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第24話

カランでひと時を過ごす。

キサラが私に花を買ってきてくれた。コスモスだ。


「どうしたんですか?この花。」

「街の花売りが売っていたんだ。サトコに良く似合うと思って買ってきた。」


そういうイメージなのか、私って。コスモスは可愛すぎる気がしなくもない。


「有難うございます。」


なんか私ばかり貰ってるな、今度何かキサラへの贈り物を考えよう。

夕暮れ時、宿の庭へ出た。コスモスを抱いて。コスモスの可憐な花弁が風に揺れる。本当は地面に咲いてる状態のコスモスが見たかったけど。


「甘い匂いの可愛い子猫さん。他の誰かに贈られた花を抱いていらっしゃるのですね。」


ぞくぞくするような、かすれた甘い声。

吃驚した。

振り返ると白い仮面に茶髪の少年が立っていた。


「え、ええ。」

「その花は貴女によく似合いますね。その花を選んだ方が貴女の意中の方ですか?」

「違います。」


はっきりと断った。そんな誤解してほしくない…

少年はゆったりと私に近付いてきた。少年に近付かれるだけでも私はドキドキ動悸がしている。ああ、何赤くなってんだろう…

手持無沙汰にコスモスの花弁を撫でた。この少年なら…


「……あなたならどんな花を贈ってくださいますか?」

「…そうですね。今差しあげられるのはこちらの花のみです。」


少年はそっと私の髪に造花のアネモネの髪飾りをつけた。白いアネモネだ。アネモネの花言葉は『はかない恋』『恋の苦しみ』『薄れゆく希望』…白は『真実』『真心』という意味もある。この少年がどこまでそれを知っててやってるか分からない。こちらの花言葉と地球の花言葉が一致しているかどうかもわからないし。


「……有難うございます。」

「どうか大切にして。その花が咲き続ける限り貴女を愛しています。」


少年は私の瞼に軽くキスすると夕闇に消えていった。

……あっ!また仮面剥ぎ忘れた。あの少年が現れると自分のペースを保てなくて困る。というか何しに来たんだろう?私にこの髪飾りを贈る為だけに来た…訳ないよね?ないない。

「その花が咲き続ける限り」って言ってたけど造花だから枯れない花だし。永遠に愛し続けると言っているのかこれは?

うーん。どんな意味だろ?悩んでしまった。リィンに聞いても、彼女は花の名前とかには詳しくないらしく、知らなかった。

翌日、その髪飾りをつけていたらリュート様に「アーネの花の髪飾りだね。よく似合ってる。」と言われた。


「リュート様、アーネの花というのは有名な花ですか?」

「社交界じゃ有名みたいだよ。『恋の苦しみ』とか『はかない希望』とか、そういう意味のある花だって聞いた事がある。サトコ、それは誰かに贈られた物なの?」


ばっとキサラがこっちを見たが敢えて視線を合わせないようにする。


「ええ、まあ…」

「じゃあ、サトコに恋苦しんでいる男がいると言う訳だね。キサラの他に。」


リュート様はちらっとキサラを見た。どうもキサラの恋路を楽しんでる顔してるな。私は後から責められ、迫られる事を予想して憂鬱だ。

案の定追及された。


「サトコ、また例の少年か?」

「うん…」

「正体もわからないのだろう?到底本気とは思えない。深入りしない方が良い。」


キサラの言う事は尤もだ。私も深入りしない方が良いと思っている。でも心は理性を撥ねのけて少年に惹かれている。早く仮面を剥がなきゃ。カイの幻影に踊らされちゃダメ。

でも、もし、仮面を剥いで、カイとは似ても似つかない顔を見て、なお惹かれていたら?


「私が贈った花はその髪飾りに劣っているか?」


答えられなかった。決して劣っていない。けれど貰った時はアネモネの花の飾りの方が嬉しかったからだ。もしあの少年の仮面を剥いで、それでもあの少年を愛せたなら私の愛は本物だ。まずは仮面を剥ぎ取らなくちゃ。


「愛している、サトコ。その可憐な佇まいも不安定な心も。」


キサラに迫られた。うう。こういう雰囲気苦手だよ。キサラは熱っぽく私を見つめてくる。応えられないのに…


「ゆっくりでいい。いつかは私に振り向いてくれ。」


キサラは誠実なんだよな。私に時間の猶予まで与えてくれる。ホント大人の男って感じだよ。キサラに恋出来たら幸せだろうな…私はぼんやりとそんな事を考えていた。

カランの王都を素通りして次はパパナだ。7日間の船旅だ。料理は素揚げと塩焼きが多い。素揚げオンリーじゃないだけましか。水が少ないから茹でるとか煮るとかそういう調理法が使えないんだろう。

キサラはまた水を出してくれて私達は清潔でいられた。尽くされてるなあ。なんでキサラを好きになれないんだろう。キサラを好きになれたらもっと楽なのに。きっとキサラは甘やかしてくれるだろう。でもきっとカイには及ばない…ちょっと思考が暗くなってしまった。

船の中で商いをしているところをちょっと見た。

白蝶貝と黒蝶貝の複雑な模様のカフスを少年に。小粒な黒真珠を半分に割って銀で縁取ったシンプルなカフスをキサラに買った。合わせて金貨4枚した。

早速キサラに渡す。


「キサラ。これ、ハンカチやお花のお礼。受け取って。」

「有難う。サトコ。でも礼など必要ないのに。」


一方的に貰うだけだと借り作ってるみたいでなんか嫌。


「気に入らなかった?」


小首を傾げるとキサラが言葉を詰まらせた。


「……い、いや、とても気に入った。有難う。」

「そう。なら良かった。」


私は微笑んだ。キサラがじっと私の顔を見ている。


「サトコは小悪魔さんですわね。」

「え?」


傍に控えていたリィンが何か言いだした。


「キサラがサトコの微笑みに見惚れていますわよ。そうしてまたキサラを籠絡してしまうんですもの。サトコは罪な人。」

「そ、そんなつもりじゃ…」


私はあわあわだ。


「いや、わかっている。他意などない事は…」


キサラがそう言ってくれたので安心して息をついた。キサライケメンなのになー…なんで私なんかが良いんだろ?

