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買い物

 まさか私が、こんなイケメンと二人で並んで歩く日が来るなんて。

 高揚し高鳴る胸と、緩みそうになる顔を抑え普段通りの表情を作りながら、けれど時折隣のリュベルクートさんをチラチラと見てしまう。

 眼福眼福。

 私は何を話していいかわからないし、恐らくリュベルクートさんもそうである為か、私達の間に会話はないけれど、これだけで十分幸せである。

 たとえ、リュベルクートさんの表情が若干不機嫌そうであろうとも。

 イケメンはどんな表情でもイケメンみたいなので問題ない。

 ないったらない、気にしない気にしない、私は今幸せなんだ、うん。

 そんな私達が街に出て、最初にやってきたのは家具屋さんだった。

 何故家具屋さんなのか……その答えは、私の部屋となる場所があまりにも殺風景だったからである。

 あの王太子殿下の執務室を出た後、まず連れて行って貰った、お城の中でも奥まった所にある建物。

 リュベルクートさん曰く、そこは王太子殿下が使っている一棟で、王太子殿下と側近の居室があるらしい。

 そしてなんと、私もそこに部屋を持つ事になるというのだ。

 そう、さっき王太子殿下が言っていた言葉の中にちらほらあった、まるで私も王太子殿下の側近だというようなあの台詞は聞き間違いでも気のせいでもなく、真実だったらしい。

 私の部屋になるらしい一室に足を踏み入れると、そこは、さすがは王太子殿下が住む建物の一室、と感心すると同時に、これが自分の部屋だと思うと少々困惑する程の広さだった。

 だって……元の世界の私の部屋は、七畳だった。

 だから、ここが私の部屋だというのなら……広さはやはり七畳だ、誰が何と言おうと、ここは七畳に違いない、うん。

 私はそう自分を誤魔化し、改めて部屋を見渡す。

 七畳だと決めつけたその部屋には木製の茶色の机に椅子、同色のタンスとベッドが設置されていた。

 けれどそれだけで、絨毯もラグもなければ布団も枕もなかった。

 それに困惑してリュベルクートさんを見上げると、『自分の部屋となる場所は自分の好きに彩るべきだろう、というのがハオ様のお考えだ。よって、必要な物は自分で選んで購入するといい』と言われた。

 そんなわけで、家具屋さんに赴いたのである。

 立派な店構えの、なんとも高級そうな家具が綺麗に配置されているそのお店に着くと、リュベルクートさんは躊躇する事なく店主さんを呼び出した。

 その為私達は今、店主さんに案内され、至極丁寧な口調で家具の説明をされながら店内を廻っている。

 リュベルクートさんはそれを当然のように平然と聞いているけれど、私は戸惑いっぱなしだ。

 そういえばリュベルクートさんは公爵家の子息だって紹介されたっけ……。

 そう思って再びちらりとリュベルクートさんを見ると、やっぱり不機嫌そうで、店主さんも段々と困ってきているような気がする。

 いや、店主さんの表情はにこやかだし、口調も最初と変わってないんだけど……暑くもない快適な気温なのに、店主さん、汗が……。


「……という物なのですが、いかがでしょうか、ソムベイク様?」

「……悪くはないと思うが。どうです、メイカ殿?」

「えっ!? ええとっ……そ、そうですね……? で、でも、その、私としては、向こうの無地のカーテンが気になるかなぁ、って……」

「は、はい?」

「そうか、ではそちらを見るとしよう」

「はい? い、いえですがソムベイク様、あちらは女性に人気の品でして……」

「? 何か問題か? 彼女は女性だぞ」

「え?」

「あ、あのっ、買うのは私の部屋の家具なんです……」

「は? ……貴女は、ソムベイク様のお付きの方では……?」

「ち、違います……」

「彼女は俺の同僚だ」

「!!」


 リュベルクートさんの言葉を聞くと、店主さんは目を見開いた。

 ……うん、そりゃあ、驚くよね。

 店主さん、さっきから、どう見ても男性が好みそうな家具ばっかり説明してたもんね。

 まさか私が買うものだとは思ってなかったんだろうなぁ……やっと言えて、良かったよ。


「た、大変、失礼致しました。ではあちらの品を……!!」


 焦りながらもそう言って無地のカーテンの前へと私達を連れて行った店主さんは、素早く気持ちを切り替えたらしく、その後軌道修正して女性向けの品を説明し始めた。

 その結果、私はライトブルーの無地のカーテンに、ライトグリーンのラグ、ライトブルーとライトグリーンのチェックの布団を購入した。

 最初はどうあれ、気に入った物が買えて満足である。

 買った品はすぐに私の部屋へ運ばれ、メイドさん同伴の元で設置して貰えるらしい。

 便利だ。

 店主さんに見送られ店を出ると、私はリュベルクートさんを見上げ、意を決して口を開いた。


「あの、リュベルクートさん。ついてきて下さって、本当にありがとうございます。……私一人じゃ、買い物できなかったと思います。リュベルクートさんには不本意な同行でしょうが、いて下さって、本当に助かりました」


