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狐姫 ~生きとし生けるモノガタリ~  作者: 鴨カモメ
第肆話 キツネ姫と一途なオオカミ
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9  薄情者

「チッチッチッ 夜の帳に鳴く鳥が 呼ぶは神か妖か 目を閉じれば みな同じ 

 チッチッチッ 夜の帳に鳴く鳥が 呼ぶは幸か災いか 心がなけりゃ みな同じ

チッチッチッ 夜の帳に鳴く鳥が 呼ぶはまことかまやかしか 信じなければ みな同じ」


 暗い山に微かな歌声が響く。その歌声に生き物たちや木々たちは聞き入っているような静けさだった。

 灰と潤、そして百緑たちはその声を追っていた。百緑のうしろには事務所にいたたくさんの狐たちの姿もある。

「駒が歌っているのは何の歌なんだ?」

「あれは夜雀の歌です。あの歌を歌いながら夜雀は飛ぶのです」


 着物の袖をなびかせて走る百緑はずっと前だけを見つめていた。

「おい、本気であいつを捨て駒にするつもりなのか? 昔のお前ならそんな薄情な真似できるはずがない」

 その言葉に百緑は前を向いたまま横目で灰のことを見た。キラキラと黄色い輝きが闇に浮かぶ。

「私は灰様の思っているような女ではありません。とても薄情な女なのですよ」

「そんなこと信じられるか」

「時の流れはひとの心を変えていく。灰様だって昨日の灰様とはちがう。そういうものです」

「離れている時間が長すぎた。そう言いたいのか?」

 百緑は辛そうに視線を戻した。

「あの頃の私が幼く無知だっただけです」

 それ以上、彼女は何も言わなかった。灰は意地を張り、百緑を避けていたことを後悔した。長い時がふたりの間に深い溝を作っていたことは明らかだった。百緑が語ろうとしない限り、灰に知る術はない。


 山の中腹まで来ると響いていた駒の歌声が止まり、狐たちも足を止めた。

「ねえ、なんかすごく嫌な感じだよネ」

 潤の隣にいた紅は緊張で身体をこわばらせる。

「狼の群れです。弧光が近くにいます」

 狐たちは百緑を取り囲み威嚇のうなり声をあげる。灰と潤は先頭に立ち戦いに備えた。すると当たりの空気がざわつき出し、徐々に緊張は高まっていった。

「灰様潤様、くれぐれも狼たちを傷つけないよう」

 狐たちの中心にいる百緑の高い声がうなり声の中に凛と響く。


「わかっている(ヨ)」

 秋風に木の葉が舞い、ひらひらと灰と潤の前に落ちていく。それが地面へと着いた時、隠れていた狼たちが四方八方から襲いかかってきた。

 瞬時に双子の姿は狐へと変わりその目が光る。すると襲ってきた狼たちを念力で押し返した。しかし、その後ろにはおびただしい数の狼たちが控えていた。狼たちは寄せては返す波のように中心にいる百緑めがけてやってくる。双子にいくらはじき飛ばされても狼たちはあきらめなかった。


「おい! 人間の女はどこだ! 卑怯だぞ! 弧光出て来い!」

 灰が狼の相手をしながら叫ぶ。見えるのは灰や茶色の狼たちばかりで弧光の姿はどこにもない。その代り茂みのずっと奥、雌や子どもの狼とともに駒の気配を感じた。しかし、そこに行きつくまでにはこの狼たちをどうにかしなければならない。

「クソ! 駒は無事だろうな!」

「我らを倒してみろ。話はそれからだ」

 飛びかかる狼が言うと灰はイラつき舌打ちをした。手加減された念力で弾き飛ばされた狼はすぐに立ち上がりまた襲ってくる。

「灰! こんな大群キリがないヨ! どうする?」

「傷つけられないなら閉じ込めるしかないだろ」


 灰は逃げるように駆けだす。

「逃げる気か!」

 狼たちは灰に引き寄せられるように追いかけて行った。その間に潤は木の枝を念力で操り檻をこしらえると、灰は念力で狼を飛ばしその中へと閉じ込める。狼たちは悔しそうに枝の間から口を出し出ようともがくが複雑に絡み合った枝からは逃れることはできない。


