第26話
マテの村に着いた。カワノコへ宿を取る。カイと相部屋だ。女将さんもアンナも私の事を覚えていてくれた。
「サトコ!ササエに行ったんじゃなかったの!?」
アンナが聞く。
「最終的にはササエに行く予定だけど、ちょっと用があって今からラクシェに行くの。」
「へえ。いいなあ。色んな国を旅出来て。」
「えへへ。こっち、今お仕えしているリィン様ね。」
リィンを紹介した。
「サトコ、シャールン伯爵にお仕えしてるんじゃなかったの?」
アンナが頭の上にクエッションマークを沢山飛ばしている。
「今、臨時でお仕えしている感じかなあ。用事が全部済んだらシャールン伯爵の使用人「伴侶!」…伴侶になる予定。」
話していたらカイから訂正が飛んできた。伴侶か…だめだ。照れる…私は頬が赤くなるのを感じた。
「えーっ!玉の輿!?良いなあ…」
アンナに大変羨ましがられた。私とカイはこの宿で一番良い部屋を取った。カワノコにはお風呂が付いているので念入りに肌や髪を洗い、カイ謹製の化粧水で肌の調子を整えた。マイルで買った避妊具がここにきて活躍。カイにたっぷり可愛がられた。最初は痛くて泣いちゃったけど、すっごく優しくしてくれた。
でも避妊具については「こんなの買って、誰とするつもりだったの?」と責められ、甘いお仕置きをされた。
それからオアストロの森を抜けてシャンテの村に着く。
ここにきて脱落者が出た。ジョナリオだ。彼は私とカイのラブラブな様子を見て、羨ましく思ったらしく、遂にリィンに告白したのだ。結果は玉砕。「お気持ちはありがたいのですが、あなたのお気持ちに応えることはできません。」と定型文のようなセリフでお断りされたっぽい。もう荒れて荒れて、最後には沈んで「これ以上リィン様と一緒にいると胸が張り裂けそうなのです。」と言って旅のメンバーから外れたい旨を伝えてきた。代理をどうしようか?と言う話になったが、カイが自分の人形を1体出してきた。
「雑用程度ならこいつがこなせるから使ってくれればいいよ。」
と。それは20代後半の男性型の人形だった。良かった…カイの人形ってロア以外みんな女性型だったから、男性型って作ってないのかと思ってた…焦げ茶色の髪に焦げ茶色の目をした中々の美男子である。リュート様とキサラはその人形が人形であることを隠し、雇い入れた。名前は『カント』とした。カントは人間に擬態するため中々ひょうきんな表情を作る。自分からも積極的にお喋りに興じる、人間とほとんど見分けがつかないキャラクターだ。でもリィンみたいに心があるわけじゃなくて全部演技なんだそうだ。
四人乗りの馬車にリュート様、カイ、私、リィンが乗り、御者台にキサラが座る。
「カイ殿ってすごいんだねえ…」
リュート様は人形に感心しきりだ。
「人形遣いのカイ…聞いたことがあるな。リアロ最大の戦力にして稀代の天才だと。ただし悪名高い方でも有名だがな。」
キサラが続ける。カイってば良い意味でも悪い意味でも有名人だね。
「リアロの宮廷魔術師は辞められたのか?」
「辞めたよ。リアロの宮廷魔術師なんてサトコとのんびり暮らすのには邪魔な肩書きだからね。オレはササエでサトコと美味しいもの食べたり綺麗な物を見たりしてのんびり暮らすのが目標なの。その目標に邪魔なら闇の魔導会だろうがなんだろうがぶっつぶす。」
「貴殿なら出来そうな気がするな。アーティスでは竜の死体を2体もオークションにかけたとか。」
「ササエでも2体オークションにかけたし、ぶっちゃけまだ持ってる。肉が美味しいから売るべきか食べるべきか迷うところだけど流石に全部は食べきれないからどこかでもう何体か売るよ。」
「もう何体か…?複数持っておられる?」
「うん。」
「は…はは…言葉を失うな。竜がどれくらい強いとされてるかご存じか?」
キサラの顔が引きつっている。
「少なくともオレよりは弱い程度。」
「3体もいれば一国に壊滅的な被害を与えられるのですよ?」
「そうらしいね。」
カイはけろりと肯定した。カイは人形使ってサクサク倒してたからわからなかったけど、竜ってそんなに強いんだ?
