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第29話

魔物を数匹倒しつつ、ラクシェとの国境も近付いてきたというある日、いつものようにリィンが毒見してくれた。いつもは数口食べてから「どうぞ?」と言うのだが今回は一口食べて動きを止めた。なんかの瓜みたいなやつのサラダだ。


「こちらのサラダを用意してくださったのはどなたですか?」


にっこり笑って聞く。従者たちの視線がビタに集まる。ビタは蒼白な顔をしてリィンを見ている。ビタは小麦色に近い金髪の癖っ毛をはね放題にしている笑顔の幼い青年だ。


「このサラダは毒入りですね。」

「ビタ!お前!!」


キサラが責めたてようとした時、ビタがナイフを手にリィンに突撃してきた。リィンがそんなものを食らうはずもなく、ビタの手を掴んでへし折った。


「ぎ、ぎゃあああああああ!!」


ビタがへし折られた手を押さえて悲鳴を上げる。


「うるさいですよ。」

「こ、この化け物っ!呪われた闇の守護者!」


キサラが悲しそうにビタに話しかける。


「何故だ…ビタ。私たちは闇の守護者が世界を破滅に導くだけの存在ではないと確かめるためにここまで来たはずだったじゃないか…」

「闇の守護者は呪われてるんだっ!だから魔物も増える!このままじゃ世界が破滅するっ!俺は世界を救おうとしたんだ!!俺は悪くない!」


ビタは口角から泡を飛ばしながら言い募る。


「殺してもいい?」


カイが首を傾げて、蠅でも叩くみたいに気軽に聞いてきた。


「仮にも一時は仲間だったのだ…殺すのはちょっと…ご遠慮願いたい。」


キサラが言う。


「でもさあ、闇の守護者への殺意はたっぷりで、こっちの言うことは聞かなくて、自分は悪くないと思ってる。…野放しにしたらリィンが闇の守護者だって言って回ると思うよ?正直邪魔じゃない?」

「……。」

「ようするにあれだよね。君らが、闇の守護者の命を取るか、この裏切り者の命を取るかだよね。先に言っとくけど後者を選んだ場合オレは敵に回ると思っておいて?」


リュート様が顔をヒクつかせた。カイが敵に回ったら恐ろしい事はものすごーくよくわかってるようだ。


「皆で少し相談したいから一晩待ってくれないか?」


私たちはリィンが毒見していた他の食事を取ってお風呂に入って寝た。こんな時でも温かいカイに抱かれてると悩みがするっと溶けて安心して眠っちゃうんだよねー…ビタの命運がかかってるのに。

朝早くキサラがやってきた。ビタは服毒させられたらしい。証拠にビタの死体をカイに改めて欲しいそうだ。リィンがやってきたのでカイは入れ違いに出て行く。二人でカイを待つ。ビタが死んだと聞いて私は暗い顔になる。


「サトコ、自分を殺そうとする人間の末路まで憂えなくてもよいではありませんか。」

「でも、もし私が落ちてこなかったらビタも死ぬことはなかったんじゃないか…って考えちゃって…」

「もしサトコが現われなかったらカイは今も戦争と研究に明け暮れて、勝たず負けずリアロから搾取を行い、虚しく貯蓄するだけで生の喜びを何一つ知らず、人形のように生きていたのですよ?サトコはビタとカイどちらが大切ですか?」

「カイ…」


比べるまでもない。私はこの世でカイが一番大切なのだから。もし、こちらの世界に落ちてこなかったら私にはきっと優しい家族がいて友達がいて文明社会があった。でもこっちの世界に落ちてこなければカイにもリィンにも出会えなかった。家族がいない悲しさ、友達がいない悲しさはいつの間にかカイに出会えた喜び、リィンに出会えた喜びに帳消しにされてしまっている。


「釣り合わない天秤は重きに傾くものなのですよ。」


リィンは私の頭を撫でながら言った。

私の家族がいない悲しさ、友達がいない悲しさは、カイと出会えた喜び、リィンと出会えた喜びと釣り合って、バランスがとれているのだろう。でも私は我儘だからビタの死とカイの人生を秤にかけたら断然秤はカイの人生の方に傾く。私にはビタの死を悼む資格などないのだ。