 私は、ここが異世界だという事を忘れていた。

 いや、正確には、理解できていなかったと言うべきだろうか。

 店主さんが告げ、リュベルクートさんが支払っていた代金が幾らなのか、私には全くわからなかった。

 聞いた事もない"リム"というお金の呼び方に、見た事もないお金。

 私がこの世界で一人で買い物なんて、できるわけがなかったのだ。


「本当に……ありがとうございます」

「いや、礼は必要ない。……それより、不本意、とは?」

「え? だって、そうでしょう? リュベルクートさんずっと、その、不機嫌そうですし……」

「! ……ああ……すまない。態度が悪かったな。俺は……少々、女性が苦手なんだ。妹のシャリアのような人物なら問題ないんだが……すまない、機嫌が悪いわけではないんだ。態度には気をつける」

「あ、いえ……そうだったんですね。女性が、苦手……」

「ああ。さて、次へ行こう」

「あ、はい」


 リュベルクートさんに促され、再び歩き出す。

 その後も服飾店や雑貨屋などを見て回り、各所で買い物した後、私達はお城へと帰った。

 数ある建物を通り抜け、私の、いや、私達の部屋がある建物の扉を開ける。


「只今戻り、ま、し……っ!?」


 開けた扉をくぐり、一歩その中へと入った途端に目に飛び込んで来た光景に、私はピシリと固まった。

 正面斜め右で、王太子殿下が空色の髪の女性を壁に追い込み、至近距離で話をしている。

 そう、壁ドンである。


「答えて、シャリア。何故縁談だと私に言わなかったんだい……?」


 硬直していると、王太子殿下の咎めるような声が聞こえてきた。

 シャリア。

 そう呼ばれているという事は、彼女が王太子殿下の想い人であり、リュベルクートさんの妹のシャリアティアさんなんだろうか。

 シャリアティアさんらしき人は微かに頬を赤らめながらも、強い眼差しで王太子殿下を見返している。

 ……こ、これは、見ていてはいけないものではないだろうか。

 帰ってきた事に気づかれていないのだろう今のうちに去らなくては。

 だ、だけど、どうしよう……私の部屋、二人がいる場所の先にある……!

 気づかれずに行く事は不可能に近いよ、どうしよう、どうしたらいい?

 もう一回外に出て時間を潰すべき?

 でもそろそろ陽が落ちるし、買ってきた荷物もしまわないと……ああ、こんな時、透明人間にでもなれれ……ば……って、なれるんだった!!


「と、透明になれっ!」


 自分の能力を思い出し、私は咄嗟にそう口にした。

 すると、体全体が何かに包まれるような感覚がして、自分の体を見てみる。

 けれど、特に何かが変わったようには見えない。

 し、失敗した?

 どうやったら透明になれるんだろう……わからないや。


「……ハオ様、離れて下さいませ。リュベル兄様がお帰りになっています」

「!!」


 能力の使い方に頭を悩ませていると、ふいに凛とした綺麗な声が聞こえてきた。

 顔を上げると、シャリアティアさんがこっちを見ている。

 か、隠れなきゃ!!

 咄嗟にそう思った私は、リュベルクートさんの背後に回り、その服の裾を掴んだ。

 冷静に考えれば、そんな事をしても無意味だとわかるのだが、この時は衝撃的な場に居合わせて混乱していたんだと思いたい。

 リュベルクートさんはそんな私をちらりと見た後、王太子殿下とシャリアティアさんに向き直った。


「只今戻りました。では失礼致します」


 そして平然とそう言うと、裾を掴んでいる私の手を取って、私の部屋へと歩き出した。

 私は顔をふせて俯きながら、それについていく。


「リュベル兄様? その部屋は」

「ああ、新しく側近を迎えたんだよ。リュベルと一緒にいる筈だから、後で紹介しよう。……それよりも、質問に答えようか、シャリア?」


 背後から交わされるそんな声を聞きながら私は自分の部屋へと辿り着き、扉の前でリュベルクートさんに一礼すると、掴まれていない、もう片方の手にあった荷物を受け取って、逃げるように中へと駆け込んで扉を閉めた。

 だから私は、その一連の行動を、リュベルクートさんが一瞬遅れて目で追っている事には、最後まで気づかなかった。

 ……いくら王太子殿下が主となっている建物でも、私達も出入りするのだから、ああいう事は自分達の部屋でやって欲しい。

 既に部屋に敷かれていたラグにヘナヘナと座り込みながら、赤くなっているだろう頬をぺちぺちと叩き、私は切実にそう願ったのだった。

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