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狐姫 ~生きとし生けるモノガタリ~  作者: 鴨カモメ
第肆話 キツネ姫と一途なオオカミ
37/84

5 駒

 月明りも届かないような深い山の中、灰は四角形の光をみつけるとうんざりした顔をした。そこにいたのは暗がりの中スマホを睨む若い女だ。女はハーフパンツにタイツ、派手なパーカーを着た今どきらしい山ガールだった。


「おい」

 灰が声をかけると女は驚いて顔を上げる。

「誰? 誰かいるの?」

 警戒しながらスマホのライトをかざす。するとライトは最高に不機嫌な顔をした灰の顔を照らし出した。

「まぶしいからしまえよ」

「何なのよ! チンピラがこんな山中でなにやってんのよ」

 女は怯えながらリュックをごそごそとあさるとクマよけのスプレーを取り出した。よく見れば女の装備はどれも新しく「はじめての登山」と書かれた本までのぞいていた。


「俺はクマじゃねぇし、助けてほしいんじゃないのかよ。たいした知識もないくせに軽い気持ちで山に入るからそういうことになるんだ」

 スマホのライトがもう一度灰を照らす。すると怪訝な顔で灰のことを上から下までじっくりと見た。

「あんたこそそんな恰好で登山なんて信じられない。肝試し感覚で狼探しに来て道に迷ったんでしょ!」

 灰の恰好はTシャツ、ジャケット、そして革靴で女が信じないのも無理はない。だが短気な灰はイライラが爆発寸前だった。


「だからちがうっての」

「じゃあ分かった! 狙いはひと昔前に噂になった3つ目の狐でしょ」

「なんだそれ」

「知らないの? この山には目が三つある狐が出るのよ。その額にある目で見つめられると呪われるって……」

 三つ目の狐の額の目にそんな機能はない。あまりにバカバカしくて灰はひとつ息を吐いた。


「せっかくお前を助けてやろうと思ったのに」

 灰の言葉に女は勝ち誇ったように笑った。

「ふふ、あんたなんていなくてもねぇ、こっちにはスマホがあるのよ! マップのアプリがあれば自力で山を出られるんだから」

 女は先ほども必死でマップを見ていたのだろう。スマホには現在地が示されていたが、それは何もない中で点滅していた。

「道もないのにどうやって帰るんだよ」

「そ、それは方位を考えて」

「じゃあ、どの方位に行けば山を出られるか分かってんのか?」

 すると女は黙り込んでしまった。灰はふんと鼻で笑う。

「しかも充電だってもう切れそうじゃないか。ライトと地図アプリを消せ。無駄に電池をくうぞ。あとお前初心者なら方位磁石くらい持っているんだろうな」

 女はぐっと悔しい顔をしながら小さな方位磁石を出した。

「持っているけど安物買ったから壊れているんだよ」

「これだから今どきの奴は。方位磁石ってのはな、単純なつくりなんだ。安いも高いもあるか。貸せ」

 女から方位磁石を受け取るとスマホの待ち受け画面で照らすように指示した。すると方位磁石はゆっくりとくるくると回る。


「この赤い方が北だ。そしてこの針をNに合わせる。そうすればこっちが北、反対が南、そして東西ってわけだ。ここから南南西に200メートルほど歩くと山道がある。山道にでたら西に向かって歩け。そうすれば山を下りられる」

