第4話
翌日は行商人が来ているからと冷やかしに行った。装飾品を扱っている行商人のようだ。色々見せてくれた。海が近いからか真珠や珊瑚の品が多い。桃色真珠の首飾りとかきれい。だけど私の目を引いたのは親指の爪くらいのサイズの薄紅色の珊瑚のイヤリングだった。何が目を引いたのかと言うと形。薔薇の形に作り込まれていたのだ。薔薇ってこの世界にもあるの?
「カイ、この花なんて言うの?」
「ん?ロゼの花だよ。気に入ったの?」
「うん。本物見てみたい。」
「アトシアには咲いてるから見せてあげるよ。おじさんこの耳飾りちょうだい。」
カイは金貨3枚のイヤリングを買ってしまった。
そしてやっぱりというか…私にくれた。
「折角だからつけて見せて。」
私はその後の食事は緑の民族衣装っぽいドレスに薔薇のイヤリングをしていった。また素揚げだった。
「ロゼの耳飾り、似合ってるよ。」
「有難う。」
ちょっと照れた。カイは何事か考え込んでいるようだった。
食後、カイは部屋に戻って亜空間から何やら材料を取り出した。銀色の金属と小さなブリリアンカットのキラキラした透明な石を3粒とちょっと大きめの乳白色の円形の石1つだ。
「カイ、それは何?」
「ミスリルと魔石だよ。」
カイはそう言うとミスリルに手を当てて「変形」と言った。言った瞬間、ただの金属片だったミスリルが乳白色の魔石を取り囲むような3輪の小さな薔薇と葉の細工になった。3粒の透明な石は薔薇の葉に光る露のような意匠になっている。
「何したの?」
「工作スキル使っただけ。好きな形に変形できるんだ。」
へー便利。
「我望むいと硬き盾、収めし石の中へ。発動用語『防御』。解除用語『解除』使いし者サトコ限定。」
歌うようにカイが喋り出す。カイの周りを金色の文字が取り囲んで、言葉を紡ぎ終わった瞬間石に収束した。
カイはもう一度「変形」と言ってミスリルの鎖をつくった。これはもしかして…
「サトコ、防御壁を展開させる首飾りだよ。」
やっぱりネックレスでしたか。
「してみて。」
言われた通り首の後ろで留め金を留めた。
「うん。似合ってる。『防御』って言ってみて。」
「防御。」
特に変わった様子は見えないけど。カイは枕を投げつけた。うわっ。びっくりした!
枕は私の30センチ程手前で何かにはじかれて床に落ちた。
「ん。威力も高めに設定してあるから上級魔法くらいまで防げるよ。最上級魔法は危ないから逃げてね。まあ最上級魔法って発動までに結構時間がかかるからちょこまか逃げれば何とかなると思う。解除したいときは『解除』って言って。」
「解除。ねえ、この魔石って魔力を持ってるの?」
「まあ微妙に帯びてるけど魔石自体が魔力の塊ってことはないよ。魔力を収集、強化、増幅する事が出来るかな。」
「じゃあこの盾発動している間は私の魔力が消耗してるの?」
私魔力微弱なんじゃなかったっけ?折角作ってもらったけどすぐに効果きれない?この盾。
「そっちの透明な魔石の属性は無属性で、盾を構築するのに使ってるけど、こっちの乳白色の魔石の属性は転移。この場合オレの所から魔力が引き出されてる。オレの魔力が尽きない限り盾の効果も切れないよ。オレは魔力は多めだから安心して。因みに人形にもこの乳白色のと同じ魔石が使われていて、オレの魔力を使って動いてる。殆んどの魔道具はもっと複雑で外部からの魔力供給がなくても動くようになってるんだけどね。それはちょっと単純なやつ。人形は転用防止の為、敢えてオレからだけど。」
「そっか。ありがと。」
至れり尽くせりだ。なんでカイはこんなに私に優しくしてくれるんだろう。不思議だ。
「カイは優しすぎるね。」
「下心があるからかもよ?」
「え?」
「ふふっ。冗談。」
吃驚したー。下心って何よ。闇の守護者を利用したい事でもあるのか?それとも単に私とむにゃむにゃしたいのか。冗談ならいいんだけど。ちょっと気にもなる。
いい加減素揚げに飽きていたので、その夜はナナックと言うパッタイに似た料理を食べた。おいしかった。
