第18話
そろそろオスカーの国に入る。マイルとオスカーは友好国なのでそんなに厳しいチェックはない。これでもかって言うくらいお洒落な街並みだ。おもちゃみたいに整っている。宿を取って自由散策。オスカーの名産品は絹織物。私は侍女なのでそんなにぴらぴらした格好は出来ないが、下着くらいはお洒落したい!清純の白か、誘惑の黒か!カイはどんな下着好きだったんだろ…?もう見せる事もないと思うけど。悩んだけど白に淡いピンクのロゼの刺繍の物。レモンイエローに腰回りとカップの部分だけにオレンジの細いリボンが入っている物。ラベンダーにたっぷりとした黒のレースの物。それから普通の侍女服を買った。着回ししようと思って同じのを二着。リィンはいらないと言っていたがみすぼらしくない程度の動きやすさに重点を置いた服を購入させた。カットソーにキュロットにブーツ。まるで新米冒険者のようないでたちだ。
魔物が多くなってきているという噂をよく聞く。私のせいなんだろうか。
「サトコはともかくリィン様はドレスの一つでも持っておいた方が良いのでは?」
ラランが提案する。
「そうだな。思い切って立派なドレスをつくろう。良いな、リィン?」
リュート様は乗り気だ。
「サトコも一緒なら構いません。」
「お前たちはいつも一緒だな。」
オスカーでのドレスの流行は腰より下からふんわり大きく広がる物。ラインとしてはプリンセスラインなのだが、ティアードスカートのような、とにかくフリルとレースを多用した大きく膨らむものが流行だ。色は深紅が流行だが、私とリィンは相談して、赤だとその他大勢と被ってしまうだろうからと、リィンはパステルパープルのドレスにした。リィンの黒髪によく映える。私はクリームがかった薄桃色を選択した。この色を見るとカイが買ってくれたロゼのカチューシャを思い出す。カイとの思い出が深すぎて何を見ても何を聞いてもカイの事を思い出してしまう。私はカイに侵食されている。
「飾りはどうする?」
私はチューベローズと思われる花の髪飾りを選んだ。胸元は真珠だ。香りもチューベローズの精油を少しだけ売ってもらったので蜜蝋と植物油に混ぜて練り香水にする。
リィンも胸元はお揃いの真珠。髪には白でふちが紫のデンドロビウムと思われる花の髪飾りを選んだようだ。香水はつけない模様。
オスカーでは再来週、仮面舞踏会が開かれるそうだ。リュート様の伝手で行ってみることになった。主役はリィン。私は添え物だ。別に行く必要などないが、リィンは何かと私の気を紛らわせようとしてくれる。父を亡くしたリュート様も同じように気を紛らわせたいのだろう。キサラが臨時でダンスのレッスンをしてくれた。いくら壁の花でも一曲くらい踊れた方が良いだろうとの計らいだ。当然リィンは一回教わるだけで完璧に覚えてしまい、間違えるふりをしていた。私は覚えるのに丸3日かかった。キサラ先生すいません。ダメな生徒で。当然のことながらリュート様は元から踊れる。当日はリュート様とキサラと私とリィンで行くことになった。
仮面舞踏会。オスカーにある白亜の宮殿。その正体は先の公爵が愛妾の為に建てたお屋敷だそうだ。墓じゃないぞ。私達は鼻から上を覆う色取り取りの仮面をつけ出陣した。私は猫を模った黒の仮面、リィンが同じく猫を模った白の仮面、リュート様はゴージャスな羽飾りのついた赤の仮面、キサラはシンプルな青の仮面だ。何十人と仮面をつけた人々がひしめき合って居て誰が誰だかわからない。リィンとははぐれた場合は12時に時計の下で待ち合わせだ。行ってそうそうに其々がダンスに誘われ、逸れた。
見知らぬ人々と会話するのは気兼ねしなくていい。最近流行のドレスの事、髪飾りの事。格好良いとされている男性陣の事。ここには密かにオスカーの王子も来ているという噂があって女性陣らは色めき立っている。オスカーの王子は18歳、金髪にグレーの目の美男子だそうだ。掴みとれたら玉の輿…だってさ。
「甘い匂いの可愛い子猫さん。僕と踊ってくれませんか?」
振り向いた所に居たのは当然王子とかじゃない。私と同じくらいの身長の…多分子供かな?一般の女の子たちをキャーキャー言わせてる男性たちよりもちょっと若そうな感じだ。でも子供と言っても、リュート様よりはずっと身長も高いし、男性らしい印象だ。声は少しかすれて甘みのある声だ。腰骨がぞくぞくするような…
「私の事でしょうか?」
「そう。ねえ、一曲。どうかな?」
