第2話
衝撃走る。
トヤの実…高級品だった。普通は垢擦りみたいなので肌を擦るだけだって。そんなの絶対肌が傷む。髪は髪用洗剤があるんだけど、一度試してもう2度と使うまいと思った。すごいゴワゴワキシキシになるの。トヤの実1個お値段銀貨5枚。えーん。しかも髪も身体も顔も洗ってるから減りが早い。一ヶ月に2個使いきってしまった。金貨1枚ェ…
同僚のアンナにそれを言ったら「もっと上手く稼がないからよ」と言われてしまった。彼女は宿で客に請われて夜伽しているらしい。客はある程度選べるし結構稼げるんだそうだ。ヤダヤダ!純潔は守ります!しかし替えの衣類や生活雑用品なんかを購入するとお金が吹っ飛ぶ。収入と収支がトントンで貯蓄ができない…いや、衣類は買えばいくらか持つからそのうち貯蓄もできるはず…
カイ…今頃どうしてるかなあ。ここで働いてる事は予想ついてるだろうから、たまには会いに来てくれると嬉しいんだけど。
「いらっしゃいま…」
店番していた笑顔が凍りついた。最初の服屋で会ったでっぷり肥った禿げオヤジが来ていた。
「んー?なんだぁ?小僧のお気に入りとか言われてたが、もう飽きられたのか?わしが買ってやる。」
「…お断りいたします。お客様。私は宿の従業員です。6名様ですか?」
禿げオヤジは今日も煌びやかな5人の女性を侍らしていた。ニタニタ笑いながら私を舐めるような目で見ている。
「店員のくせに生意気だな。」
私は張り倒され蹴られた。ニタニタ笑いながら何度も蹴る。
「ホラ、『買ってください』と言え。」
「いや…です…」
痛かったが歯をくいしばって耐えた。あんなおじさんの慰み者になるなんて絶対にごめんだ。
「ふん。6名だ。2人部屋3つにしろ。」
「…畏まりました。1名様1泊銀貨2枚です。お食事は朝と夕、食堂にて供されます。」
部屋を振り分けてまた店番に戻る。怖い。あのおじさんが今日同じ宿に泊まるんだ。私はカイに貰ったナイフをしっかりと握りしめた。
ゆっくりお風呂に入って同僚のアンナと同じ部屋で寝る。寝ているとなんだかガタゴト音がした。何だろう。
「アンナ、なんか音がしない?」
「するかも。何だろう。サトコ見てきてよ。」
「う、うん。」
しっかりとナイフを握りしめて扉を開けようとしたその時、禿げオヤジが目を血走らせ入ってきた。
「きゃああああああ!!!」
「サトコ!?だれ!そいつ!?」
「わしが可愛がってやるぞ。ぐふふ。大人しくせい。」
「止めてください!!」
禿げオヤジに押し倒された。熟柿のような匂いがする。酔ってる!!
私の胸をもみしだきスカートの中をまさぐってる。
「ちょっとサトコを離しなさいよ!」
「ええい!うるさい!」
どんとアンナは付き飛ばされてしまった。派手にクローゼットにぶつかった。
「アンナ!」
「サト…コ…」
私はナイフで思いっきり禿げオヤジに切り付けた。ばしゅっと血飛沫が飛ぶ。禿げオヤジが倒れる。し、死んだかな?脈を確かめると死んではいないみたいだ。その辺にあった布で適当に止血をしてやる。
「アンナ!」
慌ててアンナを助け起す。アンナは頭でも打っているのか立ち上がれないでいる。
「サトコ…そいつ思い出した。村の有力者、ザランド・ガレンよ。切りつけたとなったら罪に問われるわ。急いで逃げて。」
「…うん。」
襲われた側の私が逃げなきゃならないことに不条理を感じつつ頷く。
「一応警吏の人に事情はちゃんと説明するから。」
「お願い!女将さんにも謝っておいて。」
「わかったわ。気をつけて。」
私は慌ただしく荷物をまとめると出立した。アンナが警吏の人に説明してくれるって言ってたけど村の有力者なら指名手配とかされるかもしれない。急いで遠くに逃げなくちゃ。まだ全然稼いでないのに…こんな高待遇な稼ぎ先そうそうあると思えない。がっくりだ。カイに貰ったお金を細々削って遠くまで逃げてからやり直そう。
カイがパパナは島国だって言ってたから国外に脱出しよう。船とか出てるのかな?
