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狐姫 ~生きとし生けるモノガタリ~  作者: 鴨カモメ
第伍話 キツネ姫と雪の雄鹿
58/84

12 父と娘 上

「お父様、どうして?」

 アヤメの問いに厳しい眼光が少し和らいだ。

「このようなこともあろうかと百緑に守りを渡すよう伝えてあったのだ。自ら助けを求めぬそなたのこと。この男ならそなたの身に何かあった時必ず助けようとする。守りはその心に反応し、私を呼んだのだ」

「奏斗の心が……。馬鹿ね、助けなんていらないのに」

 アヤメは眠る奏斗の傍らに膝をついた。涙ぐむその横顔に生気はなく今にも消えてしまいそうな儚さがあった。

「守りは生半可な気持ちには反応はせぬ。花菖蒲よ、私を呼ぶほどにそなたを想うその者を見放すつもりであったのか?」

「見放す? 私は彼に生きて欲しいだけよ」

「彼を諦め、心を失った今のそなたのように生きろというのか?」

 白磁の声が重く響く。唇を噛みしめ白磁を見上げると瞳から涙がこぼれた。

「私がいなくても奏斗には舞がいる。彼女がいれば彼は生きていけるわ」

「そのために自分を犠牲に?」

「彼のためなら私はどうなろうとかまわない」

 アヤメの傍らで眠る奏斗の手がぴくりと動きその拳は固く握られた。白磁はふーっとため息をつく。


「そなたは幼き頃より兄である灰や潤よりもずっと大人びた子であった。だがそれは大人を装っていただけのこと。本心では大切な者を失うのが怖いのだ。今のそなたはかつての灰や潤よりも幼い」

 白磁は4本の尾をまわす。すると景色は変わり、目の前に山に囲まれた立派な屋敷が現れた。それは平安時代、アヤメたちが人の目を避け隠れ住んでいた屋敷だった。アヤメと白磁は空から屋敷を見つめていた。

「これは—―」

「遠く昔、我ら家族の記憶だ」

 屋敷の中からは子どものはしゃぐ声が聞こえ、灰と潤が御簾の間を駆け回っていた。


「灰! 潤! 大人しくなさい! いつまでも落ち着きのない!」

 屋敷に鳩羽の大きな声が響く。奥では百緑と貝合わせをしていたアヤメが呆れた顔をしていた。

「本当ばかね」

 騒ぐのをやめない双子に鳩羽は低い声で脅しにかかる。

「私の言うことを聞けないのなら、やはり父上のところに修行へ行かせるしかないわね」

 すると幼い灰と潤ははしゃぐのをピタリとやめた。無口な父は鳩羽のように怒鳴ることはない。しかしその厳しい目に見つめられるだけですべてを見透かされ諫められているような気持ちになった。白磁は双子にとって母よりも怖い存在だった。

