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第25話

パパナを横断していく。パパナは従者たちに不評なのであまり長期滞在はせずにサクサク進む。やはり水が少ないらしくなかなかお風呂に入れない。キサラが出してくれるお水だけが頼りだ。

朝食時。野菜と魚の素揚げを食べながら白蝶貝と黒蝶貝の複雑に細工されたカフスを眺める。ファントムの仮面の少年はこのカフスを喜んでくれるだろうか…


「サトコ…それは例の少年にあげるものか?」


キサラに聞かれた。


「…はい。色々お世話になっているので。」


ドレスも貰ったし、リュート様も助けてもらったし。


「……サトコ、私では駄目なのか?何故、その少年なんだ?顔も名前も素性もわからない相手なのだろう?」

「私も、わからないんです。彼は私が片思いしていた相手に似ているから気になるのかな、とも思ってたんですけど…」

「羨ましい。サトコにそこまで想われる相手が。」


キサラが苦しそうに胸を掻いた。何故こんなにも想われているのに同じ想いを返せないんだろう。キサラを好きになれればこんなに苦しむことも、不安になることもないだろうに。私の胸に棲んでたのはカイで、今はファントムの仮面の少年が一歩足を踏み入れている。私の心なのに私の思い通りにはならない。

私は朝食後、少しぶらぶらしようと、宿の外へ出た。パパナの街はあまり都会ではない。人々は比較的黒人種が多く、褐色の肌をした人が多い。全部が全部そうと言うわけではないけれど。アンナは黄色人種だったし、カワノコの女将さんは白人種だったし。

商店街を抜け、人のあまりいない林にまぎれる。強い緑の香りと鬱蒼とした木々にオアストロの森を思い出す。予定通りならもうすぐマテの村へ着く。マテの村へ行ったらどうしよう。あそこ宿屋が2軒しかないから私が働いてた方の宿に泊まる可能性は高いよね。リィンが人形だってことを知る人はいないから大丈夫だとは思うけど、私がシャールン伯爵の所持品として連れてかれたのはみんな知ってるんだよね。その辺をどう説明するか…


「甘い匂いの可愛い子猫さん。お散歩ですか?」


朝霧の中からするりとファントムの仮面の少年が忍び寄った。私はある意味彼を待って一人きりになったとも言える。


「ええ。あなたはパパナにはどんな御用?」

「愛しい貴女に会いたくて。」


私の手を取って指先に口付けた。甘く掠れる声に腰が疼く。


「…あなたは私の事が好きなの?」


一番聞きたかった事を聞く。カイには好き過ぎて臆病になって、この質問が出来なくて、最悪の失恋をしちゃったけど。


「僕の胸を開いて見せて差し上げたいです。貴女への気持ちで血のように真っ赤に焼け爛れてぐずぐずと膿んでいる様子を。」

「それは、遊びや、恋の駆け引きではなくて?」

「ただの恋の駆け引きの為にあんな贈り物をご用意したりはしませんよ。」


あんな贈り物…とはリュート様を奪還してきた件だろう。確かにただの恋の駆け引きの道具の為に商人を血祭りにあげたりなどしないだろう。私は少し安心した。名前も、素顔も、素性もわからないけれど、私への気持ちだけは本物だと確信できたから。


「あなたにお礼。ささやかで申し訳ないけれど、受け取ってもらえる?」


少年にカフスを渡した。少年は黙って受け取ったカフスを見つめていた。


「……もしかして、気に入らない?」

「いえ。すごく嬉しいです。…すごく嬉しくて……悲しいです。」

「悲しい?」

「きっと僕が素顔を晒していたら、貴女は贈り物など下さらなかったでしょうから。」


少年の声は切ない響きを含んでいた。どうしてそんなこと思うのだろう?そんなに醜い容姿をしているの?私の心を冷まさせるほど?

