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山吹お姉さんが去ってから数ヶ月後、本格的に冬が始まり、ちらほらと雪が振るようになってきた。
このスカンピン国では、冬の間は貯蔵した食料を食みながら、雑事を片付けるのが恒例……だったのじゃけどなぁ。
「こーんなに寒いのに、なんで妾、迷宮で妖魔狩っとるんじゃろ」
暗く寒い迷宮に作られた陣で、思わず呟いた。
「貧乏暇なしでございますよ、姫様。八束村班が妖魔を見つけたようでございます。お願い致しますぞ」
「うむ、わかったわかった。えーっと……八束村のチュウの助じゃったか? 案内を頼むぞ」
「えっと、姫様。オラの名前チュウべぇ……」
「ああ、すまぬすまぬ。チュウべぇよ、案内を頼む」
「へぇ、オラの仲間達が監視してるはずでさぁ」
初めての妖魔狩りから、数ヶ月。妖魔狩りの参加者はネズミ算式に増えていった。
そこで、美歯とハム助が提案したのが、索敵・遊撃・輸送を分けることじゃった。
索敵隊は足に自信のある者達で編成し、なおかつ同じ村から来た者同士で班を作らせた。
輸送はあまり気味の人員で行い、武人達はひたすら遊撃していくという形に収まった。
「では、姫様行ってらっしゃいませ」
美歯は迷宮の出口近くに陣を張り、全体の指揮を取っておる。殆ど座っておくだけだから楽そうじゃのぅ……。
―――
チュウべぇに案内された所へ向かうと、確かに天井にぶら下がった油玉の姿が見えた。ああやって待ち伏せして、下に来た獲物を自重で潰すちょっぴり怖い妖魔じゃが、知っておれば怖い相手ではない。
「では、八束村の者たちよ、危ないからちと離れよ」
角に力を込める。こう、神気的な意味で力を込める。すると、バチバチと弾ける弾が妾の眼前に浮かび上がった。
名前などないが、便宜上、雷弾と呼んでいる、刺客のお姉さんとの戦いで得た術だ。
「ホイッと」
それを数発ほど油玉に投げつける。いや、投げる? 念じる? 投射? いやいや、ここは放つじゃな。なによりそっちの方が語感的に格好良いし。
雷玉が油玉に当たり、いくつかの爆発が起こり、油玉が落下する。蠢きながら怯んでいるところを草刈り――……ではなかった。新名、一家一本刀を突き刺し、伸ばし、骨を避け、関節を外しながらずるりと刃を滑らせていく。
そのように、数度ほど刃を走らせれば五枚おろしされた油玉の肉塊が出来上がる。うむ、我ながら手慣れたものよ。
「はー……いつ見ても見事だべ……。こーんなでっかい化物が姫様にかかれば一瞬でただの切り身になっちまう」
「慣れじゃよ慣れー。では、輸送隊への連絡もあるし一旦陣へと戻るぞちゅうべぇ。今度は輸送隊を案内せねばな」
「へ、、へぇ」
―――
数刻ほど妖魔を狩り、迷宮から外に出ると、外には薄くではあるが雪が積もっていた。その如何にも寒そうな景色の中、空へと立ち上る白い煙が見える。
「のー……美歯よ」
「なんでございましょう」
妖魔肉の加工を取り仕切っている山寝が書いたらしい帳簿を見ながら、美歯が返事した。
「これ、なんか取り返しのつかんくらい規模が大きくなっとらんか……?」
迷宮の直ぐ側に作られた作業場は日に日に大きくなり、今では二十個もの釜で妖魔が煮られている。もちろん、それに付随して働く鼠族も増えていき、今では牛頭家の領民意外の鼠族も働いていた。
すると、そこで働く鼠族達相手に商売をする者が現れ始め、驚いた事にこんなクッソ辺境の迷宮の近くで屋台を出すものが現れ始めた。
「最近では、牛頭家のみならず、隣り合う領地からも人が来ておりますからな」
「そこじゃ、今までは牛頭家の領内のみじゃったが、流石にこれは不味いのでは――」
「それならば、二十日殿に真臼殿が挨拶に参り、そのまま遊撃部隊に入ったではございませんか」
ん? 言われてみれば数週間ほど前、朝起きて、寝ぼけ眼で牧草を食べておった妾に緊張した様子の二人が挨拶しに来た覚えがあったような……なかったような……。
「って、あの二人、武家の者ではないか! 二十日家と真臼家ってオモックソお隣さんではないかー!」
「ですので、そういった領民を取った取らないの問題は気にせずとも大丈夫でございます。それよりも深刻なのは、やはり素材不足でございまする」
美歯は帳簿の数字を確認すると、ため息をついて遠くを見るような目をした。最近、結構な速さで妖魔を狩っているのじゃが、それでも足りぬのか……。
「妖魔が湧き出すのにはある程度時間がかかるようでして、今の探索範囲では、油玉が今以上には狩れぬように思えます。お気づきでしょうが、最近ではハム助にはずっと顔無しを狩ってもらっておるのです」
「顔無し……嗚呼、あの巨人妖魔のことか。確かにわかりやすい名前じゃの。しかし、巨人妖魔は強いぶん、ハム助と妾意外では狩れぬし、効率が悪いのではないか?」