「お許しください! お母さま」

 急に礼儀正しくなる双子に鳩羽は呆れてため息をついた。

「まったくあなたたちときたら」

 背筋を伸ばしながらも灰は潤のことを肘でつく。

「でも、こう毎日屋敷にいたら息が詰まるよな、潤」

「うん、たまには普通の狐みたいに野山を駆け回りたいよね、灰」

 こそこそと話し合う双子を鳩羽が再び睨みつけた。

「外に出て人間にでも会ったらどうするの!?」

「そしたら俺の念力で吹き飛ばしてやるよ!」

「美人に化けてだまし討ちにするのもいいよね」

「あなたたちと話していると頭が痛くなるわ」

 鳩羽が頭を抑えていると屋敷に風が舞いこみひゅるりと1匹の狐が入り込んできた。


「鳩羽様お取込み中のところ申し訳ございません」

 狐は丁寧な物腰で鳩羽の前に伏せるとさっきまであきれ顔をしていた鳩羽の顔も別人のようにきりりと引き締まる。

「かまわないわ。それよりも何か急ぎのようね」

 使いの狐に奥の部屋へ入るよう目くばせすると子どもたちに声をかけた。

「あなたたちは庭で遊んでらっしゃい」

 子どもたちは言われた通りしずしずと外へと出ていった。


「あの狐よく来るけど何を話しているんだろうね?」

「ああ、あの狐が来たときはいつも俺たちを厄介払いするしな」

「きっと子供には聞かれちゃいけない話をしているんだよ」

「気になるな」

 灰と潤が話しているのをアヤメは冷めた目で見ていた。

「懲りないわね。さっき怒られたばかりじゃない」

「なんだよ、花菖蒲、お前は気にならないのかよ! 俺たちが屋敷を出ちゃいけないのと何か関係があるのかもしれないんだぞ」

 アヤメは黙り込み。困った百緑が間に入る。

「灰様、潤様、きっと私たちには分からぬ話なのでございましょう。大人の話は私達には退屈でございますもの」

「百緑! 大人はいつまでも俺たちを子ども扱いしているが俺たちだってもう分かる齢だぜ!」

「そうそう! 理由もなく閉じ込められているなんてもう限界だよね!」

 双子は気配を消し、鳩羽のいる部屋へと向かう。

「おふたりとも盗み聞きするつもりですか? 花菖蒲様おふたりを止めないと!」

 しかし、アヤメもまた自分の気を消し双子について行こうといていた。

「花菖蒲さま?」

「百緑、あいつらは止めたって無駄よ。灰と潤が行けばどうせ私達だって怒られるわ。だから私たちも行きましょう」

 百緑はおろおろとうろたえながらもアヤメについて行った。


 気配を消し、壁越しに4人が聞き耳を立てていると使いの狐と鳩羽の声が聞こえてきた。

「九尾様が封印され、時が経ち、狐狩りも収束するかと思われましたが、今では逆に妖狐の力を利用しようとする輩が現れました。人間の世界では狐狩りがさらに厳しくなっております」

「そう……」

 鳩羽の声は悲痛が滲み、暗かった。

「特に逃げ落ちた九尾様のお子を手にすれば天下を得ると人間たちは血眼で花菖蒲さまの行方をおっております。人間どもは狐と見れば手当たり次第に捕らえ、命を奪っております。たくさんの普通の狐が犠牲になっているのです。そして狐狩りの手はこの屋敷の近くの村にまで及び、怪しげな陰陽師が罠を張り巡らしております。我ら妖狐は封印された九尾様のお血を引く花菖蒲様の身を案じているのです」

 アヤメはきゅっと唇を噛んだ。一呼吸おいて鳩羽が応える。

「いくら九尾の娘といえども花菖蒲はまだ幼い。子どもたちにはこの屋敷を出ないようきつく言っています。普通の狐や弱い妖狐たちには今日中にこの屋敷に避難するよう伝えなさい。明日にはこの屋敷に張った結界をさらに強めましょう」

「鳩羽様、ありがとうございます」


 話を聞いていた子供たちはお互いの顔を見合った。そしてその視線はアヤメへと集中した。

「外に出られないのはお前のせいか」

「私は守ってほしいなんて言ってないわ」

「やめてください。」

 百緑が間に入ってもアヤメと灰はにらみ合ったままだった。その横で潤がつぶやく。

「普通の狐ちゃんたちまでかわいそうだよね」

 すると灰が笑みを浮かべた。

「いいこと考えた。こっそり外に出て、狙われている狐を助けにいこうぜ」

「灰様! 危険すぎます! 鳩羽様は私達を守るために屋敷から出さないのですよ」

「百緑、大人の言いなりに守られたままでいいのかよ。俺たちだって妖狐だ。俺たちにもできるって証明するんだよ」

「そんな……。花菖蒲様、おふたりを止めて下さい」

 しかしアヤメは百緑の願いを聞き入れなかった。

「いいわ。行くわ」

「花菖蒲さま!」

「百緑、あなたは屋敷に残ってお母さまにみつからないよう見張っていて」

「で、でも」

「私は九尾の娘よ。本当なら私が狐たちを守らなければいけないのよ」

「よし! そういうことだ。行くぜ」

「もう灰たら楽しんでいるだけじゃん」

 浮かれながら行く双子の後ろをアヤメは静かに追う。百緑は心配そうに見送るしかなかった。


 結界は中へ入るのは難しくとも外へ出るのは容易に張られていた。3人は従者の狐たちに気付かれることもなく屋敷の外へと出た。

「久しぶりだな」

「うん! 木々が良い匂い」

 生き生きと走る双子に対しアヤメの顔は暗いままだった。

 しばらく林の中を走り村の近くまで行くと茂みの中でキュンキューンと小さな鳴き声が聞こえた。声のする方へ行くと弱った狐が倒れていた。狐は泡を吹き苦しみもがいている。近くには食べかけの団子が落ちていた。灰は団子を拾い上げ匂いを嗅いだ。

「毒だ」

 アヤメは狐を抱き上げて、手に瘴気をにじますと狐を包み込んだ。

「何やってるの?」

「私の瘴気で毒を吸収するのよ」

 苦しみでもがいていた狐はしだいに静かになったが、息は荒く身体はぐったりとしたままだった。潤が狐を見て首を振る。

「無駄だよ。毒で壊された身体は元に戻らないよ」

「助けられなくても苦しみを取り除くことはできるわ」

「そんなことをしたらお前が代わりに毒を受けるんだぞ」

「私は死なないから少しくらい苦しんだっていいわ」

 苦しみから解放された狐は弱々しくアヤメを見上げた。

「お礼を言おうとしているのかな」


 出ていた瘴気がアヤメの身体へと戻っていく。アヤメは途端に震えだし胸をおさえた。

「おい! 大丈夫か! 花菖蒲!!」

 灰が声をかけてもアヤメは苦しみのあまり何も言えなくなっていた。アヤメの腕の中で狐が声を振り絞る。

「わ、罠です……逃げて……」

 狐はそう言うと命を落とした。

「罠!? おい! 花菖蒲!」

 アヤメは変化がとけ、妖狐の姿で気を失っていた。



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