9 兄妹の絆
「かわいい娘に助けを求められたら来ないわけがないでしょう。そんなことより……」
鳩羽は一度呼吸を置くと捕らわれたままの息子たちを睨みつける。
「あんたたち! そこで何遊んでいるの!? あんたたちの獲物なんだから責任持ってケリをつけなさい!!」
空気が揺れるような喝に双子の尻尾が内側に丸まる。
「花菖蒲、ムジナたちは私が守っているから、あなたも兄さんたちを助けてやっておくれ」
アヤメはこくりと頷いた。
灰と潤はつるから逃れようともがくが、つるは身体に食い込んで余計に身動きが取れない。
「そんなこと言われてもなぁ、どうすればいいんだよ」
「せめてこれをどうにかしてくれないと動けないジャン」
「バカね。尻尾は動くでしょ? あんたたちの力が霧雲を上回ればすぐに解けるわよ」
アヤメは双子の近くまで行くとふさふさと揺れ動く兄たちの尾を顎で指す。しかし、アヤメの言葉に灰と潤はあからさまに嫌そうな顔をした。
「力を奪っておいてよく言うぜ。そんなことやったことないぞ」
「それにハクビシンの二番煎じっていうのがネェ」
「つべこべ言っていないでやりなさいよ!!」
こんな時でも兄妹喧嘩をするキツネを霧雲は眺めていた。
「喧嘩するほど仲がいいってやつか。でも今は喧嘩している場合ではないがな」
霧雲の目が光ると灰と潤のつるを締め上げる。
「ウエッ! ったくしょうがねぇな」
「もうヤダァ」
双子は嫌々お互いの尾を絡ませた。双子の身体が重なると白銀の狐の姿になり、巻き付いていたつるがするするとほどけていく。
「おお、力がみなぎるな」
「何コレ~!!」
身体はひとつになってもふたりの意識はあるのか、まるでひとり二役のように合体した狐は話し出した。
「めんどくさいから灰潤って呼ぶわよ」
「ダサッ」
揃って文句を言う灰潤をアヤメは睨みつける。
「じゃあ何て呼ぶのよ!」
怒るアヤメを灰潤はからかって笑う。こんなときだというのに、狐の兄妹は楽し気だった。それを見る霧雲の紫の瞳が一瞬だけゆらりと消えかかる。
「あれは……」
檻の中からハレが声を出した。
「どうしたの? ハレさん?」
奏斗が聞くとハレが霧雲の喉元を指した。そこには血が滲んでいる。それは先ほど灰と潤から受けたキリの傷だった。
「合体が溶けてきています。きっと仲の良い狐の兄妹を見て、クモ兄さんの心が離れてきているんだわ」
それを聞いていた鳩羽の耳がピクリと動いた。
「ムジナ狩りを先導していたのは兄のキリね?」
ハレは頷く。
「どうしてキリが人間とつがいになるムジナばかりを狙って狩りをしていたのか。あなたは知っているのね」
ハレは哀しそうに俯いたがすぐに顔を上げ過去のことを話し始めた。
「はい。妖怪化する前のキリ兄さんは家族思いで優しい兄でした。そして私たちの住む場所には穴熊もたくさん住んでおり、食べ物を分け合いながら仲良く共存していたのです。しかし、ある事件が私たちの運命を大きく変えました。
ある日のこと、山を管理していた人間が害獣駆除の罠をしかけました。そこにかかったのは私たちの両親でした。
罠をかけた人間の妻はムジナが化けた女でした。私たちはムジナのいる人間の家まで両親を助けてくれるように頼みに行ったのです。しかしムジナから返ってきたのは恐ろしい答えでした。
『ハクビシンを駆除するように夫に持ちかけたのは私だ。庭で育てているブドウを山から盗みにくると言って罠をしかけたのだ』
しかし、ブドウを食べていたのはアナグマでした。ムジナが人間にばれぬようアナグマに食べさせていたのです。キリ兄さんは反発し、ムジナに噛みつきました。しかしムジナは腕を噛みつかれながらも笑っていました。
『増えていくハクビシンに里山の穴熊たちは危機感を覚えている。ハクビシンの撲滅は穴熊、そしてムジナの願いだ』
うまくいっていると思っていたのは私たちハクビシンの側だけだったのです。ムジナは大声を出し、夫に助けを求めました。ハクビシンに妻を襲われ憤慨した人間は私たちの命を狙いました。私たちは逃げ出すことができましたが、すでに捕まっていた両親を助け出すことはできませんでした。
責任感の強いキリ兄さんは人間に媚びるムジナに恨みを抱き、両親の仇討ちをするために妖怪へと姿を変えました。そしてキリ兄さんを尊敬していたクモ兄さんもすぐに妖怪化し、兄弟でムジナ狩りを始めたのです」
ハレは檻の中から兄たちを見つめる。巨大なハクビシンは不気味な唸り声をあげ狐に牙を剥いていた。
「それだけのことがあったのに、あなたはどうして妖怪化しなかったの?」
鳩羽は優しく聞いた。するとハレは目を潤ませる。
「私には支えてくれるハクビシンがいました。彼は私が恨みに支配されないよう穴熊やムジナのいないこの地へと私を連れてきてくれたのです。そして私は彼の子を身籠りました」
そこまで言うとハレは哀しみに身体を震わせた。難しい話がわからないムジナの子は震える母を見上げていた。
「夫は普通のハクビシンとして天に昇りました。そして残された子も人間の罠にかかり連れ去られたのです。キツネ姫は私の子を助けてはくれなかった。でも私は恨みで妖怪になることだけは避けたかったのです」
鳩羽は同じ母親としてハレに同情を示した。
「あなたが恨みで妖怪化しないこと。それが先だった夫の願いだったのね」
ハレの黒い瞳に涙がにじむ。ムジナの子は母の目にうつる自分の姿を不思議そうにのぞき込んでいた。
「そうです。でも、この子がいなければ私はキツネ姫、そして人間を恨んでいたと思います」
そこまで言うとハレはムジナの子に寄り添い頬を寄せた。
「兄たちを妖怪にしたのは恨みです。でもきっと心のどこかではあの幸せだった日々に戻りたいんだわ。特にクモ兄さんは傷つくキリ兄さんを誰よりも近くで見ていたから」
うなる霧雲の片目から紫色の光が失われていた。