穴蔵育ち
カン、カン、カン。
石を叩く音が響きわたる。
僕はその音を毎朝聞いて、目を覚ます。
暖かいベッドから起き上がり、火打ち石で明かりを灯してから、顔を洗う。
風に揺れるカーテン、鳥のさえずり、青くてどこまでも続く空。そんなものは、ここには無い。
ここは穴蔵。
地上から、ずっと奥深く。
太陽の光の届かない、ずっとずっと奥底で、僕は毎日目が覚める。
ここは黒小人の住みかだ。
外の人達は僕達を『ドワーフ』と呼ぶ。
でも、僕達はなんと言われようと黒小人と名乗りあげる。
ソチラの方が、カッコいいかららしい。
僕にはよく分かんない。
「おう!とと。おはよう。」
「うん。」
ろろ(手伝えと言ったやつ)は石の人形を彫りながらそう言った。
僕らは外の人達とは違い、雄、雌の概念が無い。
だから生殖なんて事はできない。
だから僕らは石を彫る。
彫って人形を作る。
人形は意思が宿り、黒小人になる。
新しい生命の誕生だ。
だから、僕らは毎日石を彫る。
黒小人の血を絶やさない為に。
そんな仕事が僕とろろの仕事だ。
「そういえば、お前っていくつになったっけ?」
「5歳だけど?」
「マジか。めちゃくちゃお前若く見えるな。」
「やめてよ。気にしているんだから。」
「いいじゃねえか、若く見えんだから。俺なんてまだ7歳なのに白髪でてきたんたぞ。」
そんな会話をしながら、1つ彫り終わる。
「おぎゃぁぁぁ」
石が産声をあげる。うまくいったみたい。
「7歳っていったらもう中年だろ。当たり前じゃないか。」
「そうは言ってもなぁ・・・」
赤ちゃんをあやす。
「あ~あ、俺の人生、つまんねえままで終わっちまうなぁ~。」
「人生なんてそんなもんだろ。」
「そうは言ってもよ~。」
「ほら、とっとと彫っちまえよ。僕は先にあがるから。」
「おい、待てよ~。つれねぇなぁ~。」
赤ちゃんは、愛おしいほど可愛い笑顔で笑った。
「だからよぉー、俺は外に出たいんだよ。外出てオーディーン様に使えて、俺の自慢の金槌でグングニルを鍛え直したいんだよ。」
ろろが、酒を飲みながらそんな事を言う。
「バカ言うなよ、僕らなんかに神様が構うわけないだろ。」
「じゃあ、アーサー王のエクスカリバー。」
「それは泉の精霊だし、既に死んでるよ。」
ガクッ、と、ろろは項垂れた。
「第一、どうしてそんなに外に出たいんだよ?黒小人は日に当たると石になっちまうだろ?意味ねぇじゃねえか。」
僕らは穴蔵に住んでいる。
それは日に当たると、石になってしまうからだ。
外に出るなんて、できない。できるわけがない。
「バッカ、お前、夢ねぇなぁ。」
「なんだよ、外に出れないなんて当たり前だろ?」
「それが夢ねぇって言ってんだよ。いいか?外には、穴蔵にはないものが沢山あるんだぞ?広い海に高い空、こんなゲジゲジの佃煮よりうまい飯。」
「僕はこの佃煮好きなんだけどなぁ・・・」
「・・・マジかよ。大丈夫か?お前の味覚。」
「余計なお世話だ!!」
「おい、もう帰るぞ。」
「ふぅ、食った食った。」
そろそろ寝る時間帯である。
「じゃ、また明日な。」
「うん、また明日。」
そう言って別れる。
いつもの日常。いつもの景色。
どうせまたあると、適当に流してた。
まさか、あんな事になるなんて。
「おい、大丈夫か!?おい!?」
身体中が痛い。重い。ヒリヒリする。
崩れた仕事場で、その片隅で。
僕は必死に呼び止める。
向こうに行きかけている友をなんとか此方に引き留めようとする。
「ああ、俺はどうやら人生が終わっちまうらしい。」
友の体は・・・
ヘソから下がひしゃげていた。
紅い、紅い、紅い。
ただただ紅い池が、広がっていく。
散った花火のような模様を付けた岩が憎い。
なんでこんなところに落ちてきたんだと。なんで友を潰したのかと。
なんで僕じゃなかったんだと。
「はは、俺の人生、本当につまらないまま終わっちまったな。」
「おい、しゃべるんじゃねえよ、傷が開くだろ・・・」
「本当はもうダメだって、わかってるくせに。」
わかってる。わかってるけど・・・
「おいおい、泣くんじゃねえよ。そうだ、お前におれのかなづちをやる。アレをすてるのはもったいねえ、な、だからなくなよ。」
「うん・・・。」
本当はいらない。そんな物よりも、友が居なくなることのほうがイヤだ。
でも、僕は涙を拭う。友に、安心していってもらうために。
「ああ、外のせかいを、一度でもたびしたかったなぁ。」
気づいた時には、既に口にしていた。
「・・・僕が行く。」
「・・・え?」
「僕が行く!!僕が行ってグングニルとかエクスカリバーとかを鍛え直してやる!!だからお前は墓の前で待って、僕の話だけで我慢しろ!!」
友はポカンと、口を開けた。そして笑って言う。
「ああ、楽しみにしてるぞ!!」
僕はとと。穴蔵生まれ、穴蔵育ち。待っている友の為に、今日も旅を続ける。
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