プロローグ
魔族と、その他の種族との抗争は、遥か昔より延々と続いている。
普段は下級の魔物との、ふとした遭遇時に起こる小さな戦闘に過ぎない。
けれど、一千年に一度、全ての魔族が活発に動く期間がある。
一千年かけて闇の力を蓄えた高位の魔族が、一番力の強い者を王に戴き、世界全土を支配すべく行動を開始するのだ。
下級の魔物の力が増しその行動が活発になると、魔王の誕生を察し、他種族達は直ぐ様協力体制を取り、魔族に対抗すべく世界内外から勇者を、そして勇者を支える能力を持つ仲間を召喚する。
前回魔王となった魔族が倒されてから、一千年。
再び活動が活発化した魔物の報告を受け、世界一の大国に一人の青年が召喚された。
その青年こそ、今代の勇者。
燃えるような赤髪に金の瞳を持つこの世界出身の青年は、戦闘に関しては天才的な才能を持っていた。
しかし、悲しい事に、それ以外の才能は致命的な程になかった。
故にその青年、勇者を支える事を求められる仲間達は、広く、多種多様な人材が召喚されたのだった。
★ ☆ ★ ☆ ★
……まるで、尋問を受けている気分だ。
突然見知らぬ場所に立っていた、私こと透崎明花は、魔王と勇者が云々という説明の後、すぐに今いるこの部屋に連れて来られた。
そして既にそこにいた勇者と仲間達らしい人々に囲まれ、ジロジロと上から下まで見られながら、自分の人物批評をされているのである。
私の顔の上には、RPGゲームでお馴染みの、ステータスと呼ばれる能力一覧表がある。
「なあ、この子……普通の女の子、だよなぁ?」
「そうよね、能力も至って普通だし……何で仲間として召喚されたのかしら?」
「召喚陣の誤作動じゃないか? 何人も召喚し過ぎておかしくなったのかもしれない」
「確かに、その可能性はあるな! 能力値がこうも普通では使えんし、この容姿と体では勇者殿の夜の役に立つにも役不足だろうからな! がっはっはっ!」
「唯一変わっていると言えば、特殊能力の透明化っていうのだけど……何かしらこれ? 透明になれるの? でも……それが何?」
「う~ん……この子は、いらないだろう」
勇者と仲間達は、私とステータスを見ながらしきりに首を傾げて意見を述べていく。
そして最後に勇者が放った言葉に、全員が頷いた。
どうやら結論が出たらしいと踏んで、これまで黙って成り行きを見守っていた私は口を開く。
「あの~……それじゃあ、私はお仲間には不要という事みたいですし……元の世界に、帰して貰えませんか?」
「ん? それは、できないぞ?」
「へっ?」
「異世界からの召喚は一方通行だからね。来る事はできても帰る事はできない」
「君は異世界組だったのね。可哀想に。ごめんなさいね?」
おずおずと遠慮がちに告げた問いに平然と、そしてきっぱりと告げられた答えは、信じたくないものだった。
帰れない?
「え……あ、あの……じゃあ、私……どうなるんです……?」
ここは異世界。
親も兄弟も友達も、知っている人は誰もいない。
魔王がいる剣と魔法のファンタジー世界なんて、フィクションの中でしか馴染みがない。
そんな所に未成年の女の子が一人で……どうやって、生きていくの?
再びの私の問いに、今度は答える人はいなかった。
『う~ん?』と唸って腕を組み首を傾げる勇者に、顔を見合わせる仲間達。
我関せずと顔を逸らしている人もいる。
その様子に不安が恐怖となり、私の目に涙が込み上げてきて、それが溢れ出しそうになった時、カツン、と靴音がした。
音がしたほうを見ると、金髪碧眼の美しい青年が立っている。
こんな人がいた事に気づかず驚いたが、どうやら青年は部屋の隅にいて、勇者と仲間達の壁に囲まれていた私からは死角になっていたらしい。
「勇者様、皆様。その少女、本当に不要なのですか? ならば、元の世界には帰せない事ですし、部下として私が戴こうかと思いますが、よろしいでしょうか? ……一度戴いたならお返しはできませんが、それでも?」
「あっ、はい! 別に構いません!」
「王太子殿下が引き取って下さるんですね、ありがとうございます」
「まあ、殿下はお優しいんですのね。さすがですわ」
「ですな! 部下にしても何かの役に立つとも思えませんのに! それこそ夜の役にもな、がっはっはっ!」
美しい青年、王太子殿下の問いに勇者含む全員が二つ返事で頷いた。
どうやら私は王太子殿下の部下にされるらしい。
今後どんな仕事をさせられるのかという不安は残るけど、異世界に一人放り出されるよりは何倍もマシだろう、良かった。
……でも、ひとつ言わせて貰うなら。
戦士のおっさん!
あんたさっきから下品なんだよ!!
「……ふ。……ありがとうございます。では、お嬢さん? 私と一緒に来て戴けますか?」
「えっ? あ……はい」
戦士のおっさんを睨みつけていると、王太子殿下が近づいてきて、そう問いかけられた。
けれど聞かれたところで、私に選択の余地などない。
こくりと頷くと、『では行きましょう』と、そのまま部屋から連れ出された。
共に廊下へと出て、扉が閉まる。
私は先を歩く王太子殿下に、俯きがちにただついて行く。
「……あれが、救世の英雄となる勇者とその仲間達、か。……随分と、先が楽しみな事だな」
ふいに、王太子殿下がそうぽつりと呟く。
楽しみと言いつつどこか皮肉げな声色のそれに違和感を感じて、私は無言のまま首を傾げた。