第8話
私達はまた6日フィーに乗って飛びアマリーへ戻った。
アマリーのオークションを主催しているのはベルモット侯爵らしい。出品したい旨を伝えに行く。伝手が無いので突撃。門前払いされるかと思いきや、『人形遣いのカイ』の名前が効いて、侯爵家家令がお相手してくれた。
「カイ様。今日はどう言ったご用件でしょうか?」
「ふふっ。先日ちょっと面白い物を手に入れたので競りに出品できないかと思ってるんだけど。」
「ほほう。いかような物を手に入れられたのかお教え願えますかな?」
「竜だよ。死体だけど。」
「は?」
家令のおじさんが明らかに耳を疑うような表情をした。カイがすいすい戦闘してたからよくわからなかったけど、やっぱり竜って強いのかな?
「だから、竜の死体。ちょっと傷はあるけどほぼ全身あるよ。」
「なんと!それが本当なら王宮から買い手がやって来ますよ。」
「出品させてもらえるかな?」
「ま、まずは検分させていただきたく。」
興奮のあまり声が上ずっている。
「いいよ。でも大きいからどこで出せばいいかな?空間魔法で収納してあるんだけど。」
「ではこちらへ。」
侯爵家私兵の訓練場へ連れて行かれた。
「ここでよろしいですかな?」
「いいよ。じゃあ出すよ。」
カイは一番初めに倒した首を水の刃で落とされた赤い竜を出した。勿論首と一緒に。空間魔法は収納される直前と同じ状態を保たれているので竜はまだ勢いよく血を流している。
「いかん。血がもったいない!瓶に小分けするんだ!」
私兵達が瓶を何本も持ってきて血を採取している。
「勝手に採取させていただいてますがよろしいですかな?何しろこちらにはカイ殿のような空間魔法を使える人材がいないので…竜の血を無駄にするわけにも…」
「勝手にしてくれて構わないよ。」
カイは鷹揚に頷いた。
「じゃあ、もう一体。」
比較的傷の少ない青い竜を出した。
こちらも傷口から血を採取される。
「ではこれらを競りにかけましょう。競りにかけるまでは侯爵家が責任を持ってお預かりします。証文を交わしましょう。」
「ん。」
カイが出来上がった証文を受け取ってじっくり読んでからサインした。後から聞いたが、この証文は特別製で、約束が破られるとサインしたもの、関わったものの首が落ちるそうだ。
競りはその日の夜行われるらしい。「まあ、王が競り落とすと思うけどね」とカイは言っていた。私達は競りには参加せず宿でまったり過ごした。カイが私を心配してくれて、トイレやお風呂に行く際は切り裂き人形さんをつけてくれることになった。ここにきて初めに見た黒髪に黒曜石の瞳の美少女。
「名前とかつけちゃダメ?」
「いいよ。」
「じゃあ、リィン。」
「切り裂き人形。お前は今からリィンだ。」
「はい、ご主人さま。私はリィンです。」
「人間のふりをして、サトコを第一に守れ。」
「はい。畏まりました。」
それからお風呂に行く際、諦めなかったリアロの兵に襲われたけどリィンがさくっと殺ってくれた。死体は別の切り裂き人形が遠くへ捨ててきた。
リィンはある程度自律性があるようだ。話しかけると答えてくれる。話しかけないと何も言ってくれないけど。確か色仕掛けとかに使ってたって言ってたもんな。自律性がなきゃすぐに人形だって気付かれちゃうか。
「ねえ、リィン、カイって今までどんな生活してたの?」
お風呂の中でリィンに聞く。
「ご主人さまは私の知る限り、魔道具を作ったり、人形を作ったり、魔術の研究をしたり、戦争に駆り出されたりしていたようです。」
「そ、その彼女とかは…?」
「彼女と言うのは交際している女性と言う意味でしょうか?」
「うん。」
「おられません。」
「一人も?」
「おられません。」
「人形偏愛者だったり?」
「特殊な性癖はないように存じております。」
「そ、そっか…」
ちょっと安心した。だって出てくる人形美少女や美女ばっかりなんだもん。
「私の事どう思ってんのかなあ。」
これは問いかけではなかったが、リィンは自分に問いかけられたと思って答えたようだ。
「ご主人さまはサトコ様がとてもお好きだと思われます。サトコ様にわたくしのお洋服をお与えになった後、サトコ様の為だけにササエで働いていらっしゃいました。サトコ様の気に入るようにとわたくしどもに屋敷の建設を命じられたりしていらっしゃいました。サトコ様がお望みになったからと仰って化粧水をお手作りしていらっしゃいました。また、今日もサトコ様を第一に守るようにとわたくしに命じられました。」
「そ、そっかあ…」
どうしよう。本気で12歳にときめいている自分がいる。だって滅茶苦茶優しい。でもそれが闇の守護者を利用したいだけの行動だったらどうしたらいいのだろう。勿論利用されるのに否はないけど…
ここで「サトコ様はご主人さまをどう思っていらっしゃいますか?」と聞かないところが人形なんだろう。
