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第22話

「確かリアロやカランではチョコラの実っていうのがとれるんだよね?」


リィンがそう言ってたはずだ。…カイの好物だって。


「そうです。チョコラの実は年中収穫できる上に栄養価の高い食材です。一般的に言いますと歯ごたえが非常に固く、味もやや苦みがあって、熱に弱いのであまり美味しいとはされていません。食べてみたいですか?」

「うん。」


リィンは屋台で売っていたチョコラの実を一つ買ってきて一口食べて私にくれた。チョコラの実は形は林檎。艶やかな茶色をしていて、この香り…まさか!一口かじる。間違いない!チョコレートだ。味的には結構苦い。カカオ70%とかそういう感じ。歯応えも何も混ざってないからかなり固い!


「リィン様。この実は熱に弱いっていうと、もしかして温かい所に置いておくと溶けちゃうとか?」

「よくわかりましたね。その通りです。チョコラの実は熟れると夜の内に収穫され、日の当らない所に備蓄されるのです。」


話を聞いてみるとチョコラの実を一晩水に浸したあと磨り潰して粉にすると、油分が抜けてサラサラのココア的粉末になるらしい。素晴らしい!ファンタジー食材ヒャッホー!これならチョコレートケーキ作り放題じゃないか!私はリィンにチョコレートケーキについて熱く語った。


「サトコはそのケーキが食べてみたいんですね。」

「食べてみたいけど…作り方あやふやだし型とかヘラとか買うと出費になるし我慢するよ。でもお金をためてればいつかはまたチョコレートケーキが食べられるって思うだけでも希望になる。」


その夜はとりあえず宿の厨房を借りて生チョコを作ってみた。ココア的粉末もすり潰さなくても粉末状で売られてた。

キサラとリュート様にもお裾分け。


「これは…チョコラの実か?」


見て即座にキサラは食材の見当をつけたらしい。


「そうだよ。それに生クリームと砂糖とバターをほんのちょっぴり加えた物。」


生チョコはココアにくるまってお皿の上に並んでいる。

自分で作ったものだから必要ないけど一応リィンが毒見してくれる。

キサラも手を伸ばす。


「ふむ。いい香りだ。チョコラの実は固くて苦いだけだと思っていたが、混ぜると案外旨いものだな。」

「どれどれ……おいしーい!」


リュート様もお気に召したようだ。


「トロトロ~。チョコラの実って美味しいね。風味もいいし。今まで知らなかったよ。」


4人で生チョコを味わいながらお茶を飲んだ。

この街で起きた斬殺事件の事が話題に上がったりしてポーカーフェイスの苦手な私はひやひやした。

王都に着いたら観劇をしようという話題も出た。

ゆったりまったり王都へ向かう。ここまで戦火は届いていないのでスローペースで大丈夫だ。とはいえ庶民はかなり税を絞り取られているらしく、痩せた子供を多く見かける。痩せたご老人も。若い男手は徴兵されているせいかあまり見ない。

王都で観劇。ドレスコードがあるらしくリィンはドレスを新調した。リアロでは無駄に大きく広がるドレスは流行ではないのだ。リィンが新調したドレスは深紅のAラインのものだ。真っ赤な薔薇を思わせるドレスはリィンに良く似合った。髪に赤いロゼの髪飾りをつけるそうだ。茶髪の少年に貰った淡いピンク色のドレスを着ていく。流石にオスカーからリアロは海路を通らねば来られないので茶髪の少年も来られないだろう。それは安心な事であり…ちょっぴり残念でもある。髪には白いジャスミンの髪飾りをつける。本当に極々ちょっぴりだけジャスミンの精油を売ってもらい、練り香水を作った。

人気の劇は『人形遣いの恋』という劇だった。

人形遣いのジャニスは自分の作ったエレーナという人形に恋をしてしまう。毎朝毎晩愛を囁き続けるが、当然のことながら人形は応えない。しかし実はエレーナは心を持っていた。毎朝毎晩囁かれる愛に応えたいと常々考えていた。それを憐れんだ神がエレーナを動ける人形にした。喜び勇んだエレーナがジャニスの元へ行こうとすると、ジャニスと婚約者が今後の事について話しているのを聞いてしまう。ジャニスは結局のところエレーナを愛しているので婚約を破棄したかったわけだが、エレーナはそんな事は知らない。エレーナは誤解して家を飛び出してしまう。エレーナは人々からその美しさを称賛され、尽くされるが、その心はむなしいまま。風の便りにジャニスが婚約者ととうの昔に別れていた事を聞く。懐かしさを覚えたエレーナはジャニスに会いに行く。すっかり老い衰えたジャニスに真実を聞かされ、エレーナは愕然としてしまう。あれは誤解だった。しかし時間を取り戻す事は出来ずにジャニスは老衰で死亡してしまう。エレーナはジャニスを偲んで何年も何年も墓守を続けている。今、この時も…

というお話だ。私はすれ違ってしまった心が切なくて思わず涙してしまったけれどリィンはピンとこなかったらしい。


「陳腐な劇ですね。人形にとって作り手は何物にも代えがたいものですが、それは恋という感情とは結びつかないです。人間は神様と恋愛したいと思っていますか?作り手と人形にはそれくらいの差がありますよ。」


創造主と創作物の恋だからねえ。その禁忌がまた倒錯的でいい味になってると思うんだけどリィンは否定的だ。その説で言うと今現在リィンは神に背いてるっていうことになるんだが、いいのかな?

