第19話
私達は港町に向かうため、オスカーの王都を通っている。ところが脱落者が一人出た。ベルツだ。ベルツは梅毒にかかっていた。
「ちくしょう!何が『絶対安全な女を揃えている』だ!」
ベルツは荒れていた。抗生物質のないこの世界では梅毒ですら死に至る病だ。
まあ猶予期間は十数年位ありそうだが。
「ベルツ、お前は治癒院へ入院しろ。出来ればアーティスの。」
光の守護者ならこの病も治せるかもしれない。私には無理だけど。
「ここに居るのが闇の守護者じゃなくて光の守護者だったら…」
ベルツがきつくリィンを睨む。リィンは素知らぬ顔だ。
「ベルツ!そんな事言っても仕方ないだろう!そもそも性病の予防をしなかったお前にも非はある。」
キサラが叱りつけた。まあ、コンドームとかしないで盛大に生でやったんだろうね。遊郭に性病はつきものだよ。覚悟の上で行かなきゃ駄目だと思う。冷たいようだけど。相手の女性だって健康体だったとしても生でやられたら妊娠しちゃうリスクはあるんだから。そうしてカイみたいな孤児が増えるんだ。私はベルツに同情しないことにした。
ベルツは使用人枠から外され、新しく使用人を雇った。ジョナリオという名前の男の子だ。17歳らしい。闇の魔導会とは関係ないと裏がとれている。オスカーのレバーシー子爵の5男という素性のはっきりした子だ。容姿はもじゃもじゃの赤毛に灰色の目をしていて、そばかすがちょっと目立つ。リィンが(本当は私がだけど)闇の守護者だとは知らない。リュート王子の事だけ話してある。あとは折りを見てとキサラが言っていた。
「よ、よろしくお願いします!」
ジョナリオは元気よく挨拶した。それからそれぞれ簡単な自己紹介タイムを終えた。出身国とか聞かれたから思わず「ササエです」と言ってしまった。リィンは「リアロです」と言っていた。まあリィンはリアロのこと詳しいんだろうな。リアロの観光はリィンにお任せしよう。
ジョナリオはリィンに一目惚れ(?)したらしく、しきりにリィンにまとわりついて会話を振っている。リィンは最初の内は普通に受け答えしていたが、徐々に表情が消えて、無表情で受け答えするようになった。うざかったらしい。
「サトコ、リィン様がだんだん無表情になっているが…」
キサラがこそっと耳打ちする。
「気にしないでください。素です。」
人形なんだから無表情が素だ。最近は表情豊かになったけど、あれって演技かな?それとも素であの表情なのかな?後者だったらリィンは結構可愛い女の子だと思う。
「サトコはリィン様が降臨されてからずっと一緒に居るのか?」
「えー…?降臨されてすぐ会って、2ヶ月ほど分かれて再会してからはずっと一緒です。」
リィンは仕舞われてる時間が長いのでカイに置き換えて答えてみた。なんだかんだいって私が落ちてきてから5ヶ月近く経ってるな。ということはカイももうすぐ13歳なんだな。日本だったら中一だね。
「リィン様は本当にサトコがお好きだよな。」
「そうみたいですね。」
何故だか知らんが。
「お前たちは…その…恋愛関係にあるのか…?」
「断固として違います。」
私はともかくリィンに変な性癖オプションしないでください。
「そ、そうか。」
私が力強く言い切ったのでキサラは少し引いた。でもホッとした顔をしている。キサラももしかしてリィンの事を…?…ちょっと妬けた。キサラに対してか、リィンに対してか定かじゃないけど。
宿のお風呂でまったりしているとリィンが言った。
「キサラが『失恋の痛手はどのようにしたら癒せるものなのだろう?』って聞いてきましたよ。」
「?」
「『新しい恋が必要だそうですよ』と言っておきました。」
「?」
「サトコ、トボケてないでしっかりしてください。貴方の事ですよ!」
「ええっ!!?」
なんでキサラが私の失恋の痛手を気にしてるし!イミフ!イミフ!!
「キサラ、今までもちょくちょく目でサトコを追ってましたけど、いよいよ始動ですね。」
「な、ななな、なんでぇえ?急に!?」
ちょくちょく私を目で追ってるって初耳だよ。寝耳に洪水だよ!しかも何で急に今行動に移そうと思ってるの????
「サトコが舞踏会で口付けの痕なんてつけてくるからですよ。」
「あれはそれ以上の事は何も無かったし…」
「衣装が崩れていなかったので私はそれを信じますが、キサラが信じたかどうかは分かりませんね。それ以上の事が無くても許せないと思ったのかもしれないですし。」
「なんでぇえ?」
「所有印…でしょう?」
リィンが色の薄くなったキスマークを指で撫でた。
あううううううう。カイの幻影を見たせいで茶髪の少年に一夜の所有権を与えてしまったぁあああああああ。あううううううううう!!違うんだよ!なんか雰囲気にのまれちゃったんだよ!やたらセクシーな少年だったんだよ!