そう言うと、美歯は静かに首を振り、懐から二つの乾燥肉を取り出した。片方は油が浮いて白っぽく、もう片方はどことなく青みがかかっている。
「顔無しの方が肥料として質が良いという事がわかりましてな。こちらはこちらで需要が増えておるのです。特に花農家からは、顔無しの肥料の方が良い色が出ると評判のようでしてな……」
「花は食べ物ではないし、この肥料はうってつけというわけか。しかし、話しを聞いた感じじゃと、この問題を解決するのならば、結局のところはもっと奥に行って、狩る範囲を広げるしかないのではないか?」
「それはそうなのですが……」と、美歯がちらりと横を見やった。そこには狩りを終え、やつれた顔で白湯を啜る二十日殿の姿があった。真臼殿も隣にいるが、鎧を着たままぐったりと寝そべっている。
二十日殿と目が合った。濁っておる……めっちゃ目が濁っておる……まさに死んだ魚のような目じゃ。
「二十日殿、大丈夫かえ?」
「ふ、ふふ……何のこれしき……これでも二十日家の次期当主でございますぞ……。ただ、流石に連戦なうえ、相手が大きすぎて刀を振るうだけでも体力が……」
見れば、腕がぷるぷると震えている。相手にする妖魔が大きいのもあり、刀は二十日殿の身の丈ほどもある。これを振るだけでも大変じゃろうなぁ。
「のー、美歯よ。二十日殿と真臼殿は二日に一度の狩りで良いのでは? 後、ほら、初殿が送ってくれた湿布、あれやろう」
「ご安心なさいませ姫様。現当主からは酷使しても良いと了解を得ておりますし、狩りに行かせる回数も陣でしっかりと調整して無理のないようにしておりまする」
二十日殿が、希望が絶たれたと言わんばかりに項垂れた。そして、その数秒後には疲労が限界に達したのか寝息をたて始める。めっちゃ疲れとるではないか……。
「……うちの者は大丈夫なのかえ?」
美歯は「伊達に鍛えておりませぬ」とだけ言って、再び帳簿に目を走らせた。本当に大丈夫なのかのー……?
―――
二十日殿と真臼殿の介抱を二家の家臣に任せ、館へと向かう。いつの間にやら、村と迷宮を繋ぐ道に荷車による轍が出来ており、それだけ頻繁に行き来しているのだなと実感させた。
館に着くと、緊張した様子でロボロフと話す、神族の女性がいた。
ちゃぶ台の前で正座して、湯気のたった茶を片手に神妙そうな顔をしている。
ロボロフが妾に気づき、視線をこちらにやると、神族の女性もこちらに顔を向けた。
まるで、幾多もの人を斬ったような鋭い目つき。動きやすいように誂えられた黒い革の服。黒くボサボサの髪からは、狼族を思わせる耳が飛び出している。
女性は、見定めるかのような目で妾を見た。この目つきには覚えがあった。獲物を狩った事のある、知恵のある妖魔の目だ。
果たして、彼我の実力差は如何ほどか? と思考する者の目だ。
思わず、腰に手をやる。すると、相手も腰に手をやり、片膝を立て、紫紺の鞘に収まっている、刀の柄を握りしめた。
やろうか、と目で言った。すると相手も、嗚呼、やろうぜと目で返した。
ロボロフがそっと離れた。台所へ向かった。再び出てきた時には器に盛り付けられた菓子を持ってきていた。
先にお菓子食べていい? と目で言った。すると相手も、食べようぜ、とコクリと頷いた。
―――
「あっっま! これ、なんてお菓子なのじゃ!?」
「嗚呼、私も山吹から持っていってくれと頼まれただけなんだが。なんでも金平糖と言うらしい。来る途中、何度誘惑に負けそうになったか」
「お菓子を持ってきたって言われた瞬間、館に上げても良いと判断しちゃいました」
彩り鮮やかな菓子をちゃぶ台の上に置いて、3人でガヤガヤと甘味を堪能する。これが甘いという感覚! これがお菓子というものなのじゃな!
「あー、その、菓子を食べながらで良いんだが。少し聞きたい事がある、良いか?」
「なんじゃ? 金の無心以外ならなんとかなると思うぞ?」
「似たようなものだが、ここに来れば元獣人の神化上がりでもそれなりの待遇で雇ってもらえると聞いてな。私には学もないが、大丈夫か?」
「しんか? まー、よくわからぬが、うちの財政は火の車じゃから、そーんなに良い待遇じゃないと思うぞ。詳しくは美歯に聞かねばわからぬが……」
と、言葉を濁していると、ロボロフが何やら書類らしき紙を数枚持ってきた。そして、それを机に広げ、トン、と一つの書類を指差した。
「文字は読めますか?」
「簡単な物なら読めるが、格式張ったものは無理だ」
「では、簡単に条件を言いますね。まず、給与は50石、牛頭家では四公六民ですので蔵米式で大凡五十俵という事になりますね。実際の支払いとしましては、三季御切米の現金支給となっておりまして――」
長々と給料についてやら、待遇についてやら、仕官するにあたっての義務やらを聞き終え、目の鋭いお姉さんは大きく頷いて、こう言った。
「なるほど、わからん」
あっ、このお姉さん妾と同じタイプじゃ!