第6話
宿でまったりしているとお客さんが来た。数人の兵士だ。
「カイ殿、探しましたぞ!!」
「ヒューズにアレンにマックとジョンか。よくここがわかったな。」
カイの知りあいらしい。
「フィーの目撃情報を集めましたので。宮廷魔術師のカイ殿から、さらりと退官届だけ送られてきてリアロ国では上を下への大騒ぎでしたよ。リアロ王も今回の任務失敗の事は気にせずとも良いから国に戻ってこいとの仰せです。」
「やだね。宮廷魔術師疲れたからもうやりたくない。オレは妻とのんびり暮らすんだ。」
カイはずっと妻設定で通すつもりらしい。
「妻?そちらの女性ですか?では奥方様もご一緒に。」
「ダメ。」
「何故です?暮らすならリアロでも良いではありませんか。」
「リアロには温泉が無い。それにショウユもない。」
「は?」
兵士は何を言われているのかわからない。と言うような顔をした。まあ、温泉や醤油がないから『宮廷魔術師』を辞める人ってあんまりいないんだろうな。
「サトコは風呂が好きなんだ。温泉のある地方に連れて行ってあげたら喜ぶと思う。それにリアロはキャレスやカランと戦争中だろう。そんな危険な所に連れていくわけにはいかない。」
「戦っているからこそカイ殿の戦力が必要なのです!」
「戦争も飽きた。もうやだ。」
「そんな子供のようなことを仰られて…」
「まごう事無き子供だよ。」
「……そうでしたな。」
「何を言われても考えは変わらない。帰れ。」
兵士たちは全く納得がいっていないようで不満顔で口々に抗議している。それでも実力行使で無理やり連行しないのはカイの方が強いからなのだろう。
カイは不満そうな兵士たちを追い出すと無理やり扉を閉めてしまった。
「カイ…良かったの?」
「リアロには飽きていたんだ。別に構わない。」
その夜。トイレに行くために部屋を出て、用を足して部屋に戻ろうと廊下を歩いていた時、何者かに後ろから口を押さえられた。
「サトコの名を紡ぎて円呪の首輪をかける。」
首に輪のような物をかけられて何者かが言葉を紡ぐとそれが赤く光った。
「奥方様。カイ殿を説得しに参りましょう。」
さっき来た兵士の一人だった。
「い、嫌です。カイはリアロには行かないって…」
「聞き分けのない方ですな。円呪の首輪、締めよ締めよ殺さぬほどに。」
兵士が歌うように言葉を紡ぐとぎりぎりと首輪が締まった。く、苦しい。痛い。息が…出来ない。ひゅっ…ひゅっ…と浅い呼吸を繰り返す。
「さあ、カイ殿の所に参りますぞ。」
私は髪を引っ掴まれて廊下を引きずられていった。部屋の扉を乱暴に開ける。カイが吃驚して跳ね起きる。兵士は自信満々にカイに話しかけた。
「カイ殿!奥方の命が惜しくば…」
だが言葉は最後まで続けることはできなかった。私の首に嵌まっている首輪を見た後のカイの変化は劇的だった。驚いていた顔が能面のような無表情になった。そして人差し指と中指をくいっと二本交差させた。
瞬間ごきりと嫌な音がして兵士が頽れた。
傍にはいつ出したのか人形と思われる小さな男の子が。銀の髪に青い双眸。カイにそっくりな男の子だ。兵士の首をあらぬ方向に曲げている。兵士は死んでいた。悲鳴を上げたくても声が出なかった。喉が締まってるから。
カイは亜空間から切り裂き人形を2体出した。黒髪の美少女と金髪の美女だ。
「切り裂き人形。その死体を見つからないよう此処から離れた場所へ捨ててこい。」
「「わかりました。ご主人さま。」」
「ロアはこのまま部屋の警護。」
「了解しました。カイ。」
ロアと言うのがカイそっくりな男の子の人形なのだろう。名前がある分他のとは違う特別な人形だって言う事が感じられた。声もカイそっくりだ。
カイはいつもの優しい表情に戻って私の所へ来た。
「サトコ。円呪の首輪嵌められちゃったんだね。」
喋ることが出来なくて頷く。
「嵌めた奴がこの世にいないからもうそれ以上締まることはないからね。」
また頷く。カイがじっくりと円呪の首輪を観察する。