船3日目。魔物の襲撃にあった。でかいタコみたいな魔物が船に巻きついている。船がミシミシ言ってる。沈没とか勘弁してくれ。沈没したら流石に死ぬと思う。警備隊の人が剣で魔物と切り結んでいる。いつぞや見た金髪碧眼の色男も参戦したようだ。カイも亜空間から切り裂き人形さんを2体取りだした。例の黒髪黒眼の美少女と金髪碧眼の美女の方はたゆんたゆんだ。またミニメイド服だし。これって本当にカイの趣味じゃないの?私は疑わしげな眼でカイを見た。
「何かな?」
「べーつにー」
「ふうん?切り裂き人形。この船に襲撃をかけている魔物を切り刻め。」
「「はい。ご主人さま」」
切り裂き人形さんは見事だった。巧みに剣と双剣を操り魔物を切り刻んでいく。しかしタコの触手は切られても尚うにょうにょ蠢いている。
「我望むは炎の砲撃」
カイが呪文を唱えると、バスっと何とも言えない音がして火炎球が飛んでいく。切り取られた魔物の触手をぶっ飛ばして焼いている。なんとなくお腹の減る匂いが漂う。
きゅるるる~
私のお腹が鳴った。
「サトコ、呑気だね。」
「だ、だって…」
凄いいい匂いなんだもん。磯焼きだよ。見た目まんまタコだし。死んじゃう緊張感がないのは自覚してるけど、カイが傍にいると思うと何か安心しちゃって…
「切り裂き人形。触手を一本こちらへ運べ。」
切り裂き人形さんは怪力を持ってして巨大な触手を一本こちらへ運んできてくれた。切られてなお触手はうにょうにょ動いている。気持ち悪いと言えば気持ち悪いんだけど、私には食材にしか見えない。
「クトパは食べられる魔物だから後で食べてみよう。」
カイはにこっと笑ってくれた。それからすぐに戦闘は終了された。クトパと呼ばれたタコみたいな魔物が死亡し、海の中に消えていったからだ。
「これじゃあ魔石も回収できないな。」
「魔石?」
「ああ、魔石は鉱山で取れる場合と魔物の身体の核になってる場合があるんだ。あれだけ大きなクトパだから魔石も大きいと思うんだけど。残念。」
船員に戦闘協力の礼を述べられた。
「いやあ、見事でした。先日お初にお目にかかりましたが、人形遣いのカイ殿でしたか。」
初日に話しかけてきた金髪碧眼の色男がカイに話しかけている。人形遣いのカイ?カイって有名なの?
「まあね。あんた誰?」
「これは失礼しました。アトシアの子爵。ソルジュ・オーストウッドですよ。カイ殿はリアロ王に闇の守護者退治を命じられたと聞きましたが、任務を終えられたのですか?」
「任務は失敗した。オレはもうリアロには仕えていない。退官届は出したからな。ソルジュ殿はなぜパパナへ?」
「私も闇の守護者を退治して一旗挙げようと目論んでいたのですよ。残念ながら闇の守護者を発見することはできませんでしたが。」
ハイ、私の敵認定。
「それはお互い残念なことだ。オレはこれから食事にするので遠慮してもらえないか?」
あんまりにもはっきりした物言いにソルジュさんが眉を顰めた。
「そうですか。それは失礼しました。」
眉は顰めたがそのまま去って行ってくれた。
「サトコ。クトパを食べてみよう。塩しかないけど美味しいと思うよ。」
私は生クトパと焼きクトパを両方食べた。生滅魔法というので寄生虫とかを殺すんだそうだ。味はまんまタコだった。醤油が無いのが悔やまれる。
「おいしい!でも醤油が欲しかった…」
「ササエにはショウユがあるよ。」
「え!ホント?」
「歴代の光の守護者が祖国の味を求めて試行錯誤して作ったものなんだって。ササエは光の守護者の故郷に近い文化を歩んでるそうだよ。」
「へー。行くのが楽しみになった。」
味噌とかもあるかな?
「なら良かった。」
「ねえ、ソルジュさん、カイの事『人形遣いのカイ』って呼んでたけどカイって有名なの?」
「良い意味でも悪い意味でもまあまあ有名だよ。神童とか呼ばれてたし。」
まあこの優秀さなら神童と呼びたくもなるよね。
「でも悪辣な手を平気で使うから嫌悪もされてる。」
「悪辣な手?」
「人形を使った色仕掛け、同情心を煽る芝居、そんな感じで騙し討ちしたり。」
優しいカイからは想像できないな。でも考え方が斜に構えてるカイ。それもカイの一面なんだと思う。私に優しくする反面、他人に非情に接してるのかもしれない。いつか私に対して非情に接してくる日も来るのかもしれない。その時耐えられるかな?