カイは戻ってきた。


「今日はビタの葬儀するって。」

「こっちの世界ってどんな葬儀するの?」

「国によって違うけどハルドラでは遺体を骨まで焼いて、骨を砕いて粉末状にして砂漠の砂と混ぜるみたい。全ての存在は大地に還る的な?」

「そうなんだ。」


朝食を取りに行くとみんな沈痛な面持ちだ。もそもそと肉と豆のシチューを食べている。

全員で葬儀場にビタの遺体を運ぶ。葬儀場では火魔法を使える人物が詰めていて、ビタを遺骨にしてくれるらしい。真っ赤な業火に焼かれてビタが遺骨になる。ビタの遺骨を薬研で粉砕してもらって砂漠に撒いた。ビタと親しかった従者たちは涙している。

夕食の席でラランが口にする。


「昨日、リィン様が食事を食べて『これは毒入りです』って言ったけど、リィン様には毒が効かないのですか?」


遂にそこに気付いちゃったかー…私はカイと目を見合わせた。


「真の闇の守護者はリィンじゃなくてサトコなんだよ。昨日のビタみたいなのが現われると困るから影武者を立てていたんだ。リィンの正体は人形だよ。」


カイが暴露すると驚愕の声が漏れる。


「こんな精巧な人形があるのですか…」

「サトコが闇の守護者?全然普通の少女なのに…」

「じゃあ、リィン様がサトコを絶対に身辺から離さなかったのって…」

「護衛するためでございます。」


リィンがしれっと答えた。


「でも俺たちにまで正体を隠すこと…」


ラランが不満そうに唇を尖らせた。


「もしビタがサトコが闇の守護者だと知っていたら、どうにかサトコを毒殺する方法を考えたでしょうね。それにナイフを持って襲いかかられればわたくしはともかく、サトコは避けられもせず刺されてしまうのですよ?」


リィンが言うと全員が黙った。実際に裏切り者が出ているだけに何も言えない。


「一応ここにいるみんなを信用して話したけど、これから先裏切るようなら、みんな末路はわかっているよね?」


カイがにっこりと笑う。全員が服毒させられたビタの事を思い浮かべたようだ。青い顔でコクコク頷いている。

ビタの代わりにはヴィランという男性が代わりに雇い入れられた。ヴィランはカイの人形である。うねりのある黒髪にサファイアブルーの瞳をした物凄い整った顔立ちの妖艶な美青年で、そこらの女の子なら一発でポーッとなると思う。カントと違い、笑うことは少なく、たまに笑う時も歯を見せずうっすら微笑むだけだ。カイ曰く、ヴィランは雑用人形と切り裂き人形両方の能力を備えた人形で、女性に対する色仕掛けも得意らしい。「まー、こんな美青年に優しくされたら舞い上がっちゃうよね。」って言ったら「サトコも?」って嫉妬丸出しで聞かれたから、「私をときめかせられるのはカイだけだよ。」と言ってキスしておいた。その返答はカイの満足いくものだったらしくご機嫌だ。

そんな感じでラクシェに入った。ラクシェ人は涙脆くてお人好しな国民性らしい。私がカイに貰った珊瑚のロゼのイヤリングを失くして探していたら「どうした、どうした」とワイワイ人が集まり始めてみんなで探してくれた。その甲斐あってイヤリングは見つかった。みんなにお礼を言うと「良いってことよ、困った時は助け合いだ。」と笑っていた。ラクシェの人たちって優しいな…

文献は王都の王立図書館に収められているらしく、王都まで旅だ。ラクシェはハルドラと違って砂漠地帯ではない。本当にファンタジック気候。レンガ造りの家が並び、洗濯物がはためいている様子などは少しアトシアに似てるかもしれない。ラクシェではハルドラに接していない全ての面を海で囲われた国なので海産物の料理が多い。ブイヤベースに似た料理が美味しい。