7日間の船旅を経てパパナについた。懐かしいパパナ。


「リィン様はオアストロの森に現れたのだろう。パパナは懐かしいか?」

「ええ、まあ…」


リィンがパパナを懐かしむわけがない。曖昧に頷いた。いつまでキサラやリュート様を騙し続けるんだろう?もうそろそろ本当の事を言わなくちゃいけない気がする。


「ここから陸路を通ってキトの街に行く。オアストロの森も通るぞ。」


四人乗りの馬車の御者台にキサラが座る。


「そうですか。」


オアストロの森…初めてカイやリィンと出会った森。チクリチクリと胸が痛む。

ザランドに犯されそうになった所をカイが助けてくれたんだよね。カイ…今頃どうしているかな。ササエで伯爵を務めているのかな?その横には誰か愛おしい女性がいたりするのかな?カイ…好きだよ。カイ…

私は知らず知らずのうちに涙をこぼしていた。

キサラがそっとそれを拭ってくれる。


「パパナはサトコにとっては辛い土地か?」


私はこくりと頷いた。


「今度は私と楽しい思い出で塗り替えよう。」


キサラがそう言ってくれる。

陸路を通ってキトの街へ。未発達な文化色の残るパパナ。食事の味もあまり洗練されたものではなく、従者の間からはすぐに不満が出た。キサラとレナードさんに一喝されてしまったけど。


「サトコ、パパナは果物が美味しい。少し市場に出てみよう。」


キサラとリィンと市場に行った。市場にはこれでもかと言うくらいたくさんの果物が売っていた。中には、あの日カイが食べさせてくれた果物もあって…あの時はあんなにカイの事好きになっちゃうなんて予想もしてなかったのにな。

キサラがいくつか果物を剥いてくれる。固い皮にくるまった、ライチのような果物。乳白色のつるんとした果肉を私の口元に持ってきた。


「うまいぞ?」


食べろとな。流石にこの状況でリィンが毒見するのも変だ。私はちゅるんと瑞々しい果物を食べた。見るとキサラの指に果汁が滴り落ちている。私はペロッとそれを舌で舐めとった。


「……。」

「?」


キサラが何か難しい顔をしている。


「…それは、他の人間にはあまりやらないように。」


それってどれ?よくわからんが頷いておいた。


「本当に分かっているのか?私はサトコの心も欲しいが、身体も欲しい…ということを。」

「?」

「キサラはサトコの真っ赤で柔らかい舌に指を嬲られて劣情を催したのですよ。」


リィンが涼しい顔で解説してくれる。嬲ってないやい。ちょっと舐めただけだもん。あ、でもカイが他の女性にこういうことしてたらすごく嫌かも…思わず想像してしまった。こういう時に真っ先に想像する相手が、やっぱりカイなんだよね…


「リィン様…そこまで詳しく解説してくれなくて良いですよ。」


キサラががっくりしている。

市場で色々果物を食べ比べた。宿にはお風呂が無かったのでキサラが水を出してくれた。水で身体を拭う。


「どうです?少しはキサラに心動かされましたか?」


リィンが尋ねてくる。


「良い人だと思うけど…」


私の返答は奥歯に物が挟まったかのようなものになる。キサラは凄く良い人で、真剣に私を好きでいてくれるのはわかるんだけど…キサラはちゃんと私を甘やかしてくれる。そこにカイと何ほどの差があるんだ?とは思うけど、なんか、どうしても、違う…と思っちゃうんだよね。


「では、例の少年の方は?」


どきり、と胸が跳ねる。彼はカイじゃない。カイと重ねて見てはいけない…それでも、私はなんだか彼に惹かれているような気がする。慣れ慣れしくもナチュラルなスキンシップの取り方が、独特の雰囲気が、私に触れる唇の温度が…私の鼓動を高鳴らせる。甘く掠れる声音が、少し切なく私を求める様子が…愛おしいと感じ始めている。これって恋なのかな…でも恋をするには素性が怪しすぎて…


「わたくしには『恋』と言うものが理解できないのです。サトコはどうしてその少年に心惹かれるのでしょう?キサラにしておけば傷つくことも恐れることもないでしょうに。」

「私にもわかんないんだ。素顔も素性もわからなくて、恋をするには危なすぎる相手だけど、引き寄せられるみたいに惹かれちゃう。」

「その少年の素顔を見てサトコが傷つかねば良いのですが…」


リィンの言葉は独り言のようだった。

アネモネの髪飾りを見ては少年を思い出す。本当に、本気で愛してくれているのだろうか?これがただの恋の駆け引きだというのなら私はちょっとつらい。私はあの少年に、カイに似た少年に、心を寄せ始めている。でも本当はカイに似ているから惹かれているのかもしれない…と心の片隅に引っ掛かる。彼の素顔を見たいと思う反面見るのが怖い。もし素顔を見て私の心が冷めてしまったら…私がただカイの幻影を追ってるだけだったとしたら…でも怯えていては前に進めない。次会った時こそ仮面を剥がなくては。


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