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「で、倒したけどどうやって運ぶのじゃこれ」


 結局、頭の中をズタズタにされてそのまま亡き者となった巨大蟹を前にして、これまた一つの難題が生まれてしまった。

いや、予め考えておけって話しなんじゃけどな?


「ううむ、蟹がこの一匹だけならば話しは簡単なのですが、他にも潜んでいた場合、輸送の者が危険ですからな……」


「んー、私が辺りを偵察して、安全を確認してから輸送の者達を案内しますか?」


「私に知恵を求めるな、頑張って運ぶしか思い浮かばん」


「まぁ、やっぱりそういう感じじゃよなぁ……無難なのは、ロボロフとハム助の二人で護衛しながら輸送班を連れてくる事かの?」


「これだけ大きければ人手もそれなりに必要でしょう。護衛も含め、適当に人をかっぱらってまいります。姫樣とアケハ殿は蟹を先に解体しておいてくださいませ。肥料に適しているのは頭の肉がある部分と思われますので、そちらを優先しておいてくださいませ」


「うむ、任せよ」


―――


 と、言うわけでロボロフとハム助に連絡を頼んだ後、妾とかアケハ殿で蟹の解体をする事になった。脚は結構スカスカじゃったし、実質的には鋏と頭だけって考えたら結構楽かもしれんの?


「ところで、だ。なんで皇族がこんなところで血なまぐさい事をしているんだ? 私が知る限りじゃあ、皇族はみんな結界の維持だけして優雅に暮らしてるって感じなんだが」


 アケハ殿が刀でゴリゴリと蟹を解体しつつ言った。血に濡れるのもなんのそのと言った風である。まぁ、もうすでに全身青い血だらけになってるからじゃろうけど。


「まず、皇族ってのが勘違いじゃよ。妾、どうやらお家の事情で捨てられた謎の子っぽいしのぉ」


「じゃあ、親が皇族なのか?」


 んー、アケハ殿は山吹殿からの紹介みたいだし、言っても大丈夫かの?


「いや、母親は白虎家の家臣とは聞いたが他は知らぬ」


「じゃあ、親父が皇族なんじゃないのか。山吹からは皇関係で頼みたい事があると言われたからな」


 あれ? もしかして我ほんとうに皇族?


「そうなのかえ? んんん? だがのー、そう言われてものー。正直よくわからんのじゃ」


「山吹とも会ったんだろう? その時何か言われなかったのか」


「いやー、特には……」


 というか、正直あんまり会話の内容覚えておらんし……。


「あいつが特に意味もなく急いでくれと言うとも思えないんだがな……うーむ、わからん」


 暫く、無言の間が続く。お互いにガリガリ、ばきん、ブチブチ、ざしゅっ、と音を立てながら蟹を解体する音だけが響く。あ、なんかよくわからん白くて綺麗な丸い石が出てきたのじゃ。手のひらサイズで、撫でると実に馴染む。……ちょっと欲しいのこれ。わ、妾も頑張ったしこっそり貰ってもバチはあたらんかの?


「あ」


 と、静寂にアケハ殿の声が響いた。ちょうどやましい事を考えていたので思わず体がビクンと跳ねる。


「その刀、名前は?」


「へ? この一家一本刀かえ?」


「いや、蟹と戦ってる時に別の名前で呼んでいただろう?」


「嗚呼、そういえば山吹殿に言われて名前を変えたのじゃ。理由は教えてくれんかったが」


「前の名前は?」


「草刈り丸じゃけど」


 それを聞いて、アケハ殿が「ん?」と何か記憶を掘り起こすように遠い目をした。少しして、鋭い目で妾の刀を見る。


草薙剣(くさなぎのつるぎ)か」


「なにその名前格好いいのじゃ」


 草刈りよりも、そっちの方が断然格好いいのじゃ。朱刃(アケハ)殿、格好いい当て字の名前なだけあってセンスいいのう。


「なるほど、ある程度は合点がいった。これは急いでくれと言うわけだ。だがなぁ……うーん。なぁ、姫よ」


「なーんじゃ」蟹の身をぶちぶち引き裂きながら返事をする。やっぱり、中身は柔らかいのー。


「私は、お前を殺すべきかもしれん」


「へ?」


 急に何を言っとるんじゃ、この人。


「別に恨みがあるというわけではないし、お前に罪があるわけでもない。だが、場合によっては殺す」


「えぇ……」


 なんで昨日会ったばかりの人に殺害予告されなきゃならんのじゃ……。しかも、言ってることもわけわからんし……。


「えっと、一応理由を聞いてもいいかの?」


「これはあくまでも予想だが……、お前は始祖帝と同じ、生物としての帝だ。……知っていて始祖帝の剣と同じような名前を付けたわけではないのか?」


「いや、ただ草を刈るのに使ってたからじゃけど……。後、草刈り丸っていう名前が似とるだけでそこまで行くのは流石に突飛すぎるのではないかのぉ?」


 正直、発想がぶっ飛びすぎててちょっと引くのじゃ。自分だけは特別とか、実は自分には隠された力がー! とかは確かにワクワクするし、最近それっぽい事も言ったが、流石に自分が始祖帝と同じというのは、スケールがでかすぎて言えんのじゃ……。


 いや、実際そうだったらちょっぴり気分は高揚するがの?


