12
「巨大蟹妖魔の肉ですが、売り物になりませぬ」
蟹を討伐した4人を館の居間に集めると、美歯が沈痛な趣きで、顔を斜め下に向けながら、深刻そうにそう言った。
「なんじゃ、わざわざ朝から呼んだかと思えばそれだけかえ?」
「苦戦したのだがな、商品にはならんか」
「リスクを背負うのは経営者の務めでござる。売り物にならなかったとしても、蟹討伐の危険手当は頂きまするぞ」
「あれ、けど美歯樣。顔辺りの甲羅を見て、高値で売れそうって――」
美歯がギロリとロボロフを睨むと、ロボロフはすぐさま口をつぐんだ。肉はダメそうじゃったけど、甲羅は高かったんじゃな。
「おっほん! しかし、話しを聞いた所、巨大蟹は巨大な骨を弾として撃っているにも関わらず、際限なく撃ってきたとの事。ならば、それを生み出せるだけの妖気……地脈の力があるはずですから、もっと質の良い肥料となるはずなのです」
ふむふむ、と4人で頷く。因みに、確かにそうだなと納得してる風なのが二人、よくわからんが頷いてるのが二人。後でロボロフにこっそり妖気やら地脈の意味聞いておくかの。
「と、くれば。もしかすると体内に宝玉を作っておったのではないかと思いましてな。斬ったはったの最中、それらしきものを見ませんでしたかな?」
「宝玉でござるか。輸送の護衛もしましたが、それらしきものを運んでいるのは見ませんでしたな」
ロボロフが、ちらりと妾とアカハ殿を見た。すかさず目を合わせ、パチーンと片目を閉じる。ロボロフが小さく頷く。因みにアカハ殿は額に指をあてて必死に思い出そうとしている。
「宝玉って言うと、強力な術が使えるっていう代物でしたよね? 確か、強い妖魔からしか出ないっていう。見掛けはまるで宝石のようだとか」
ロボロフよ、ナイス説明セリフじゃ! すかさず、さも知ってましたよと言わんばかりに話しに乗っかる。
「宝玉のぅ、解体しとったがそんなものは見とら……ん……ぞ?」
「牛頭姫、たしかお前、昨晩風呂で自慢げに「綺麗な石拾ったのじゃー」って白い珠を磨いてなかったか」
めっちゃ磨いてた。童心に帰って磨いとった。というか、今も持っとるし、この後も磨いてさらなる艶を出そうとしとったし。
「姫樣……」
おお、美歯よ。なんという目つきじゃ。やって良いことと悪いことの区別くらいつけろやという眼差しじゃ。けど知らなかったんじゃもん、仕方がなくない?
「なに、貴重なものだとこう、直感的な何かで悟ったのでな。保護しておった」
「牛頭姫、たしかお前、昨晩「焼けば泥球みたいにもっとカッチカチのツルピカになるかのー」とか言って宝玉を草刈り丸で焼いてなかったか」
「姫ぇ……」
おお、ロボロフよ。なんという目つきじゃ。なんで私の主はこんなに残念なんだろうと失望しておる眼差しじゃ。その目が一番心に刺さるからやめてほしいのじゃ。
「まぁ、どうせ姫樣が持っておるだろうなと思っておりました。さて、では本題に入らせて頂きますじゃ」
「え? 先程までの流れ、ただ妾をディスるためだけじゃったの?」
「皆の交流を深めるためのれくりえいしょんという奴ですじゃ」
嫌じゃ! そんな妾だけがイジられるだけのれくりえいしょん嫌じゃ!
「実はと言うと、蟹を退治した後、他にも蟹がおらぬか公巣家の者に索敵してもらっておりましてな。蟹は見つかりませんだが、代わりに地下に続く階段を見つけたのです」
「なるほど、話しが見えましたぞ。我ら4人で地下へと潜り、どのようになっているのか見てきてくれという事ですな?」
うむ、と美歯がこくりと頷いた。それを見たロボロフが、不安そうな様子で、あの、と控えめに声を出した。
「私、逃げたり動き回るのは得意ですけど、戦って、相手を倒すとなれば油球相手ですら難しいのです。蟹の時も思いましたが、こんな私が付いていっても戦力になるとは、とても……」
まぁ、確かにそうじゃのぉ……。蟹のときも、注意を逸したりするだけで脚の一本も落としてないようじゃったしの。ロボロフの体は小さい。そのうえ、得意とする武器も細長い刺突剣ときた。動き回るのには有利じゃが、迷宮の大きい妖魔を狩るのは大変なんじゃろうな。
「安心せよ。確かにお主は力が弱い。じゃが、お主には速さと、何よりも内に秘めた神気がある。意識しておらぬじゃろうが、普段からお主は早く走るのにも神気を使っておるのじゃぞ?」
へー、知らなんだ。そういえば、妾も日常生活と戦の時で筋力やらが違う気がしとったが。妾も無意識に神気を使っとったのかの?
