第27話
私たちは豪華客船ローレイアに乗ることになった。私もカイもリィンも一級客室だ。つまりお風呂付!前回ローレイアに乗った時は船の中でセルジュさんがナンパしてきたんだっけ。
……と思っていたら今度はカイの方がナンパされた。しかも微妙にナンパなんだかナンパじゃないんだかわからない感じで粉かけられてる。相手は私と同じ亜麻色の髪に榛色の目をしている。名をシェリーというらしい少女だ。私と同い年くらいだと思う。最初は甲板の上で揺れに耐えきれずカイの胸に転がりこんできてしまったシェリーが、お詫びにと自分が刺繍したハンカチを渡してきた。それから何かにつけてか「カイさん、カイさん」と懐いている。如何にも純真そうで、よく笑い、よく泣く少女だ。カイはカイでシェリーには優しく振舞ってるので私はなんだかモヤモヤする。
「カイさんはどちらまで行かれるんですか?」
「オレは、今、仲間とラクシェまで行く予定だよ。」
「わあ!本当ですか!?私もラクシェまで行くんです!」
「じゃあ、向こうでは一緒になるかもね。」
「道中ご一緒したらまずいですか?」
「うーん、オレも仲間がいるからね。まあ、たまたま旅路が重なっちゃう分には構わないと思うよ?」
「うふふ。嬉しいな~。」
シェリーは上機嫌だ。反比例して私の機嫌は悪くなっていく。従者たちは私たちが破局するかどうかを賭けている。いらっとするね。
アトシアのクシャに着き、宿を取る。シェリーは同じところに宿を取ってきた。夕食の席でも「カイさん、カイさん」とカイに懐いて、夕食の席では大量にお酒を飲んで、色っぽくカイに絡んでいた。この子私と同じタイプの絡み酒だ…普通ならカイを取られて悔しい!!と思うところだけど…私はカイを見ていた。なんだかカイが変だ…優しくシェリーの世話を焼くカイは、私の世話を焼くカイに似てはいたけど、なんだか別人のように思えて…嫉妬する気持ちが起こらなかった。泥酔して色っぽくカイに絡むシェリーをカイがお持ち帰りしようとする段になってやっと慌てた。
「カ、カイ!どうするつもりなの!?」
「うーん、とりあえずシェリーの部屋に置いてくるよ。心配しないで?すぐ帰るから。」
あ、安心できない~!!
「愛してるよ、サトコ。」
ちゅっと右頬にキスされたが、やはりそれがカイだとは思えなくて微妙な顔になる。なんでだろ…私の微妙な顔を見てカイはくすっと微笑んだ。私は納得いかないまま部屋に戻る…と部屋の中に何か工作してるカイがいた。
それを見てやっと納得がいった。
「さっき食堂にいたのってロア?」
カイに話しかける。
「そうだよ。シェリーの部屋へ行った?」
「うん。」
「多分シェリーは懐に入れた獲物は逃さないと思うから、ロアと熱ーい一夜を過ごすことになると思うよ。ロアのアレから出るのってそれっぽい味をつけた人工精液で、材料に糖を含んでるからシェリーの膣では菌が繁殖しちゃうかもしれないけど。」
カイが意地悪そうな顔で笑った。膣で菌が繁殖…恐ろしい話だ。
「なんでそんなややこしい真似を?」
「シェリーって多分リアロが再びオレを取りこもうと送りこんできた工作員だと思うんだよ。サトコの特徴を強調した言動に容姿も無理やり似せてる。多分あの子本当はああいう髪色じゃないと思うよ。オレを籠絡して戦闘員にしときたいんだろうね。」
ハニートラップってやつですね。カイがリアロの兵士に私の事奥さんって紹介したから私に似せた感じの女の子を送りこんできたんだな。
「まあ、折角誘いをかけられてるんだから、それに乗ってロアを送りこんでリアロ潰しちゃおうかなーと思って。いちいち色仕掛けされるのもウザイし。」
カイがさらっと恐ろしいことを言っている。一国潰しちゃうって言った?
