異形な彼女が勉強の邪魔をしてきます
家の中にはよく得体の知れない異形の怪物が現れる。そいつの上半身は長襦袢のようなものを着た美しい女である。髪は床につくほど長く黒く艶やかで、たわわに実る贅沢な二つの果実には何度も視線を奪われた。
だが、下半身は全く人間のそれとは違う。腰のあたりから次第に皮膚は鱗状になり、まるで蛙のような大きく太い足が二本生えている。爪先の鉤爪はぬらぬらと光り、触れた生き物は全て切り裂かれるような気さえする。
そいつは事もあろうに私の部屋に出る。身の丈に合わない志望校に入ろうと必死で勉強する私を嘲笑うかのように陽気にリズムをとる。聞いたこともない歌を突然歌い出したこともある。最初こそ気味が悪かったものの、今ではもうすっかり慣れてしまった。人間の適応能力とはある意味恐ろしいものだ。
今日もそいつは部屋に出た。私の隣にしゃがみ込み、暇そうに手足をばたばた動かしている。いつも通り無視していたのだがあまりにも騒がしい。そいつのせいでせっかく高まった集中力が吹き飛んだ。
「ねえ、うるさいんだけど。」
思えばこれがいけなかったのかもしれない。私の注意を引けたことに気づかせてしまったのだ。そいつは調子に乗って何度もその場を飛び跳ねた。床に着地するたびに古い家の床は軋み、部屋全体が揺れる。髪は天井に何度も衝突し、凄まじい音を立てた。
「やめて、勉強の邪魔。」
無邪気に跳ねるそいつの目を見つめ、ただそうとだけ言い放った。言ってから、自分の声があまりにも冷たいことに驚いた。ただ勉強の邪魔をするものに対する嫌悪感だけがそこには詰まっていた。
「ァ…。」
先程までの楽しげな表情など微塵もない。眉は下に引っ張られ、口角はみるみる下がっていく。コバルトブルーの瞳は今にも噴水の代わりになりそうだ。
そいつは座り込み、何度も手をもじもじさせて、私を上目遣いでちらちらと見る。
「ァ…ァア…。」
言葉は話せないのだろうか。歌声は聞いたことがあったが、何かを伝えようと声を発するのは初めてだ。
私が軽くため息をつくと、そいつは体全体で少し飛び上がった。
「怒られたから怖いの?」
ゆっくりと、しかし何度も首を縦にふる。簡単な会話ぐらいはできるらしい。私はにっこりと笑顔を作る。
「怖い思いをさせてごめんね。でも今忙しいから、しばらく外に出ていてくれる?」
私の機嫌が直って嬉しいと言わんばかりに高速で首を縦にふる。そしてゆっくりと空気に溶けるようにそいつは消えていった。
無理やり引き上げた顔の筋肉をもとの無表情に戻す。
「さ、続き。」
厄介払いが早く済んで助かった。