私は少年の仮面を剥ごうと仮面に指をかけた。少年は慌ててその指を押さえた。


「見ないでください。」


押さえられた指はびくともしない。


「あなたは私を好きだと言ってくれたけれど、あなたがその仮面をし続ける限り、私はあなたに他の人の影を重ねてしまう。だからその仮面を剥がせて欲しいの。」


例えカイと違った容姿でも、私が少年に惹かれているんだと信じさせて欲しい。


「…もし、仮面を剥がれて、貴女に拒まれたなら、これから先、どんな形でも、もう二度と貴女の前へ出ることなどできなくなるでしょう。それでも僕の仮面を剥ぐことを望みますか?」


私は迷った。この正体不明の少年とのやり取りはどこかふわふわと甘くて心地いい。できることならいつまでもこの心地良さを味わっていたい気持ちはある。でもこの私を愛してくれるという少年にカイの面影を重ね続ける限り、私は心の底からこの少年を愛することなどできないだろう。私はカイと決別するきっかけが欲しい。もしこの少年が本気だというのなら、私もこの少年を愛したいのだ。だから頷く。


「あなたの素顔を見せて頂戴。」

「…………もう、甘い夢も終わりなのですね。貴女に愛されぬこの身も、朝霧のように消えてしまえば良いのに。……貴女が本当に好きでした。」


少年は私の指を押さえていた手を放した。私は仮面を指でつまみ、上へずらした。仮面の下にあったのは…

はらはらと涙を流すカイの顔だった。


「…な…んで…?」

「…ごめんね。『大嫌い』って言われたのに未練がましく付き纏うような真似して。サトコが好きなんだ。嫌いだって思われてることは知ってるけど、嫌いだって思われながら傍にいるのは辛いけど、それでもサトコの傍にいられないのはもっと辛くて…付き纏ってた。」


懺悔するようにカイが言う。


「私の事が好き…?うそ、だよね?カイは女としての私なんて要らないんでしょう?」

「どうしてそう思ったのかわからないけど、オレは出会った時からずっとサトコに惹かれてた。笑顔のサトコが眩しくて、サトコの笑顔を見るのが嬉しくて、サトコが喜んでくれるよう努力できる自分が少し好きになれた。サトコの『大好き』に触れるたび温かくて、世界が色付いてくみたいだった。黒ずんだオレを、人形みたいなオレを、人間に変えてくれたサトコが好きなんだ。」

「だって……抱いてくれなかった…」


私の胸に刺さっている大きな棘を打ち明けた。

カイは大きく眼を見開いた。


「抱いて…ほしかったの?」


私はこくりと頷いた。


「酔いに任せてカイの本心を聞き出そうとしただけで、別に抱かれに行ったわけじゃないけど、それでも痴態を見せておねだりしたのにも拘らずカイは抱いてくれなかったって。香油を嗅ぐ度『我慢してる』みたいなこと言ってたくせに香油なしでは私に性欲なんか感じないんだ、私はカイのそういう対象じゃないんだ、カイの特別なのかもって思ってたのはみんなただの私の思い上がりで、愛玩されたとしても、カイにとって私は女じゃないんだって思ったら、なんか虚しくて。勝手に私を舞い上がらせて、好きにさせて、滑稽に踊らせていたカイが憎くて堪らなくて、大嫌いになった。」

「サトコが好きじゃないからとか、サトコに性欲を感じないからとかで抱かなかったんじゃない!好きだから、大切にしたいから、酔った勢いなんかでサトコの初体験を奪いたくなかっただけ。サトコの気持ちもわからなかったし。酔っぱらいながら好きだって言われたけど、酔ってるからなのかどうなのか判断が付かなくて…本当は凄く抱きたくて、いきすぎたご奉仕をしつつ自分を慰めてた。」

「……。」


全部、誤解…だったということ、なのかな…?この凹んでた数ヶ月は何だったのだろう。初めから素面で告白してれば丸く収まってたことだよね。


「サトコはオレの事好きだったの?…オレ、まだ間に合う…?それともサトコの心はもうあのキサラとかいう男のものになってしまった?」


カイが不安げに尋ねてきた。


「…私はカイと決別してからずっと新しい恋を探してた。それで、ようやく『この人なら…』って思う人に出会ったの。」


カイは悲しそうな顔をした。


「それは正体不明の仮面をつけた少年で…でも私がその少年に惹かれているのはその少年がカイに似ているからかも…と思うと答えが出せなくて…リィンに聞いたら『では今度お会いしたらその仮面を剥いでみてはいかがでしょう。素顔がそれほどまでに似ていないならサトコの心はこうも揺れないはずですし。』って言ってたから、その少年の顔を見てみたかったの。素顔は…カイだったけど。」


カイが吃驚した顔をしている。


「私は駄目だ。きっと何度正体を隠されたカイに出会っても何度でも恋に落ちてしまうと思う。」

「サトコ…」

「好きなの。カイが。」


カイは恐る恐る私を抱きしめると、その感触を確かめるように撫でた。「サトコ…サトコ…」と壊れたように私を呼んで泣いている。


「もう、逃がさない…」


ぎゅうと私を抱きしめて耳にキスしている。私も、胸がいっぱいで、気持ち良くって、堪らない。好きな人に愛されるってこんなに気持ち良いことなんだ…ドキドキと高揚して、あり得ないくらいの多幸感でいっぱいで…溺れそう…


