第17話
翌日、私は観光した。この国の歴史的建造物や綺麗な風景を訪ねて回った。地元の人に尋ねつつ。何しろこの世界にガイドブックなんてないんだから。茶色い煉瓦の大きな建物。古墳だそうだ。そこには彫り込まれた伝説上の異生物がぐるりと取り囲んでいる。百獣の王的な意味らしい。中々壮観だ。街中はちょっと頽廃的だけどなかなか趣のある街だ。でもうっかり裏路地なんかに入ると野外プレイ中の方々に出会ってしまって気が抜けない。お店も色々見たが、お金もないし見るだけツアーだ。入れるだけでゼリー状態になる入浴剤とかもあってちょっと欲しかった。ゼリー風呂気持ち良さそうじゃん?汚れが落ちてる気がしないけど。これも性グッズの一つなのかもしれない。うーん。奥が深い。普通に気持ち良くなる成分入りローションとかも売っている。遊郭もどんな所か見てみたいんだけどな。女だし、入るのは戸惑われる。
夜はリュート様を慰めようと、私自ら厨房に立った。メニューはトマトソースでいただくスフレオムレツ、マヨネーズでいただくサラダ、かぼちゃのポタージュ、果物、買ってきたパンだ。
「これは新食感だな。」
リュート様がオムレツを食べて唸っている。
「うむ。とても旨い。これはリィン様の故郷の味か?」
キサラが聞いてきた。
「そうです。」
この辺は打ち合わせしてある。
「わたくしもサトコも料理があまり上手ではないので簡素なメニューですが、お口にあえば幸いです。」
「非常に旨い。」
「有難うございます。」
夜はまたまったり温泉だ。すごく気持ち良い。
「少々指圧しましょうか?」
「あ。お願い。」
リィンは私の首や肩や腰をマッサージしてくれる。その力の入れ具合が絶妙で。
「あっ…ぅん…きもちいい…もっとぉ…」
私は極楽を味わった。カイも揉ませてたのかな。でも子供って肩とか凝るのかな?化粧水も早速使ってみた。グリセルのちょっと甘い匂いがしてまあまあいい感じ。カイが作ってくれたものに比べると保湿力と美白効果は格段に落ちるらしいけどないよりマシ。使用期限があるらしいので、遠慮なくばしゃばしゃ使った。
お風呂から出ると隣の男湯から出てきた従者さん達と鉢合わせした。顔が赤い。
「い、良いお湯でしたね…」
チラチラこっちを見る。
「そうですね。」
「そ、それでは自分は部屋に戻りますので。」
「お、俺も…」
そそくさと去っていってしまった。何となく避けられたような気がするが、なんだって言うんだ一体。
その夜も従者さん達は夜遊びに出掛けた。王が亡くなっても民は元気だね。
キサラに聞いた。夜遊びっていくらくらいかかるのか。老女や身体障害などの売れ残りは銀貨8枚位。健康な女性は金貨5枚くらいだそうだ。人気のある芸者なんかは3ヶ月待ちなんてざらな上に客をえり好みする。会うだけでも金貨3枚はするんだそうだ。そう言った売れっ子芸者は見目麗しい事もさることながら舞踏や楽曲、性技のスキルを持っている事が多いとのこと。
「キサラは遊郭に下りたことある?」って聞いたら「黙秘権を行使する」って言ってたから多分あるんだろうな。詳しいし。カイは花街には行った事ないって言ってたな。彼女もいなかったらしいから童貞なのかもしれない。でも12歳という年齢を考えれば、それも普通か。
しばらくマイルに滞在していたが、今はリュート様もすっかり振り切ってお元気だ。オスカーに向けて陸路を行く。馬車は新しく買った。船に乗る前の馬車を売却したお金で馬車を買ったのだ。従者さんは少し眠そうだが容赦なく出発。私は名残惜しげに早起きして朝風呂とか入っちゃったもんね。だって久しぶりの温泉だもん~。
お風呂の出口でキサラさんと鉢合わせした。
「リィン様とサトコも朝風呂か?」
「折角の温泉ですからね。」
「ああ、何となく肌が綺麗になってるな。」
「あ、有難うございます…」
ナチュラルに褒められて照れた。
「リュート様の事…」
「へ?」
「慰めてくれて有難うな。」
「いえ…私も両親と二度と会えない境遇なので、ちょっとは気持ちも分かりましたから。リュート様はそれの何倍もお辛い思いをしていらっしゃると思いますけど。」
「そうか…」
ぽすっとキサラさんが私の頭に手を置いた。
「サトコは優しいいい子だな。」
その眼が学校の先生を思わせて、なんとなく気恥ずかしくも頼もしい。私ははにかんだ。
馬車に揺られて5日かけてマイルの王都、ベガ。城は黄色っぽい大きな洋館のような見かけだ。尖塔などはない。街に比べるとどちらかというと質素なつくりだが、存在してると不思議と違和感のない不思議な城だった。
此処の遊郭は凄いらしい。品質も規模も最大級。従者さん達はわくてかしていた。人気の高い娼婦はアイドル扱いだ。ここで女性に「仕事を紹介してあげようか?」と親切面してやってくる奴らは大抵人買いなので気をつけなくてはならないらしい。
従者さん途中の街でも夜は遊び歩いてたけどお金大丈夫なんだろうか?結構豪遊していない?