「南南西? 暗くてよくわかんないけどこっち?」

 歩き出そうとした女の腕を灰は掴んだ。

「バカ、夜の山で道に迷ったら夜が明けるのを待つんだ。たかが200メートルって言ってもアスファルトの道じゃないんだ。崖から落ちたら帰れなくなるぞ」

 女は丸い目を大きく開けて「そっか」と言った。まつげがきれいに上がったその目にはアイラインがしっかりと引かれ、アイシャドウがチラチラと光る。


「お前一人なのか? 連れは?」

「一人だよ、私だけでここまで来たの。すごいでしょ」

 灰は頭痛がしてきた。潤も癖があるタイプだがこの女も面倒なタイプだ。

「迷子になったくせによく言えるな。それに化粧バッチリで山に何しに来たんだよ。山をなめるな」

 女は口を突き出してつまらなそうな顔をした。

「なんか頑固ジジィと話しているみたい」

「ああん?」

 怒った灰が睨みをきかせたが、女はケラケラと笑い声をあげた。


「ごめんごめん、最初は襲われるかと思ったけど勘違いだったみたい。私はくすのきこま。本当は心細かったんだ。迷子同士仲良くしようよ」

「誰が襲うか」

「だからごめんって言っているでしょ。あんた名前は?」

 駒があまりにあっけらかんとしているので灰は怒っていることが馬鹿らしくなってきた。

「俺は灰だ」

「灰? へぇー。キラキラネームだね」

「お前な……」

 灰が言い返そうとしたときには駒はもう一度スマホの画面を確認していた。


「灰のスマホは電波入らないの?」

「俺はそんなもの持っていない」

「え! 携帯は? うそでしょ!」

 返事をしない灰に心底驚いていたが、自分の手元にあるスマホの明かりが落ちると駒はそれどころではなかった。


「やだ! 充電なくなった! せめてケンちゃんには連絡したかったのに」

 夜目の効く灰は近くにあった岩に腰をかけた。このまま灰が先導して道を案内することもできるが、灰を人間だと思っている駒の前で無謀な真似はできない。

「おちつけ。しだいに目が慣れる」


 灰の言う通り真っ暗だと思っていた視界は次第に輪郭が浮かびあがり、横に腰かけている灰のことも見えてきた。

 駒は灰の隣に腰をかけた。

「手、出さないでよ」

「出すか、バカ」

「バカは余計でしょ。本当に素直じゃないんだから。男は狼だって昔の歌にもあるでしょ」

「俺は狼じゃねぇ」

 呆れかえっていた灰だったが、駒の横顔は沈み込んでいた。


「お前、これで懲りたろ? 狼探しなんてやめろよ」

「懲りてないよ! 私は絶対に狼を見つけてみせる。灰こそ興味本位で狼探しなんてやめなよ」

「……ってことはだ、お前は興味本位じゃないのか?」

 駒はハッと我に返る。

「そ、そりゃ、そうだよ。狼を見たら人生が変わる気がするでしょ。私は人生を変えたいの」

「そういうのを興味本位っていうんじゃないか」

 ため息まじりの灰のことなど気にせず、駒はリュックをごそごそとあさった。


「そんなことよりじっとしていたら寒くなってきちゃった。灰はそんな恰好で寒くないの?」

「俺は寒くない」

 駒は肩をすくめて防寒用ブランケットを巻いた。この1枚があるだけで温かさは格段にちがっていた。

「やせ我慢しちゃって。ブランケットはあげないけどチョコレートあげるよ。こんなこともあろうかと沢山持って来たんだ。ほら10枚もあるの」

 銀色の包紙のそれは見覚えのあるものだった。

「チョコレートは食わない」

「もう、灰はわがままだなぁ。チョコを1日1枚として、今二人で食べたら残りが8枚。二人で4日はもつかな」

 冗談交じりにチョコを数えると、その指が止まった。

「あれ、1枚足りないな。ま、いっか。とりあえず明日には山道に戻れるし」

 軽く言う駒に灰は怒りがふつふつと湧いていた。山に落ちていたチョコレートは駒のものにちがいない。それに気づくこともなく駒は電源の落ちたスマホがつかないかと試みている。


「俺の言った通りに行けば明日には彼氏の元に帰ることができる。もう一度言うぞ、お前はもう2度と山には来るな」

 顔を上げた駒はキョトンとしていた。

「どうしたの? 怖い顔して。それにケンちゃんは彼氏じゃなくていとこだから」

 そしてひとつあくびをした。

「なんか眠くなっちゃった。ちょっと寝るね」

 駒は岩に寄りかかり、静かな寝息を立て始めた。木の隙間から見える空はわずかに白み始めている。

「付き合いきれるか」

 灰は受け取ったチョコレートをリュックに戻すと立ち上がった。




 キラキラとした木漏れ日で目が覚めた駒はあたりを見回した。そこに灰の姿はない。そのかわり黒いジャケットが駒のブランケットの上にかけられている。

「どこいっちゃたんだろ」

 近くをさがしても灰は見当たらなかった。ポケットから方位磁石を取り出し灰の言葉を思い出す。

「南南西に進めば山道に出る」

 しかし彼女は方位磁石を手に困り果てていた。

「だから私の方位磁石壊れているって言ったのに」

 方位磁石の針は駒の手の中で勢いよく、くるくると回り続けていた。


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