第11話
ササエの港町オーサ。元気な人々が生き生きと生活しているのが垣間見られた。ササエの街並みは江戸から明治にかけての日本ととてもよく似ているようだ。建物は木製が多い。ササエの住人は勤勉で綺麗好きらしい。シャールン領はササエの東側に位置するらしいが。
「じゃあ、フィーに乗るよ。王都に寄って竜を売ろう。」
「うん。」
フィーに乗って温風の盾を纏って高く飛ぶ。上空は寒いからね。
うわあ。屋根がいっぱい!平屋の建築物が所狭しと並んでいる。ササエはそんなに国土が広くないんだっけ。人口が密集してるんだ。あ、田んぼもいっぱい!山だ!
「サトコ、ササエの風景は気に入った?」
「うん!」
「お屋敷には温泉からお湯を引いているよ。」
「へえ。温泉嬉しいなあ。」
「ふふっ。屋敷に戻ったら厠を改造してあげるから。」
「え?」
この世界でトイレと言えばすべからくぼっとん便所だ。紙は一応あるが和紙のようなちょっと固めの紙だ。私はよーく揉んで使っている。
「すいせん?何か水で肥え溜めまで流すって言ってたよね?それはオレの技術じゃ無理だから、代わりに汚れを全部分解する魔道具を作ってあげる。紙も薄くて柔らかいの作るよ。勿論汚物と一緒に分解するよ。」
「それ大変なんじゃない?」
「サトコが快適に過ごせるならそれでいい。」
カイはどこまで私を甘やかすつもりなんだろう?私いつかマリー・アントワネットみたいになっちゃって断頭台の露に消えない?
でももっと甘えていたい。我儘かな?
「じゃあ、お願い。」
「了解。」
ササエの王都はシェトだ。まさに日本のお城!みたいなのが立っている。シャチホコはないけど。お江戸風の街並みのひと際大きなお屋敷のお庭にフィーで降りる。
「こんにちは。玄関から来なくてごめんね。ノエ侯爵はいるかな?」
様子を見に来た女中さんに聞く。
「シャールン伯爵ですか。ただ今旦那様のご予定を伺ってまいります。」
カイはもうここら辺ではお馴染みらしい。
「シャールン伯爵、旦那様がお会いになるそうです。どうぞこちらへ。」
「行こう、サトコ。」
「うん。」
私は全く作法がわからなかったが、ここでは靴を脱いで上がる方式らしい。縁側で靴を脱いでそこから歩く。
長い廊下を渡って部屋に案内される。
畳のお座敷だ。渋い緑の着物姿のおじさんが上座に座っている。和顔ではなく完璧なロマンスグレーだ。カイは膝を折った。慌てて真似した。
「突然の訪問、申し訳ありません。」
「良い。楽にしてくれ。そこに座布団がある。」
カイは私を連れて座布団に座った。
「それで?わしに何か用かな?」
「はい。ノエ侯爵が主催しております競りに出品したい物がございまして、参上仕りました。」
「ほう。なにかな。」
「竜の死体です。多少傷はありますが丸ごと2体。空間魔法で収納してあります。」
「何と。それなら上様が欲しがられるだろう。検分したいのだが良いか?」
「勿論です。しかし大きいので。場所はいかがいたしましょう?」
「では手頃な空き地に移動しよう。タツミ、トキヤ、供をしろ。」
ノエ侯爵の声に応じて2人の屈強そうなおじさんが出てきた。
「リンネ、お客人の靴を玄関まで運んで差し上げろ。」
リンネと呼ばれた女中さんが私達の靴を取ってきて玄関に並べた。
それを履いてノエ侯爵曰く手頃な空き地まで移動する。でっかい空き地だった。私はポカーンとした。
「近々長屋を建てるつもりでな。ここで良いか?」
「はい。では。」
カイが桃色の竜と緑の竜を取り出した。切り裂き人形さんがつけた傷がちらほら見られるが角や牙や骨には異常はない。致命傷は槍で突いたと思われる口から喉に達する裂傷。もう片方は眼球から脳へ達しているだろうと思われる傷。
「うむう。眼球が片方ないのは惜しいな。薬に使える部位であるからな。」
「申し訳ございません。」
