見て、少しばかり青ざめる。


「けど、多分これアレじゃないかの?」


 髪飾りに触れ、ちょこっと神気をぶち込む。こう、手のひらからドバッと入れる。すると、髪飾りの真珠が4個から6個に増えた。


「ひゃんっ!?」


 月華がビクリと跳ねた。あー、これもう月華の体の一部みたいなものになっとるのな。


「やっぱり、神気がどれくらい残ってるかの目安みたいじゃのこれ。ロボ……月華よ。おぬしも神気使えるんじゃし、自分で入れてみたらどうじゃ」


「えぇっと……こうですかね?」


 と、月華が顔を真っ赤にして「とりゃ~!」と神気を注ぎ込もうとするが、真珠はいっこうに増える気配がない。……ん? いや、ちょっとだけ、すっごく小さな真珠が出来ておるような。砂粒くらいじゃけど。


「はぁはぁ……姫樣ってアレですけど、やっぱりなんだかんだで凄いんですね」


「ロボロフよ、お主なんか神化してから口悪くなってないかえ……?」


 前の時のが、なんかちゃんとそれなりに尊敬してくれとったような気がするぞー?


「ま、とりあえず今日は下手に地下へと潜らず、月華に慣れてもらいながら蟹探しだな」


「んむ、骨を打ち出してくるし、輸送隊が襲われたら危ないしのー」



―――


 結局、迷宮を探し回れども蟹は見当たらず、顔無と油玉が見つかるだけであった。ある程度キリの良いところでハム助以外の3人は迷宮から出ようと言う事になった。ハム助はちょっとした用事があるので少しばかし残るらしい。なんか、最近ハム助と美歯は忙しさが凄いことになって来てるのぅ。


 村へと帰り、館に入る前に体を綺麗にしてしまえと3人で風呂へ入ることにする。


「強くなったはずなのに、なんだか前より疲れてる気がします……」


 巨大な風呂釜に浸かりながら月華がくたびれた様子で言葉を零した。因みに、この風呂はいつのまにやら美歯が作らせていた代物である。水を引く配管はなんと、肉をくり抜いた顔無の腕やら脚との事。そんなもんよくつなぎ合わせられたの。


「神化したてとは思えないほど動けているように見えたがな。まぁ、毎日妖魔を狩っていれば嫌でも新しい体に慣れるさ」


「嗚呼、なんだか余計な苦労をしているような気分……姫様のせいですよー」


 月華がぷにぷにと妾のほっぺたを突く。負けじとこちらもぷにぷに返し。むっ? 中々のすべすべ具合。


「しっかし、あれだな。よりによって、こんな物を風呂にしなくても良かっただろうに。いまいち落ち着かん」


「そうかの? 3人入っても余裕じゃし、いい風呂じゃと思うんじゃがのぅ? 妾とかこの大きい風呂場を見た時、狂喜乱舞したものじゃが……帝都じゃと、こんな風に露天ではなく、ちゃんとした建物の中にあるからか?」


 この牛頭家が作った風呂場は、四方を布で隠し、床に白い砂利を敷いただけの簡単な作りとなっている。まー、これだけでも十分なんじゃけどなー。


「そうか、お前らは帝都にいなかったから知らないのか。この釜は元々、処刑に使われていたものだ。最近は飽きたようだが、将軍は釜茹での刑が好きでな……。昔、盗賊団の捕物に協力して、後日報奨金をもらいに行ったら、茹でた肉を出されてな。その時は何も考えずに食べたが、後で――」


「夜眠れなくなるからやめるのじゃ! マジやめるのじゃ!!」


「私、絶対に帝都行きません」


「因みに、報奨金事態はそれなりに良い稼ぎになったぞ。まぁ、渡される時に”あの賊は文字通り、お主の血肉となったようじゃのぉ。カッカッカ”と笑われた時はキレそうになったが」


「あー! 聞こえぬのじゃー! 聞こえないのじゃー!!」


「嗚呼……そんな事に使われていたなら、そりゃ誰も欲しがらずに安く……なんてもの買ってるんですか美歯様ぁ……」


 な、なんかこの風呂が急に熱く感じてきたのじゃ……。





 翌日、迷宮の前にある作業場まで行くと、山寝が困ったように”ちゅ~”と鳴いていた。


「山寝よ、一体どうしたのじゃ?」


「あ、姫さまー、実はねー、妖魔の肉を茹でてる釜の一つが変になったのー」


「変?」


「ほらー、これー」


 と、山寝が指差した釜を見ると、苦悶の表情を浮かべた人の顔が浮かんでいる……。怨念が染み付いとるではないかぁぁぁーーー!?