自然な動作で手を引く。
その仕草がカイに似ていてドキドキしてしまう。でもこの子はカイみたいな銀髪じゃない。茶色い髪をしている。オペラ座のファントムを思わせる白いシンプルな仮面に黒いタキシード姿だ。
「私で良ければ。」
その子と一曲踊った。あんまり楽しくて立て続けに二曲、三曲踊った。
「ああ、疲れた。」
「子猫さん。甘いお酒はいかが?」
「少しだけ頂きます。」
その子が用意してくれたグラスはちょっぴり桃の香りのするカクテルだった。
少年も同じものを飲む。
「ああ、美味しい。少し肌が火照っているみたい。」
「では火照り冷ましに庭を散歩しましょうか?」
誘われて庭に出る。月夜に輝く白亜の宮殿は美しかった。
庭には池があって3つの月を映していた。この世界に月は3つある。元居た世界とは違うんだね。郷愁がこみ上げる。
池には蓮の葉が点々としていて蓮の花の蕾が膨らんでいる。
「残念ね。早朝なら蓮の花が見られたかもしれないのに…」
「ハス、というのはあの花の事ですか?」
「ええ。とても綺麗な花なの。泥の中でも真っ直ぐ咲く花。私はとても好き。」
「では貴女に贈りたいですね。」
「ふふふ。私の住んでいた所では蓮の花言葉は『神聖』『雄弁』そして『過ぎ去った愛』よ。」
本当に過ぎ去ってくれば清々するものを、こうやってまた少年の陰にカイを見てる。
「恋人には贈れない花なんですね。因みに貴女が髪につけていらっしゃる花の花言葉は何ですか?」
「『危険な楽しみ』『危険な快楽』『冒険』よ。」
「……僕を試しておられる?」
「ふふっ。洒落のつもりだけど誰にも理解されないし、ちょっとやりすぎちゃったかもね。今纏っている香りもこの花の物なの。すごく甘いでしょう?」
「ええ。くらくらするほど。」
少年は私の手を取って指先にキスをした。ぴくんと指先が震えた。唇から触れられた部分が火がついたように熱い。
「私の国ではキスをする場所にも意味があるの。指先は賞賛。」
「手の甲なら?」
少年は手の甲に唇を落とした。
「…尊敬、敬愛よ。」
「では掌は?」
少年は掌にも唇を這わせた。私はぞくぞくして止まらない。何なのこの感覚…?
「こ、懇願よ。」
震える声で返す。
「では手首は?」
身体の芯がキュンとする。
「手首は?」
少年が手首の内側をきつく吸った。赤い痕がついた。キスマークだ。私は浅くなりそうな息を必死で抑える。
「……欲望。」
少年の唇は弧を描いた。仮面をしていても分かる意地悪な笑みだ。ダメだ。違うのに。私はこの少年の中にカイを見ている。カイに会いたい。けど会ったら絶対に傷付く。
「もう待ち合わせの時間だから行かなくてはならないの。ごめんなさい。」
私は少年に弄ばれていた手を奪い返すと胸元でぎゅっと握りしめた。
「そうですか。残念です。甘い匂いの可愛い子猫さん。また会える事を祈って。ああ。結局蓮は咲きませんでしたね。」
愛は過ぎ去らなかったか…
私の愛はまだカイのもの。
12時を差す時計の下で待っているとリィンがやってきた。
「少しは楽しめましたか?」
「……うん。」
「元気が無いようですね。何かありましたか?」
「何でもないよ。ありがと。」
リュート様とキサラも戻ってきたので4人で帰る。可愛らしいリュート様は美しいお姉さま方に散々弄ばれたようだ。げっそりしている。キサラはよくわからない。感想も特になしだ。
「リィン様はどうだった?」
「色々な殿方に誘われて踊りました。最近の社交界の事や流行のドレスの事などわたくしに分かるはずございませんのに。お喋りな男性って案外多いものですのね。サトコはどうでした?」
「う…うん…楽しかった…よ?」
「サトコ、ごめんなさい。誘わなかった方が良かったみたいですね。」
ぎこちない私の受け答えを聞いてリィンが謝る。
「リィン様は悪くないです。私が、ダメだから…」
ぎゅっと手を握る。
「あー!サトコ、手首に口付けの痕つけてる!」
リュート様に見つかってしまった。慌てて隠す。
「ふーん。そういうことしてたんだぁ?」
「ち、違います!」
「サトコ、遊びは深入りしない方が…」
「違うってば!」
リュート様のからかいはともかく、リィンの心配そうな視線は相当いたたまれない。「本当に違うからね!」と念を押したが信じたかどうかわからない。ああ、チューベローズなんて選ぶんじゃなかった。本当に危険で冒険な一夜だったよ。
わあ、誰なんだろー?(棒)