観劇を終えて私は外に出てみた。会場の熱気から逃れられていい。会場には小さな庭が付いていて芝生が植えられている。その芝生をパンプスで踏みしめる。後ろから手を引かれた。


「今晩は。甘い匂いの可愛い子猫さん。」


私を抱き寄せたのは白いオペラ座のファントムを思わせる仮面をつけた茶髪の少年だった。甘くかすれた声に腰がじんとくる。


「こ、今晩は…何故リアロに?」


まさかリアロに現れるとは思いもしなかった。いや、ほんのちょっぴり期待していたことは確かだけれど…


「贈ったドレスを脱がしに来ました。」


耳元で囁かれちゅっと耳にキスされる。きゅんと下腹のあたりが収縮する。少年の指先が背中にある組み紐をいじくっている。ここで脱がす気?


「だ、ダメ…」


私は少年の腕の中から逃れる。


「子猫さんは今夜も甘い香りがする。その花は何と言う花ですか?」

「えと…ジャスミンと言います。」


こっちでもジャスミンと言うかどうかは分からないが。


「花言葉は?」

「…『素直』『可憐』『温情』『気立ての良さ』『愛の通夜』『官能的』『愛らしさ』だったかな…?」

「まるで貴女そのものですね。そうしてまた僕を誘惑する…」


再び私は少年の腕の中だ。ドレスの広く開いた胸元に唇を落とされ、きつく吸われた。


「あっ…ぅ…」


…また…

この少年は会うたびに私に痕を残していく。今度は使用人の服を着ている分には隠せる部分なのでキサラに追及される事はないだろう。


「オスカーからリアロまで海路を通ってきたんですよ。また会うだなんて…」

「貴女はそのドレスに袖を通す時、僕に会うのを少しも期待しませんでしたか?」


ちょっとだけした…けれどそれは言わない。少年も答えを待っていないみたいだった。


「劇は面白かったですか?」

「ええ。あなたも見たの?」

「ええ。」

「私は感動したけれど、連れの子はいまいちだったみたい。」

「自分の創作物に恋をする。きっと自分の好きな髪色で、自分の好きな瞳の色で、自分の好きな性格で、自分の好きな癖を持っているでしょう。それはなんて閉じられた世界なのでしょうね。人形遣いの男には自分を閉じられた世界から連れ出してくれる相手が必要だったと思いますよ。」


少年もいまいちお気に召さなかったようだ。


「ねえ、あなたはなんで今日も仮面をしているの?」


私に素顔を見られるのが嫌なのだろうか?


「…僕の素顔を見たら、きっと貴女は僕を嫌うだろうから…」

「そんなこと…」

「ありますよ。だから、見せられません…どうしても…」


少年の声は切なく響いた。そんなに醜い容姿をしているのだろうか。少年は私の髪にキスを落とした。


「僕は貴女を愛しているけれど、貴女が僕を愛する日はきっと来ないのでしょうね。…愛しい人。またお会いしましょう。貴女に会えば辛いけど、貴女に会わなければ僕の心は枯れてしまうから。」


あ、愛して…?ただ単に少年に弄ばれてるだけだと思っていた。それともこれも恋の駆け引きの一つでしかないの?わ、わからない……少年は振り返ることなくそのまま歩いて去っていってしまった。

私は大人しくリィンの所へ戻った。


「リィン様…もう宿に戻りたい。」

「サトコ、どうしましたか?この後軽い食事が出るそうですよ。」


私はそっとリィンに隠していたキスマークを見せた。これをキサラに見られたらまた仲が拗れることになると思う。


「一刻も早く宿に戻りましょう。」


リィンはリュート様とキサラに伝言を残しているみたいだった。


「サトコは熱気にあてられ、気分が優れないので、宿に戻ると言うことになっています。」

「ありがと、リィン様。」

「また例の少年ですか?」

「……うん。」

「困ったものですね。」


リィンは眉を顰めていた。宿に帰ってそそくさとお風呂に入って着替える。ジャスミンの甘い香りも全部落ちた。こうなるとまるで夢だったかのように思うけど私の胸元には確かにキスマークが色濃く付いている。胸へのキスは所有の意味。あの少年の心の現れだろうか?どうしよう、本気でのめり込みそう。これも全部あの少年がカイに似てるからダメなんだ。全く似ていなければこんな気持ちを抱く事も無かったと思うのに。


「リィン様……私、やっぱりカイを忘れられないよ…忘却を齎す力が私にあったら良かったのに…」

「サトコ…ササエに戻って、もう一度ご主人さまに恋心を求めてみては?」

「もうあんな思いをするのは嫌。カイが…カイが私を好きなのかもしれないと期待してたからかな。絶望がすごく大きいの。カイを憎んで憎んで憎んでそれでも好きなの。おかしいよね。もうやだ。」


カイの心が私にはない。それどころかもしや今頃他の女性へ心を寄せていたとしたら、到底耐えられる気がしない。死んだ方がましだ。私は枕に顔をうずめた。明日、何とかリィンの目をくらませて自害用の毒薬を買おう。

結果的に言ってそれは失敗に終わった。リィンに見つかり、用途をしつこく尋ねられ、自白してしまった。


「絶対にそのようなことはなさらないでください。もしサトコがこの世界に害を齎すだけの存在であっても、わたくしにとっては唯一の人です。もし少年が邪魔だと言うなら排除します。」

「そんなことはしないで。あの少年は悪くない!」

「サトコはその少年の事を大切に思っているのですね。」

「わからない。とてもカイに似ているから…それが私を混乱させる。」

「……では今度お会いしたらその仮面を剥いでみてはいかがでしょう。素顔がそれほどまでに似ていないならサトコの心はこうも揺れないはずですし。」

「う…うん…」


少年の素顔を見る。それは甘い夢の終わりだ。カイに似た少年に想いを寄せられるという甘い幻想。でもこれを断ち切らなくては前に進めない。


「そうしてみる。」


私は決心した。


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