「あなたたち恋人同士?」


カイと一緒にブイヤベースをつついていたら近くの席にいた女性に話しかけられた。美しい衣装を身に纏った典雅な雰囲気の女性だ。


「ええ。」

「素敵!すごく仲がよさそうだものね!馴れ初めなんて聞かせてくれない?」


この女性は恋愛話に目がないようだ。「私も聞きたい!」とわらわら最初に声をかけてきた女性を含めて9人の美しい女性達が集まってきた。

私は「自分が記憶喪失で森に立っていた。」と言う設定で殆ど事実の事柄を語って聞かせた。記憶がなく身一つで森に突っ立っていたところをカイに保護され村に連れて行ってもらったこと。村で働いていたがザランドに目を受けられ、気持ち悪いザランドに犯されそうになったところをカイが間一髪で助けてくれたこと。カイが私の立場を守りたいと一念発起してササエで爵位を取っていたこと。カイと共にササエへ向かったが、カイを追ってきたリアロの兵士に円呪の首輪を嵌められてしまったこと。カイが首輪を取るため竜谷へ行き、竜と戦ったこと。カイに甘やかされつつ旅を続けるものの、カイの気持ちがわからず迷ってしまったこと。酒を買って酔いに任せて聞き出そうとした結果、抱かれたがったが抱いてもらえず、失恋したと錯覚したこと。悪いやつらに誘拐されてしまったこと。とある人物に助けられ、ラクシェに用があって旅を続けてきたこと。カイもまた私に失恋したと錯覚したが、未練があり、こっそりと追ってきたこと。仮面の少年として私に接する甘いひと時。でも私はカイを忘れられず、仮面の少年がカイに似ていたから、気になっているのかもしれないと思い悩んだこと。カイが駄目だ駄目だと思いつつ私の傍にいられないことが何より辛くて接近してしまったこと。そして私は仮面を剥いでみて吃驚!二人で誤解を解きあって、晴れて恋人同士になったこと。

お酒も入っていたので口が滑らかになり、私もカイも「あの時は…」と語りあった。

涙もろいラクシェの女性たちは号泣。私たちがお互い失恋しあったと錯覚してすれ違ったと言う話が出た時なんてみんなで涙を零しあっていた。私たちが晴れて恋人同士になった下りではほっと胸をなでおろしていたようだった。


「すごい荒波に揉まれた恋人同士だったのね。」

「これはもう、運命の恋人同士なんじゃない?」

「素敵ね、運命の恋人!」

「そう言えば円呪の首輪を解除したって言ってたけど、今も出来るの?」


カイを見る。


「出来るよ。誰か解除したい人がいるの?」

「いるんだけど…お金、かかるわよね?竜谷の奥に行かなきゃとれない鉱石なんて使うんだし…いくらくらいかな?」


おずおずと女性が尋ねた。


「君たちは普段楽器の演奏してる人?」


カイは女性達が手にしている楽器を見てそう言った。


「うん。」

「じゃあ、心に響くような素晴らしい楽器の演奏を聞かせてくれたらチャラにしてあげる。」

「ほんと?キャシーとミラとエイミーを呼んでこなくっちゃ。」


女性達は3人の人物を呼びに行かせる傍ら9人の女性達は楽器のチューニングを行った。


「今日こそ天上の音楽を奏でるつもりでやるわよ!私たちの手にキャシーとミラとエイミーの命運がかかってるんだからね!」

「応っ!」


そして9人の女性達がそれぞれの楽器を奏でるプチオーケストラ。本人たちもかなり気合が入っているらしくそれはもう素晴らしい演奏だった。食堂にいる人々が食器の音一つ立てず聞き入っている。まさに天上の音楽。金色に輝く蝶たちが花と戯れる光景を幻視したほどだ。素晴らしい技量、そして気合だった。徐々に高まる音の波。その最高潮に達した時は思わず鳥肌が立った。そしてゆっくりと音の波は引いて行き、凪。全ての音が治まった時食堂内はシーンとしていた。3拍くらい置いてから拍手の渦。私も夢中で拍手した。


