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「私が求める物は三つ。酒、飯、戦だ。それを用意してもらえるなら後はどうでも良い。強いていうなら、美味い酒と美味い飯と楽しい戦いだ」


 これにはロボロフもちゅ~と困った顔をした。目つきの鋭いお姉さんはいつのまにやら正座から胡座に座り直しており、緊張が解けたようだった。


「ロボロフよ」


 ちゅ? とロボロフがこちらを見た、白い眉毛が冬になってモッフモフになっておる。


「その……どうせだったら、妾の分も一緒に美味しいご飯を用意して貰っても良いかの? 赤貧なのはわかっておる、わかってはおるが……肥料商売……儲かっておるんじゃろ?」


「し、しかし姫樣……そのお金は迷宮開発のために使うと美歯樣が……」


「なぁに、ちょっとじゃよ! ちょっとちょっと!」


「そうだそうだ、何、そこの姫樣と私の飲食代くらい安いものだろう?」


「そうじゃそうじゃ! 毎日働かせておいて食事は牧草ばかりでたまーに漬物が付くようになっただけではないか!」


「酒も浴びるように飲みたいってわけじゃあない。新参者だし、わがままは言わん。三日に一升で我慢しよう」


「え、えっと、そのぉ……」


 よし! もう一息じゃ!


 という所で、パンッという乾いた音が二度鳴った。


「はい、そこまでですじゃ。その辺りに関しては拙者に考えがございまする」


「び、美歯樣」


「うむ、飢えた獣二人相手によく耐えたぞロボロフ。ここからはワシに任せよ」


 えっ? 妾達飢えた獣扱い?


「さて、姫樣と……失礼ですが、お名前は?」


「アケハだ。朱色の朱に、刀の刃のハで、朱刃(アケハ)と呼ばれている。私の牙は赤いからな、そこから付けてもらったんだ」


 そう言って、アケハ殿が口を開くと、確かに犬歯の部分が赤い。なーんか、うちの者達が喜びそうな名前じゃのぉ……。


「さて、結論から言いますると、現状ではお二人の望みを叶えることは出来ませぬ。肥料が売れているとは言っても、加工と輸送、さらには設備投資に百舌屋から借り受けた資金の返済もありますので、手元に残るのは雀の涙というのが現状でございます」


 アケハ殿がほう、と腕を組みながら言った。ついでに妾もふむ、と腕を組みながら言った。

しかし、なんとなく感じるのじゃが……アケハ殿も美歯の言っている事の意味をあまり理解しておらぬ!

そんな感じがするのじゃ!


「ですので、解決策と致しましては輸送と加工の手間を減らすか単価を上げることですが、単価を上げるには質の良い肥料が必要なのでございます。アケハ殿もご存知でしょうが、妖魔とはそも、地脈の力が淀み発生する生物でございます。それが迷宮においてはわざと淀みを作り、妖魔を作り上げている……ように、拙者は思えます。で、あれば奥に行けば――」


