第21話
「リィン様、いよいよリアロですね。」
リィンと私は2等客室に乗船した。
「そうですね。こんな形で帰ってくるとは思いませんでしたが。」
「知り合いなどいたらまずいのでは?」
偶然ばったり出会って「カイの人形じゃねーか!カイは元気か?」とか聞かれたら最悪だ。影武者作戦失敗になってしまう。
「大丈夫です。サトコが来るまでわたくしはあまり表に出ていなかったので。リアロでのご主人様の片腕はメアリでした。」
よくリィンを出してるからリィンが片腕なのかと思っていたよ。片腕はメアリの方だったか。じゃあ私と体格が比較的近かったからリィンを出したのかな?最初は服を譲る為に出してくれたわけだし。
「それにわたくしと密に出会う者は今頃皆天国か地獄にいるはずです。」
さらっと殺害報告してくれる。こんこんと扉がノックされる。
「はい?どなた?」
「キサラだ。サトコ、海を見ないか?」
私とリィンはキサラに誘われて甲板に出た。リュート様も一緒だ。離れるわけにはいかないからな。キサラがそっと私の肩を抱く。その距離感に微妙な違和感を感じる。ついこの間まで私の隣に立っていた人はこんなに背が高くなかったから。
「潮風が気持ち良いな。」
「そうですね。水面がキラキラ輝いてとても綺麗。」
とてもお肌が焼けそうだけど。
ううう。日焼け止めとかはないのか。
「キサラさん、リアロはカランと交戦中と聞きましたが、どのように国境を超えるのですか?」
「サトコ、キサラと呼んでくれ。」
ううう。ぐいぐい間を縮めようとしてくるな。
「サトコ。お願いだ。」
耳元で囁かれる。
「き、キサラ…」
照れながら名前を呼ぶと満足そうに微笑まれた。
「リィン。僕たちお邪魔虫だね。」
「そうですわね。」
後ろでリィン達の話し声が聞こえる。い、いたたまれない…人前で堂々と口説かれるのって辛いな。かと言って人のいないところだとぐいぐい迫られそうで怖いけど。リィン、傍に居てね。チラッとリィンに目を向ける。にこっと微笑まれた。良かった。安心。
「カランの役人に袖の下を渡して通るんだ。同じ方法で通る商人も沢山いる。」
「へぇ。おいくらくらい?」
「一人に付き王金貨2枚くらいだな。」
200万!?たっか!うちら9人だから水晶貨1枚と王金貨8枚か。1800万円…凄い金額だ。カイならポーンと払っちゃいそうだけど。
「お役人様達は笑いが止まらないでしょうね。」
「だろうな。」
私達は微妙な顔で向き合った。
「旅先で使ってるお金ってどこに預けてるんですか?」
「使用人ギルドだな。口座に預けといて各支店で引き出しできる。今はリュート様の分も私が預かっている。サトコは入っていないのか?」
「ええ、まあ。」
使用人はみんな入ってるのかな?魔術師ギルドと同じで銀行みたいな役割を果たすようだ。
「入っておくと主人を亡くした場合でも仕事を斡旋してもらえるぞ。」
職安のような役割も果たすらしい。
「講習を受ければ技術も磨けるし。」
職業訓練校的な一面もあるのか。確かにお得だ。
「代わりに自分は家臣を持つ事が出来ない。まあ、普通は使用人に家臣などいないが。」
この場合リィンがどこに含まれるのか微妙だな。主人なのか家臣なのか、それ以前に人形だから私物扱いなのか。私の物じゃなくてカイの物だけど。
「リアロで入るか?」
「止めておきます。ラクシェでリィン様のお立場がはっきりするまで、このままの状態を続けたいと思います。」
「そうか。」
リィンには言ってないが最悪自害も考えている。光だけじゃダメ、闇だけじゃダメってカイは言ったけど、自分が地球にも戻れず、この世界に害を齎すだけの存在なら居ない方が良い。もし自分が害を齎すだけの存在でもカイが愛してくれると言うなら生き延びる気にもなるけど、それは望めないし。
ぎゅっと私の肩を抱く力が強くなる。
「サトコ、誰の事を考えている?」
「……。」
「せめて私の傍にいるときだけは私の事を考えてくれ。」
「うん…ごめんなさい。」
ちょっと失礼だよね。ゴメン。キサラ。
私とキサラはまったり海の風景を楽しんだ。
7日間の船旅。食事は新鮮な海鮮もの。美味しいけど醤油が欲しい。
船に乗っている間中、熱っぽくキサラに迫られたりと色々あったが、やはりお風呂に入れないのが一番のストレスだった。
「リアロはお風呂入れる宿をとれるかな?」
「リアロは水が豊富なので大丈夫でしょう。」