「まあ、覚悟してかかった方が良いですよ。」
リィンは楽しそうな顔をしている。
「サトコ、あれがオスカーの王城だ。以前先王がご健在の時にリュート様も遊びに行かれた事がある。旨いものと言えば海鮮スープの屋台だな。早い、安い、旨い、の三拍子だ。花と言えばアトシアと同じでロゼが盛んだ。」
今、10月ごろだね。そろそろ秋薔薇のシーズンか。この世界は四季がある国とない国が普通に隣り合わせになっているファンタジー仕様だから一概には言えないけど。
「オスカーは絹織物の他に刺繍も盛んだぞ。」
そう言えば買った下着はロゼの刺繍がしてあったな。
「サーリエでもオスカーの刺繍のハンカチを贈りものにするのは最も日常的な贈答品だ。」
「キサラさんも何か買った?」
私はオスカーで絹織物の下着を買ったけど。
「サトコにハンカチを買おうと思っている。」
プレゼントってこと?
「いいよ。私は自分の好きなもの買ったし。」
「オスカーに来た記念に贈りたいんだ。受け取ってもらえないだろうか?」
その聞き方はずるいと思う。ここでダメって言ったら私相当嫌な女だよ。キサラとハンカチを選んだ。離れるわけにはいかないのでリュート様やリィンもぞろぞろついてくる。変な集団だ。
青い小鳥のハンカチを選んだ。緻密な刺繍で青い鳥が描かれている。
幸せの青い鳥か。キサラはそれを記念に買ってくれた。私の世界ではハンカチは別れのしるしとして贈ってはいけないアイテムだったけどこの世界では違うのだろう。
「受け取ってくれて有難う。」
キサラが優しい目で笑う。
「ううん、素敵な贈り物有難う。」
キサラと袂を分かつ時、私はこのハンカチを投げ捨ててくるのだろうか。カイの指輪やネックレスみたいに。
「サトコ…まだ失恋の傷は癒えないか?」
私はちょっと遠い目をしていたらしい。キサラが微妙な顔をしている。
「あ、ゴメン。ちょっとぼーっとしてた。」
誤魔化すとキサラはそれ以上は突っ込んでこなかった。
屋台で海鮮スープを頂く。リィンが毒見してくれた。他人から見れば主人が食い散らかした後の食事を侍女が頂いてる図に見えると思う。リィン、汚れ役でごめん。本当に美味しかった。屋台のおじさん曰く隣の屋台の肉の串焼きも美味しいらしいので買って食べた。タレが何とも…
「このタレ醤油使ってます?」
「おや、ばれちゃったかい?秘伝のタレだから調合は秘密だよ。」
「ふふっ。すっごく美味しいです。」
「ありがとよ。」
「サトコ、よくわかったな。」
「故卿の味だから骨身にまで染み込んでるって感じです。」
「そう言えばササエが故郷と言っていたな。いつかササエに行ったら案内してくれるか?」
「私…私…もうササエには行かないって決めてるんです。…だから、ごめんなさい。案内できません。」
「……そうか。悪かったな。」
キサラは私の頭をぽんぽんと撫でた。その手が優しくて泣きそうになる。円呪の首輪を嵌められて野宿した時カイも私の頭を撫でたな。喋れなかったから私はその手に擦り寄った。懐かしい。カイの気持ちを知らなかったあの日にまで戻りたい。
何を見ても、何を聞いてもカイを思い出す。今の私は地雷だらけだろう。キサラがなんでこんな地雷女に惹かれているのか分からない。
宿にドレスが届いた。
淡いピンク色のドレスだ。形はオスカーの流行と違ってぐっと腰までのスタイルが出るAライン。裾が大きく広がっており、裾は幾輪もの薔薇の模様になるようくしゅくしゅっとタッキングされている。白と銀の繊細な刺繍が裾から胸下にかけてまである。綺麗なドレスだが、誰から誰に?
メッセージカードには『甘い匂いの可愛い子猫さんへ、ハスの花がまだ咲かぬ頃また会いましょう。危険な快楽を楽しみたい僕より。』って。あの茶髪の少年か。こっちの素性はもろにばれているらしいな。ドレスを返すにしたってどこに返せばいいか分からない。仕方ないので有り難く頂いておく。
「サトコ…モテてますね。」
リィンに指摘される。
そんな事言われても私の正体を知らないキサラと、明らかに危険な香りのする正体不明の少年だし。どっちも選べないよね。
「リィンこそモテてるじゃない!ジョナリオ、リィンにメロメロだよ!」
「わたくしはモテても意味が無い事くらいサトコが一番よく知っているではないですか。」
まあ、人形だしね。恋する人形ってなったら何かせつない話だな。相手はどんどん老いていくのに自分は若いまま、子を残すことも出来ない。かなり切ないかも…リィンにはそんな切ない思いはして欲しくない。
リィンに恋はしないでいただきたい。こんな苦しい思いをリィンがしたら嫌だし。
「ん。そうかも…」
「わたくしが生身で男性だったらきっとサトコに恋をしていますよ。」
まさかのリィンルート!危険な恋路はつっぱしらないよ。