「サトコも明日の朝は悲愴な顔しなきゃ駄目だよ?サトコは自分の男を寝取られた女の子なんだからね?」
演技かあ…難しい。
「サトコは、今シェリーを抱いてるのがロアじゃなくオレだったらどうする?」
カイだったら……か、多分許さないな。私は嫉妬深いから。
「多分、許さないと思う。」
「じゃあ、絶対許さない!って感じでオレに冷たく接してくれて良いから。」
カイに冷たくかー…自信ない。
「多少変でもオレに怒って見せて悲しい顔でリィンに甘えてくれたらこっちでフォローするから。」
「わかった。」
その夜も私はたっぷりカイに可愛がられた。
「カイ、避妊具の減りが早いんだけど…」
一緒のベッドでイチャイチャしながら打ち明ける。元々20個しか買ってきてないし。
「サトコはオレの赤ちゃん産むのは嫌?」
カイが私の髪を弄びながら聞く。
「将来的には産みたいけど、今はもうちょっと二人きりの時期を満喫したいよ。赤ちゃん産んじゃったら子育てに忙しくてこんなに二人でイチャイチャ出来ないかもしれないし。」
「そっかー…じゃあ、大量に手に入れられるよう、ちょっと頑張ってみるよ。その代わり手に入れられるまで多少夜は控えめね。それはむしろオレが辛いんだけど。」
カイは苦笑いだ。わ、私とえっちするの我慢するの辛いのかー…どうしよう。にやける。にやにやしてたらカイにほっぺを摘ままれた。
翌朝、ロアは部屋に戻ってきていた。予定通りシェリーを抱いた旨カイに報告している。それからロアを仕舞って演技。カイがもしもシェリーを抱いちゃったら…想像する。あんなに私を愛してくれていたカイが他の女の子に心を移してその子と…辛すぎて涙が出てくる。めそめそ泣きながらリィンに甘えた。
「サトコ…サトコにはわたくしが付いています。」
リィンも心得たもので憂いつつも私を優しく慰めてくれる。キサラが心配そうに私を見ていたが、申し訳ない。演技なんだ。カイが「サトコ、馬車に乗ろう?」と手を引いてきたので「汚い手で触らないで!不潔!大嫌い!」と手をはねのけた。カイは大変ショックを受けた顔で「サトコ…」と呟いている。そこにシェリーがやってきて「一緒の馬車に乗りませんか?」とカイを誘っていた。私はリィンとリュート様と同じ馬車に。御者台にはキサラが座る。
「サトコ…カイ殿と喧嘩したのか?」
リュート様が聞いてくる。私はなんて言っていいかわからずにリィンを見る。リィンは頷いて話し始めた。
「昨晩、酔ったシェリーに甘えられて、カイはシェリーと褥を共にしました。」
キサラの眉が顰められる。
「…………という設定のお芝居をしているので、そのつもりで。」
リィンがけろっと言ったのでキサラとリュート様がずっこけた。あの妙に長い行間はわざとだよね。リィンったらお茶目さん。
「な、なぜそのようなことを…?」
「どうもシェリーはリアロの工作員らしいのです。カイを色仕掛けで籠絡し、自国の戦力にすることを目論んでいるようで。鬱陶しいから誘いに乗ったふりをしてリアロを潰してくる、と仰っていました。」
聞いたリュート様は微妙な顔になっている。さらっと一国潰してくるよと発言されたら微妙な顔になるよね。
「まあすごく気になる部分は置いておいて、それって、実際シェリーと褥は共にしてないの?」
「カイの代役の人形と寝ているはずです。」
また微妙な顔になった。
「ですからお二人は実際カイがシェリーと寝てたらどう行動しているか、を考えてみて行動してみてください。」
「僕ならカイ殿に義憤を燃やして冷たくして、サトコをいたわるだろうな。」
リュート様が言う。
「私なら、表面ではカイ殿に怒りを燃やし、内心カイ殿が不甲斐ないのを喜んで、サトコに近付く口実を作るな。」
キサラが言う。
「それは面白いですね。」
リィンが言う。
「きっとこれからカイはサトコに拒まれ、ろくに近づけないはずです。その間、傷心のサトコを口説いて見せればカイはきっとやきもきするでしょうね。…………まあ、その方法はキサラの傷口に塩を塗る方法でもありますが。塩、塗りますか?」
キサラは少し考えた後言った。
「塗ろう。」
ええ~!!塗っちゃうの!?
