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狐姫 ~生きとし生けるモノガタリ~  作者: 鴨カモメ
第肆話 キツネ姫と一途なオオカミ
33/84

1 便り

第四話はアヤメの乳兄弟、クワイウルミが中心の話です。1部だいたい5000字前後で更新していきます。

※作中の「狼」と「オオカミ」表記は変換ミスではないです。

「チッチッチッ 夜の帳に鳴く鳥が 呼ぶは神か妖か 目を閉じれば みな同じ 

チッチッチッ 夜の帳に鳴く鳥が 呼ぶは幸か災いか 心がなけりゃ みな同じ

チッチッチッ 夜の帳に鳴く鳥が 呼ぶはまことかまやかしか 信じなければ みな同じ」

 木々がざわめく暗闇の中、女の歌声が響く。男は静かに目を閉じた。次に目を開けた時、自分が追い求めていたモノが見えると信じながら。



 ****

 温かなオレンジ色の日が当たる窓辺でトロトロは気持ちよさそうに日光浴をしていた。黄と赤のまだら模様に色づいた葉が事務所に一枚、二枚と舞い落ちる。


「トロトロ、そろそろ奏斗のポケットに行かないと固まるわよ」

 このところすっかり秋が深まり、朝晩の冷え込みも激しい。トロトロのいる窓辺も日が落ちてしまえば途端に気温が下がる。

「夏が恋しいぜ」

「何言ってんだか。トロトロしていればチョコレートじゃなくてもいいんだから他に見つけたら? プリンとか自然薯とか」

 アヤメは冗談交じりに笑いながらトロトロをビニール袋へと入れた。

「いや、溶けたチョコレートに勝るものはないな。いい匂いだし、ポケットにも入れてもらいやすいだろ」


 ソファでうーんと頭を抱え込んでいた奏斗は目の前にチョコの香りがふわりと漂ってきたので顔を上げた。いつの間にか奏斗のすぐ近くまで来ていたアヤメがトロトロの入った袋を奏斗の胸ポケットへと差し込む。長い髪が奏斗の肩をなでていくとチョコの香りは花のような良い香りへと変わり奏斗の鼻をくすぐった。

「キツネ姫といるだけで奏斗の体温が急上昇するから、ここなら溶ける心配もないし安心だ」

「な、何言っているんだよ! トロトロ!」

 奏斗はポケットの奥へとビニール袋を押し込むと気まずそうにアヤメのことを見た。

『彼女の愛に君の恋は邪魔なだけ』

奏斗の胸にはいつも桐生の言葉が重しのようにのしかかっていた。



「おい、眼鏡! 次の手は決まったのか?」

 奏斗の向かい側では灰が二人掛けのソファに一人でふんぞり返っていた。

「眼鏡くん、ここ重要だヨ☆ 頑張って!」

 潤が腕にしがみつくと奏斗はソファから腰が落ちないよう足に力を入れる。隣に座っている潤がどんどんと奏斗の方へと寄ってくるので奏斗はいつの間にかソファの端まで追いやられていた。


「す、すみません、じゃあ、えーと」

 パチン

 テーブルに置かれた格子の盤上に『歩兵』と書かれた駒が置かれると双子の様子を伺う。

「チッ」

「あーあ☆」

 灰の舌打ちと潤のため息は同時だった。

「ダメでしたか?」

「全然ダメだな。お前何でここに置いたか説明してみろ」

「えっと、このままだと灰さんの飛車に僕の金が取られてしまうので――」

 奏斗が言い終わらないうちに灰は駒を動かし始めた。灰の角が奏斗の歩を取り馬と成ると奏斗の王は逃げ、結局金が取られてしまった。奏斗が小さく「あっ」とつぶやく。

「もうわかっただろ。詰みだ。お前に逃げ場はない。お前は何度やっても他の駒を守ろうとして自爆する。将棋は王を守らなければ負けだ。他の駒を守ることなんて考えるな」

「はい……」

 

 シュンとする奏斗に潤は大きな箱を差し出した。

「だから眼鏡君には素質がないんだってェ! 他の駒は勝つための道具に過ぎないんだからネ☆うまく使わないと。さぁ『人生体験ゲーム』やろ! このゲームならサイコロでコロコロ~! 超カンタン! 眼鏡君にもできるヨ☆」

