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狐姫 ~生きとし生けるモノガタリ~  作者: 鴨カモメ
第弐話 キツネ姫とらいの鳥
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8 アヤメと舞

さくらが目を覚ますと海はキラキラと輝いていた。

「私……」

起き上がると自分が舞の膝で寝ていたことに気づく。

「ご、ごめんなさい! あれ? ライチョウは?」

さくらは姿を消したライチョウのことを探したが、どこにもいない。アヤメが優しく微笑む。

「ライチョウ? 体調が悪そうなあなたを介抱しただけよ。寝不足だったみたいでウトウトと眠ってしまったから夢でも見ていたんじゃないかしら?」

「夢?」

「だって雪山に住むライチョウが海にいるはずないでしょ」

 さくらはぼーっとする頭で海を眺める。穏やかな波間にカモメが羽ばたいた。雷が鳴っていた空には雲一つない。

「確かに夢じゃなきゃおかしいな話だわ」

 さくらはつぶやく。それでもどこか心はすっきりとしていた。


「ハクチュン!」

 びしょ濡れの奏斗が変なくしゃみをした。

「あなた、濡れているの?」

「ふふ、波打ち際で遊んでいて海に落ちたのよ」

アヤメが笑うと砂だらけの眼鏡を直しながら奏斗もハハっとわざとらしく笑った。

「波打ち際で?」

「これ、どうぞ」

奏斗はさくらに小さな桜貝を渡した。

「さくらさんと同じ名前の桜貝です」

さくらはその桜貝に見覚えがあった。さくらの頬に涙が伝う。

「さくらさん?」

 奏斗が心配そうに言うとさくらは涙を拭い笑った。

「寝ぼけているのかな。よく覚えていないけど、なんだかすごい夢を見ていたみたいで」

 アヤメはさくらの背中を優しく撫でた。

「海の神が見せたのかもしれませんね」

アヤメの言葉にさくらはハッとして顔をあげると、アヤメの優しい瞳に海の神と戦う美しい六尾の狐の姿が重なった。しかし、すぐにそんなはずないと首をふり、「ええ」とだけ返事をした。


