少年の思い
しばらく歩くと、見渡す限り柔らかい黄緑色の、広い草原につきあたった。
白や黄色の花ももまばらに咲いていて、男の子は一本手にとって花びらをいじり始めた。
そして二人でふかふかの草の上に腰を下ろす。
「さて、なにがあったのか教えてくれ」
男の子は花を地面に置いて、ためらいながらゆっくりと話し始めた。
「僕のお母さんはキレイでかわいいんだ。
だから、お父さんもお父さんの友達も、みんなお母さんが大好きなんだよ。
お父さんなんか僕と話をするときも、いつもお母さんの話をするの。
それでも僕が小さい頃はまだ構ってくれたんだけど、最近は口もきいてくれなくて。
だから、お母さんみたいに可愛くなればいいのかなって思って、魔女に頼みに行ったんだ」
作家は腕を組んでうなった。
どうにもうかつに口を出せる状況ではなさそうだ。
作家はなんとか話をまとめようと、少年に名前をたずねた。
「ペンタ」と答える男の子に、作家は慎重にたずねる。
「ペンタ。この世界に、他に魔女はいないのか?」
「たぶんいると思う。アーバルノの魔女っていう有名な人がいるはずだよ」
「そいつは頭がどうかしてたりしないか?」
「うん、たぶん良い人」
「たぶん、ばっかだな」
作家は頬をツメでかきながら、少年の方を向かずに言った。
「行ってみるのもいいかもな。その魔女のところへ」
「でも、アーバルノまでは一人じゃいけないよ……」
察しが悪い子供に腹をたてながら、猫は振り返った。
「俺も一緒に行ってやるよ。お前には首輪外してもらったしな」
「本当!?」
「ああ、決まったらさっさと行くぞ。
そのアーバルノまではどのくらいかかるんだ?」
「馬車なら3時間あればたどり着くって、前にお父さんが言ってた。
でも、賢者様なら魔法で行けるよね?」
作家は気難しそうに大きくセキをして、子供を睨み付けた。
子供はまたおどおどして、作家の様子を伺っている。
猫はもっともらしく、尻尾をゆらしながら子供に言った。
「そう簡単に魔法は使えないんだよ。なんせ、あの魔女に、こんな姿にされてるからな」
「えっ!賢者様ってみんな猫なんじゃないの?」
「なんだと?」
「だって、賢者様って喋る猫のことをいうんでしょ?」
作家は自分が墓穴を掘ったらしいことに気がついた。
こんな訳の分からない世界で、一人置いてきぼりにされるのは困る。
そう思って少年を仲間にすることにしたのに、思わぬ壁にぶつかってしまった。
作家は落ち着きを払って、威厳のあるように髭をゆらした。
なにかそれらしいことを言うことにしたのだ。
「まぁ、猫の姿にされたという意味ではない。俺は喋る猫の中でも、虹色の毛をもつ猫でね。
賢者の中でも位が高いんだ」
「へぇ!」
男の子は大きな目を輝きで満たし、尊敬のまなざしでこちらを見ている。
猫は得意になって続けた。
「しかし今はこんな低級の賢者にされてしまい、魔法もうまく使えないんだ。
だから、道中はお前を知識で助けてやろう」
「すごい、すごい!ありがとう!」
こんなもんかな、と作家は含み笑いをして子供の顔を見上げた。
少年はなんの迷いもなく、純粋に猫を信頼している。
これで一安心だ。旅の連れがガキなのは面倒も多いが、賢者と子供の二人組は手厚く扱われるだろう。
文句は言えない。
しかも、少年は用意のいいことに、家から金を持ち出して袋につめていた。
その資金をあてに、二人は早速出発することにした。
「さて、さっさと行くぞ。アーバルノはどっちなんだ?」
「たぶんあっち」
少年は北の方を指さした。
猫はそれに従って、男の子と歩きだす。
二つの太陽が高く上り、二人の旅路を温かく照していた。