 双子はどんどんと狼たちを捕らえては木の檻へと入れていく。百緑はそれを黙って見つめていた。捕らえられた狼たちは百緑の元へ行こうと一心不乱に暴れ、爪や牙からは血が滲んでいた。

「百緑……百緑……」

 檻の中の狼たちは皆口々に百緑の名を呼ぶ。

「そんなに百緑が憎いのか。だが生憎、あいつには爪一本触れさせねえよ」

 灰はその力を強めると狼たちは悲痛な叫び声をあげる。それでも狼たちは目の前にいる百緑だけを見つめその名を呼び続けた。


「百緑様……」

 紅が見上げると百緑は唇を噛みしめ俯いていた。百緑はもう限界だった。彼女はその手を上げ横へと合図をすると狐たちは横へと退き道を作る。顔を上げた百緑の瞳には涙が浮かんでいた。

「弧光、いるのでしょう?」

 百緑が呼びかけると狼たちはぴたりと動きを止めて襲うのを止めた。そしてくさむらの中、ひと際大きな狼が現れた。首元の白い毛が夜の闇の中で三日月のように淡く浮かび上がる。

「あれが弧光なノ?」

「ああ、間違いない。なんせ今朝会ったばかりだ」

 灰の言葉に潤が驚いて振り向く。

「ちょっと、何ひとりで楽しんでいるんだヨ!」

「楽しんでなんかないさ。少し話をしただけだ」

 弧光は百緑と向かい合うように立っていた。その間には数十メートルの距離があるが確かに互いに目を合わせていた。


「やっと来たか」

 うなり声の止んだ山に孤高の声が響く。

「これで終わりです」

 百緑が孤高の元へ進もうとすると灰と潤が行く手を阻んだ。

「お前が行くことはない。大将を取るのは俺たちの仕事だ。お前はそこで待ってろ」

「灰様、潤様! お待ちください!」

 百緑が止めるよりも早く灰と潤は弧光へと襲い掛かった。慌てた百緑が術を使おうとするとそれを阻んだのは弧光だった。

「百緑、邪魔をするな。受けてたつ」

 弧光は全身の毛を逆立たせ牙を剥く。


「潤、生け捕りにするぞ」

「オッケー!」

 灰が念力で小枝や葉を飛ばすと弧光は木々の間を駆け回り、ギリギリまで引き付けてそれをかわした。

「くそ、ちょこまかと動きやがって」

 山を知り尽くしている弧光は木、岩、崖すべてを利用して巧みに攻撃を避けていた。逃げ場のない狭い場所へ灰を誘い込むと腐った木を盾に灰の攻撃をかわす。するとバランスを失った木は灰めがけて倒れた。