武人であるアカハ殿は、何を今更と冷めた様子で腕を組んでいる。アカハ殿、戦に関しては本当に博識なんじゃな。
「蟹から取った宝玉で術を使えるようにすれば、お主の力不足も解消されよう。ささ、姫樣。宝玉をお渡しくだされ」
宝玉をロボロフにズイッと渡そうとすると、白く艷やかな球面にこれまた白いロボロフの顔が映った。白色同士、中々相性が良さそうじゃの。
だが、ロボロフの顔色は優れないままで、宝玉を受け取ろうとしない。これは……遠慮しとるな?
「お気持ちはありがたいのですが、ただの一鼠族である私がこんな物を貰うわけには……それに、神気という事なら姫樣がお使いになった方が良いのでは?」
「いやいや、これはお主が使うのが一番良いと美歯も考えたのじゃろう。だから遠慮するでない」
「ですが……宝玉とは高価な物で、多分姫樣が思っているよりも凄い物なんです。私に見合うとは思えません」
「いやいやいや、これから先も迷宮で妖魔狩りをすれば、それこそボロボロ出るに決まっとる。だから気にせず受け取るが良い」
「これから先出るのだと言うのであれば、そのボロボロ出た後のお零れで十分です。その……宝玉を使いこなせる自信がないのです。」
「じゃーかーらー、その自信を付けるためにも、の? きっと凄いぞー? 格好良いぞー? 皆からチューチューもてはやされるぞー?」
「そんな……自らの力でもない、宝玉を使っているだけの仮の力で増長してしまいます。やはり私には……」
嗚呼もう、嗚呼言えばこう言うのぅ! いい加減イライラしてきたのじゃ!
「よいから受け取らんかーーー!! これは最早、お主専用の宝玉じゃあああああ!!!」
そう、妾が叫んだ。宝玉にぴしりと罅が入る。すわ、思わず力を入れすぎてしもうたか? と焦るのも束の間。罅だと思われたところから宝玉が、ふわりと割れた。否、割れたのではない。
まるで蓮の蕾が咲くかのように、宝玉が咲いたのだ。
その様子を見た、皆があっけに取られた。だが、ロボロフだけは違った、恍惚とした顔で宝玉の華に見とれている。その瞳には今まで見たことのない煌めきが見える。そしてその小さな手で、そっと宝玉に触れた。
ブワリと華が更に大きく、優雅になった。今まで七分咲き程度であった宝玉だが、今は十分咲を超えて二十分咲と言ってもよいほど咲き乱れている。
勢い良く咲いた後は、風に揺られ、自身を散らし、純白の花弁がロボロフを包み込むように渦を巻いた。小さなロボロフはあっという間に花弁に包まれ、その姿が見えなくなる。
「ロ、ロボロフよ大丈夫か!?」
思わぬ事態に呆然としてしまったが、我に返って声をかけた。
「は、はい……」
とロボロフの控えめだが、透き通るような声が返ってくる。それと同時に風も止み、花弁がふわりと辺りに散った。
花弁の渦が消え去って、その後からは妾よりも数歳ほど年上であろう神族の姿が見えた。
幾筋か茶が差し込んだ、雪の精のような白い髪の毛。その白を基調とした髪を、真珠の髪飾りが彩っている。
全身を覆う、花弁に見立てられた骨の甲冑は少しばかり不気味だが、それよりも華のような。可憐さが際立った。
手には、針をそのまま大きくしたような刺突剣を持っており、その柄にも華の造形が見受けられる。
「あれ? なんだか視点が高くなったような……」
神族となり、主君目を差し引いても美しくなったロボロフを見て、美歯が膝から崩れ落ちた。いや、前から可愛かったんじゃけどな? なんかモフモフ可愛いから正統派美少女系になったというか。
「あぁ……もうなんと言えば良いのか……姫樣……昨日、結構重大な話しをシレッとしましたしもうちょっと自重と言うものをしてくださるものかと、この美歯は思っておりましたのに……それはまだはよぅございます……」
「……えっ? えっ? び、美歯樣!? 私、今どうなっているんですか!?」
「わ、妾は悪ぅない! 妾は悪ぅない! ほ、宝玉じゃ! コレは全部宝玉が悪いのじゃ!」
だって! 妾こんな事しようと思っておらんかったもん! そりゃ、ちょっとイライラして感情が高ぶって押し付けようって気持ちが凄く出ておったけど!