 因みに、美歯にも相談したが「もったいのぅございます」と返すだけで、この人面釜はそのまま使われることとなった。それなりに稼げるようになったんじゃし、買い替えても良さそうなものなんじゃけどなぁ……。


―――


 以前と同じように迷宮の中を4人で進み、地下へと続く階段まで着いた。階段はこの迷宮らしく巨大で、30人くらいが横になって同時に降りることができそうに見える。


「まずは拙者が」とハム助が先導して階段を降りて行く。その足取りは軽く、地下に対する不安という物を感じさせない。


 すぐに下まで着いたらしく「大丈夫ですぞ」との声が聞こえた。こやつ、中々に命知らずじゃのー。


 地下に降りると、そこは森になっていた。巨大な森じゃ。但し、生えている木は全て真っ黒なうえに枯れている。地面は地上と同じく、黒く重い土で出来ている。


 適当に持ってきていた石を黒い木に投げる。キン、という甲高い音がして、ボロリと木の表面が剥がれ落ちた。その中はまだ黒い。


「……炭かの?」


「恐らくそうかと。幾つか持ち帰り、試してましょうぞ」


 辺りを警戒しながら進んでいくと、耳障りな羽音が聞こえてきた。

 刀と雷玉を構え、じっと前を見据えると、巨大な蝿が複数の目玉をギョロギョロと動かしながら、妾達を観察しているのが見えた。


「頭に大量、ケツと胴体にも幾つか目玉があるようだな。上の蟹と同じようなものか」


「蝿のぅ……こういう手合って恐ろしく素早いイメージがあるんじゃよなぁ」


 そうこう話している内に、蝿がジグザグに動きながらこちらに迫ってきた。途中、何度か雷玉を放つが、全て避けられてしまう。マジ蝿っぽくて鬱陶しい動きなのじゃ。


 妾達と蝿の距離が、数十尺になろうかと言うほど近づくと、突如蝿のケツが先端から首元まで十字に割れる。割れた腹の中心には黒い牙が生えそろっていた。

 どうやらその中に妾達を迎え入れるつもりらしく、気が早いことにもうよだれを垂らしている。


 なんというか、蛸を真下から見た感じじゃの、これ。頭は蝿、下半身は蛸。こやつは蛸蝿と名付けよう。


「あっ、あわわわあああ!?」


 突如として現れた牙と、ギザギザが付いた複数本の脚に度肝を抜かれた月華が思わず刀身を撃ちだした。だが、蝿らしくそれを悠々と交わし、そのまま月華へと襲いかかる。


「きゃああああああ!?」


 と、月華が乙女らしく叫び、華を模した柄を真正面に向ける。すると、その華が花弁をしっかりと、大きく開いた。そしてすぐさま巨大化し、円形の盾となる。


 ガリリッと、石を削るような音が響く。蛸蝿が、脚から生えたよくわからないギザギザで盾を抱え込んでいる。あのギザギザっぽいの爪かの?


 すんでの所で噛まれる事を防いだ月花じゃが、盾を咥え込む蛸蝿の脚が、すぐさま盾をミシリ、ミシリと砕こうとしている。


「ひ、姫サマぁぁぁーーー!?」


 と、月華が叫んだのも束の間、アケハ殿が脚をザンッと数本ほど叩き切る。どうやら、頑丈さはそれほどでも無いらしいのぅ。


「ぐわっ、こ、こやつの脚、異様な弾力のせいで刃が通りませぬぞ!」


 と、思ったがハム助の刀では斬れない様子。これは草刈り丸でも微妙かもしれぬのー。


 脚を斬られ、宙へと逃げ出そうとした蛸蝿の頭を巨大な鉄棍のようにした草刈り丸で叩く。羽音が一瞬だが止まった。だが、止まったのは一瞬で、残った脚で月華を抱えながら宙へと逃げ去る。


「た、助けてぇーーーー!!!」


 月華の盾はもう罅だらけになっており、すぐにでも砕けそうに見えた。手を離して逃げようにも、蛸のような脚とは又違う、細い触手の一つが、月華の脚に絡んでいた。


「月華! そのまま撃て! 再装填はすぐに出来るだろう!」


「あっ、そっか! 出ろ! 出ろ! 出ろーーーー! 早く出てーーー!?」


 盾が崩れ、ボシュッという音がしたかと思うと、蛸蝿の頭から月華の刺突剣が飛び出した。それと同時に爆発も起こり、羽音が止んだ。空を飛んでいた蛸蝿が落下し、当然じゃが月華も共に落ちる。


「きゃああああああーーー!? って、あれ?」


「ホイッと」


 落下してくる月華を物体浮遊術で少しずつ減速させ、そっと地面に下ろす。ロ……月華よ、妾にこの術を学ばせた牡蠣虫に感謝するのじゃぞ。


 月華とは違い、ドゴンと地面に叩きつけられた蛸蝿は虫らしくピクリピクリと痙攣している。脚も全て丸め、元の蝿らしい姿じゃ。


 念の為に、脚の中に草刈り丸を伸ばし、少々燃やす。すると途端にヴヴヴヴヴヴ! と暴れた後、動かなくなった。


 こやつ、死んだふりまでしよるか……。いや、実はこれもまだ死んだふりでは……?