「サトコもカイに後ろ髪引かれつつ拒み、キサラの甘言に乗らなくてはなりませんよ?」
リィンが意地悪そうに言った。リィン、カイのこと嫌いなわけじゃないよね???
「リィン、カイのこと嫌い?」
「敬愛しております。ただ、サトコの伴侶がサトコに振り回され、みっともなく狼狽する様子が見てみたいのです。きっと小姑というのはこんな気持ちなのでしょうね。とてもわくわくします。」
それは多分小姑の気持ちじゃないと思うけど、リィンは状況をすごく楽しんでいるようだ。ハルドラへ向け、アトシア内を移動する。宣言通りリュート様はカイに冷たくしている。キサラもカイに軽蔑しきった目を向けている。
「サトコ、一緒に…」
カイがどこかへ誘おうと近付いてきた。
「近付かないで!」
目に涙を滲ませてカイを拒否する。
「サトコ、一緒にロゼ園へ行かないか?」
キサラが誘ってきたのでキサラの手を取る。カイが衝撃を受けた顔でそれを見ている。そこへシェリーが「一緒にロゼ園へ行きませんか?」と誘っている。チラチラとカイの視線を受けながらキサラとリュート様とリィンと一緒にロゼを見る。
「サーリエではアトシアのロゼは奇跡の恋の花だと言われている。皮肉だな。こうしてサトコとロゼを見たいと思っていた。恋が破れてからそれがかなうとは…」
キサラが私の肩を抱き寄せつつ言った。
「アトシアでは『花嫁の花』と呼ばれているらしいですよ。見た目の美しさに反して鋭い刺を持つので、『美しい姿の中に獰猛な牙を備えた花嫁の花』と呼ばれているそうです。」
それを教えてくれた人は今頃天国か地獄にいるはずだけど。
「そうなのか…サトコはカイ殿とアトシアのロゼを見たことがあるのか?」
「ええ。」
「妬けるな。頬に口付けていいか?」
「え?」
「やきもきさせるんだろう?」
うーん…カイ怒るかなあ…私だったら気持ちが無いとわかっててもカイが他の女性にほっぺにキスとかされてたらやだ。
「サトコ、カイだって自分に似せた人形に他の女性を抱かせているんですよ?いらっときませんでした?」
リィンが言う。確かにそう言われるといらっとするかも。ロアって多分カイと同じ体つきになるように調整されてると思う。カイの全裸なんて知ってるのは私だけで良いのに…
「頬だからね?他は駄目だよ?」
「ああ。」
キサラはカイに見せつけるようにゆっくりと私の頬に口付けた。カイの視線を滅茶苦茶浴びてるのを感じる。私はできるだけ悲しそうにキサラに微笑みかけた。
「良い感じですよ。カイが目を見開いてこっちを見てます。かなり衝撃を受けているようですね。シェリーもにやにやしてます。」
リィンがちらとカイを確認して告げてきた。
「サトコは愛されてるな。次は腕など組んでみてはどうだろう?」
リュート様に提案されて一緒に腕を組んで歩いた。
ロゼ自体もちゃんと楽しんだ。小ぶりの香り主体のロゼが本当にいい香りで…薔薇の匂いって良いなあ…すごく好きだよ。
夜はカイも同じところに宿を取ったけど部屋は別。私はリィンと相部屋だ。夕食を食べて、お風呂に入った後部屋でまったりしてるとノックの音が聞こえた。
「どなた?」
「カイだけど。」
すごく不機嫌そうな声が聞こえた。怒ってるっぽいなー…と思いつつ恐る恐る扉を開ける。
