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狐姫 ~生きとし生けるモノガタリ~  作者: 鴨カモメ
第弐話 キツネ姫とらいの鳥
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4 雪山で

 彼と出会ったのは私が岩場のくぼみに隠れてじっといている時でした。食べ物の少ない雪山ではイヌワシが空を飛びながらいつも私たちライチョウのことを狙っていたので、私はいつも隠れてばかりいたのです。


 すると静かな山にズズーズズーっと何かを引きづるような音が聞こえてきました。そしてその音は私が隠れていた岩場の反対側で止まり、バサっと重い音が聞こえました。私は恐怖を感じながらも好奇心に勝てずにその音の正体を見ました。


 そこにいたのは足に添え木をして怪我をしている人間の男の姿でした。彼はもう動くことが出来ないようで、地に這いながらテントを張ると、テントの入り口は開けたまま、空をぼーっと見つめていました。

 私は山にくる人間が大嫌いでした。人間は私たちを見ると大きな声をあげます。するとそれに気付いたイヌワシが私たちの居所をおさえ、餌食になってしまうことがあったのです。

 

 しかし、私は何故か彼のことが気になって夢中で彼の様子を見ていました。そうして彼に気を取られるあまり、いつも警戒していた上空にイヌワシがいることに気づかなかったのです。

 嫌な感じがして上を見上げると、もうイヌワシは私に向かって急降下を始めていました。私が恐怖のあまり岩場を飛び出すと、彼は着けていたサングラスをイヌワシに向かって投げたのです。驚いたイヌワシは逃げて行きました。


「もう大丈夫。向こうへ行ったよ」


 恐怖で固まる私に、彼は優しく声をかけてくれました。身体はボロボロなのに私のことを見る彼の瞳はキラキラと輝いてとても美しかったです。私はその瞳が見たくて、次の日も、その次の日も彼の元へと行きました。

 すると彼はある時からまるで人間に話すように私に話しかけてきました。


「君もひとりぼっちなのかい? 僕といっしょだね」

 彼は言いました。下界ではもう色とりどりの花が咲いている時期でしたが、私たちのまわりは白と黒の世界でまるでこの世に彼と私しかいないみたいでした。

 しかし私は人間の言葉は話せません。彼は孤独を紛らわすように自分のことを語りだしました。


「僕が住んでいるのは海の近くでね。そこは東京湾と言ってすごく広いわけではないんだけれど、それでも小さい僕にはとても大きな海だったんだよ。君は山に住んでいるから海を知らないだろうね。僕は海で育った登山家なんだ。おかしいだろ?」

 そう言うと彼はポケットから小さな小瓶を取り出し、ピンク色の小さな貝殻を私に見せてくれました。

「これは桜貝といってね。僕の大切な人と同じ名前の貝なんだ」

私はその淡いピンク色に心を奪われました。なんてかわいらしくて優しい色なのだろうと思ったのです。

「登山家は常に危険と隣り合わせだからね。僕は彼女を幸せにする自信がなかったんだ。だから今回の登山で君に賭けたんだよ。君はね昔からの言い伝えで災難を退けるって言われているんだ。だからライチョウに会えたら彼女にプロポーズをするって決めていたんだけどね」


 彼はひとつため息をつきました。彼の顔は日に日に頬がこけ、あんなにキラキラしていた目の輝きも消えそうになっていました。


「せっかく君に会えたのに僕はもうだめかもしれない。食べ物もないし、足の感覚もないんだ」


 彼は空になったパンの袋を握りつぶしました。私は弱気になる彼の側へ行くか悩みました。雪の残る山はとても冷えます。温かい私を抱くだけでも彼を勇気付けられるかもしれない。でも私にはそれができませんでした。どうしても人間のせいで命を落とした仲間の姿が頭に浮かんでしまうのです。


 そして彼の口数はどんどんと少なくなっていき、追い打ちをかけるように嵐がやってきました。空は暗く雷鳴が轟いて、強い風が彼のテントをあおりました。しかし、彼は何を思ったのかテントの中に雪混じりの冷たい雨が吹き込むのも気にせずに、雲の間に走る閃光を眺めていました。彼の目にはもう生きる気力が感じられませんでした。


 私は意を決して彼の側へと行きました。どうにかして私は彼に助かってもらいたかった。彼のテントはこの岩場では一番高くなってしまいます。このままでは落雷に合う可能性が高かったのです。

 私は濡れる彼の手をくちばしでつつきました。すると彼の瞳に私が映り、凍えて震える口元が微笑んで見えました。


「君は雷を避けることができるからライチョウというんだったね。もしかして僕を守ってくれようとしているのかい?」

 彼はかすれる声でいいました。しかし、私にはどうすれば雷を避けられるのかなど知りません。私が困っていると彼は言いました。

「でもそんなことしなくてもいいんだよ。僕はもう楽になりたいんだ」


 彼の心は空腹と寒さ、そして孤独にもう耐えきれなかったのです。


「さくら。ごめんな」


 そう言って彼は静かに目を閉じました。そして彼に引き寄せられるように雷は彼のテントへと落ちました。ただのライチョウである私にはどうすることもできませんでした。


 嵐が止むと人間がやってきて動かなくなった彼を運んでいきました。私はそうしてまたいつもの生活に戻ったのです。落ちているサングラスだけが彼がそこにいたことを物語っていました。それは光を強く反射して、彼がいなくなった後もイヌワシから私を守ってくれました。


 私は岩陰で考えました。彼のこと、残された「さくら」さんのこと……。そうしていると、いてもたってもいられなくなりました。そして私は風の便りで聞いた「九重会」に頼ることを決心したのです。


 挿絵(By みてみん)

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