第12話
いい感じに日が暮れて来たので宿に戻ってお風呂に入る。
お風呂で冒険者風のお姉さんと居合わせた。目つきは鋭いが美人なお姉さんだ。栗色の髪に灰色の目をしている。身体には古傷の後がいくつかあるけど引き締まりボディで大変羨ましい。お姉さんはちらっと私達を見たあと声をかけてきた。見た目にそぐわず結構人懐っこい人のようだ。
「あんた達綺麗な肌してるね。大店のご令嬢かい?」
達…って言うのは私とリィンだと思う。
「違います。」
「そうなのかい?手だってすべすべじゃないか。労働を知らない手だよ。」
確かに働いてないな。正確には2ヶ月くらいは働いたんだけど。
「…もしかして…貴族だったりするのかい?」
「いえ。貴族に庇護されてる一般人です。リィンは…こっちの子はお仕えしてるけど。」
お姉さんはきょとんとした。
「何で貴族が一般人を庇護するのさ?」
「さあ?私も実はそれが知りたいところなんですが。」
カイはどうして私を庇護してくれるんだろう。好かれてる気はするけど、決定打は貰えていない。本当にただの気まぐれだったりして…そう思うと胸がチクリと痛む。
「相手は男かい?」
「ええ、まあ。」
「じゃあ、あんたに気でもあるのかな。」
「そう思います?」
「違うと思ってるのかい?」
「なんかちょっと異常なくらい大切にされてる割には、恋愛的には一歩引かれてる感じがあると言うかなんと言うか…」
カイのアプローチは強引なのにいつも冗談めかした感じだ。本当に私が求められてるっていう自信が持てない。最後の最後まで踏み込んでこない。あと一歩踏み込んでくれたら私も答えを返せるのに。私のことどう思ってんのかなあ…
「へえ。じゃあドーンと聞いてみたら良いじゃないのさ。」
「ちょっと勇気が出なくて。相手がどう思ってるかは分からないんですけど、私は相手が凄く好きなので。」
こんなに甘やかしておいて、実は好きじゃありませんでした。って言われたらやっぱりショックだよ。正面切って「私の事好きなの?」って聞いて「何言ってるの?」って呆れられたら立ち直れない気がする。
「そう言う時は……酒だね。」
「お酒ですか?」
「酔った勢いに任せて聞いちまえばいいのさ!玉砕したらやけ酒だっ!」
うーん。お酒かあ。控えめにって言われてるんだけどな。でも私も素面で聞く勇気はない。
「あたいのおススメは赤の火酒だね。一発でがつーんと来るよ。」
「…考えてみます。」
お風呂でトヤの実を使っていたらお姉さん(ビアンカさんと言うらしい)に「貴族様に庇護されるとやっぱり豪華だねえ」と言われた。ビアンカさんは垢擦りのみだった。肌はちょっと荒れていた。ぬか袋とかは作れないのかな?