「灰!」

 とっさに避け、直撃は免れたが走る激痛に顔を歪めた。灰色の毛には血が滲んでいた。


「あーあ、傷が開いちゃった。痛そうだネ☆」

 潤は軽く言いながら隣へとやってくる。そして3本の尾を灰に向かって差し出した。

「これで痛みは半分こになるデショ☆ 感謝してよネ」

「よく言うぜ」

 2匹の尾が絡むと身体はひとつとなり灰潤となった。薄い灰色をした雄々しい狐は鋼のように力強い7本の尾を立て弧光と対峙する。

「灰様潤様……」

 灰潤は百緑を見ると目を光らせて奮起する。百緑は祈るように手を組み、不安そうな表情を浮かべていた。

「そんなに百緑が大事か?」

 弧光が問うと灰潤は鼻で笑った。

「当たり前だろ。俺たちが百緑を狼から解放してやるんだ」

 弧光は静かに笑みを浮かべた。

「狼から解放か。……では生け捕りにするなど甘いことはするな。どのみち私は山の神なしには生きられない身だ」

「かっこつけやがって。望み通りにしてやるヨ」


 灰潤は頭を出していた小さな岩に念力をかけた。するとそれはメキメキと音を立て土の中から引き上げられる。小さな岩の全貌はゴツゴツとした巨大な塊だった。

「灰様潤様、何をなさるつもりですか?」

 百緑の声が震える。それが当たればひとたまりもないことは明らかだった。

「これならあいつが避けて砕け散ったとしても砕けた欠片があいつを狙う。本気で来いと言ったのはあいつだ。手加減する方が失礼ってもんだ」

 ゆっくりと回転しながら上昇している岩は弧光に狙いを定めるとピタリと止まった。

「だめです! そんなことをしては!」

 百緑が止める中、灰潤の瞳が光る。すると岩は勢いよく弧光に向かってはじき飛んでいった。しかし弧光は逃げる様子もなく目を閉じていた。

「やめてえぇぇぇっ!!」

 百緑の叫び声とともに大きな岩は進路を変え、木々をかすめながら上空へと消えて行く。一瞬にして感覚を奪われた灰潤は怒りをにじませ百緑を見た。しかし、怒りはすぐに戸惑いへと変わった。


「お前……何をしているんだ?」

 灰潤の口から洩れたのは灰の声だった。百緑は両手を広げ、自らの身体を盾にして弧光を守っていた。ハァハァと息を切らしている百緑の瞳は青と赤に光っている。

「彼を傷つけることは許しません」

 遠くでドシンという音が響く。灰や潤を見つめるその瞳はまるで敵を見ているようだった。その後ろでは目を開けた弧光が初めてその表情を崩していた。その顔から感じ取れるのは恨みや怒りではなく、哀しさや切なさだった。

「なんだよ、意味がわからねぇよ……」

 取り囲む狐と狼の沈黙がその場で理解していないのは灰と潤だけだということを物語っていた。

「紅ちゃん、どういうことナノ? 紅ちゃんは知っているんデショ?」

「……それは……その……」

 紅も俯き辛そうにしているばかりで何も語ろうとはしない。

「紅ちゃん――」

「潤、ここにいる狐たちはあいつに口止めされているんだ。それにこれはあいつの問題だ。だからあいつが説明するべきだ」

 灰の声が紅に問い詰めようとした潤を遮った。灰は百緑に厳しい目を向ける。

「おい、何で敵であるそいつを守るんだ? 俺たちはお前のために戦っているんだぞ! 答えろ! 百緑!」

 語気を荒げる灰に百緑の肩が震える。弧光は言葉の出ない彼女をかばうように前へと歩み出た。


「落ち着け。私たちも彼女のために戦っていたのだ。百緑がキツネから解放され、私が消えれば彼女はもう自由の身だ」

 百緑は青ざめ、その場に泣き崩れた。

「なんてことを言うのですか……。私はあなたのところに戻りたい一心でキツネを捨てる覚悟をしたというのに」

 灰潤は百緑の発言に眉をしかめた。弧光はむせび泣く百緑に寄り添うと優しく言う。

「君のおかげで狼たちは他の山の神から加護を受けることができた。今、人の目の危険にさらされているのはこの山に住む私の群れだけだ。私の群れは君が自由になった後、若いリーダーの元で異次元に行かせるつもりだ。だから君は私のために山に戻る必要はないんだよ」

 百緑は首を振り弧光のたてがみにその顔をうずめた。

「あなたの山が私の居場所。あなたがいなければ私は死んでしまいます」


 灰潤は何が起きたのかも分からずただ呆然と立ち尽くしていた。敵だと思っていた狼たちは百緑と弧光をじっと見守っている。

「キツネを捨てるってどういうことなんだよ」

それに答えたのは弧光だった。

「彼女はこの山の神であり、私の妻だ」

 灰は言葉を失った。


「百緑本当なの?」

 動揺を隠せない灰の代わりに潤が静かに聞く。

「灰様、潤様……。私はこの山に戻るためにおふたりを利用したのです」

 百緑の姿はみるみる狐へと戻っていく。2匹の7尾狐が目を合わせると灰潤は青と赤の瞳に飲み込まれていった。


 挿絵(By みてみん)


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