「あー……とりあえず、神化した直後は体の感覚が違うから気をつけろ。特に頭と肘だな。私もよくぶつけた」
「……驚きすぎて、姫樣を煽る文句が思い浮かびませぬ……と、とりあえずロボロフ? なのだな? 体は大丈夫でござるか? 痛いところは? 記憶は確かか?」
ロボロフが、じっと自分の手を見た。おお……黒い瞳孔が恐ろしい勢いで大きくなっておる。そしてピクリとも動かんようになった。これは完全に思考停止してしまっておるな?
……よし! まだ皆が混乱している今の間に、こっそりと逃げるのじゃ! 妾しーらない!
じゃが、障子を開けようとしたところで背中の襟を掴まれる。
「姫様、これは一体どういうことですか?」
振り向くと、ガチ真顔のロボロフがいた。少し太めの白い眉が以前の名残を残している。いかん、これマジ顔じゃ。とりあえず問題を解決するために搾り取れるやつから情報を搾り取ろうという顔じゃ。
思わず、助けを求めて他の3人を見やる。じゃが、3人とも我関せずと目を合わそうともせぬ! 何たる奴らじゃ!
「姫樣。心当たりは?」
襟をギリギリと締め付け、高く持ち上げられる。ヒィィ! ロボロフよ! お主そんなキャラではなかったじゃろ! もっと自信なさげに”ひ、姫樣、はぁ、しょうがないですねぇ”とか言うキャラじゃったじゃろ!
「し、知らぬーーー! 妾にもわからぬのじゃーーー! いや、本当に妾は何もしておらぬ! ただ、宝玉をお主に渡そうとしただけじゃーーー!」
嘘は言っておらぬ! 実はあの時、迸るイライラと共に神気をガッツリ使ってしまった感じがあったが妾は何もしておらぬ!
「そ、そうじゃ! 美歯! 美歯なら知っとるかもしれぬ! なんかさっき意味ありげな事言ってたじゃろ!」
ロボロフが妾を締め上げたまま「美歯樣、心当たりがあるのですか?」と問いかけた。あぁん、力を緩める気ナシなのじゃ。
「ううむ……うーむっ……! こうなっては仕方がないの。ロボロフ、ハム助よ、これから話すことは他言無用じゃぞ?
まず、うっすら気づいているじゃろうが姫樣は帝じゃ。そして、今の所は皇族の血筋であると”匂わせて”おる」
ロボロフとハム助が少しばかり黙った。視点が定まらぬまま、目を見開いて考え事をしている。なんかプチパニックって感じじゃの。
先に口を開いたのはハム助であった。
「あー……開戦はいつでござるか? そして相手は?」
「気が早い。今はそれをさせぬために工作しておるのじゃぞ。」
「此度の迷宮商売も戦力を整えるための偽装で? それも、結構な前から考えてござったな? 無用の長物と思えるほどしっかりとした台車を多く用意しておる所から、疑問には思ってござった」
「迷宮商売は姫樣が野良妖魔相手に暴れ始めた頃から考えた。これ、大きくなってきたら絶対隠し通せぬと思っての」
「私にもわかるように言ってください! 今は私が一番混乱しているんですよ!?」
ロボロフ魂の叫びである。アケハ殿は「神化した直後は混乱するよな、わかる」と言ってしきりに頷いている。
「ロボロフよ、新入家臣教育で教えたであろう。神族は自らを神と名乗る始祖帝によって作られたと。それと同じことが今おきただけじゃ」
「えぇ……その、それじゃあ私、これからどうなるんですか?」
ロボロフが不安で涙ぐみながら美歯を見つめる。それと、いい加減襟元から手を離してくれんかのー……ずっと宙ぶらりんなの地味に苦しいんじゃが。
「まだ姫樣を帝だと公布する段階ではない。今は皇族の一員が何故か迷宮商売を助けてくださっている、と匂わせておる段階じゃ。よって、ロボロフよ。お主は山吹殿の紹介で来た神族の一人として振る舞え。名は……そうじゃのぉ……」
アカハ殿の目がキラリと輝くのが見えた。
「月のような宝玉が、華のように咲いた後から神化したのだ。月華というのだどうだ?」
「ふぉぉぉ……。拙者の中二スピリッツが身悶えするのを感じるでござる……」
「まぁそれで良いか。ではロボロフよ。お主は今日から月華と名乗れ。ロボロフは昨日、蟹と戦った時に傷つき、湯布院で療養中とでもしておけば良い」
「では、月華よ。神化したばかりで体の感覚がイマイチわからないだろう。動かしにいくぞ。付いてこい」
「わ、私の意志とは関係なく勝手に話しが進んでいくぅ……」
「世の中そんなもんじゃよー」