魔法の砂
「そういえば、サハイとかの正体は分かったけど、アーバルノの魔女の正体だけは分かんなかったね」
あの日から時が経ち、親子の会話はいつもの調子で始まった。
一緒にその話を聞いている設楽は、今だに不思議そうな顔をして、健太のことを見つめる。
白川はそんな親友をお構いなしに、息子との会話を続けた。
「そうだなぁ。サハイさんは佐原先生だったし、サルマとタセリはあの婆さんの娘夫婦だろ?
婆さん自体はツルンブルの魔女だったし、アサミはお前の母さんだし、トトは設楽んちの駄犬だし」
「おい、トトちゃんのどこが駄犬なんだよ。あんなに賢い犬は他にいないぞ」
「俺は三回もあの犬に噛まれたよ」
「ほら、名犬じゃないか」
飄々と言い放つ設楽の隣で、健太は笑いながら首をかしげた。
「でも、やっぱりアーバルノの魔女だけは謎なんだよね」
「そうだなぁ、不思議だなぁ」
実を言うと、本当は白川には魔女の正体が分かっていた。
あの佐原先生につきまとっている看護師を見かけたことがあるのだ。
医師の前でだけは高い声を出し、明かにぶりっこをして、佐原先生を困らせていた。
こんな話は健太が大人になってから話そう。
白川はそう心に決めていた。
そんな白川に、健太は元気な声で話しかける。
「ねぇねぇ、シラカワ。僕今日も夢を見たんだよ!
そうしたらサハイが街に戻って神父になってた!」
「それは良かった。俺もずっと心配だったんだよ」
「へぇー、あのサハイがねぇ。あんなに悪ガキだったやつが神父になるとは」
「えっ!シタラもサハイのこと知ってるの?」
「まぁな。一緒に蟻の巣水攻めにした仲だ」
健太はおかしそうに笑って、設楽にしがみついた。
目を覚ましてからも、健太はちょくちょく向こうの世界の夢を見るらしく、白川と健太はよくその話をしていた。
そこでなぜか対抗心を燃やしたのが、白川の親友で健太のおじの、この男だった。
いつも変なことを言って二人の間に入り込み、健太を明るく笑わせていた。
しかし、そうなるとやはりシャクなので、白川は設楽から健太を奪い返した。
「じゃあ、そろそろ幼稚園に行こうか。設楽はお留守番な」
「シタラ、勝手に僕のお菓子食べちゃダメだよ」
「食べないよ。健太のお菓子はね」
「お前そんなこと言ってるから腹が突っ張ってくるんだよ。女にモテないぞ」
「バカッ、子供の前で変なこと言うなよ」
「僕も、シタラは痩せた方がいいと思うよ」
「……はい」
白川のアパートに設楽を残し、二人は幼稚園へ行くために、桃の花が咲く遊歩道を通った。
健太はこの道を歩くと、いつも嬉しそうに花の香りを胸一杯に吸い込んでいる。
設楽が絵本の制作を依頼してきてから、ちょうど一年くらいが経ったのだと、白川は桃の花を見つめていた。
あのとき妻と見た花と同じくらい、この道は色鮮やかだ。
「ねぇ、シラカワ。僕ちょっと気になることがあるんだ」
「どうした?」
「あのさ……サハイが夢の中で言ったんだ。
もう私たちに頼らなくても、頑張れますねって。
健太君が学校で沢山お友だちが出来るように、おまじないをかけてあげますって笑ってたの」
「おまじないって、どんな?」
「あのね……えっとね……」
健太は口ごもって、照れ臭そうに笑った。
「なんだよ。どうしたんだ」
「あのねー、これで健太くんは、シラカワのことをお父さんって呼べますって言ってた」
「えぇっ!本当に?じゃあ、試しに呼んでみるか?」
「やだよー、恥ずかしいもん。シラカワの誕生日なら呼んでみてもいいけど」
「誕生日じゃなくちゃダメか?」
「うーん、なんか良いことがあった日ならいいよ。
なんかお祝いする日とか」
すると白川は得意気に健太へ言った。
「健太、今日はシラカワにとって、記念すべき日なんだぞ」
「なんで?」
「俺が描いた絵本の続きが、すっごい賞をとったんだ!」
「えぇー!」
設楽が白川のアパートに来ていたのは、一緒に受賞を祝うためだった。
近い内にパーティも開かれて、白川は大々的に表彰されることになっている。
それを聞いて健太は喜んだが、なんとなく元気がなくなっていった。
「なんだよ、お腹でも痛いのか?」
「そうじゃないけどさ……その……」
ごにょごにょっと口の中で声を響かせて、健太はなにかを言った。
白川は聞き取れずに、健太に耳を寄せる。
「なんだ?もう一度言ってみ?」
「あのね……お父さん良かったねって言ったの!!」
耳元で大声を出されたので、白川は驚いてしりもちをついた。
健太はいたずらっ子のように笑って、通りを駆けていく。
白川はやっと健太の言葉が聞き取れて、親バカ特有の力が抜けた笑みを浮かべた。
そして、健太のあとを追いかけていって、健太を後ろから抱っこした。
「なぁー、もっかい言って!お願いだから!」
「もうヤダよ!シラカワのバカ!」
「なんだよ、ケチだな。健太のアホ」
「シラカワはもっとアホ!」
「じゃあ、健太は俺と同じくらいアホ!」
二人は元気よく笑いながら、桃の花の下を駆け抜けた。
健太はこの一年で、奇跡的に他の子供に追い付いて、他の子と同じ時期に小学校へ入学出来ることになった。
それでもまだまだ不安は多いが、この子と一緒なら、どんな苦難も乗りきれるだろう。
白川はそう確信して、健太の幼い手を握っていた。
「今日は帰ったら、設楽と一緒にポテチパーティをやろう。
そんで、今度の本物のパーティにもついてきてくれるよな?」
「なにに乗って行くの?」
「おまちかねの飛行機だよ!」
「やったー!!」
二人はハイタッチして、遊歩道を歩いた。
朝からテンションの高い親子を、町の人も微笑ましく見守っている。
そのとき、ジャンプして喜ぶ健太のポケットから、なにかが転がり落ちた。
「なんだこれ」
白川が拾い上げようとすると、それより先に健太が拾い上げて、手の中に隠してしまった。
「なんか変なもの隠してるな?」
「変じゃないよ。これはアサミがシラカワと結婚した理由のもと」
「な、なんだと?なんなのか見せろ!」
「やだよー。お父さんには秘密だって、お母さんと夢の中で約束したんだもん」
健太は白川の追求をかわし、楽しそうに笑いながら逃げ回った。
白川はなんとか健太の手の中を見ようとしたが、笑ってしまって追い付けない。
健太の手が揺れる度に、缶の内側に砂の粒が当たるような、シャラシャラと綺麗な音が響いた。
終わり