「面倒だ、とりあえず十分割くらいすれば動けなくなるだろう」


 あっ、アケハ殿が斬りにいってしもうた。



―――


 結局、しっかり死んでいたらしく、そのまま何事もなく切り刻む事が出来た。アケハ殿には弾力がある脚を解体してもらい、妾とハム助は頭の方を解体して回った。


「むむむ、コヤツ頭も硬いですぞ。目玉くらいしかまともに刺さりませぬ。関節部はー……ううむ、首元と脚の継ぎ目くらいでござるかな」


「ふむ、では妾は先程と同じようにくさか……一家一本刀を鈍器みたいにして使うのが良いかの」


 なんか、妾が叩いた所、甲羅が結構へこんどるし、そっちのが有効そうじゃ。


「死ぬかと思いました……」


「何、そのお陰で盾を作り出せるということがわかったんだ。戦いの中で成長できた事を喜べ」


「成長する為のリスク高すぎません!?」


 けど、実際こういう経験こそが成長への近道じゃしのぉ……。妾も地味に危ない橋を結構渡っとるし。


「おお! コヤツの脚を月華の出した剣先で突いたら裂けたでござる! こやつ、突かれるのには弱いのかもしれませぬな!」


「そういえば、さっきも撃った刀身が頭を貫きましたね。けど、こいつ避けるんですよね……」


 月華が、だったら今度はどうすれば? と腕を組み悩み始めた。新しい体になった分、選択肢が増えて大変じゃのぉ。妾はもう単純明快な鈍器路線で行くのじゃ。


「ところで、ハム助。お前、本当はすぐに殺れたろう」


 ざっくざっくと脚を斬りながら、アケハ殿が言った。


「ん? いや、これだけの大きさの妖魔をすぐさま仕留めるのは、正直無理でござるなぁ……」


 さっき、脚に斬りかかった時も思いっきり弾かれてたしのー。


「こいつ、普通の蛸と同じで頭と脚の真ん中辺りに脳みそがあるんだな」


 ポン、とアケハ殿がこちらに白い肉塊を投げつけた、べちゃり、と地面に落ちた物を見る。これがこやつの脳みそかの? 図体がデカイわりには意外と小さい。とは言っても、妾の頭くらいあるが。


「こいつが月華に真っ直ぐ飛んで行った瞬間、目が急所に行っていたぞ。盾を広げるのを見て突き刺しに行くのをやめたようだがな」


 厳しく育てるのもほどほどにな、とアケハ殿が脚を切る作業に戻った。月華はハム助をじとっとした目で見つめている。


 見れば、月華の脚に巻き付いていた触手もいつの間にか斬られており、ハム助の腰に刺さっていた小刀の一本がなくなっている。


 そういえば此奴、山吹お姉さんが襲ってきた時、やたら的確に骨を投げとったの……。盾が崩れる寸前に、月華が逃げれるようにと、小刀を投げて触手を斬っとったのか?


「おっほん! 部下を育てるのは上司の役目でござる!」


 あっ! こいつ開き直りよった!



―――


細長い板を何十枚か連結し、階段に渡し、それに妖魔の遺骸を載せた荷車の両輪を乗せると、輸送隊がちゅーちゅーと奮闘しながら台車を上げ始める。


「危険でござるから、絶対に荷車の後ろには立ってはならぬぞー!」


 万が一、落ちた時の事を考えてか、荷車の両脇に持ち手を作り、そこから運べるようにもしている。嗚呼、昨日言っておった野暮用とはこれのことか。


「板も適当に用意したわけではなかろう。ハム助ぇ……蛸蝿の件と良い、先に降りて下見しておったな?」


「いやー、流石に月華が心配でございましたし、これくらいは下準備しておきませぬとな」


 そういえば此奴、今日も妾達が迷宮に来る前にはもうこっちにおったな……。もしや、迷宮前に建て始めた小屋で寝泊まりしたのか? このくっそ寒い時期に、あのまったく暖かくない未完成の小屋で?


「お主も疲れておったじゃろうに。そこまで無理しなくても良いんじゃよ?」


「何、拙者はただ物を用意してくれと頼んだのみ。本当に頑張ってくれたのは昨日今日という間にこれを準備してくれた者達でござるよ。労うならば、そちらを労ってくだされ」


 ううむ、そう言うのなら、別にいいんじゃがのー……? こやつ、本当に無理しとらんよの?






次話予告「ハム助、死す!」


後、お盆で実家に帰るため不定期更新となります。

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