私はお風呂を出た後、食堂でこっそり赤の火酒を買った。銅貨3枚で買えた。その後、財布はリィンに預けておいた。失くすと嫌だし。部屋に戻るとカイは何やら工作していた。
「何作ってるの?」
「厠に取りつける魔道具だよ。出来れば匂いも分解したいんだけど、あと一歩いい案が出てこなくて…ここまで出かかってる感じはするんだけど。」
「気分転換にお風呂入ってきたら?」
「そうしようかな。」
カイはお風呂に出て行った。今の内に……赤の火酒。ちゃんとリィンに毒見してもらったが「異常なし」と言われたので、宿に備え付けられているお茶を飲む湯呑に注いで飲んだ。最初の一杯を一気に飲みほした所で私の意識はふっつりと途切れた。
なんだか頭が痛い。目を覚ますと私は素っ裸で布団にくるまっていた。隣りにはカイが……えーと、これは、一夜の過ちを犯してしまったんでしょうか?私達。記憶が全くないけど。ビアンカさん…確かにがつーんと来たよ。酒の勢いで身を任せるような感じで最初を迎えるとかがっかり。でも抱いてもらえたなら嬉しい。嬉しいような悲しいような…悲しいような嬉しいような…やっぱり嬉しいかも…カイは服を着て寝ている。
すやすや寝ていた目がパチッと開いた。
「あ、サトコ、起きた?」
「カイ……」
こういう時なんて言ったらいいんだろう。照れくさくて気恥かしい。でも愛おしくて嬉しい。
「言っておくけど最後までしてないからね?」
「え?」
「サトコは挿れて挿れてって言ってたけど、サトコ初めてでしょ?こんなとこで失っちゃいけないと思って、オレが一方的にご奉仕するので満足してもらっただけだから。」
う…そ…
カイは挿れてって言っても挿れてくれなかったんだ…
あんなに香油の匂い嗅いだ時は我慢してるって言ってたくせに、香油無い状態じゃ私に興奮もしなかったんだ…
……私と…したくなかったんだ…
私の懇願を拒むほど嫌だったんだ…
ぽつりと暗い感情が胸に落ちた。
カイは私に魅力なんて感じてなかった…私なんて好きじゃなかった…だからいつも一歩引いてたんだ。
どす黒い感情がこみあげる。
なら最初から優しくなんてしないでほしかった…最初から期待なんて持たせてほしくなかった…
「サトコ?」
一人で照れてときめいて慌てる私は面白かった?滑稽だった?さぞや楽しかったことだろう。
私の心はみしみし言っている。ぽつりと涙が一粒こぼれた。
「サトコ?サトコってば。」
「煩い!カイのバカ!カイなんてもう知らない!大嫌い!」
私はカイの横っ面をおもいっきりひっぱたいた。指輪もネックレスも投げ捨てて、転がっている浴衣を纏って帯も巻かないままそそくさと部屋を出た。カイは吃驚して動けないようだった。ひっぱたかれたのにポカンとしていた。部屋の前にはリィンがいた。
「サトコ様。どうされました?」
「う…うぇぇぇえええん!!」
私はリィンの胸にすがって泣いた。泣き虫な私は軽く涙腺が決壊してしまった。リィンと旅館の庭に行く。
「どうされたのですか?サトコ様…」
「失恋した。」
「しつれん…ですか?」
リィンは首を傾げている。言葉の意味は知っていても失恋というものがどういうものなのか、人形のリィンには感覚としてよくわからないのだろう。
「わたくしにはよくわかりませんが、サトコ様は大変お辛い思いをされているのですね。お可哀想に。わたくしはいつでもサトコ様の味方です。……例えご主人さまを敵に回したとしても。」
リィンはカイより私を選んでくれた。カイが自我の芽生えは反乱の第一歩だって言ってたけどこういう意味か。
「リィン…」
「サトコ様…」
私達はひしっと抱きあった。
「やっと見つけた…」
突然声がした。わけもわからぬうちに足元に陣が描かれて輝きだす。私とリィンは次の瞬間暗い牢のような所にいた。
「な、なに!?」
わけがわからない。私は慌ててるけど、リィンは冷静だ。
「落ち着いてください。何者かに強制的に転移させられたようです。」
転移!?
「おお!闇が満ちている!」
「ようこそ。我らが闇の魔導会へ。闇の守護者様。歓迎いたしますぞ。私はダロン・スベス。闇の魔導会の統率者だよ。」
「わしは予言者、ラデリ。闇の守護者様の居場所を予言した者ですじゃ。お見知りおきを。」
40代半ばの茶色の髪に青い瞳をした男性と白髪にグレーの目の80オーバーに見えるご老人に迎えられた。闇の魔導会って何?