「長い! 私に何を求めているか端的に言ってくれ!」


「同じくじゃ!」


「迷宮の奥で」


「「迷宮の奥で?」」


「強い妖魔を狩って来てくだされ」


「「強い妖魔を狩る」」


 ここでようやく、アケハ殿がなるほどな、と納得したようだった。妾もなんじゃ簡単ではないかと頷いた。ロボロフは蔑んだ目で妾とアケハ殿を見ていた。


「ま、今日はもう遅いですし、明日ですな」



―――



 「図体がでかいだけで、ただの雑魚か」


 そう言って、アケハ殿がずんずんと前へ進んでいく。その後ろには、赤い刀で一刀の元に寸断された油玉の姿がある。斬られた断面からは、鮮やかな骨と内臓が見える。


「って、なんじゃその切れ味!? というか、両断するにしても長さ足り取らんじゃろ!?」


 思わず叫んだ。昨日の時点で荒事には自信があるように言っておったが、まさか妖魔の骨を断ち切れるとは思わなんだ。


「なに、よくわからんが山吹によると私の刀からは神気による真空刃なるものが出るらしくてな。それで切れたんだろう」


「えぇ……妾とか、毎回刀を伸ばしとるのに……」


「何、そっちの方が珍しい。真空刃を出せる奴はそれなりに心当たりがあるが、刀自体を伸ばす奴は余り見ない」


 あんまりうれしくないのー……。真空刃出せる方が格好良いし……。今しがた見た感じじゃと、ブンッ! ズバッ! 内蔵と血がブシャー! と派手じゃったし。


 さらに前へとずんずんと進んでいくと、今度は顔無が現れた。これまた、どこからか拾ってきていたのであろう巨大な骨を振り下ろし……。


「遅い」


 と、だけ言って、アケハ殿が骨を避け、振り下ろされた腕を駆け上がり、首に刀を振り下ろす。甲高い音と共に火花が散るが、刃は顔無の皮膚に少しばかり埋まるだけだ。

 金属じゃし、流石に無理よのぉ。


「ふんっ!」


 耳障りな金属音と共に、微小な金属片が辺りに降り注いだ。同時に顔無の青い血と細やかな肉片も霧となってアケハ殿を包みこみ……けたたましい音がした数秒後にはごとりと顔無の頭が落ちていた。


「えぇ……」


「えぇ……」


「先程の切り方……アケハ殿は振動を操っておられるという事か?」


 一緒に来ていた妾とロボロフがドン引きし、様子を見に来たハム助だけが一人納得したように何か呟いている。


「あー、それも誰かが言ってた記憶がある……確か、とんでもなく強いオッサンだったのは覚えているんだが」


 朱い刀に付いた青い血を振って払いながら、アケハ殿が何事もなかったかのように言った。あれほど無茶な切り方をしたにも関わらず、刀は欠けた様子もない。


「見たところ、狼族から神化した方とお見受けします。もしや、その刀は噂に聞く牙剣ですかな?」


「神化した時、気がついたら握ってたし多分そうなんだろうな。便利だぞ」


 自慢するように、誇らしく刀を掲げた。なんかよくわからんが、凄い刀なんじゃろうな。


「だが、お前もコイツを狩っているんだろう? なら似たような事ができるんじゃないか」


「あいにくと、拙者は非力な鼠族でございますからな。地道に関節を壊し、安全を確保してから、口に刀を入れ脳髄をかき混ぜておりまする」


「なんともまぁ、面倒そうな事をするな。私には真似できそうもない」


 真似する必要がないの間違いでは?


―――


 少々不安ゆえ、拙者も付いていきまする、とハム助も奥地への探索についていく事になった。ハム助がいなくても、顔無は大丈夫なのかえ? と聞くと、ハム助と一緒に狩りをしていた他の公巣家の者達には無茶をさせず油玉を狩らせておくらしい。