「ダメだ。もう1局やるぞ。眼鏡は今伸びる時なんだ」

「そんなこと言ってサ。また自分より強くなったらムキになるクセにィ」

「なんだと! もういっぺん言ってみろ!」

 灰が潤の胸ぐらを掴むと潤も負けじと掴み返す。同じ顔をした二人は黒と蛍光緑の服以外はまるで鏡のようだった。奏斗は慌てて今にも殴り合いそうなふたりの間に入るが、血の上った双子には奏斗の姿などまるで目に入っていない。その時、黙って見ていたアヤメの目がぎらりと鈍い光りを放った。


「あんたたち、いい加減にしなさいよ! 奏斗もこんな奴らの暇つぶしになんて付き合わなくていいわよ! 本当に迷惑だから早く出て行ってほしいわ!」

「花菖蒲は黙っていろ!」

「そうだヨ! えらそうなこと言ってサ! この間の事件だって俺たちがいなければ解決しなかったんだからネ☆」

 アヤメが間に入ると何故か双子の怒りの矛先はアヤメへと行く。アヤメもまた黒い瘴気を身体からモヤモヤと出して怒っているのは明らかだった。

「この兄妹、毎日同じことやって飽きないのかね」

 血の繋がらない兄妹の共通点は短気なことだ。毎日繰り返される兄妹喧嘩にトロトロはもう慣れていた。

「大変だ! 止めなきゃ」

 奏斗も飽きずに毎度のごとく止めに入る。トロトロは「もう放って置けばいいのに」とバカバカしくなってポケットの奥へと非難した。


「喧嘩はやめてください」

「眼鏡は下がっていろ!」

「そんな言い方ないでしょ! 奏斗はれっきとした職員なんだからプラプラしているアンタたちよりよっぽどえらいのよ」

「ムカツクー☆」

「お取込み中、失礼いたします」

「いや、ちょっと今は後にしてもらえますか……って、えっ?」


 ますます険悪になる兄妹を止めたのは奏斗ではなく、窓からひゅるりと滑り込んできたものだった。それは夕焼けをそのまま身にまとったかのような赤狐だ。赤狐は喧嘩をする兄妹を見上げるようにちょこんと座ると兄妹喧嘩に割って入ってきた。その口には枝を咥えており、枝にはピンク色のかわいらしい花が咲いている。


「あら、あなたは確か百緑のところの……」

「お久しぶりでございます、姫様。そして皆さま。橘様はお初にお目にかかりますね。私は土佐支所長、百緑様にお仕えする――」

くれない

 双子の声が揃うと赤狐は目を輝かせた。

「名を覚えて頂いていたのですか! お会いしたのは私が子狐の頃ですのに」

「そりゃ、こんなかわいこちゃん、一度見たら忘れられないよネェ☆」

 潤がウィンクをすると紅は恥ずかしそうにうつむいた。

「バカ野郎! お前じゃあるまいし!」

「そうだよネ、灰は俺とちがって百緑のとこの子だから覚えているんだよネ。昔から灰は百緑がからむと記憶力がスキルアップしちゃうから~☆」

「なっ! ふざけんな! 変わった色をしているから覚えていただけだろ!」


 じゃれ合う双子とはちがい、アヤメは真剣な顔をしていた。

「文は通常、妖狐見習いの仕事のはずよ。見習いではないあなたがわざわざ来るなんて、よほどのことなんでしょ? 百緑に何かあったの?」

「はい。土佐支所長、百緑様より緊急のお言付けにございます」

 そう言うと紅は咥えていた枝をアヤメに託した。アヤメは見えない何かを探るように枝に触れる。そうやって枝に残る百緑の気をアヤメは読みほどいていくのだ。

「おい! 早く教えろよ」

 灰に詰め寄られるとアヤメは面倒くさそうに顔をしかめた。

「うるさいわね。百緑は確かに助けを求めているわ。でも私じゃなくアンタ達に仕事を手伝ってほしいそうよ」

「いいジャン! 行こうヨ☆ 俺たちも合体すれば七尾の狐になれることだし、百緑を倒せば支所長だヨ☆」

 しかし灰は不機嫌に腕を組んだ。

「百緑を倒すのは仕事が終わってからだ。で、あいつの身に何があって、俺たちは何をするんだよ」

「百緑の文によると四国でひそかに生き延びていた狼たちが人間に見つかってしまったらしいの。それで九重会は狼たちを異次元の森に移住させる交渉をしていたみたい。だけど狼たちの説得に難航して今では狐と狼が対立しているそうよ」

「へぇ! 面白そう☆ 俺たちは狼と戦えばいいってわけだネ」

「……まぁそんなところね。でも最終的な目的は狼たちを倒すのではなく、守ることよ」

 喜々としている潤にアヤメは釘をさした。

「姫様のおっしゃる通りです。狼たちは毎日のように支所を襲ってきます。これでは冷静な話し合いはできず、埒があきません。そこで攻撃力の高いお二人に協力して頂き、この問題を解決したいのです。ご存知の通り百緑様は物理的な攻撃力は持ち合わせてはおりませんから……。灰様潤様どうか土佐支所まで来ては頂けませんか?」