「……でもさ、カイって、どうして私にあんなに甘かったのに、恋愛的には一歩引いたような態度だったの?ドキドキさせるわりには最後には『冗談だよ』って言うし。だから私もカイの本心が掴み切れなかったんだけど。」

「オレって汚いから…人も沢山殺してるし、騙すことも平気でやるし、そんな汚いオレが、汚い手で、きれいなサトコに触れても良いのかなって…そう思ったらなんだか想いを告げるのにも躊躇しちゃって……でもサトコが実際にオレの前から消えてからはもっと好きって言っておけばよかったって、もっと好意を伝えていたらもっと違う結末があったのかなって、後悔し通しで…」

「私そんなにきれいじゃないよ。カイが好きで、カイが望むなら悪いことでもする、って思ってた。」


カイは私の瞼に口付けた。


「ありがとう。好きだよ、サトコ。」


私はドキドキして、そしてちょっぴり大胆な気持ちでおねだりした。


「カイ…唇にもちゅーしてほしい…」

「……。」


カイは唇に柔らかくキスした。何度も角度を変えてキス。やがてチロリと舌を出して唇を舐め、スカートの裾に手を突っ込んだ。足を撫でられる。


「だめだよ。」


カイを止める。


「だめ?」


カイが上目遣いでおねだりしてくる。それは可愛いんだけど…


「ここ、外だし……それに私、最近まともにお風呂入れてないから…」


野外プレイで、しかも垢だらけの身体で初体験とかありえない。カイは少し残念そうにしていた。


「とりあえずリィンを呼ぼう?これからの事話し合わなくっちゃ。私たちは今、闇の守護者についての文献を求めてラクシェに行く途中なの。」

「わたくしならここに。」


リィンがいつの間にか傍に来ていた。


「リィン…いつの間に。」

「最初からです。わたくしがサトコを一人にするはずがないでしょう?」


じゃあ、リィンの前でカイといちゃいちゃしてたのか……それはちょっと恥ずかしいぞ。私の頬は赤らんだ。


「リィンは仮面の少年の正体がカイだって知ってたの?」

「存じておりました。ただ、ご主人さまは正体を隠していたいようでしたし、サトコもご主人さまにまんざらでもないご様子でしたので静観しておりました。」

「そ、そう…」


確かに仮面を剥いでみれば?って言ったのはリィンだし、抱かれてもいいのか?とか、リィンにしては結構気にしてたかも…全部相手が自分の御主人さまだと知ってたからだったんだ…


「私、リュート様とキサラには正体を打ち明けたいと思うんだけど…」

「わたくしもそろそろあのお二人には正体を打ち明けておくべきかと存じます。ご主人さまはいかがされるのですか?これからも今までのように影ながらついてくるのですか?それともサトコの恋人として堂々と同行なされますか?」


カイは少し考えるようにした後結論を出した。


「堂々同行かな?あのキサラとかいう男がサトコの周りをちょろちょろしてるのも気に食わないし。」


カイは私に再び転移の指輪と防御のペンダントを渡した。それはとてもしっくりくる感触で、私が再びカイのものになったようで、嬉しかった。

私とリィンはカイを連れて、宿のリュート様とキサラの部屋へ行った。ノックをする。


「はい。」


キサラの声がする。


「サトコです。リュート様とキサラに内密にお話ししたい事があって…」


扉が開いた。


「サトコ、リィン様…と、誰だ?」

「彼の事も紹介したいのです。」


私たちは部屋の中に招き入れられた。


「やあ、リィン、サトコ…と、もしかしてサトコの恋人?」


リュート様が気軽に尋ねてきた。私は頬を赤らめつつ頷いた。それから2人に私の事を話し始めた。元は地球の日本と言うところで暮らしていて、ある日、オアストロの森へ転移し、闇の守護者を討伐に来ていたカイと出会ったこと。カイの手を借りてマテの村へ行ったこと。そこで2ヶ月ほど働いた後、とある事件があって、カイに連れられてササエに行ったこと。ササエですれ違いからお互い失恋したと錯覚してしまい、折り悪く闇の魔導会の奴らに攫われてしまったこと。一緒に攫われた人形のリィンがたまたま黒髪黒目だったことからリィンの方が闇の守護者だと錯覚されて、都合がよかったのでそのまま影武者を務めてもらっていたこと。先ほどカイと誤解を解きあい晴れて恋人同士となったこと。