「お風呂でまったりしたーい!」
「サトコは本当にお風呂が好きですね。ご主人さまのお屋敷には温泉からお湯が引かれていたのですが…すみません。余計な事を言いました。」
私の顔色が暗くなったのを見てとってリィンが謝る。
「ううん。いいよ。気を使わせちゃって悪いね。」
一度も見る事が無かったカイの作った屋敷。どんなお屋敷なんだろう?リィンはカイが私の気に入るように建てた屋敷だって言ってたけど。
リアロに着いた。
リアロは運河のある街並みだった。海を遮る地面があったかと思えば数メートル先は運河だった。潮っぽくないのだろうか?運河に面した家とかが普通にある。船で行き来しているようだ。何艘もの細い船が運河を行き来している。
「サトコ、宿を取ろう。観光は後だ。」
いい感じの宿が取れた。お風呂が広いんだそうだ。わくてか。
観光はキサラが付いてきたがったけどリィンと二人でする事にした。
「リィンはリアロに詳しい?」
「観光名所はさほど詳しくはないです。王都の裏道とかはよく存じておりますが。逃亡に使いましたので。」
暗殺者稼業が板についてるなあ。
「でも今リアロの王都では観劇が流行っているそうですよ。リュート様やキサラと行かれてはいかがでしょう?」
「面白そうだね。」
二人で運河を乗せてくれる船に乗ってあちこち見て回った。アーチ状の煉瓦の橋とかが綺麗だ。船も、日本の渡し船というよりはベネチアで見られるような船だし。
ちょっとお店も覗いてみた。オスカーから輸入した生地で作った豪奢な衣装が目を引く。リアロは派手好みらしい。
「おや、カイ殿の奥方殿と人形ではないかい?」
ドキッとした。私達の事を知っている者がいたのか!振り向くとソルジュさんがいた。
「ソルジュさん、お久ぶりです。アトシアに帰ったのではなかったのですか?」
「リアロの戦に一枚噛んで功を立てようかと思いまして。」
「そうですか。」
平和なアトシアから自ら戦場に出てくるとは物好きな。野心家というのだろうか。
「カイ殿は?」
「ちょ、ちょっと別行動です。」
「そうですか。奥方殿、一度あなたとはゆっくりじっくり親睦を深めてみたかった。今夜11時私の部屋に来てもらえませんか?後悔させませんよ?私の部屋はセルシア通りのカルトの宿二階の奥です。」
「え、ええ…」
「楽しみにしていますよ。」
ソルジュさんは私の手を取って指先にちゅっと口づけをした。
ソルジュさんが去った後、困った顔でリィンを見た。
「自ら死刑宣告を聞きに来るとは御苦労な事です。今夜わたくしが参りましょう。サトコは部屋から出てはいけませんよ?」
「…うん。」
ソルジュさん殺されちゃうんだ。私と関わったばっかりに…
でもソルジュさんだって私を討伐する為のメンバーだったんだよね。割り切らなきゃ。
「サトコは優しいですね。あのような軽薄な男の為に心を痛めている。」
「そ、そんなこと…」
「あるでしょう?」
リィンにはばれてしまっているらしい。だってソルジュさん何にも悪いことしてないんだもん。ちょっと気が多いだけで。私の勝手な都合で殺されてしまうなんて…申し訳ない。ソルジュさん本人にも、ソルジュさんを大切に思うたくさんの人たちにも…それでもリィンを止めない私は優しくない…
「サトコ、綺麗事は素敵だけれど弱いです。弱い事は悪なのです。」
あ…カイと同じ事言ってる。リィンはカイの人形だ…それがまざまざと見せつけられる。
私はその晩一人でお風呂に入った。ライオンの口からじょぼじょぼお湯が出ている大理石のお風呂だ。ちょっと滑りそうで怖い。
本当ならリィンと一緒に入っていたはずなのに…
リィンがいないという事はこんなにも心細いものなのか…ベッドで横になるが一向に眠気は訪れなかった。もしリィンが返り討ちにされたらどうしよう。もしリィンが他人に人形だとばれたらどうしよう。何度も寝がえりを打って眠れぬ時間を潰す。
キィ…
部屋の扉が開いた。
「リィン!」
「サトコ。まだ眠っていなかったのですか?」
「リィンが心配で…」
「わたくしはただの人形です。壊れたとしても気に病む必要はないのですよ。」
「無理だよ…リィンをただの人形だなんて思えない。リィンは私の大切な友達…」
「有難う、サトコ…」
リィンが抱きしめて髪を撫でてくれた。リィンからは少しだけ血の香りがした。
翌日、カルトの宿では泊まり客の惨殺死体が発見されたそうだ。
ソルジュとばっちり死。可哀想…