「カイ、すごい演奏だったね!私感動しちゃった!」


私がカイにそう言うとカイが私の顔を見ていた。


「どうかした?」

「宮廷楽師の演奏なんていくらでも聴いたけど、オレ自身は、音楽…と言うものに心動かされたのは初めてだから。多分隣にサトコがいて、サトコが感動してるからそれが伝わってきたんだと思う。サトコに出会えてよかった。音楽が素晴らしいものだなんて今まで知らなかった。」


カイは食に心動かされないだけでなく、美しい音楽にも心動かされなかったんだね。なんだか伝え聞くカイの生活は無味乾燥で…そこに一滴の甘露を差し入れてあげられたら…と切に願ってしまう。


「い、いかがでしたか?」


私たちに声をかけてきた女性が緊張気味に尋ねる。


「素晴らしかったよ。首輪を解除しよう。どこか地面に陣を描ける広い場所はある?」


女性達はわあっと沸いた。


「こちらに、場所があります!!」


ランタン片手に場所に案内してくれるようだ。

屋外、少し開けた広場に案内された。地面も平坦で陣を描くにはちょうど良さそうだ。カイは解除する首輪を一つ一つ丹念に見た。


「何してるの?」

「円呪の首輪には嵌めた者の魔力パターンと嵌められた者の名前が図形になって刻まれてるんだよ。それに対応した陣を描かなきゃ解除できないんだ。」


何気に高等技術だった模様。カイはパルムの鉱石でサラサラと複雑な陣を地面に描いていく。そして首輪を嵌められたキャシーと呼ばれる子を陣の真ん中に立たせた。


「解放せよ円呪の首輪」


ぱあっと青い陣が輝き、すうっと空中に浮かぶと首輪に収束した。ぽろっと首輪が取れる。見物人たちが歓声を上げる。

カイはそれをもう2回繰り返し、3人の女性の首輪をはずした。3人のうち一人は私と同じく首輪のせいで固形物が飲み込めなくてかなり痩せていた。みんな首輪がとれた喜びで周囲の人たちと抱き合い喜びあっている。

そして皆が何度も何度もカイにお礼を言っている。カイは普段私以外にそんなにお礼を言われたことがないのだろう、なんとなく挙動不審で居心地が悪そうだ。そんなカイも可愛くてメロメロなんだけども。

話を聞くと楽団の女性達と3人の女性は3日前に初めて出会ったばかりらしい。3人の女性は元リャンカの村娘で、ある日リャンカの貴族に無理矢理首輪を嵌められた。そっと隙を見て主人を殺害して国外逃亡したらしい。あれだよね。正当防衛の概念がないから無理矢理奴隷にされた側でも貴族を殺害すると罪に問われるらしい。ラクシェの人々は心根が優しく、逃亡してきた3人を温かく迎え入れてくれたらしい。楽団の9人も初対面も同然の3人の為に交渉して、更に最高の音楽を作っていたし。お人好しなんだよねえ、ラクシェの人って。カイ曰く、ラクシェは世界で最も孤児が住みよい国なんだそうだ。この世界で唯一ボランティア機関と募金の概念がある国なんだって。


「リィンも音楽、感動した?」

「ええ。わたくしも楽器などを演奏出来たら良いのにな…と思いました。」

「じゃあ、なんか楽器買ってく?」


カイが気軽に聞いた。


「良いのですか…?」

「リィンも頑張ってるから、たまにはご褒美。」


リィンがカイを見つめている。


「どうしたの?」


聞いてみた。


「いえ、カイはサトコと出会われてから随分変わられたなと思いまして。昔は人形が主人に尽くすのは当たり前で、それをお褒めになったりされることは皆無でしたのに…」

「嬉しい?」

「そうですね…嬉しいです。私が褒められて嬉しいと言うよりは、カイの感情が豊かになって嬉しいという意味ですが。」

「リィンはカイが大好きなんだね。」

「はい。敬愛しております。」


カイはなんだかもぞもぞ居心地が悪そうだ。照れているのかもしれない。


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