ケイがいない世界なんて、意味がないんだから
「っは、やっぱり風呂は極楽だ……」
「だからおっさんっぽいんだってば……」
私たちは今、クラウディアさんの屋敷のお風呂に入っている。
理由はもちろんあの巨大イソギンチャクが出したぬるぬるのあれを洗い流すためだ。
ぶっかけられた私はもちろんだけれど、その私を抱きかかえていたケイも、もちろんぬるぬるだった。
イソギンチャクはケイの一撃で倒した。
一撃の威力がすごすぎて、私はポカンと、開いた口が塞がらなかったけれど。
身体を動かしてすっきりしたのか、お風呂に入ってご満悦なのか、ケイの機嫌はすっかりよくなっていた。
「んー、しっかし疲れた。もうちょっと加減するべきだった」
ケイ曰く、あんなに全力で剣を振ったのは、全力疾走をしたみたいな疲れ方があるらしい。
私にはよくわからなかった。
「……私も戦えたら、ケイの気持ちがわかるのかな」
なんて呟いてみる。
ボソッとこぼしただけだったが、ケイにはバッチリ聞こえていたみたいだった。
「お前は、戦えなくてもいいよ」
足手まといだから、来るなっていうことだろうか。
なんだか、ケイが遠くに行ったみたいで悲しくなってくる。
「それって、私が邪魔だってこと?」
「そうじゃない、そうじゃないんだ」
ケイはそういうけれど、邪魔なんだと言っているようにしか聞こえなかった。
本当は、私にもわかっている。
私は、この身体になってから、本当に体力がなくなった。
剣も振るえなければ、薪割りだったりといった力仕事だって難しい。
魔法も使えない。
戦いに関することは、……何もできない。
「邪魔だなんて思ってない。けど、ああいった危険なところには来てほしくない。心配なんだよ。お前がいなくなったらと思うと、俺は……」
「そんなのは私だって同じだ。私の知らない間にケイがいなくなったらと思ったらどうなるか。ドラゴンの時だって、苦しかった。辛かった」
ケイがいなくなったら、私は生きていけるのだろうか。
衣食住だとか、金銭面という意味合いでは、余裕で生きていけるだろう。
アリュウスデルト王国で聖女をやっている限りは、国から助成金が出る。
それができなくても、リシティア皇国のクラウディアさんのところに転がり込んでも保護してもらえそうだ。
けれど、だけれど。
それは、ただ生きているだけだ。生きていけるだけだ。
そんなものに、きっと意味なんてない。
「ケイがいない世界なんて、意味がないんだから」
無意識にそんな言葉が口から出ていた。
男の時から見たら、信じられない言葉かもしれない。
そう言って、私は俯いた。
ちょっとだけ想像したケイのいない世界に、悲しくなってきてしまったから。
お風呂のお湯は暖かいのに、心がとても寒くなっている。
がたがたと身体が震える。
モンスターに襲われた時よりもずっと、怖い。
「……大丈夫。大丈夫だから」
ケイが後ろから抱きついてきた。
ケイの心臓の音が聞こえる。それだけで、安心する。
たったそれだけなのに。なんて単純なんだろうか。
「俺は、お前を置いてどこにもいかないから。だから、お前も俺を置いていくな。俺だって、お前がいない世界なんて考えられないから」
「うん……ケイ、あのね……」
なんか今なら好きって言えそうな気がする。
お互いに気持ちが通じ合っている気がするし、好きって言って告白したら恋人になれそう。
でも告白がお風呂で、お互い裸なのってどうなんだろう。
後から思い出したら、黒歴史とかにならないかな。
頭の中で、思考がグルグル。ぐるぐる、ぐるぐる。
あれ、なんだかボーッとして、視界もぐるぐるに……。
ケイがなんか叫んでる?
私はそのまま、意識を失った。
目がさめると、そよそよと風が当たる。
ふと横を見れば、エリザさんがぱたぱたとうちわを仰いでいた。
……クラウディアさんの和服といい、うちわだなんてまるで日本みたいな文化がある国だな。なんて思った。
「おや、目が覚めましたか?」
エリザさんが声をかけてきた。
「ん……ここは……」
「クラウディア皇女のお屋敷の客室ですわ。お風呂でのぼせたみたいなので、寝具を借りましたの」
よくよくみれば布団の上に寝かされていた。
だんだんと思い出してきた。
お風呂の中で、ぼーっとしてきたと思ったら、意識がなくなって、それで告……はく……。
顔が熱くなってきた。またのぼせてしまいそうだ。
そういえばケイは?
そう思ってエリザさんの方を見たら、そっちと指を指していた。
反対側を見ると、ケイの顔があった。すごく近い。
びっくりして大声が出そうになるけど、どうにか我慢した。
「ケイ様も、それは血相を変えて心配してましたわ。戦いの疲れもあって、今は寝ていますけれど」
戦いというには一瞬すぎてよくわからないけれど。
それでもやっぱり疲れていたんだなと思う。
すぅすぅと寝息を立てるその顔は、昔からよく知る親友の顔なんだけれど、どこかたくましくなっていて、頼り甲斐があって、それでいてちょっとかわいいともおもえる、男の顔つきだった。
人を好きになるってこういうことなのかな。
この寝顔を見ているだけで、どこか幸せな気持ちになれる。なぜか安心できる。
「こほん。あんまりにやにやしていると、ちょっと気持ち悪いですわよ?」
エリザさんにそう言われて正気に戻る。
これはあれだ、ケイが魅了してくるのがわるいんだ。
私は悪くないはずだ。うん、そうだ。そう思おう。
「はぁ、これじゃあまだまだ、キスには程遠そうですわね」
エリザさんはそういったが、それはまだ私にはハードルが高いように思う。
返事をしてやぶ蛇になるのも嫌だったので、私はもうしばらくケイの寝顔を見ていることに決めた。