「いや、価値は十分だ。競りにかけよう。屋敷で証文を作るのでサインしてくれ。競りにかけられるまでは侯爵家で責任を持ってあずかろう。」
「有難うございます。」
「ところで気になっていたのだが、そちらの女性はどなたかな?」
「私の大切な人です。」
カイがしれっと答える。大切な人=婚約者と思われてると思うよ。ホントは保護者と保護対象だけどね。
「ふむ。シャールン伯爵の心には既に決まった女性がいるのだな。良ければわしの姪をと思っていたが、残念だ。」
「御冗談を。」
カイは笑って相手にしなかった。侯爵の家で証文を作る。これもまた特別式の証文だ。破ると首が落ちるヤツ。カイはそれをよく読んでサインした。
「ではこれにて一旦失礼いたします。競りは明日とのことでしたので明後日また参ります。」
「そうしてくれ。」
「行こう、サトコ。」
「うん。」
私達はお屋敷を後にした。
あるもの全てが珍しくも懐かしい感じだ。なんとなく映画村に来ちゃった気分!でも活気もあっていい街。
「何か欲しい物ある?」
「ん~…」
私は川魚の塩焼きが火に炙られているのを見ながら考える。
「あんこ食べてみたい!」
「ん。いいよ。」
私達は茶店に入った。寒天とあんこと黒蜜らしいものがかかっている物を食べる。略式あんみつ風。ふつうにアンミツというらしい。美味しい~!!
お茶も緑茶だ。
「美味しい~!!」
「良かったね。」
「みたらし団子とかも食べたくなってくるな~」
「なにそれ。」
「えーと、お団子に醤油、みりん、片栗粉、砂糖、水を入れて煮詰めたタレをかけたお団子。焼いたお団子にタレを塗ってまた焼くの、焼けたところが香ばしくって最高…」
「へー。美味しそう。今度作ってみよう。」
「うん!」
甘い物を食べたらしょっぱい物が食べたくなってしまってポテトチップスの話をした。それも今度作ってみようと言ってくれた。私はあまり器用で無いのでカイが作ってくれると本当に嬉しい。
「付いてる。」
ぺろり。
「え?」
「口の端にタレ付いてたよ。」
タレと言うのは黒蜜の事だろう…そうじゃなくて!今!私の唇の端舐めなかった!!?私は混乱状態だ。
「どうかした?」
「い、今、な、なななな、舐め…」
「舐めたよ。ホントはもっと色んなとこ舐めちゃいたい。」
ななななな、何を言っているんですかー!!!
は、恥ずかしい…色んな所って…あう。
「そんな顔しないで。食べちゃいたくなる。」
食べちゃいたくって…あう。
地味にダメージが蓄積されていく。私は湯気が出そうに真っ赤だ。
しかし何となくカイの声がかすれてるような気がする。
風邪かな?
夕方宿に戻ってきてカイはリィンを部屋に呼んだ。
「これからは定住するし毒見役をつけよう。リィンを改造するよ。」
カイはリィンを一旦バラして中身を弄り始めた。
結果リィンは毒物判定が出来る舌と、食べた物を体内で分解できる体になった。この機能はリャンカ王の人形にもついているらしい。これから私達の口に入る物は全部リィンがチェックしてくれるんだって。ありがと、リィン。
服もいつまでも夜伽専用使用人の服じゃ怪しいからって、飾り気はないけど動きやすいパンツスタイルになった。
夕食は鮭の塩焼きと白米とお味噌汁とお浸しだった。リィンに毒見してもらってから食べたけど、まさに故郷の味。私は感動した。しかもお米は玄米とかじゃなくてぴかぴかの白米!味噌もしっかりいい風味。
「気に入った?」
「うん!」
「このオミソっていうのも光の守護者が故郷の味を求めて作った物らしいよ。リャンカも食文化は発達してたけどササエも中々美味しいよね。ニモノって言うのが美味しいらしいよ。好き?」
「大好き!」
煮物かぁ。
「明日はスキヤキって言うのを食べに行ってみない?」
おお!スキヤキまであるのか。私大好きだよ!
