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第20話

お風呂から出るとキサラに誘われた。


「エレイアの蜂蜜酒が手に入ったんだが…」

「エレイアは蜂蜜酒が特産なんですか?」

「そうだ。良ければ飲まないか?……出来れば二人きりで。」

「お断りします。」

「……。」

「リィン様と一緒じゃないならどこへも行きません。」

「ではリィン様もご一緒に。」

「参りますわ。」


宿の1階の食堂の隅で三人で蜂蜜酒を頂いた。黄金色の蜂蜜酒は甘くて飲みやすくておいしかった。飲みすぎないように気をつけなきゃ。


「サトコ、もっと飲むか?」


私は勧められて二杯空けている。


「いえ。もう結構です。」

「まだいくらも飲んでいないだろう?」

「私、酒乱なんでお酒は控えめにしてるんです。」

「そうなのか。絡み酒とかか?」

「まあそんなところです。」


エロい方向性で絡み酒です。ササエでもよっぽどカイに絡んだんだろうな。それでもダメだったみたいだけど…私はまた憂鬱な表情になる。


「サトコの憂い顔は色っぽいな。」


何ですかその斜め上発言!


「ずっと味見したいと思っていた。まさか舞踏会ごときで誰かに先を越されるとは思っていなかったが。」


キサラが私の手を取って手首をぺろりと舐めた。そこはもう消えてしまったけど少年がキスマークを残した所。

私はかあっと赤くなる。


「私が常に安全な男だと思っていたか?」


壁際に追い詰められて顔を近付けられる。キサラの視線の先は私の唇だ。このままじゃ唇にキスされる…

イヤ…

私がそう思った瞬間に白い手がキサラと私の顔の間に割って入った。


「キサラ。それ以上はサトコの許可を得てやりなさい。」


リィンだった。私はリィンと一緒に来て良かったと心から思った。私はキサラが優しいと知ってるから迫られるとうまく断れない。キサラが嫌な奴だったら最初から拒否の態度バリバリでいけたのに。


「ダメか?サトコ…」


その視線は熱っぽい。吐息からはほのかに酒の香りがする。キサラ蜂蜜酒以前に何本か空けてるな。お酒は魔法の水だ。ああ、怖い。少量なら百薬の長って言うけど。


「ダメです。」

「そんな固い蕾のようなサトコがとても愛おしい。その蕾が花開く時どんな表情を見せるのか見てみたい。」


なんか表現が微妙にエロやかなんですけど。私は完全に安全なキサラが好きだよ。エロティックさは求めていない!

私はプイッと顔を背けた。キサラは私の髪をひと房手にとってそっと唇を落とした。


「今すぐでなくていい。いつかは私を見てくれ。失恋の痛手に効くのは新しい恋だとリィン様も言っていた。」


元は私が言ったんだけど。キサラと恋…かぁ…上手く考えられない。


「ごめん、ちょっと出てくる…」


気分を変えたくて宿のまん前にあるローズガーデンに入った。ライトアップされているわけではないが、月が3つもあるエンデ・ロストの夜は明るい。薄っすらと薔薇の輪郭が見える。そしてふんわりと漂う薔薇の香り。ミニ薔薇の沢山生えている正面のベンチに腰を下ろした。目を閉じて薔薇の香りだけ楽しむ。

不意に誰かが後ろから私の瞼を両手で覆った。驚いて声をあげそうになる。


「静かに。甘い匂いの可愛い子猫さん。」


かすれた、腰のじんと甘くなるような声…このセリフ。舞踏会の茶髪の少年だ。


「いい夜ですね。」

「え、ええ、そうね。」

「こんな時間にロゼ園に?」

「少し…気分を変えたくて。」


まさかこんな所で少年の急襲を受けるとは思ってなかったけど。ペースが乱されているのを感じる。


「ドレスは気に入った?」

「とても綺麗だけれど、あんな高そうなもの貰うわけには…」

「気に入ったなら取っておいて。……ドレスは脱がせるために贈るものだから。」


あのドレスを着たら脱がせに来ると言う意味でしょうか。着られないドレスになっちゃうじゃないか。不穏な事言わないで。

突然ちりっと首筋に甘い痛みが走る。…また吸われたみたい。どうやってキサラから誤魔化そう…


「いけないな。今夜の貴女は別の男の香りがする。」


ドキッとした。キサラの香りついてるのかな?まさかね?あてずっぽうだよね?それともどこかで見てたとか?


「あと蜂蜜酒の香り。」


本気で鼻が良い…


「美味しかったですか?」

「…うん。」

「それは蜂蜜酒が?それとも……貴方に香りを残した別の男が?」


甘い声が冷ややかに響く。


「は、蜂蜜酒!別の男性だなんて…」


味わってない…キサラは私を舐めたけど。


「貴女の舌を味わいたい。貴女の舌は蜂蜜のように甘いだろうか?それとも…」

「だめ…」

「…どうして?貴女に香りを残した男を想っているから?」

「ちがう…」

「では僕の為にとっておいて。口寂しい貴女に…」


目元を押さえていた手がひいた。ポトリと膝の上に何かが転がった。私は慌てて振り返る。が、そこには誰もいなかった。私の夢…じゃないよね?ちりっとした痛みの残っている首筋を触る。膝の上に落ちたのは何だろう?…小さな包み。この独特のねじり方は…飴?