「円呪の首輪をはずす魔法はあるんだ。ただ外すのにはパルムの鉱石と言う特別な鉱石が必要になる。そのパルムの鉱石は市場にほぼ出ていない。だから直に手に入れる必要があるんだけど、パルムの鉱石は竜谷の奥にある。明日から竜谷に行くことになるけどいい?」
こくりと頷く。ずっと首輪した状態なんて耐えられない。すごく痛くて苦しいのだ。カイには迷惑かけちゃって申し訳ないけど、はずして欲しい。
「でも竜がうじゃうじゃいて危険なんだ。サトコが行きたくないなら、ここで待っててもらっても構わないけど。」
竜谷って竜の住処なの!?カイはそんな所へ行って大丈夫なんだろうか…私のような足手まといを連れて…
それでも私は首を左右に振った。カイと一緒にいられないのは物凄く不安だ。特にアーティスは光の信仰の国、私が闇の守護者だとばれたら死亡フラグビンビンだよ。
「わかった。じゃあ一緒に行こう。とりあえず今日はゆっくり休んで?」
こくりと頷いた。
苦しい呼吸で全然眠れなかったけど。翌日大変な事がわかった。喉を絞めつけられているせいで固形物を飲み込むことが出来なかったのだ。カイがお茶と、林檎のような果実をすりおろした物を食べさせてくれた。
「すぐに外してあげるからね?もうちょっと我慢していて?」
こくりと頷く。
カイがフィーを呼んで2人で背中にまたがる。
竜谷はアーティスの北側、ガレイドとユン大樹海に挟まれた場所にある、竜の聖域みたいな所だという。竜は血も角も牙も鱗も肉もその身体の素材が余すところなく使えるのでオークションに出せば超高価格がついて一晩で億万長者になれるとか。だから竜の身体を狙う冒険者は後を絶たないという。でも竜は恐ろしく強くて億万長者を夢見た殆どの冒険者が命を落としているらしい。
カイはそんな所に行って大丈夫なんだろうか?私の為に無理しすぎてないか聞きたいけど喉が締まってるので聞けない。
フィーと6日間ちょいちょい休みを挟みながら飛んで、竜谷の入り口付近で野宿する。カイがテントを出してくれた。私は薪を集める。焚き火を囲んで食事にする。と言っても私は食べられないのでまたカイがお茶と、林檎に似た果物をすりおろしてくれたのを食べる。カイも果物のみで済ますようだ。食べたくても食べられない私に気を使ってくれてんのかなあ。そう言えばフィーは何を食べるんだろう?姿が見えないけど。カイがフィーに何かを食べさせてる姿って見た事が無い。フィーの生態については謎が尽きない。
「サトコの声が聞けないと寂しいよ。」
カイが私の頭を撫でてきた。私もカイとお喋りできなくて寂しい。
代わりに甘えるようにカイの手に擦り寄った。
「サトコ…」
カイが声を詰まらせた。
「オレの事情に巻き込んじゃってごめんね。」
私は左右に首を振る。カイが宮廷魔術師を辞めたのだって私のせいだし。私の事を見捨てていればリアロで高い地位を得て暮らしていられたはずなのだ。戦争には駆り出されるけど。私はカイには沢山助けられてる。カイを恨む要素なんて一つもない。
「サトコは優しいね。」
私はまた左右に首を振る。
カイの方がずっと優しい。きまぐれで闇の守護者なんて禍々しいもの助けて、しかも、ずっと私が快適に過ごせるように気を使ってくれている。カイはどうしてこんなに良くしてくれてるんだろう?闇の守護者に用があるなら言ってくれても良いよ。私カイの為なら悪い事でも…する。
私はぎゅっとカイに抱きついた。
カイは私のこめかみにキスしてくれた。他の人なら嫌だけどカイにされるのは嫌じゃない。
「明日は竜谷に下りるよ。出来れば竜と戦闘したくないけど、多分そう言う訳にもいかないと思う。サトコには刺激が強いもの見せちゃうかもしれないけど…ごめんね?」
戦闘=グロ系ということかな。カイは普通に自分が勝てる事前提に話してるけど大丈夫なんだろうか?不安げにカイを見る。
「そんな不安そうな顔しないで?竜は確かに強いけど、オレの方がもっと強いから。」
ならいいけど。私のせいでカイが怪我しちゃうとか嫌だからね?