でもカイは優しくしたりドキッとするような冗談言ったりするけどそれ以上は踏み込んでこない。いつも冗談だって言う。もし好きだと言われたら答えを考えたりもするけど具体的な事は何にも言わないし。一歩引いてるんだよなあ…私の事好きな訳じゃないのかなあ。
ぷくぷくとお湯の中に沈んでみた。
翌日、競りの結果が出た。1体に付き魔晶貨6枚で売れたそうだ。合わせて12億か。ホントに一夜で億万長者だね。侯爵家にお金を取りに来るように言われたので取りに行った。今度は侯爵が相手をしてくれた。
「人形遣いのカイ殿。ササエで伯爵になられたそうだな。先日は家令しか相手が出来る者がおらず、失礼したな。」
「いえ。」
「これからササエに帰られる所か?」
「そうです。」
「闇の守護者が現れたと言う噂は聞いているだろう。闇の力が強まり魔物が大繁殖しているそうだ。十分に気をつけられよ。」
「有難うございます。」
私のせいで魔物が大繁殖か。やっぱり私なんていない方が良いのかなあ。気が重い。
なんだかカイいつもより口数少ないな。
「競りの結果の魔晶貨12枚がここにある。確かめられよ。」
「はい。」
カイは言われた通り魔晶貨12枚を数えた。
「ここは光の守護者がいる地。世界で最も安全な地だ。良ければまた来ると良い。」
「有難うございます。それでは失礼します。」
私達は侯爵家を出た。
「なんだかカイ口数少なかったね。」
「目上の人間に話しかける時は礼節を持って接しなければならないけど、オレそういうの苦手。傍若無人がオレの本性なんだよ。迂闊な事言うと変な罪着せられて処罰されるし。口数少なくやり過ごすのが一番だよ。」
「ふーん。」
まあ敬語使ってるのとかってカイらしくない気はする。
「私のせいで闇の力が高まってるんだってね。」
「オレが思うに光と闇は釣り合いがとれてなきゃ駄目だと思う。光だけじゃダメ。闇だけじゃダメ。だからサトコが転移してきたんだと思うよ。世界がサトコを必要としてるんだ。だからサトコは胸を張って存在していい。光だけの世界を作ろうとしてるのは歪んでる。太陽があれば夜があるのが自然。歪んだ世界では人は生きられない。」
「そっか。そうだと良いな…」
カイがそう言うなら信じられそうな気がする。光と闇の釣り合いか…
アマリーで何点かドレスを購入した。と言ってもお金はカイのお財布から出ている。カイも何点かタキシードのような物を購入していた。
アマリーを出てフィーに乗ってリャンカに向かう。
「ロマージュは順調かな?」
「ササエの屋敷に転移陣を刻むまで問題が出ない事を祈るしかないね。」
人形さん達が頑張ってくれる事を祈るしかないのか。トラブルとか起きないと良いな。自律性を持ってるから大丈夫だとは思うけど。
「カイは一度にどれくらい人形を動かせるの?」
「一番多く動かした時5千体動かしたから、最低でもそれくらい動かせるけど。」
「5千の人形、今みんな持ってるの?」
5千体動かすほどの魔力があるっていうのも驚きだけど、それ以前に5千体も人形を作ったってことが驚きなんだけど。1日何体のペースで作ったの?素材だってただじゃないだろうし…宮廷魔術師だったからそれなりにお金は持ってたんだろうけど…
「ははは。戦争する訳じゃないからそんなに必要ないよ。今は2千位持ってきて、あとは拠点においてある。」
「拠点か~」
前に内緒って言われちゃったからどことは聞けないけど、3千体の人形置くスペースがある所なんだよね。
「拠点はリアロのうんと西側にある孤島だよ。」
「…教えちゃっていいの?」
「サトコになら知られても構わないよ。」
それは私を信頼しているからでしょうか?それとも単にそこまで行けないだろうと思ってるから?
「ありがと。」
5千動かした時は戦争したんだろうな。
「5千動かした時は国一つ乗っ取ってリアロの領土にしちゃった。」
リアロがカイを失って大慌てする理由もわかる気がするなあ。国一つ乗っ取れる超優秀な魔術師。うん、他国に渡したらいけない人財だ。
「そっかあ…戦争からは遠い世代で生きてたからちょっと想像つかないよ。」
「平和だったんだね。」
「うん。」
かなり平和ボケしてるよ。戦争のこと聞いても上手く想像できないや。
「でも聞いただけで思う。5千体もの食事も睡眠も必要としない強靭で裏切らない軍隊とか怖いよ。」
「相手国は怖かっただろうね。でもね、サトコ。歴史は常に勝者の歴史だよ。弱い事は悪なんだ。」
じゃあ私は悪だね。
「私の世界にも『勝てば官軍負ければ賊軍』って言うことわざがあるよ。」
「その通りだね。」
「……うん。」
それはある意味正しい事柄なんだろう。弱ければ踏みにじられるだけだ。私も弱い。私はこの世界で生きていけないかもしれない。
「サトコは大丈夫だよ。」
「え?」
「オレがずっと傍にいて守るから。」
「……ありがと。」
カイは本気で私の傍にいるつもりらしい。何だか面映ゆい。どういうつもりなんだろう…私の事好きなのかな?それともただの庇護欲?もしかして私を利用したかったり?
分からない。
カイの気持ちがわからないよ。