リィンの毒見が出来ない…私は一瞬躊躇したが包みを開けて飴を口に含んだ。鼈甲飴のようなシンプルな飴だ。でもどこかで同じ飴をあの少年も口にしていると思うと官能的ですらある。

まずはどう首筋の痕を誤魔化すか考えなきゃな。



翌日から私はスカーフ族になった。隠し通せたのは三日間のみ。突然キサラにスカーフを剥がれた。


「隠すにしては常套手段だな。釈明を聞こう。」

「そのぅ…夜のロゼ園で正体不明の少年に会って…かぷっとやられました。」

「……私は何処から突っ込んだらいいか分からないぞ?」

「すいません。」


素直に謝る。


「かぷっとって何だ。吸血鬼か?何の抵抗もしなかったのか?」

「…いや、話してたらいきなり後ろから。だから特に抵抗できる訳もなく。」

「何の話をしてたんだ?」

「ドレスの話を少々。」

「本気で意味がわからん。」


私もわからん。でもなんとなくそういう雰囲気はあった。脱がせたい的発言もあったし。それは黙っておいた。なんか怪しい雰囲気の少年なんだよね。過度にセクシーだし。

私の舌を味わいたいとか言ってたな…かあっと顔が赤くなる。

キサラが私を引き寄せると首筋に噛みついた。


「ヤ!」


どんとキサラを突き飛ばす。


「その時サトコはこうして突き飛ばしたか?それとも私だからいけないのか?」


私は答えられなかった。キサラとの仲は微妙なまま港町に着いた。

宿を取る。


「サトコはその少年の事どう思ってるんですか?」


お風呂でまったりしてたらリィンに聞かれた。


「どうって言っても…その子の事何も知らないし。」

「でも舞踏会の方と同じ方なんですよね?」

「…うん。」

「しかも抵抗しなかったんですよね。もしかして、抱かれてもいい…とか?」


抱かれても…あのファントムの仮面の少年を思い出す。重なるのはいつもカイの仕草。似てるんだ。カイに…だから抵抗できない。

私は首を左右に振った。


「イヤ。」


いくら似ていてもあの少年はカイじゃない。似ているだけで愛するのはあの少年に不実だ。あの素顔を隠そうとする様子を見てもあの少年が本気だとは思えないし。


「…………そうですか。」


リィンの沈黙は長かった。

リィンの考えている事は良くわからない。私があの少年に心を許してほしいのか、その逆なのか…リィンは私とキサラの間も微妙に取り持っている。私に新しい恋をさせようとしている?



***

緊急事態が発生しました。サトコが舞踏会で口付けの痕を残してきた時は一晩のみのお遊びだと思っていました。しかし後日サトコの元にはたっぷりお金のかかったドレスが届きました。余程の道楽者か本気以外はあり得ません。静観していると今度はキサラからアプローチがありました。誠実なキサラにならサトコを託してもいいかもしれない…と最近思っていたので蜂蜜酒の誘いに乗りました。しかしサトコは「ちょっと出てくる…」とだけ言い置いて出て行ってしまったではありませんか。心配でサトコの後を追っていくと、サトコの目元を覆い隠してサトコと会話をするご主人さまが。ばっちり目があったと思いましたがご主人さまはわたくしに関心を寄せる事はありませんでした。そして徐にサトコの首筋に吸いつきました。わたくしには意味がわかりません。あの日サトコは酔ってご主人さまに痴態をさらした翌日「失恋した」と私の元へとやってきました。ですから当然相手はわたくしのご主人さまでしょう。ですからご主人さまはサトコを振ったはずです。なのになぜ今になって姿を隠してサトコを口説いているのでしょう?意味がわかりません。

サトコはサトコで言い寄られてうっとりしている様子。

これは見過ごせない事態です。

後日サトコの真意を尋ねました。あの少年になら体を許してもいいのかと。応えは否でした。本音を言うと少しがっかりしました。

ご主人さまは何のためこんな回りくどい事をするのでしょう?私には理解できません。今までもご主人さまは私どもの発想できない事をなさる方でしたが、今回はとびきりです。

本当は…本当はわたくしのご主人様とサトコが一緒に仲睦まじく夫婦になれればこれ以上の事はありません。わたくしの問いにはそう言った意味合いも含まれていたのですがサトコの答えは否でした。どうしてご主人さまは正体を隠してサトコを口説くのでしょうか?どうしてサトコはあんなにうっとりしておきながらご主人さまを拒むのでしょうか?意味がわかりません。これはわたくしが人形であるせいでの推測の不備なのでしょうか?


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