「ここでは女性用の遊郭もある。男性がもてなしてくれるお店だな。」
もてなすって言っても要するにむにゃむにゃしてしまう訳だろう。
「非常に閨での技術に長けているという。」
「私初めては好きな人とするって決めてるんです。というか好きな人と以外そういうことしたくありません。」
カイ…あの日抱かれてたら今も隣にカイがいてくれたんだろうな。どんなに大事にしてくれてもカイの心に女としての私はいなかった。それが酷く苦しい。もしも私がもっと魅力的だったら、もしももっと美人だったら、もしももっと可愛かったら、もしももっと性格が良かったら、私に振り向いてくれた?むなしい『もしも』が頭の中をぐるぐる回る。リィンは私をちらっと見たようだった。
「わたくしは興味がありません。」
「そうか。それが一番だな。」
キサラはにこやかに笑った。
私とリィンとリュート様とキサラはお茶を頂く。パンケーキが出てきた。ベーキングパウダーが存在するという事だろうか。
お茶は紅茶のようだ。
「従者たちも困ったものだな。あの調子で散財していたらそのうち付け馬付きで帰ってくるぞ。」
リュート様は頬杖をついて憂鬱そうな溜息をついた。
「男とは馬鹿な物だからな。」
家庭教師であるキサラの口調は砕けている。今でも勉強を教えているみたいだ。勉強だけではなく剣も教えているのをこないだ見た。リュート様は魔法の適性は氷のみだそうだ。あるだけましだと思うよ。私全くないし。
「サトコはどんな男が良いんだ?」
リュート様が全く悪気なく聞いてくる。
「リュート様、サトコはこの前失恋したばかりなので、その話題は避けていただきとう存じます。」
リィンがフォローを入れてくれる。
「…それはすまない事を聞いた。」
気まずげな雰囲気が漂う。話題を変えなくては。
「キサラさんは氷の魔法を使えるんでしたよね。」
「ああ、使えるが?」
「では少々手伝っていただきたい事が。」
私はリィンとキサラを連れて厨房に入った。氷と水と塩を大きなボウルに入れる。別のボウルでアイスクリームの液を作成して、小さな金属の入れ物に入れ、氷の入ったボウルにつけながらぐるぐる混ぜる。一人分ずつしか作れないけど、混ぜる時間は大体20分くらいで出来る。
「おお!これは旨い!冷たい菓子か!まったりとして口の中で蕩ける。甘い後味が残って…旨い!」
リュート様大喜び。
「なら良かったです。」
「これもリィン様の故郷の味か?」
「そうです。」
「随分食文化の発達していたところだったんだな。」
「そうですよね。お気に召して頂けて幸いです。」
食文化と娯楽文化に特化した国だったと思う。精密機械とバリエーション改良にも長けてるけど。いくらか街を見て私は新たにコンドーム10個を買い足した。備えあれば憂いなしだよ。予定は未定だけど。香油とかはちょっと心惹かれたけど止めといた。香油の力を借りてカイに抱かれたって嬉しくないもんね。
宿の布団にボスっと横になる。
「あーあ、新しい恋したいよ。」
「昼間はああ言いましたが、本当はサトコはどんな相手が良いんですか?リィンにだけ教えてくださいませ。またご主人さまのような方ですか?」
「カイとは違う感じの人が良いな。些細な事でカイを思い出しちゃったら凄く気まずいし。優しい人が良いけど、今度は無駄にドキッとさせない人が良い。もっと傷付かない穏やかな恋が良い。年上の包容力ある人とかいいなあ。憧れる。」
キサラの先生みたいな優しくも厳しい雰囲気が思い出される。な、何考えてるんだろ…私の正体知らない人と恋なんてできないよね…
でもラクシェには闇の守護者は世界を破滅させるためだけの存在ではないという文献があるか…お日様があるように夜の闇がある。それが自然な理。それは少し天秤に似ている。
「サトコは恋に少し臆病になりましたね。」
「ちょっと傷付いたからかな。この傷が塞がれば前向きになれると思うよ。」
「…そうですか。ならいいのですが。」
リィンは複雑な顔だ。自分の世界で最も好きな女性に、自分のご主人様以外の男を勧めなくてはならないのだから。そうだよね。でも君のご主人様は私の事なんて好きじゃなかったんだよ。それでもリィンは一番私が大切だと言ってくれる。リィンには感謝してやまないよ。
「サトコ、化粧水はどうでしたか?」
「カイの程じゃないけど…今の私には十分。肌しっとりだよー!有難うね、リィン様!」
「いえ。私はサトコのお役にたてる事が何より嬉しいので。」
忠臣だなあ。
王都でしばらく滞在し、それから7日間馬車で旅をした。まさかと思ったが従者の1人がつけ馬付きで戻ってきた。執事のレナードさんのお怒り。とりあえず金額は建て替えたけど身分不相応な遊びをするんじゃない!と大激怒。私が怒られている訳ではないけどちょっと怖かった。
それからまったり旅。レナードさんのお怒りが効いたのかそれから遊郭に行くものはいなくなった。
集団の魔物にも襲われた。美味しいお肉と綺麗な毛皮と角になってくれた。
しかし魔物は群れでやってくる。今までこんなことはなかったそうだ。
「やはり闇の力が強くなっているんだろうな。一刻も早くラクシェの文献を漁らねば。」
「闇の守護者様に居なくなってもらった方が早いんじゃないですかねぇ?」
ベルツが言う。私は身を固くした。
「全ての事に意味がある。リィン様にはリィン様の呼ばれた理由があるはずだ。」
キサラは取り合わなかった。ラクシェへ行って、もしも私が破壊しか出来ない存在だと証明されてしまったらどうしよう。私は不安だ。
「リィン様…」
「大丈夫ですよ、サトコ。」
私達はひしっと抱き合った。
「お前は拉致も同然で家族から切り離されて、見知らぬ土地で周りが敵だらけで満足か?その上仲間と思っていた人間に『居なくなってもらった方が早いんじゃないですかね』とか言われたらどんな気持ちだ?」
キサラが厳しく言い正す。ベルツが気まずげに「すまん」と言ってきた。
私の心はチクチクしてるけどリィンは許すと言った。