「人形使うなら一国くらい容易く乗っ取れるよ。ただその後の統治が面倒くさいからやらないけど。」
「野心家が聞いたらハンカチ噛んで妬むでしょうな。」
「自分の住んでる国が転覆しない限り、国の運営とかあんまり興味ない。オレはただ愛する人と日々を楽しみたいだけ。愛する人が喜んでくれるならいくらでも努力はするけど。」
「私も、そう言ってみたかった…」
キサラがぽつりと呟いた。
キサラはリュート様のため、国の為にいつも働いていて、私を得ることにも失敗した。カイとは正反対なんだよね。きっと本気で国を捨てたいとか思ってないだろうけど、そういう自由な生活に憧れる日もあるのだろう。
アップの村に着いた。
私がすっかり素揚げの食事に飽きてしまっているのを見て、カイが宿の厨房を借りて調理をしてくれた。カイ特製のシチューだそうだ。ホワイトシチューでもデミグラスのシチューでもなく、透明な煮汁の中にとろっとろになるまで煮込まれた肉と野菜が入っているシチューだ。どうやら魔法を圧力鍋的な使い方をしたようだ。カイが万能すぎる件について。
一応形式上リィンに毒見をさせてから頂いた。
味付けはシンプルだが、かすかにハーブの香りがして抜群に美味しい。具材が口に入れただけで解けるように消えていって、肉も臭みなんて全然ない。旨みだけが凝縮されたようなシチューだ。
「カイ~!おいしいっ!」
「そう?良かった。」
「これはおいしいな!」
リュート様が喜ぶ。私たちだけで食べるのも何なので、カイはみんなの分もシチューを作ってくれた。全員で美味しいシチューに舌鼓を打つ。
お風呂が無かったのでまたお水かあ…と思っていたらカイが室内に入ると驚きの物体を亜空間から取りだした。
金の猫足のついた真っ白なバスタブだ。
「カイ…?」
「桶にお湯張るくらいなら、いっそ買っちゃおうと思って。ちょっと狭いし、床も濡らさないように気をつけなきゃいけないから面倒くさいけど。……もしいつか、サトコがオレの元に戻ってきてくれたらなあ…って妄想して買っちゃった。」
カイが照れくさそうに言った。私愛されてるよねえ…
バスタブにあったかいお湯を張って、足元にバスマットを敷き、カイと二人で入浴した。洗いっこなんかしちゃったり、お風呂の中でイチャイチャ出来て楽しかった。
「サトコの髪、手入れしていい?」
お風呂上がりにタオルドライしてたら髪を撫でられたので頷く。元々トヤの実は泡立ちは石鹸のようだが、ただの石鹸とは異なり、髪が軋まない優れモノではあるけど、更に手入れしてくれるとどうなるのだろう?カイは小壺からほんの少しのクリームを取りだし、掌に伸ばすと、毛先を中心に髪の内側に揉みこむように塗っていった。乾いたらどんな仕上がりになるのか楽しみ。
「これでドライヤーがあれば完璧なのに。」
「ドライヤー?」
「温風を出して髪を乾かす機械なの。自然乾燥だと少し痛むし、癖がつくし、髪が長いと冷えて風邪ひくからから。」
「ふうん…」
更にカイ謹製の化粧水で肌をケアしていると、カイが小さな缶を手渡してきた。開けてみると中には白っぽいもったりとしたクリームが入っている。
「なにこれ?」
「肌用の保湿クリームだよ。化粧水塗った後に肌に塗ると、肌の水分の蒸発を防いでくれるんだ。」
「わあ!ありがとう!すごい助かる!」
私はそのクリームを肌に塗った。カイはロアに警護を任せてバスタブのお湯を捨てに外に出て行った。本当にカイに甘やかされきってるなあ。うへへ。幸せ。
保湿クリームの効果は抜群で、翌朝肌がしっとりぷりゅぷりゅだった。触るともちっとする。快感!髪も指通りさらっさらなのにきれいにまとまる感じでとてもいい。
見た目にも変化があったようで、エイレイの街で船の順番待ちで1週間ほど滞在している頃には「サトコなんか、きれいになったね。」とリュート様に褒められるほどになった。
「なんだろう、最初は愛し愛されて綺麗になったのかなって思ったけど…なんていうか物理的に綺麗になってるよね?」
「カイにお手入れされて肌と髪がバッチリなのです。」
髪なんて天使の輪が出来始めてるし。
「出会った頃から、サトコは髪も肌も綺麗だったから余程いい生活をしてきたんだろうなあ…と思ってたけど、実際は予想以上だったようだね。僕の母上だってそんな綺麗な髪してないよ。ここんとこお風呂のある宿じゃなかったのにも拘らず、すごく身綺麗だし。」
毎晩カイが出してくれるバスタブでお風呂に入ってるからね。
「サトコ…溺愛されてるんだね。」
「えへへ。」
キサラはなんだか凹んでいるようだ。多分私が原因だろうからかける言葉が無い。
「キサラもねー…『自分なら思う存分サトコを甘やかすのに!』って思ってたら、カイ殿が自分なんか及びもつかないほどサトコを甘やかして良い生活をさせるものだから、思わぬ敗北感に凹んじゃって。」
リュート様が笑って教えてくれた。うーん…カイレベルで私に贅沢させるのはちょっと難しいと思うよ?カイはここのところトーパとナナックばっかり食べて、ちょっと飽き始めてきた私の為にココナッツミルクを使った海鮮シチューを作ってくれている。なんか地球でこれっぽい多国籍料理があったと思うけどどこの国の料理だったか思い出せない。ついでにココナッツミルクのカクテルを作ってくれた。
「甘くておいしい~!!」
「良かったね。」
カイがニコニコしている。キサラが死んだような目でそれを見ているが。
「リィンも美味しい?」
「ええ。カイは凄いですね。自分自身は全然食事なんか楽しまない癖に色んな料理を知っていて。」
リィンは少し呆れたようにカイを褒めていた。カイ自身は食には無頓着らしい。腹が満たせれば何でもいい的思考の持ち主だったようだ。でも作る料理は一級品。ココナッツミルクを使った海鮮シチューもまろやかですっごく美味しかった。自分で楽しまないなんて損だと思う。そう言ったら、「サトコが喜んでくれるなら、こんなレシピでも覚えた甲斐があった。」って笑うから、また幸せでふにゃけてしまう。