「行く行く!スキヤキ大好き!」
「良かった。」
それにしてもカイ声が…
「カイなんか風邪ひいてる?少し声が変だよ?」
「ん~。体調は悪くない。声変わりかな?これはロアの方も調整しておかなくちゃな。」
「声変わりかぁ。どんな声になるんだろうね。こんなに可愛いカイもいずれは髭とか生えてきちゃうのか~…」
身長も伸びるかな?今は少しちんまりしてるけど。
「それはしょうがないよ。生きてるんだし。オレは銀髪だから髭は剃ったら結構目立たなくなると思うけど。」
「カイって下生えてる?」
「見たいならベッドの中でじっくり見せてあげるよ?」
「結構です。」
私は赤い顔でお浸しをもぎゅもぎゅした。食事中にする会話じゃなかったな。反省。
お風呂に入って宿でゆっくり休む。
翌日。カイは既に起きていた。私も起きて顔を洗って歯を磨いて着替える。
朝食も焼き魚にお味噌汁に漬物に白米。質素ながらも美味しそう。
リィンがほんの少しずつ口に含み「異常なし」と言った。
朝食は美味しく頂いた。
それから川くだりに連れて行ってもらった。小さな船を船頭さんが操って川を下るのだ。乗っているのは私とカイとリィン。これからフィーに乗らない時間はリィンを出しっぱなしにしておくんだって。石垣の上に桜っぽい木が何本も生えている。
「ねえ、カイ、あの木は?」
「サクラって言うらしいよ。」
まんま桜か。歴代の光の守護者の命名かなあ?
「今は時期が遅いから緑だけど春になると満開のサクラの花が見られるんだって。」
「春になったらまた川下りしたいなあ。」
「サトコはサクラも好きなの?」
「うん。大好き!」
「サトコはいっぱい『大好き』があるね。」
カイは何故か少し眩しそうにこちらを見た。
うん。ほんとはね、カイの事も大好きだよ。
カイに拒絶されたら怖いから言わないけど。
ゆったり川の風景を楽しんだらお店めぐりだ。人形が売っていた。日本人形みたいなやつじゃなくてアンティークドールみたいなの。人形と一口に言っても色々あるな。リィンを見た。リィンは不思議そうに首を傾げた。そういう仕草が人間っぽい。
「これなんかサトコに似合いそうだね。」
ピンクのロゼの模様がついたとんぼ玉のくっついた簪を手に取った。
「わあ。可愛い!」
「おじさん、これ頂戴。」
カイは簪を買うと器用に私の髪を括ってくれた。
「似合うよ。」
「ありがと。」
他にも縮織りの大きなガマ口財布を買ってくれた。
「サトコもちょっとお金持っておいたほうがいい。」
と言って白金貨9枚、金貨9枚、銀貨5枚、銅貨5枚、石貨5枚、を入れてくれた。私が最初に貰ったお金は全部ザランドに取られちゃったからなあ。
「ありがと。」
「リィン、スリには注意しろ。」
「はい、ご主人さま。」
お店をぐるっと見た後にはすき焼きを食べに行った。
「サトコはスキヤキのタレって何で出来てるか知ってる?」
「確か砂糖、酒、醤油、みりん、だし汁だった気がするよ。どうして?」
「サトコが好きなら屋敷に行っても作れるようにしておきたいし。」
カイは甘いなあ。どんなつもりで甘やかしてるんだろう?好きなら好きって言ってくれればいいのに。違ったら…ショックだ。だめだ。完璧に私もうカイに惚れてる。ショタなのに…ショタだけど……カイが好き。
「何難しい顔してんの?」
「ちょっと看過できない問題事が心の中に発生してて…」
「どんな?」
「内緒。食べようか。」
「…うん。」
リィンが毒見してくれた後食べたけど、すき焼き滅茶苦茶美味しかった~。お店も繁盛してるみたいだった。
「満足した?」
「大満足っ!」
「ふふっ。良かった。腹ごなしにまたちょっとぶらぶらしようか?」
「うん。」
今度は切子ガラス工房を見に行った。ガラス自体を作ってる所じゃなくて透明と色ガラス、二層の構造のガラスに模様をつけてるところを見せてもらった。結構面白い。
お土産に切子硝子のグラスを2つ買った。私とカイのだ。紅色と瑠璃色の玉足ワイングラスみたいなタイプだ。




