サハイの魔法
ひと騒動が去って、シラカワはさっきと同じベッドに寝かされていた。
そばにはサハイと、その妹と、ペンタが座っている。
窓の外の空気はすでにひんやりとし始めて、風が暗い顔をする彼らの頬を撫でていった。
その中でも特に悲痛な表情をしたサハイが、シラカワに深く頭を下げた。
「こんなことに巻き込んでしまって、本当に申し訳ありません」
「いえ……みんな無事なんですから、そう気にしないで下さいよ」
普段はひねくれたシラカワだが、なぜかサハイにはするりと敬語が出た。
長い付き合いの信頼できる人物といった印象を、なんとなく感じている。
サハイはそれに答えるように、親しみやすく穏やかに話した。
「シラカワさんやペンタ君にはせめて、詳しいいきさつをお話ししようと思うのですが、聞いていただけますか?」
「ええ、是非聞かせてください」
「僕も聞きたい」
サハイの妹も目で応じ、三人ともサハイの話に耳を傾けた。
薄い唇をためらいがちに開き、サハイは静かに語り始める。
「私はある疑いをかけられて、アーバルノの牢屋へ入れられていました。
そして、国の尊厳を侮辱した犯罪者として、死刑宣告を受けました。
私は牢屋の中で孤独にその時を待っていましたが、ある時突然、夜の闇に紛れて姫がやってきたのです」
「あなたを陥れた、この国の姫ですね」
「……シラカワさんもご存じでしたか。
姫はまだ私に好意を寄せていたらしく、私の死刑をとりやめて、城に住まわせてやるといいました。
しかし、それは人としてではなく、飼い犬を手なずけようとしているような、そんな口ぶりでした。
私は断ろうとしたのですが……妹の顔が頭をよぎりました」
サハイは一段と苦しげな顔をして、懺悔をするように言葉を吐き出した。
「妹を逃走の理由にするのも、姫に屈して生き延びるのも、神に仕える身として間違っていると思いました。
ですが、私はその時、神への信仰より私欲を選んだのです。
どうしても、もう一度だけでいいから妹に会いたかった。
それに、妹に犯罪者の身内という烙印を、背負わせ続けたくはありませんでした」
「それは仕方ないよ。僕だってシラカワが酷い目にあうのはやだし、やっぱり会いたいって思うよ」
「そうだね……でも、私はそれ以上に心の悩みを抱える日々を過ごすことになりました。
姫は牢獄からの脱走を手引きしましたが、私の疑いまで晴らしてくれることはなく、私は死刑になったと噂が広まりました。
きっと姫がアーバルノの役人を買収し、私の脱走をなかったことにしてしまったんだと思います。
妹はこれから一生苦しまなければいけないのだと、私は絶望しました。
さらに、姫の誘いに負けて、この手を悪事に染めたのです」
「どういうことですか?」
「私に魔法の素質があるのを姫は知っていて、私の力を国民を押さえつけるために使うよう指示しました。
海沿いの街や山の麓の街、小さなペルナの村にまで、私は呪いをかけたのです」
「なんですって!じゃあ、トトの騒ぎもアナタが?」
「ええ……村人たちの外部への不信感を高め、税を二重にとり、追い詰めてトトを食料にさせました。
姫はその全ての責任を王に擦り付けて、王位を奪おうとしていたのです。
たとえ私の魔法が暴かれてしまったとしても、裁かれるのは私だけですからね。
姫はまた同じ手で罪から逃れるでしょう。
それを知りながら、私は神学の書の代わりに毎日呪いの書を読み上げて、もう何年も呪いをかけ続けました。
そうしている内に私の呪いは強くなり、ついに姫を誤魔化せるまでになったのです」
「じゃあ、逃げ出すことができたの?」
「うん……一度はね。
でも、その時に君たちと会ったんだ」
サハイは言いづらそうにしながら、あいまいに笑った。
シラカワはその言葉の意味に気がついて、サハイがあとに続けやすいよう、冷静な声で言った。
「私たちを妹さんの家へ運んでしまったことで、姫に見つかってしまったんですね」
「ええ……しかし、それは覚悟の上でした。
私は今度こそ、死刑台に引き渡されると思っていましたが、そんなことは怖くはありません。
やっとこの生活に終止符が打てるのだと、むしろ心安らかにいました。
ですが、姫は私が思うより卑劣でした。
私と妹は恋仲であると、あらぬ疑いまでかけて、嫉妬の末に私に呪いをかけたのです。
妹をこの世から葬り去らなければ、私は呪いから解放されることはないと、姫は笑いました」
「クソヤローですね」
素直に気持ちを口にすると、サハイは困ったように笑った。
「ええ、そうですね。姫は恐ろしい方です。
しかし、私が神への信仰さえ捨てずに、自制心を持っていれば、姫に心まで支配されることもなかった。
全ては私の弱さが招いた結果です。
私はもう……神に祈る資格はありません」
「そんなことないよ。お兄ちゃんは賢者様を二回も救えたじゃない」
「二回目は私の祈りが通じた訳じゃないよ。
それに、最初にシラカワさんたちと出会ったときも、私はペンタ君を安心させるために、傷薬を塗ったフリをしただけだ。
もうずっと人を欺いてきたから、ペンタ君を騙せる自信くらいはあったからね……」
「待ってください」
シラカワは、はっきりとサハイに言い切った。
「私と出会ったとき、サハイさんは魔法をつかえていましたよ」
「えっ?」
頼りない顔で、サハイはシラカワを見た。
対照的に、シラカワの表情は自信に満ちている。
「私はサハイさんの手が輝いているのを見ました。
うっすらとした光でしたが、アナタは確かに私を救ってくれましたよ。
そのおかげで、次の日になったら傷が塞がっていたんです」
「そんな……まさか、ありえません」
「サハイさん、もう一度だけやってみて下さい。
あなたなら私の怪我を治せるはずです。
私はそう信じます」
「シラカワの言う通りだよ。サハイさん、やってみて。
僕も信じるから」
「お兄ちゃん!」
二人に揺さぶられて、間に挟まれたサハイは戸惑った。
何度もやんわりと断ったのだが、この部屋の者は誰一人譲らなかった。
少しばかりの時が過ぎ、サハイはようやく心を決める。
「分かりました。やってみます」
サハイは念を送るように広げた手のひらを見た。
そして、その手に思いを込めて指先を組み、静かに目を閉じる。
三人は固唾を飲んで、サハイの様子を見守った。
長い数秒が過ぎ、徐々に天井が光だして、その光がシラカワへ降り注いだ。
「サハイさん!」
シラカワは喜びを込めてサハイを呼んだ。
目を開いたサハイの視界に飛び込んだのは、シラカワを包み込む光の球体だった。
美しい装飾品のように、球体の中の光が乱反射して、輝くスノードームの中に微笑む猫がいるかのようだった。
「サハイさん。アナタの神様は、太っ腹なやつですね」
冗談めかして猫が言うと、サハイは大きく頷いてにこやかに笑った。
その目にはうっすらと涙が浮かび、見ているシラカワ達まで泣きそうになった。
シラカワ達の顔は温かい光に照らされて、みんな輝いていた。