不機嫌そうなカイが入ってくるなり私を持ちあげてベッドに放り投げた。そのまま押し倒して噛みつくようにキスをする。口内を散々舌で荒らされ息も絶え絶えである。うう…リィンが見てるのに。
「どういうつもりなの?」
カイに詰問された。
「キサラとあんなにくっついて!口付けまでさせて!お、オレがどんな気持ちだったと…」
自分で言ってて泣けてきたらしく、カイがぽろぽろ涙をこぼした。
私はまさかカイが泣くとは思わなくておろおろだ。
「カイ、サトコは『カイが別の女性と褥を共にしたら』という設定を通したに過ぎません。キサラもそうです。実際にカイが別の女性を抱いたら大喜びでサトコを口説くでしょう。サトコはキサラにそこまでの気持ちが持てなくともカイを忘れるため身を任せることもあるかもしれませんね。」
リィンがカイに私たちの行動の正当性をアピールした。実に生き生きしとる。リィン楽しんでるなー…
「オレ、サトコ以外を抱いたりしないから!サトコも他の男に身体を許したりしたらやだ!口付けさせるのも止めて。サトコはオレの……だよね?」
カイが不安げに私を見つめる。
「そもそもカイはどうしてロアにシェリーを抱かせたのですか?例えばサトコが人形遣いで、顔も身体も声さえもサトコそっくりの人形を他の男に抱かせてたらいい気持ちですか?」
リィンの攻撃は止まない。
「サトコ、怒ってるの?オレのこと嫌いになった?『大嫌い』って本当なの?」
カイが不安に揺れる。リィン、やり過ぎ。完全にカイが情緒不安定になってるよ。私はカイを抱きしめた。
「カイ、大好きだよ。『大嫌い』なんて嘘。ただの演技だよ。私はカイのもの。カイが嫌だというならもう口付けはさせない。代わりにカイも口付けしたりさせたりしたら嫌だよ?ロアがする分には別にいい。ロアが誰を抱いても、カイが私しか抱かないならそれでいい。あ、でも私そっくりの人形を作って他人に抱かせるとかはやめてね?」
それ相当微妙な気持ちになるから。
カイはコクコク頷いた。
「ロアがこれからもシェリーを抱いても大丈夫…?」
「カイが私しか抱かないならそれでいいよ。でもロアに私を抱かせるのはやめてね。私は人形も含めてカイ以外に抱かれるのは嫌だから。」
「オレも人形を含めて、サトコが他の誰かに抱かれるのは嫌だ。」
リィンの望むとおり私に振り回されるカイも見れたし、愛情も確認しあえた。カイはドライヤーを作ってきたらしい。丁度お風呂上がりだったので濡れた髪にクリームを馴染ませて乾かしてくれた。つやっつやのさらっさらになった。
「何かこのクリーム今までのとちょっと違う?髪からいい匂いがする。」
「うん。今日人形に買わせておいたロゼの精油を混ぜてみたんだけどどうかな?」
「すごーく良い匂い!癒される!」
嬉しくてにへへっと笑った。
「そっか。良かった。」
カイが耳元に鼻を埋めた。
「確かに良い匂い。」
カイが嬉しそうに笑って私にキスをした。ちゅっちゅっと色んな所にキスをしてくれる。リィンもいるし、それ以上の事はしないけど。因みに今夜はカイの部屋にシェリーが忍んできているようで、ロアが相手をしているけれど、カイは部屋に帰れないからと私たちの部屋で眠った。一人用のベッドにカイと二人で抱きしめあって就寝。朝、シェリーが自室に戻ってからロアと入れ替わるそうだ。