 灰は紅の話に口の端を上げた。

「狼を力でねじふせるってわけか」

 双子が目を合わせるともう答えは決まっていた。

「今すぐ出るぞ」

「そう来なくっちゃー☆」

 双子が瞬時に狐の姿になると、事務所の空気がビリビリと揺れた。その迫力に紅は圧倒される。

「さすがですね。すごいお力です」

「合体したらもっとすごいんだぜ」

「狼なんて怖くないもんネ☆」

 2匹は3本の尾を同時に揺らす。


「狼かぁ。僕も会ってみたいなぁ」

 今にも出発しそうな二匹を見ながら奏斗は羨ましそうに呟いた。絶滅していると思われていた狼が実在しているなんて、生き物好きの奏斗にはたまらないことだ。

「眼鏡君も一緒に連れて行ってあげたいけどごめんネェ☆」

「人間は鉄の乗り物でゆっくり来るんだな。まぁお前の上司が凶暴な狼見学を許可すればだけどな」

 2匹はそう笑うと窓を飛び出していき、空を駆けながら夕暮れに消えていく。アヤメは不安そうに一つため息をついた。


「あのふたりで大丈夫かしら」

「きっと大丈夫です。百緑様にはどうしてもおふたりの力が必要なのです」

「そうね、百緑は優しすぎるから」

 紅も同感だったのだろう。赤い毛に映える黄金色の瞳は潤んでいた。

「私も百緑様の元へ戻ります」

「ええ、すべて承知したわ」

 紅は最後まで礼儀正しく頭を垂れると双子の後を追うように土佐へと戻ったのだった。



 残されたアヤメは枝を握りしめ物思いに更けていた。ピンク色の小さな花。それは季節外れの桃の花だ。

「アヤメさん大丈夫?」

「ええ、小さな頃を思い出して懐かしく思っていただけよ。よく彼女と桃の木の下で遊んだから。百緑は私たちの幼馴染なの」

「だから灰さんも気にしていたんだね」

 するとアヤメはふふっと噴き出した。

「百緑は灰の初恋の相手なのよ。昔はよく奏斗にしていたみたいに熱心に将棋を教えていたわ。百緑はとても筋が良くてね、灰を越えて狐の世界では並ぶものがいないほどに強くなったのよ。そして将棋だけならまだしも、彼女は支所長に選ばれて地位でも灰の上に行ってしまったから、男としてメンツが立たないんでしょうね」


 その時、枝についていた桃の花が赤く色づき、楓へと姿を変えた。

「アヤメさん! 桃の花が――」

 赤い楓の葉はひらひらとアヤメの手の中へ落ちていく。

「これ、本当は楓の枝なのよ。百緑は楓の葉に変化の術をかけたの。そうすれば楓の葉も桃の花になる。狐が人間に化けるのと同じよ」

 アヤメの言葉に目の前にいる彼女が狐だということを思い出した。見つめ合うと縦に長い瞳孔が大きく開き次第に潤んでいく。自分の気持ちに気づいた今ではアヤメが狐であろうとなんだろうと関係ない。ただその存在がすべてだった。

「アヤメさん、僕――」

 次の瞬間、静かだった窓の外がごうごうとうなり出し、冷たい風が事務所の中を吹き荒れた。アヤメはハッとして目を逸らす。奏斗は言いかけた言葉を飲み込むしかなかった。アヤメが窓を閉めると強い風はガラスにぶつかりカタカタと鳴った。


「奏斗、オオカミに会いたいと言っていたわよね。会えるわよ。この桃の花がすべて楓に変わったら」

 アヤメは明るく笑って見せた。そしてまた一つ桃の花が楓に姿を変え、ひらりと落ちる。楓の葉は桃の花とは対照的に濃く力強い色をしていたが、それが落ちていく様はどこか悲しく切なさを帯びていた。奏斗の心に言いしれない不安がよぎる。

「それは嬉しいけど僕はアヤメさんが傷つく姿は見たくない」

 するとアヤメの笑みは穏やかなものになった。

「覚えておいて奏斗、物事は見えているままが真実とは限らないの」

 奏斗にはアヤメが言いたいことがわからなかった。しかし、それは奏斗の心へと沁みこんでいく。

 枝にはまだ、たくさんの桃の花が見事に咲き誇っていた。

挿絵(By みてみん)

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