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狐姫 ~生きとし生けるモノガタリ~  作者: 鴨カモメ
第参話 キツネ姫とムジナの子
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7 合わさる力

 奏斗が夜空を見上げると月は真上にのぼっていた。先ほどハクビシンがいた場所にまだ気配はない。

「まだ来ていないのかな」

 すると奏斗のジャケットの内側に隠れていたムジナは鼻をピクピク動かしながら顔を出す。


「かあちゃん!! かあちゃんがいる!!」

 ムジナはそう言うと地面へと飛び降りた。

「待って、まだ行っちゃだめよ!」

 アヤメが手を伸ばす。奏斗も小さなムジナの子を捕まえようとしたがムジナはするりと手を抜けて草むらへと一直線に走っていった。


 草むらの先にあったのは捕獲罠だった。捕獲罠の檻の上には汚れたワンピースがかけられており中に何がいるのか分からない。

「罠よ!!」

 アヤメが叫んだ時にはすでに遅く、ガシャンという音とともにムジナの子は罠に捕らえられてしまった。

「かあちゃん! 会いたかったよ」

 しかし服で隠された檻の中から母に会えて喜ぶムジナの声とすすり泣く女の声がした。

 

「あの中にムジナの母親がいるのか」

 灰が言ったがアヤメにはその泣き声に心あたりがあった。

 奏斗はすぐに檻に駆け寄り、ワンピースの隙間からガチャガチャと鍵をあけようとするが檻はびくともしない。


「ようこそ。ちゃんと招待状は持ってきたようだな」

 檻のある茂みの両脇からにゅるりとハクビシンの兄弟が出て来た。まだ檻から助けようと必死になっている奏斗にクモが言う。

「開けようとしても無駄だ。俺たちの念力で開かないようになっている」


 奏斗は地面に手をついた。

「ムジナの親子を罠にかけるなんてひどい」

「ムジナの親子? 何を言っている? ムジナの子どもが勝手に飛び込んできただけだ」

「でも中にムジナの母親もいるんじゃ?」

 奏斗の耳には今もすすり泣きが聞こえていた。



「キツネ姫はもう気付いているんだろう?」

 キリが笑いながら言うとアヤメは唇を噛みしめる。


 奏斗は上にかかっていた服を取り去った。するとそこにはムジナの子を守るように佇むハレの姿があった。

「ハレがムジナの子の母親がわりをしていたのね」

「そんな……」

 驚いていたのは奏斗だけではなかった。


「ハクビシンがムジナの子を育てるだと?」

「ウッソ! あり得ナイ!」

 今までハクビシンを追いかけてきた灰と潤にはそれは信じがたい事実だった。


「信じられないだろう? 俺たちだって信じられない。こいつは死んだムジナの代わりに自分が母親になったんだ。仲間のハクビシンからの密告でそれを知った俺は恥ずかしくて死にそうだった。なぁ、クモ」

 クモはハレとムジナの子をちらりと見ると静かに頷いた。


「ムジナが死んだなんて」

 持ち主のいない服を持ったまま愕然とする奏斗にキリが笑う。

「ああ、死んださ。ムジナ狩りを逃れるために人間に化けて産もうなんてこざかしい真似をするからこうなるんだ。しかし一番愚かなのは母親とともに消えるはずだった子を助けたそいつだ」

 キリが檻を顎で示すと、中にいるハレは潤む目でキリを見つめていた。


「この子には何の罪もないわ。兄さんだって分かるでしょう?」

 キリは顔をゆがめてハレを睨む。すると檻がビリビリと震え、ハレはよろめいた。


「分かるさ。弱いことの愚かさがな。お前は妖怪になることを拒み、その結果、自分の子を守れなかったんだ。それなのにムジナの子を自分の代わりに育てるとは反吐が出る。俺たちにとって害獣のお前にはその檻がよく似合っているよ」


 辛そうなハレを守るようにムジナは小さな牙を剥いていた。

「お前たちが『コワイノ』だな! かあちゃんをいじめたら許さないぞ!」

 キリは鼻で笑うとムジナは見えない力でコロコロと転がる。

「ぼうや!」

 ハレは転がったムジナの子を咥え、守るように背を向けた。

「ハクビシンとムジナの親子ごっこか。笑えるな!」

 キリは意地悪く声を出して笑った。



「吐き気がするわね」

 アヤメがつぶやいた。その気持ちは灰と潤も同じだった。


「ハレとムジナの子をどうする気だ?」

「この檻は害獣の駆除のために人間が置いていったものだ。明日には人間が回収にくる」


 灰と潤を包む空気が一変し、その場は怒りと殺気に満ちていた。

「花菖蒲と眼鏡はあいつらに手を出されないようムジナたちを守っていてくれ。こいつらは俺らがやる」

「今日こそケリをつけてやるんだからネ☆」

 灰と潤は人間の姿のまま飛び上がる。するとハクビシンも毛を逆立てて応戦した。


 灰が落ち葉を念力で飛ばすと、キリも同時に小枝を飛す。飛んでくるそれらを撃ち落とすのは防御役の弟たちだった。落ち葉と小枝が次々に粉砕され、その間にも灰とキリが攻撃を仕掛ける。