「お前は生きているだけで勝手に祭り上げられて、それが火種になる。今のうちにお前を殺すのが一番世の為かもしれん。次に温和な収まり方としてはお前の親父がいる皇族の元に戻ることだろうが、それにしたって問題は出るだろうな」


「妾の意志は関係ないのかのー?」


「関係ない。個人の意志なぞそういったものだ」


 世知辛いのー。もし、アケハ殿が言ってる事が事実だったとしても、妾そんなに凄いのにこうやって地道に解体作業しないといけないのってもっと世知辛いのー。


―――


「って、言われたんじゃが、美歯よ。妾って帝って奴なのかえ?」


 解体を終え、巨大蟹を運び終え、ぐったりとしながらもアケハ殿と一緒に風呂に入り全身の血を洗い流し、館に戻った後は、これまたアケハ殿のために用意された食事を横からつまみ食いしていると美歯がやってきたので聞いてみた。


「私はそうだと思うぞ。で、ないと刀を鉄柱の様に大きく出来んだろう。む? 昨日の夕餉がいまいちだった分、期待していなかったが、この芋、美味いな……」


「ほっほっほ、この辺りは米こそ育ちにくいですが、代わりに芋や蕎麦がよく育ちましてな。まぁ、所謂痩せた土地でも育つ物が名産なのですよ」


「あ”あ”ぁ~、牧草以外の物を食べるのなんて久しぶりなのじゃぁあ~」


 昨日、金平糖を食べたが、あれはおやつなので別計算じゃ。美味いのぅ、美味いのぅ、よく働いた後なのもあってなお美味じゃ。


「おい、姫、おい、牛頭姫、取りすぎだ。おい、待て! 少しくらい摘まむのは良いが半分以上取るのは流石にやめてくれ」


「妾、帝じゃしー、始祖帝みたいになるために栄養が必要じゃしー」


「ほっほっほ、とりあえず、お二人の誤解を幾つか解かねばなりませぬな。まず、姫樣は別に皇族の関係者ではございませぬよ。もしかすると、すこーしくらいは血が入っているかもしれませぬが、他人ですな。ま、そう思ってくださったなら、思い通りではございまするが」


 まぁ、予想しとったけど、流石の妾もそこまで高貴な血は流れとらんよのー。白虎家の家臣の血が入ってるってだけでもそこそこ良いとこの血ではあるんじゃけど。


「次に、アケハ樣が姫樣を斬られますと、それこそ面倒な事になりまする。姫樣の噂もぼちぼち帝都に流れている頃ですし、皇族と将軍家で戦が起こるかもしれませぬ」


 ずずず、と美歯が自分用にも用意していた味噌汁を啜りながら、呑気に言い放った。あれ? 今更じゃけど、ここにいる3人で、なんで妾だけちゃんと膳が用意されとらんの?


「皇族と将軍家で戦……? 飯のタネになりそうな事は大凡把握していたつもりなんだ……が……」


 アケハ殿が考え込み始めた。どうやら手元がお留守になっておるようなので、ガードが硬かった煮豆を今のうちにひょいひょいと摘まむ。美味い。


「いや、マジか。そうか、山吹の意図がようやくわかった。くそ、あいつ、そういえば終始にやけながら説明してたな……ああもう!」


 山吹お姉さんに悪態をついているアケハ殿はどうやら妾が目に入っておらぬ様子。味噌汁美味いのぅ……、具として入っとる豆腐も美味いのぅ……豆腐とか食べたの何年ぶりかのぅ……。


「さて、降りますかな? 降りるならば山吹樣から貰っているであろう前金の返済と、此度の事を喋らぬとの確約をしていただきますが」


「降りるも何も、ここまで知って降りれるものか」


 何やら、大きな存在感を放っている小さめの土鍋をパカッと開ける。すると、湯気と共に潮の匂いが妾の鼻孔を直撃した。


 む、虫じゃ! 牡蠣虫の塩焼きじゃ! このクッソ貧乏かつど田舎のスカンピン国でも養殖されていると聞いた事はあったが、まさか実際に牛頭家の食卓に上がることがあろうとは思わなんだ! それも5匹分もあるではないか!


 甲羅ごと蒸し焼きにしただけでこの匂いか! 恐ろしい! 恐ろしいのじゃ! こんな恐ろしい物は早く胃の中に収めてしまわねば!


 パキリと殻を外し、その白い身を箸で掴もうとしたところで、ガシリと腕を掴まれた。アケハ殿が「それは酒の肴だ」と低い声で言った。なるほど、酒の肴なんじゃな。


 じゃが、それが一体何だと言うのじゃ? 箸をもう片方の手で持ち替えて、白い身を掴もうとしたところで、もう片方の腕もガシリと掴まれた。


「……何故じゃ?」


「それはこっちの台詞だ。さっきから煮豆やら味噌汁やら散々盗っただろう。流石に酒の肴の主役まで盗られたらかなわん」


 どうやら、アケハ殿は帝たる妾に牡蠣虫を寄越さぬつもりの様子。目で(ちょっとだけ! ちょっとだけじゃから!)と訴えるが、アケハ殿の目からは(絶対ダメ)という強固な意志を感じる。妾の腕を掴む手の力も弱まる気配がない。


 じゃが、妾はどうしても食べたい! この、ハム助が武者修行に行った時に食べたらしく、絶品でしたぞ! と無駄に自慢されたこの牡蠣虫を食べたい!


 すると、なんということじゃろう! 牡蠣虫の白い身がふわりと宙に浮いたではないか!


「あっ! コラ! くそっ! これだから帝ってやつは! 戦記通りじゃないか!」


 おお……妾が牡蠣虫を食べたいと思うのと同じように、牡蠣虫も妾に食べて欲しいと近寄ってきたということか……これぞ運命という奴じゃな! なんか神気を使ってる感じあるけど、気の所為じゃな!


 ふわり、ふわりと漂いつつも白い身が妾の口の元へと運ばれて――。


「させるか!」


 いる途中でアケハ殿に食われた! わ、妾の牡蠣虫ーーー!



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