私は方角もわからないまま歩きだした。オアストロの森に出た。ここを抜けるとシャンテの村に着くはず。私は足早に歩き始めた。野宿もした。食べられる物を持ってきてなかったので森の果実を取った。あの日カイが剥いてくれたのと同じ種類だけ選んで取った。他の果実に毒とかあったら怖いし。
4日森の中を漂ってやっと人里に着いた。
そこでも門番が検問をしていた。
「どこから来た?」
「マテの村から来ました。」
「こんな時期にか?」
「継子いじめに耐えかねて家を抜け出してきたんです。もう村では行く先が無くて…」
ぐすんと涙ぐんで見せる。演技だ。だが門番は騙されてくれたようだ。有り難い。
「シャンテの村でゆっくりと傷を癒すと良い。」
「有難うございます。」
まずは船着き場がどの街から出てるか調べなくては。市場で店の人にそれとなく聞いてみるとシャンテの村からアップの村、それから先のエイレイの街を経由した所に船着き場があるらしい。私は保存食と水筒と毛布を買ってその日は宿に泊まった。
翌日から方向を聞いてアップの村に歩きだす。
何とか2日歩いてアップの村についた。
門番がいる。
「どこから来た?」
「シャンテの村からです。」
「ふむ。マテの村から早馬で手配書が届いている。亜麻色の髪に榛色の瞳。髪の長さは肩甲骨ほど。体型も年の割に凹凸がある…指示された通りだ。お前サトコとか言う女だろう。」
「い、いえ…」
もう手配書が回ってるのか!て言うか絶体絶命のピンチ!?
「ザランド様が直に検分される。マテの村まで来てもらおう。」
私は猛ダッシュで逃げたがすぐに捕まってしまった。
「これは語るに落ちたな。」
「ザランドって言うおじさんが無理やり襲ってきたから!」
「だがザランド様は有力者だ。身分差と言うものを考えろ。」
身分差?現代の日本にはなかった考え方だ。ならどうしたら良かった?大人しく襲われとけって?そんなの嫌だ!初めては好きな人に捧げるって決めてるんだもん!
私は格子のついた馬車に乗せられてドナドナされていった。そうか…もっと上手く躱せる技術を磨かなくちゃならなかったんだ。私何やってんだろ…
4日後、私はマテの村に着いた。
ザランドは意外と傷が浅かったらしい。ぴんぴんしている。いやらしそうに舌舐めずりして私を見た。
「この女がわしに傷を負わせたのだ。」
「ではザランド様にお引き渡しいたします。」
「ね、ねえ、アンナから聞いてるんでしょ!?ザランドが寝室に押しこんできて無理やり私を犯そうとしたから抗っただけだって!これは正当防衛だよ!」
「セイトウボウエイ?なんだそれは。」
正当防衛の概念が存在しない!?そんな!
「お前はザランド様に傷を負わせた。刑は犯罪者奴隷だ。犯罪者奴隷は鉱山で強制労働と決まっているが、お前の場合ザランド様が買い取ってくださるそうだ。よく尽くせ。」
私はあっさりザランドに引き渡されてしまった。
何が何だかわからないうちに使用人に風呂で磨き上げられて香油を身体に塗りたくられた。甘い香りがぷんぷんして気持ち悪い。胸が焼けそう…。透けそうなほどの薄絹を一枚身に纏わされただけでベッドの上に投げ出されてしまった。
ザランドが興奮気味に部屋に入ってきた。
「ようやく手に入れる事が出来たな。わしは狙った獲物は決して逃がさん。これで堂々とお前をいたぶれるというものよ。今に他の女と同じように調教してやろうぞ。」
き、気持ち悪い。
私はベッドに抑えつけられ顔を近づけられた。このままじゃキスされる…
嫌だ。
私の右手の薬指に嵌まった指輪が目に入る。カイ…!