「私はもう大丈夫です」

そう言って帰って行くさくらを見送ると奏斗がまた「ハクチュン」とくしゃみをした。

「だから、先、車に乗っていていいって言ったのに。風邪ひくわよ」

「だって……」

 舞は海神が海底へ帰ってから一言も発していない。奏斗は険悪な雰囲気のアヤメと舞を二人きりにするのが不安だった。

「なによ?」

なにか言いたげな奏斗にアヤメは腰に手を当てて聞く。

「なんでもない。ごめんね、僕、結局何も出来なかった」

思い返してみても結局アヤメに助けてもらってばかりで、いいところなんて何もなかった。


「奏斗君は謝る必要ないわよ」

舞がぼつりと言った。奏斗はまた二人がケンカをするような気がしてヒヤッとする。

「いや、僕が何も分かっていないから、いつもアヤメさんに迷惑かけちゃうんだ」

「奏斗君は何も悪くない。悪いのは大事なことを何も言わないアヤメちゃんよ」

アヤメはムッとして舞を見る。

「そう、蘇芳はなんでもあなたに教えているのね」

 舞は首を振った。

「蘇芳様はおしゃべりだから何でもかんでも喋っちゃうのよ」

そう言って悪い顔で笑う。そんなことに気づかない奏斗が無邪気に笑った。

「やっぱり舞ちゃんて話しやすいんだね! 僕も舞ちゃんは本当のお姉さんみたいだから、つい話したくなるんだよ」

舞の顔は少し引きつった。アヤメはふぅっと一つ息を吐く。

「奏斗、あなたやっぱり先に車に行って少し温まりなさいよ。私は一応、蘇芳に挨拶だけしてすぐ戻るから」

そう言うと、奏斗は心配そうに振り返りながら黒い車へと先に戻った。


 アヤメと舞は蘇芳の待つ車へと歩き出す。

「奏斗君はああ言っていたけど選ばれたのは私だから」

奏斗が車に乗り込んだのを確認すると舞が言った。アヤメは怪訝な顔をする。

「どういうこと?」

「私は九重会に従うってことよ」

 その言葉に鋭い視線が舞に刺さる。しかし舞は動じなかった。アヤメの瞳孔が縦長に伸びて瞳が光る。

「舞、あんたどこまで知っているの?」

「さあね」

 舞が言うとタイミング良く蘇芳が車の外へ出て舞のために車のドアを開けエスコートした。


「ご苦労だったね。舞、そして姫君」

「本当にね、アンタ何もしてないものね」

 蘇芳はパタンとドアを閉めると笑顔をアヤメに向けた。

「そんなこと言わないで欲しいな。僕だって結界を張ったじゃないか」

「あんたは見物しに来ただけでしょ。ライチョウが誰に会いたがっていたのかも、彼女がどういう状態なのかも知っていて舞を止めなかった。彼女はまだ真実を知るには早すぎたのよ」

 蘇芳は胸元から扇子を取り出すと広げて口元を隠す。扇子からのぞく赤い目は愉快そうに弧を描いていた。

「さすが妖狐より人間を選んだ姫君だ。人間の心がよくわかっている。だが生憎、私には人間の心などわからないのでね」

「あんたが分からないのは人間だけじゃないでしょう? 今度奏斗をまた危険な目に合わせたら許さないわよ」

 アヤメの殺意のこもった瞳に蘇芳は悦び、恍惚の表情を浮かべる。

「それでこそ、我が愛しの姫君だ。また君に僕色の梅の花を贈るよ」

「絶対いらない」

アヤメは吐きそうな顔をしてそれを拒絶した。少し離れたアヤメの車の中ではソワソワと心配そうな奏斗の影が見てとれた。ふっと蘇芳が鼻で笑う。

「まぁ、いい。しばしの蜜月を楽しみたまえよ」

 蘇芳は車に乗り込むと舞が窓を開けた。海の風で黒い髪がパラパラとなびく。

「アヤメちゃん、奏斗君をよろしくね」

「舞、それを言うなら奏斗君によろしくねだろう」

蘇芳は笑いながらエンジンをかけると、車を走らせ、あっという間に白い高級車の姿は見えなくなった。




「アヤメさん、何を話してるんだろ……」

そわそわと車の中からアヤメの様子を見ていたが、遠すぎて何もわからない。ただ蘇芳が楽しそうだということだけが見てとれた。

「ハクチュン」

奏斗はくしゃみをしてブルっと震えた。だいぶ温かくなったとはいえ、まだ海水浴をするには早すぎる。

「変なくしゃみだな」

ぬれてびちょびちょになったビニールからトロトロが顔を出した。

「トロトロ!?」

「チャック付きで良かったぜ。お前俺のこと忘れていただろ?」

小さな目が奏斗を憎らしそうににらむ。

「だ、だってトロトロが全然出てこないから」

「お前は気が付かなかったかもしれないけどな、蘇芳の奴、俺のこと消そうとしたんだぜ。だから俺は極力存在感をなくして影を潜めていたのよ」

奏斗には温厚そうな蘇芳がそんなことをするようには思えなかったが、溺れるアヤメを助けようとしなかったことを思い出してゾッとした。


「蘇芳さんはアヤメさんが好きなのに何で助けようとしなかったんだろう」

 トロトロは答えに困って目玉をくるくるさせる。

「そりゃ、あれだ……蘇芳に助けるなんて概念がないんだろ」

「概念?」

 奏斗は首を傾げる。

「誰でもお前みたいに身体が勝手に動いちまうわけじゃないってことさ。本当にあんな海に飛び込んでよく助かったもんだぜ」

トロトロが言うと、奏斗は海の中での出来事を思い出して赤面をした。

「何、赤くなってんだよ。俺のことだぜ?」

トロトロは意地悪く笑う。すると蘇芳たちを見送ったアヤメが車に乗り込んできた。


「やだ! 奏斗、熱あるんじゃないの? 真っ赤よ!」

アヤメは驚いて言ったが、奏斗は恥ずかしくて彼女の顔をまともに見ることすらできない。


「おアツいこって~」

トロトロが冷やかして言うのをアヤメは不思議そうに見つめていた。



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