「歴代の光と闇の守護者たちはいずれも黒髪黒目だったとのことだけど?」


リュート様が首を傾げる。


「私の故郷の私の国では皆黒髪黒目でしたよ。私はたまたま生まれつき色素が薄いのです。」

「へえ。これからどうするの?」


ご迷惑でなければ共にラクシェまで行きたい旨伝えた。ただし、今まで通りリィンに影武者を務めてもらうことと、カイが同行すること。それから旅費はカイが出すので、私たちの旅費と給金は必要ない、と伝えた。これはカイの希望だ。どうあっても私の面倒は自分がみたいらしい。


「ずっと騙すような真似をしていてすみませんでした。」

「うーん…ベルツもあんな態度だったし、僕たちを信頼できなかったってのは何となくわかるから良いよ。打ち明けてくれたって言うことは、今は少なくとも僕たち二人の事は信用してくれてるんだよね?」

「はい。」

「じゃあ、一緒にラクシェまで行こう?」


リュート様がにこりと微笑んだ。


「サトコが選んだのは…例の仮面の少年ではなかったのか…?」


キサラが茫然と呟く。


「同一人物だったんです。髪を染めていたし、顔を隠していたし、丁度声変わりをしていたので気付かなくて。」

「サトコに振られたと錯覚した後もサトコの事が忘れられなくて、こっそりサトコ達の後を追ったんだ。初めは見てるだけで我慢しようと思ったんだけど、変装して仮面舞踏会に出たら、案外気付かれなくて、一度接してしまったら駄目だ駄目だと思いつつ麻薬のようにのめり込んでしまって…」


カイが懺悔した。


「サトコ、愛されてるね。」


リュート様が微笑んだ。


「キサラは残念だったけど。」


リュート様がちらっとキサラを見た。キサラは悲しそうに微笑んだ。


「サトコ、愛してた。……いくら手を伸ばしても全然私の手が届いていなかったのはわかっていたが……やはり悔しいな。」

「キサラ、やけ酒なら付き合うぞ!」


リュート様がバンバンとキサラの背を叩いた。私たちは話すべきことは話し合ったので部屋を出た。キサラとリュート様は本当にやけ酒しに行くつもりらしい。食堂へ降りて行った。

その日の夜、カイを私の恋人として、レナード、リード、ララン、ビタ、ジョナリオに紹介した。「よっしゃ!」と喜ぶものもいれば「嘘だー!!」と嘆くものもいた。どうやらレナードさん以外の従者たちは「サトコがキサラに落ちるかどうか」で賭けをしていたらしい。結構な金額を賭けていたらしく悲喜交々だ。そういう賭けっていくないと思う。

私は久々にカイと食事が出来て嬉しかったけれど。部屋は今回はリィンと相部屋のままだ。次回からリィンを一人部屋にして私とカイが相部屋の予定。護衛はロアが勤めてくれるらしい。カイは成長期で、すぐ身長が伸びるし、声も変質しやすいので頻繁にロアに改良を加えているらしい。


「こうして、サトコと相部屋でいるのは今日が最後なのですね。」

「うん。ちょっと寂しいな。」

「ふふ。でも次からはご主人さま…カイと一緒です。嬉しいのでしょう?」


リィンは闇の守護者様がカイの事を『ご主人さま』と呼ぶのは明らかにおかしいので、カイの事を名前で呼ぶことになった。


「うん。嬉しい…カイが私の事を好きだったなんて、どうしよう、リィン。にやけちゃいそう。」

「良かったですね、サトコ。私も嬉しいです。……不思議ですね。『嬉しい』なんていう『感情』を自分が持つことになるなんて。」

「リィンはもうただの人形じゃないんだね。私たちと同じ心がある。」

「私の『ココロ』はサトコが育てたもの。全てサトコに捧げます。」


私はリィンを見た。


「リィン、折角心を得たんだから、自分で捧げる人を選んだって良いんじゃないかな?カイに危害さえくわえなければ…」

「何を仰いますか。わたくしは自分で選んだのですよ?わたくしの『特別』がサトコだと。」

「そっか…」


選んだ上で私なのか…やばい、嬉しい。


「リィン、いつもありがとう。大好きだよ。」

「わたくしもサトコが『大好き』です。」


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