「防御役がひとつでも撃ち逃せば命とりだね」

 キツネとハクビシンの戦いを見た奏斗はゴクリと唾を飲む。

「攻撃と防御は同時にできないのよ。だから協力しないと戦えないし、お互いの信頼関係が何より大事なの」

 アヤメは兄たちの動きを目で追っていた。きっと撃ち逃しがあれば兄たちを助けにいくつもりなのだろう。手には黒い瘴気がモヤモヤと出ている。


「なんと、頼もしい妹だ。うらやましいよ」

 キリは皮肉を言うと檻に向かって無数の葉を手裏剣のように飛ばしてきた。アヤメは手を広げると瘴気を出す。すると葉はひらひらとその場に落ちていった。


「手出しをするなってことね」

 アヤメは腕を組む。

 心配そうに戦いを見る奏斗にアヤメは微笑んだ。

「大丈夫って言ったのは奏斗でしょ? 灰と潤は喧嘩をするとダメだけど仲が良ければふたりで2倍以上の力を発揮できるわ。信じましょう」

 奏斗は深く頷いた。


 その間にもありとあらゆるものを武器に戦いは続いていた。キリが木の実を弾丸のように飛ばすと、潤はそのうちのひとつを撃ち逃した。


 木の実は灰の頬をかすめ、一筋の血が流れる。

「何をやってんだ! 潤!」

「早すぎて見えなかったゴメーン」

 灰は舌打ちをする。

「そうやってふざけているからこうなるんだ!」

「ハァ? ふざけてないし! 灰のコントロールが悪いんじゃないノ?」

 灰と潤は喧嘩をし始めた。キリはニタリと笑う。


 それは一瞬の出来事だった。キリは灰を葉の刃で囲む。言い争っていた潤の防御はキリの攻撃には間に合わない。そして灰の防御力は弟の潤に劣る。その少しの差によって、灰の防御を逃れた無数の葉の刃が灰を切り刻むことに間違いはなかった。


「できの悪い弟を恨むんだな」


 キリはそう言うと葉の刃を灰に放つ。しかし葉は灰の身体に触れる前にすべて粉砕されていた。

「なに?」

 驚くキリに灰は笑った。

「俺は出来の良い弟だヨーン」

 それは灰に扮した潤だった。潤の頬を流れる血が生き物のように動き出し、蛇のごとくキリの喉元を襲う。


「くっ!」

「兄さん!!」


 クモは叫びながら血液でできた蛇を粉砕しようとするが蛇はキリの喉に食らいついて離れない。クモは焦っていた。クモの視界に潤に扮していた灰の姿が映る。


「あいつと俺には同じ血が流れている。あいつの血を操るなんてのは自分の腕を動かすくらいには簡単なことだ。他人のお前に邪魔なんてさせないさ」

 派手なTシャツを身にまとっているが、その口調は灰そのものだった。


「うまくいったな。なぁ眼鏡」

「本当! バレないかドキドキしちゃったァ☆」

 戦いの様子をみていた奏斗は笑顔で頷いた。


 プライドの高いキリには兄弟が入れ替わるという発想がない。だから灰と潤が入れ替わるなどとは思っていなかった。思い込みは隙を生む。



 キリは喉元に絡みつく血の蛇を自分の力で消し去ると息を切らしながらクモを睨んだ。クモは怒る兄に怯え耳を垂らす。

「兄さん、すまない。こいつらは俺が……」

 クモが傷ついた兄に気を使って言った言葉はさらにキリを怒らせた。


「余計なことはするな! お前は俺を守ってさえいればいいんだ。それすらできないならお前もハレと同じ役立たずだ!」

 キリの怒鳴り声はクモだけでなく檻の中にいるハレも恐怖で震えさせた。

「かあちゃん、だいじょうぶだよ。ぼくがまもるからね」

 ムジナの子は小さな手でハレを勇気づける。


「普段から力で兄妹を押さえつけていたのね」

 アヤメは怯えるクモとハレを見てつぶやいた。


「お前、もっと血を出せよ」

「チョット! 痛いのは俺なんだからネ!!」

 そう言いあいながらも灰と潤は嬉しそうだった。


「あんたたち! 油断しちゃだめよ!」

 アヤメが大声で叫ぶと双子が声を揃えて「はいはい」と返事をし体勢を立て直す。ふたりはいっきにかたを付けるつもりだった。


 キリはキツネを威嚇するが喉を攻撃されたキリに前と同じ力は出せない。

「クモ!!」

 キリの呼びかけにクモが近づくと二匹は長い尾を絡ませてうなりだした。


「何アレ? 初めてみるんダケド」

「何をするつもりだ?」

 キツネたちが見ている中、キリとクモの身体は少しずつ重なり1匹の大きなハクビシンの姿になった。暗闇の中に顔の白いラインが浮かび上がり、黒く丸い形をしていた瞳は紫色に怪しく光る。


「俺は霧雲だ」


 そのただならぬ雰囲気に奏斗の額に冷や汗が一筋流れた。


挿絵(By みてみん)

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