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コップの中の漣・中Ⅱ

「何で一緒に風呂に入る必要があるの?」

「俺んち風呂ねーの」

「だったら僕の前か後に入ればいいだろ!」


 何で男と一緒に家の狭い風呂に入らないといけなんだ。

 本当にこの男は行動の一つ一つが滅茶苦茶だ。


「良いじゃねえか、裸の付き合いだ」

「良くないよ!」

「それによお、やっぱ気になんだよ。ちゃんと体が良い方向に行ってるのか」


 次の言葉が出なかった。


 そう言えばこいつと会った時の僕は幽霊の様に痩せ干せていた。

 世話をしてもらう様になってから何かとこいつは僕の体を気に掛けてくれた。


 祖父や叔父に引け目から本心を隠して頼らない様にして来て、親から貰う筈の無償の愛を同じ様にくれようとする二人に、両親が迷惑を掛けたという後ろめたさから頼らない様にしていた。


 だから同じ様に見返りを求めない雄介の行動を僕は煩わしく思ってしまう。

 一度でも頼ったら、頼るのが当たり前になりそうだったから。


「んじゃあ洗い終わったから先に入れよ、さすがに男二人が入るのに湯舟が小さ過ぎる」

「いや、大きくても一緒に入らないからな!」


 僕は湯舟に浸かりながら今の自分を見る。

 前よりだいぶ肉がついて来た。

 退院してこいつに世話をされる様になった一か月が経った。

 

 前より僕の体は健康的になった。



 ♦♦♦♦


         

「春は何で誰にも頼らない様な生き方すんの?」

「は?」

「だってよ、何かと一人で背負い込んでやろうとするだろ?それって頼らない生き方っていうだろ、普通は」


 風呂上がりにソーダ味のアイスバーを食べていると雄介は突拍子も無く言った。

 人に頼らない生き方?違う僕がしているのは人に依存しない生き方だ。

 依存は甘えだ。

 そしてそれは寄生だ、誰かの善意に群がる虫のする事だ。


「んでもよお、それだと辛いだろ」

「―――え?」

「誰かに頼らねーと、誰も支えてやれーぞ?教えてもらわねーとやり方なんてわからねーんだからよ」


 僕は雄介の言葉に動揺した。

 考えた事も無かった。

 

 頼らないと、頼られた時に支えたり助けたり出来ない。

 そんな事、今まで一度も考えた事が無かった。


「なら雄介も誰かに頼ってるのか?」

「当ったり前だろ!俺みてーな能天気、誰かに頼らねーとまともに生きられねーよ!事務処理だの会計だの税金だの、前はおやっさんに、今は啓二さんに頼ってる」

「そうか、そうなんだ」


 知らなかった。

 そう言えば僕は雄介の事を良く知らない。


「そう言えば雄介はこっちの出身じゃないんだよね、確か実家は西条だって叔父さんが言っていたけど」

「おう、俺の実家は西条だ!どうした俺に興味が出たか?」

「出ないよ、ちょっと聞きたくなっただけだ。全然、知らないし」

「ん?言ってなかったっけな、俺な農業王になりたいんだ」

「それ病院で聞いた」


 相変わらず、思った事をすぐに口に出す。

 真面目な話をしようとしてもこの調子だ。


「何でそんな、農業王になりたいんだ?」

「そりゃあ決まってんだろ、カッコいいからな!」

「は?カッコいい?」

「おうよ!農業ってのは日本を支える職業だ、そんな農業で一番になる!それが俺の夢だ!!」


 どうどうと握った拳を高々と突き上げて雄介は宣言する。

 何と言うか、単純で少し馬鹿っぽいけど真っ直ぐな夢だ。

 早く独り立ちしたいと焦って失敗した僕とはまるで違った。


「そっか、じゃあ無農薬なの?」

「農薬?普通に使ってら」

「え!?でも農業王なら無農薬有機栽培じゃないの、普通は?」

「馬鹿言うな、農薬が全部悪い訳じゃ無ねーよ。ただ出来るだけ使わねーよーにはしてるけどな、決まってる数値の半分に抑えてる」

「特別栽培か、そっか確かに無農薬が必ずしも安全っていう訳じゃないからね」

「そう言う事だ、んでよ春さあ……」

「?」


 珍しく雄介が口籠っている、普段は勢い良く何でも言う事なのに珍しい。

 何か言い辛い事を言おうとしているみたいだ。


「道の駅で働いてみねーか?」

「道の駅?この辺りだと御調みつぎとか?」

「いや、新しく出来るみたいなんだけどさあ、それで春はそういうの経験してるから、あいやその、何があったのか聞いているから嫌なら別にいいんだけさ……」


 本当に珍しい事が起こった。

 あの勢いで生きているこの男が僕に気を使った。

 明日は槍でも降るのだろうか。


「わ、笑うなよ!んでどうすんだよ!!」

「いいね、うん。体が治ったら働いてみようかな」

「そうか!あ、今すぐじゃないから安心てくれ。早くても来年のゴールデンウィーク前だから」


 雄介は嬉しそうに笑っている。

 本当にこいつは腹が立つ。

 こいつが嬉しそうにすれば僕も嬉しくなってしまうから。


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