「闇の守護者様を祀り、憎き光の守護者を討伐し、魔術師こそがこの世の頂点に立つ世界を、共に築きましょうぞ。闇の守護者様も自らを排斥するこの世界に思うところがあるのでは?」
わけわからん理念が出てきたぞ。ようするに魔術師マンセー教ってこと?そんな訳わからん会に協力なんてする訳ないし、光だけでは駄目、闇だけでは駄目ってカイが言ってた…カイ…
胸がじゅくりと痛む。
「そんな会に協力することはありません。」
大体私まだ何の能力も得てないし。協力なんて普通に無理。
「下女!お前には聞いていない!闇の守護者様のお言葉を待っているんだ。」
下女?私が下女ってことだよね?という事はこいつらが歓待している闇の守護者様ってリィンなの?私はハッとしたそう言えばカイが「闇の守護者は黒髪に黒眼で黄味がかった肌をしている」って言ってた。リィンは肌は黄色くはないけど黒髪黒眼だ。もしかして誤解されてる?
リィンを見る。
リィンもちらっと私を見た。
「少々考える時間が欲しく思います。わたくしたち少し疲れておりますの。答えを聞く前に休ませてくださらない?」
リィンがすらすら並べ立てた。
「おお。これは気が利かない事をした。では布団を運ばせる。ゆっくりとお休みになって考えてくだされ。」
「因みにここはどこですの?わたくしたちササエにいたと思ったのですけれど。」
「ふぉっふぉ。ここはサーリエじゃ。ササエなんぞという小国とは違いますぞ。」
ラデリが答えてくれた。サーリエ?どこだっけ?リィンは知ってるのかな?
「食事と水もくださるのよね?」
「勿論じゃ。布団と一緒に運ばせる。」
ダロンとラデリは出て行った。
私達は牢の中に二人っきり。
「巻き込んじゃってごめんね、リィン。」
「いいえ。サトコ様がお一人で連れ去られるよりよほどましな状況です。どうやらわたくしが闇の守護者だと思われているようなので、その設定で行きましょう。ササエで言う所の影武者ですね。」
なんだかリィンに大変な役やらせちゃってる気がする。でも私が闇の守護者ですって馬鹿正直に言っても何も事態は好転しないと思う。むしろ悪化する。ここは悪いけどリィンに影武者をやってもらおう…
「有難う。ごめんね。」
「いいえ。サトコ様のお役にたてればそれで良いのです。つきましてはサトコ様に呼び捨ての許可を頂きたく思います。」
「そうだね。下女が闇の守護者様から様付けされてたら変だもんね。いいよ。サトコって呼んで。逆に私はリィン様って呼ぶね。」
「有難うございます、サトコ。でもしばらくは偽名を名乗った方が良さそうです。あ奴らは恐らく私達に円呪の首輪を嵌めるでしょうから。」
「わかった。」
無理やり言うこと聞かせて飼いならすつもりなのね。円呪の首輪の辛さを味わうのは一度で十分だ。
リィンにサーリエの地形を教えてもらった。ウィッシュ大陸の一番北側の国で東側をガレイド帝国、西側をユン大樹海、南側を竜谷に挟まれた土地だそうだ。2人だけで竜谷突破は無理だからガレイド帝国かユン大樹海か海路に出るしか方法はなさそうだ。
サーリエは魔導国家らしい。世界中で最も魔術師の育成に力を入れてるんだそうだ。
「サトコはどうしたいですか。まだササエのシャールン領に向かいたいと思っていますか?」
シャールン領。そこにはカイがいて、私の為に作ってくれた屋敷があって、私の故郷の味があって、きっと最新式のトイレがあるんだろう。でももうカイには二度と会いたくない。会ってしまったら好きだという心が止まれないから。より深く傷つくだけだから。
「…シャールン領には行きたくない。もうカイにも会いたくない。」
「…わかりました。サトコのお心のままに。」
「私の我儘でカイから引き離してごめん。」
「良いのです。わたくしは世界で一番サトコが大切なのだから。」
人の話はちゃんと聞こうね、サトコちゃん…(笑)
サトコ失恋事件。サーリエに連れ去られてなければきっとあっさり終息したんだろうけど。




