ミステリー作家の絵本
それから数時間が経ち、日が傾きかけて光線がオレンジ色に装いを変えた頃。
男の子はすっかり作家に心を許し、色々な質問をしていた。
賢者様の名前は何て言うのか、どんな遊びが好きか、なにを食べて過ごしているのか。
作家はうっとうしく思い、至って不真面目に答えていた。
「俺の名前は白川だ。ポテチを食って生きてる」
「ポテチってなに?」
「じゃがいもを薄くスライスして、油であげて塩ふったやつだよ」
「じゃがいもってなに?」
「じゃがいもも知らないのか?」
「うん」
子供すぎて知らないのだろうと最初は思ったが、しばらくして、この世界にじゃがいもはないのだと思い当たった。
男の子がしきりに食べてみたいと言ったが、作家はそれを適当にあしらった。
「それじゃ、シラカワの好きな遊びはなに?」
「俺は大人だから遊んだりしないよ」
「ええー、遊ばないならなにしてるの?」
「働いてるんだよ。俺は本を書いてる」
「それって遊びじゃないの?」
猫は少し考えて、確かにそうだと頷いた。
子供は得意げな顔で、猫を見下ろす。
「やっぱり遊びなんだ。僕も、読むのも書くのも好き」
「お前、なんか書いてるのか?」
「うん。「ぼうしをかぶったねこ」ってタイトルなんだよ!」
作家は驚いて、自分の尻尾を踏んで転んでしまった。
少年が口にしたタイトルは、作家が書いた絵本とまったく同じものなのだ。
さらに話を聞くと、内容も似かよっている点がいくつもある。
こんなガキと同じ発想なのかと、作家は自分が情けなくなった。
「バカみたいだが、俺も同じタイトルで本を書いたことがあるよ」
「本当!?」
「まぁな。内容もかなり似てる」
「本当に本当?」
「嘘なんかつくわけないだろ」
「ねぇ、シラカワが作った本の内容も聞かせて!」
作家は困って、お前のとほとんど同じだと告げたが、少年は納得しなかった。
子供特有のしつこさで、猫の尻尾をつかんだり、地面に寝転がってわめいたり、手がつけられない。
仕方なく、作家は自分の絵本のストーリーを語りだした。
「ひとりぼっちの猫がな、街を歩いてるんだよ」
少年は作家のそばでしゃがんで、整った目をキラキラさせながら、絵本の話に聞き入った。