 アケハ殿、妾、ロボロフ、殿がハム助といった具合で前へ前へと進んでいくと、何やら辺りに謎の骨がちらほらと散見するようになった。


「なんじゃこれ、地面に刺さっとるけど……」


「顔無が持っている巨大な骨でございますな。もしや、これは骨ではなく植物だったのかもしれませぬ」


「一応、切れるかどうか試しておくかな」とアケハ殿が斬って断面を見ると、中は普通の骨と同じように中空になっており、青い骨髄も確認する事ができた。


「骨髄の色からして、この骨の持ち主はさっきの顔無みたいに硬い奴だな」


 妾が首を傾げると、青い血の妖魔は大体虫のような硬い殻を持っているのだという。そういえば……確かに野良妖魔を狩ってる時もそんな傾向あったような気がするの。


「あっ、姫樣。5歩ほどに右に歩いてください」


「む?」


 ロボロフに言われるがまま、5歩右に歩く。


 数秒後、元々妾が居た場所に白く巨大な何かが高速で通り過ぎていった。これまた数秒後、何かが地面にぶつかる鈍い衝撃音が響く。


「骨が飛んできたな」


「骨でしたな」


「骨でしたね」


「うむ、この辺りに骨があるのは奥の方から飛んできてるからだったんじゃな」


 とかのんびり言っている間に、追加の骨が5本ほど飛んできた。即座に四散、それぞれ散り散りになり骨が飛んできた方向へと走り出す。


 骨は白いのもあって、この暗めの迷宮の中でも見えやすい。遠くから飛んできているのが見えたらちょっと横に移動するだけじゃし、避けるのは簡単じゃなこれ。


 暫く走ると、骨を撃っているらしき妖魔の姿が見えた。その外見を平たく言えば、背中に大量の砲門の付いた蟹であった。

但し、この迷宮にいる妖魔らしく、デカイ。先に着いていたロボロフが豆粒に見えるほどデカイ。顔無6匹が横に並んだくらいの大きさかの? こいつ。


 ロボロフも細長い刺突剣で突きに行こうとしておるが、飛んでくる骨と巨大な鋏に邪魔され、中々近づけずにいるようじゃの。


「姫さまー! こいつ、恐ろしく大きいうえに思ったより機敏です! 近づけませぇん!」


 ロボロフが巨大な鋏を避けながら言った。避けた後に黒い土煙が上がり、視界を奪われた所に骨をこれでもかと撃たれておる


「ひえー! 姫樣! 早くコイツを倒してくださいませー!」


 うむ、喋れるという事は結構余裕があるって事じゃな。


「で、あれば、妾の雷弾の出番かの」


 軽く念じ、雷弾を数発放つ。だが、直線的にまっすぐ飛んでいった雷弾は巨大蟹が打ち出した骨に迎撃され、空中で爆発してしまった。


「ありゃ、思ったより正確に早く撃てるんじゃの。あいつ」


 と、妾が雷弾を撃っている間にハム助がいつのまにやら来ていたらしく、蟹の側面に回り込み、足に斬りかかっている。だが、厚い甲羅に阻まれ刃が通っていない。関節を狙ってもいるが、中々刃が通らないようだった。


 数本ある足のうち、2本がハム助を踏み潰そうとドスドスと辺りを踏み荒らす。ハム助もかろうじて避けておるが、なんかあの蟹の踏み方、えらい正確じゃの。


 足を避け、体勢がふらついたハム助に細い骨の弾丸が襲いかかる。それを刀でなんとか弾き返し、呼吸を整えた後ハム助が叫んだ。


「お気をつけください! こやつ、側面にも小さい砲と目がございまする!」


 妖魔って本当になんでもありじゃのー。


「ロボロフよー! お主の俊足でちょいとこいつの後ろに回り込んでくれんかのー?」


「もうやってますー! うわっ! 姫樣! こいつ後ろにも鋏と顔がありますよ! キャー! こっち見たー!」


 こやつ死角なしか。蟹のくせに生意気じゃのぉ。と、思っていると妾の横をアケハ殿が颯爽と駆けていった。

そのまま蟹に真正面から切り込みに行き、薙ぎ払われた鋏を飛んで避け――れずそのまま吹き飛ばされた。


「あ、アケハどのーーーー!」


 そのうえ、落下地点に向けて蟹の砲塔が向けられておる! 雷弾を撃ち、砲を必死に逸らす。

鋏にぶち当たったにも関わらず、アケハ殿は華麗に着地すると、頭から血を流しながら蟹を見据えた。


「いけるかなと思ったんだがな。思ったより鋏がデカイ上に早かった」


「いや、それよりも頭から血流れとるけど大丈夫かえ?」


「何、少し切れただけだ。後は骨が折れたかもしれない程度だな」


 それ結構致命傷では?


「お前、一応は皇族なんだろう? こう、いい感じの術とかないのか?」


「皇族? へ? 妾が?」


「ん?」


「え?」


 ちゅー! という叫び声と、蟹が骨を打ち出す轟音と、そこのお二方ーーー! ちゃんと戦って欲しいでござるーーー! という文句が響く中、二人して何いってんだこいつという顔をする。


「まぁ、とりあえずそれは後回しじゃ。アケハ殿もハム助みたいに横に回りこんで切れば良いではないか。回り込む間も、妾が雷弾で援護するぞ」


「いや、それがだな、っと!」


 骨を避けながら、アケハ殿が剣先で何かを指し示した。その先には、蟹の脚によく似た物が落ちている。いや、これはこいつの脚そのものでは?