私はカイの手をぎゅっと握った。
カイは反対の手でぽんぽんと頭を撫でてくれた。
「ソルジュさんは?」
「限りなく無名に近いね。」
「ふーん。」
「あいつに興味ある?」
チラッとカイが私の目を見た。
「敵対的な意味でなら。」
「そう。サトコはオレが守るよ。」
「…うん。」
あう。頬が熱い。潮風よ、私の顔面を冷やしておくれ。何12のショタにときめいちゃってるの!?私のバカバカ。
「照れてる。カワイイ。」
「バカ…」
私はプイッとそっぽを向いた。
4日目。
カイが亜空間にしまってくれていたトーパを美味しく頂いた。亜空間に入れた物は入れた直前の状態を保つらしい。トーパは熱々だった。
アトシアに着いた。
船を降りる。地上に降りたのにまだ揺れてるみたいな感じがして変な感じだ。
アトシア最初の街、クシャはレンガ造りの家が沢山立ち並ぶ街だった。屋根と屋根の間に紐が通してあって家々の洗濯物がはためいている。
「カイ殿。アトシアのクシャの街並みはいかがですか?」
ソルジュさんが話しかけてきた。
「いい街なんじゃない?綺麗だし。葡萄酒が旨いよね。」
「ご存知でしたか。我が国の特産品は葡萄酒です。宜しければ奥方様と我が家に遊びにいらっしゃいませんか?秘蔵の一本をお開けしますよ。」
奥方って私か。夜伽専用使用人の次は奥方か。役職が忙しいなあ。
「断る。他人の家って寛げないから。じゃあね。行こう、サトコ。」
ソルジュさんの誘いをすげなく断って私と歩き始めた。
「奥方って言ってたけどこの世界では何歳くらいから結婚できるの?一夫一妻制?」
「国によって違うね。ササエとリアロは12歳から他は15歳くらいからの所が多い。一夫一妻制の所もあれば一夫多妻制の所もある。ササエやアーティスは一夫一妻制。リアロやパパナやアトシアは一夫多妻制だよ。国によって色々だね。」
ふうむ。カイでも国によってはギリギリ結婚できる年齢に達しているのか。
「どうしたの?オレと結婚したくなった?」
もうっ。どうしてそうドキッとさせるような事言うかな。
「違う。さっき奥方様って違和感なく呼ばれてたからカイでも結婚できるのかなって考えてただけ。あれ?リアロも12歳で結婚…カイもしかして結婚してる?」
奥さんいたりする?だとしたら亭主がどこの馬の骨ともしれない女を連れてきたら奥さんは嫌な思いするんじゃない?
「してないよ。」
「そっか。」
なんかちょっとホッとした。
「アトシアは小麦粉を練ったカリネという食べ物を使った料理が美味しい。葡萄酒によく合うよ。」
宿を取ってカイお勧めの店に行った。
カリネはパスタのような物体だった。オレキエッテのようなシンプルなパスタだ。サーモンに似た魚とブロッコリーに似た野菜とクリームでからめられている。でもとろっとしたソースと絡めるのはこの店くらいで、他の店じゃ茹でたカリネを具材と炒めるくらいの調理法なんだって。オレキエッテは元々オイルっぽい調理の仕方をすると聞いたことがあるからそれでもいいのかも…
地球のパスタの事を話すとカイは興味深げに聞いていた。葡萄酒も勧められたので飲んでみる。未成年だけど異世界だから良いよね。カイに聞くとこちらの世界で飲酒に制限を設けてる国はごく一部らしい。カイのお勧めは白の葡萄酒。飲み口が軽くておいしい。あんまり美味しいので結構沢山飲んでしまった。
翌朝。私は悶え苦しんでいた。大量のアルコールを摂取して理性は無くなったが、記憶はしっかりあるのだ。私はエロい方向性で酒乱だったらしい。カイに散々絡んで座ってるカイに跨ってほっぺにちゅっちゅっとかしちゃって胸押し付けて「カイ可愛い~」とやった。カイは最初は苦笑していたが絡まれているうちに最終的には「サトコ、オレも男だよ?」と言って壁に私を押しつけてぺろりと舌舐めずりした。あうううううう。その眼つきがめっちゃ雄だった。それ以上怪しい事はなかったけど私はでろんでろんになってカイにお姫様抱っこで部屋まで運ばれた。お姫様抱っこされて調子のっちゃってカイの首にぎゅうと抱きついてた。
私はお布団に繭の様にくるまって昨日の自分の醜態を思い出していた。あうううううう。
「サートコ。怒ってないからいい加減出ておいで。」
「だって…だって…」
カイにあんなことしちゃったしお店の人にも宿の人にも醜態を見られちゃってるんだもん。このまま消えてしまいたい。
「10秒以内に出ないと襲うよ。10、9、8、7…」
不穏な発言をしてカイがカウントをしだしたのでしゅばっと出る。
「サトコ。お酒は控え目に飲もうね。」
そこは禁酒じゃないのか。でも私も一生お酒飲めないとか寂しいので“控えめ”に飲む事にしよう。