「かっ…いっ。カイっ!たす…けて…」
「ほう。他の男に助けを求めるか?以前の主人か?嫌がるのを抑えつけるのも一興よ。」
嫌だよ。こんな気持ち悪いおじさんに犯されちゃうなんて…。助けを求めたくとも頼りになる家族はおらず、この世界に来て優しくしてくれたカイを心の拠り所としてきた。やっぱりピンチの時に心が求めるのもカイで…カイ、カイ、助けて…
私の指に嵌まった指輪が急に輝いてザランドを跳ね飛ばした。
「2ヶ月も待つとはね。もっと早く呼んでくれると思ってたのに。」
柔らかい少年の声。
「カイ!」
煌めくような銀の髪、蒼い双眸。身長は私より少し低い。
目の前にはカイが立っていた。
「な、なんだお前は…!小僧。この女を手放したのではなかったのか。」
「そんなことするわけないでしょ。オレはササエのシャールン伯爵のカイ。サトコを引き取りに来たよ。人の私財に危害を加えようとした者は犯罪奴隷に落ちるんだっけ?パパナでは。身に染みてわかるよね?身分差。オレは外国のとはいえ伯爵。サトコに危害を加えようとしているお前はなに?力はより強い力に押しつぶされる。世の条理だね。オレは警吏に訴えるつもりだから。強制労働楽しんでね?サトコ、おいで。」
私はカイに抱きついた。
カイは私をお姫様抱っこすると悠然と廊下に出て行った。それからカワノコに宿を取った。
今度は二人部屋だ。
「カイ。来てくれて有難う!でもどうして居場所がわかったの?」
「その指輪、転移装置になってる。サトコが強くオレを呼んだ時発動するように仕掛けておいたんだ。サトコはこの世界に慣れてないから呼ばれるかもしれないと思って。本当はサトコがあの日、村まで連れて行ってくれって言わなかったらオレの家まで連れて行くつもりだったんだ。」
最初から面倒みるつもりだったのか。
「どうして優しくしてくれるの?」
「んー…ほっとけないと思ったからかな。まあ、きまぐれとも言う。」
そのきまぐれに助けられちゃったな。きまぐれでこんなに手をかけてくれるって、カイは道楽者だよ。私は今までのザランドとの事をざっとカイに説明した。やっぱりこっちの世界には正当防衛の概念は薄いらしい。平民同士だったら役人の大岡裁きで何とかなるらしいけど身分が絡むと平民なんて切り捨て御免状態のようだ。カイは「大変だったね」と髪を撫でてくれた。
「サトコには悪いんだけどお風呂入ってきてもらえるかな?」
「え?私お風呂入ったばっかりだよ?」
「その香油、男の性欲を促進させる効果がある。正直嗅いでるの辛い。オレに襲われたいならそれでもいいけど。」
ギョッとした。見るとカイの股間は微妙に盛り上がっている。私は慌ててお風呂に行った。カイがトヤの実を貸してくれた。服も用意してくれてたみたい。新品の服を渡された。よーく体を洗って念入りに香油を全部落とした。
お風呂から出てくるとカイが瓶を差しだした。透明な瓶には何か琥珀色の液体が入っている。
「何これ?」
「化粧水。買うと高いから自作してみた。多分市販のものより効果あると思うけど。使ってみて。」
まさか化粧水まで作ってくれているとは…
カイに感謝して使ってみる。うーん。しっとり。ちょっと薬草っぽい匂いがするけど全然嫌な臭いじゃない。
「カイは貴族だったんだね。」
「実は貴族になったのはここ一ヶ月の間。ササエでは無名の魔術師だったけど一ヶ月公共事業に従事しまくって功を取って貴族になった。橋なんて6つもかけちゃったし、城2つも作ったよ。疲れたー。ササエでは優秀な魔術師を自国に取り込めるかもしれないって期待したみたいで、割と高い爵位を貰えた。」
「何で急に貴族になろうと思ったの?」
「サトコの立場が少しでも守れたらいいかと思って…」
……。
……私、すっごく大事に思われてない?思わず頬が赤くなる。
「ふふ。照れてる?」
「カイのせいだよ…」
「ん。今日はもう寝よう。明日警吏に話しつけに行くから。」
カイは私のおでこにちゅっとキスをした。