「バ、馬鹿なー! ようやく脚を斬ったと思ったらまた生えてきやがったでござるぅぅぅぅ!」


 また、遠くからハム助の雄叫びが聞こえる。ハム助よ、説明用の絶叫ご苦労様じゃ。よくよく見たらお主の周りに斬った脚いくらか落ちとるし、説明するタイミング図っとったじゃろお前。


 ううむ、一時退却しようにも、下がってる間に後ろから骨を撃たれそうじゃのぅ。恐らく、こやつの本体は頭の部分。じゃが頭は位置が高い上に、鋏と砲、おまけにちょこまか動く脚で守られておる。


 鋏と砲を掻い潜っても、硬い甲羅があるから、アケハ殿でなければ切れぬじゃろう。


「真空刃とやらで、遠くから斬れないかの?」


「いや、あれは遠くなるほど威力が下がるからな。まず無理だ」


 つまり、あやつを斬りたければやはりアケハ殿が近づかねば無理ということか。むむむ、先程からアケハ殿も骨を避けつつ斬り込むタイミングを図っているが、やはり難しそうにしておるし。ううむぅぅぅぅぅ?


 これを打開するには……うーむ!


「姫樣ー! 悩んでおられるようですが、一つ忠言をー!」


「おお! ハム助よ! 何か良い策が!?」


「残念ながら姫樣のオツムでは良案が浮かばぬのは火を見るより明らか! 考えているくらいならば、草刈り丸を20尺くらい伸ばして叩き切ってくだされーーー!!」


 そうじゃけど! 確かにそうじゃけどーーー!! 確かに今もうんうん唸ってるだけじゃったけどー!


「待て、お前の刀そんなに伸びるのか? 普通は握りこぶし一つ分やら二つ分程度なんだが」


「伸びるぞ? 限界は試したことはないが、恐らくとんでもなく伸びる」


「太さは変えることができるか?」


 と、ここまで言われたら妾も何をやって欲しいか理解した。ので、実際にやって見せてやる。草刈り丸の柄を地面に付け、刀身を真上に向ける。


「伸びよ、ついでに太くなれ草刈り丸!」


 草刈り丸があっというまに伸びていき、ついでに厚みもどんどん増していく。こうなると最早刀ではなく板じゃな、板。


「流石に重いのじゃーーーー!」


 すぐに持ちきれぬようになり、そのまま蟹の方へと草刈り丸を倒す。だが、刃が蟹の頭に届くことなく、蟹が草刈り丸を鋏で受け止めた。


 その、蟹が受け止めた刀の上をアケハ殿が走った。長さはよくわかんないくらい伸ばし、横幅は一尺ほどあるただの板みたいなものとは言え、よく滑らずに走れるのー。


 蟹が砲をアケハ殿へと向けるが、妾もすかさず雷弾を撃ち砲を撃たせないようにする。今の妾、結構ナイスサポートではないか!?


 アケハ殿が刀から蟹の頭へと飛び降りる時に、叫んだ。


「ここならば私の間合いだ!」


 まず一閃、甲高い音と同時にアケハ殿の正面にあった砲を斬り捨てた。次に頭の中心まで走りながら、砲を次々と斬り捨てていく。

 中心まで行った後は、ひたすらに下を斬る。甲羅は固く、甲高い音が聞こえているが気にせず斬る、ひたすら斬る。


 蟹の顔を見てみれば、青い泡をブクブクと噴いて身悶えしている。盛んに鋏で頭を叩いているが、悲しいかな、蟹の体では頭の上のアケハ殿は殴れない。


例のやたらと血煙が上がる斬り方のせいでアケハ殿自体の様子はよく見えぬが、血煙上がっているという事がアケハ殿が絶好調であるという証じゃの、これ。


 あ、蟹の頭の上から何か放り投げた。頭の甲羅じゃ、もしかしてこれ、頭の中に潜って四方八方斬り始めとる?






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