私はケイのところから、離れるつもりはないのだから
「うむ、驚かせたな。まぁ、なんだ。私がこのリシティア皇国の皇女をしている、クラウディア・リシティアだ。よろしく頼むよ。あぁ、皇女殿下だとか堅苦しいのは好きじゃないんだ、クラウディアと気軽に呼んでくれないか」
目の前のソファーに腰掛けるその女性、クラウディアさんはそう名乗った。
名前からは想像しがたいが、黒髪、和服のぱっと見日本人なその人は、よくよく見れば、白い肌に緑の瞳など、いかにもな異世界の人って感じだ。
その後ろには、これまた美人のメイドさんが控えている。ヒールの音はこの人の足音だったみたいだ。
クラウディアさんをよくよく見れば、未だに私に抱きつこうと隙を伺っているようだ。
エリザさんが目で牽制をする。
私はススっと後ろに引いたが、ケイに腕が当たった。ケイと目が合う。なんか恥ずかしくて、目を背けた。
「それで、その男は何なのかな?」
クラウディアさんはケイのことを毛嫌いするようにそう聞いてきた。
それに対しても、エリザさんが怖い顔をする。……すごく帰りたい。
「これは申し遅れました。立場で言えば、サツキのご主人様、でいいのか?ケイといいます。よろしくお願いしますよ」
「な、な、な、ご主人様……だって!?」
クラウディアさんがその言葉に憤慨していたけれど、私としては、ケイとの関係の方が、何かショックだった。
確かにケイの立ち位置ってそういうことになるかもしれないけれど、なんかもっとこう、大切な人、とか、大事な人、とかもっといい方ってものがあるんじゃないかなって。
別に付き合っているわけでもないし、結婚とかしたわけでもないし、未だに奴隷な訳ですし。
はぁ、と1つ溜息を吐いた。
エリザさんが、こちらの気持ちを察したかのように、微笑んでいた。それも溜息の原因の1つとなった。
その後に出てきたクラウディアさんの言葉に、私はさらに溜息を吐くことになる。
「なんてうらやま、じゃなくて、けしからん!その権利、金貨何枚で売ってくれる?」
なんと言うか、仮にも皇女の口から出てきていい言葉じゃないだろうに。
とりあえず、いてもたってもいられずに、私は手を上げて質問した。
「えーっと、クラウディアさんは、私を買ったとして、何をする気なのでしょうか」
「愛でる」
うわー。
変態の仲間だった。
私の周りには変態しかいないのか。
メイドさんからも、何か言ってやってほしい。そんな祈りを込めてメイドさんの方をチラリと見たが、何故か顔をポッと赤らめて目を背けられた。あ、この人もダメな人かもしれない。
「それは、まぁ、本気だがさておいてだね。聖女だという彼女の噂はかねがね聞いている。だからこそ我が国に来て欲しいというのが今回招いた目的だけど、一目見て確信したよ。これは是非手元に置いて愛でたいと。あのおっさん王の下にいるだなんて我慢ならないね。こんな美少女は我が国に居るべきだ。そう思わないかね!?」
後ろでメイドさんがうんうん頷いている。
どうしたものかと思案していれば、ケイがハッキリと答えた。
「どんな目的があろうが、サツキを売るなんてことはしない。もちろんサツキがこの国に居たいと言うならまた話は変わるけれど、そうじゃないなら、譲ったりはしない。なにより、サツキは手前のおもちゃじゃねぇ」
ケイは淡々と答えたが、その言葉にはどこか怒気を孕んでいたように感じた。
言葉通りなら私のために怒ってくれているのだろうか。
そうだとしたら、うん。嬉しいな。
ケイがこんなに言ってくれたから、私も私の気持ちを伝えよう。
「私は、アリュウスデルト王国に孤児の子どもたちを預かっている身なので、その子たちを置いていくような真似はできません。それに、ケイ以外がご主人様というのは考えられないので」
これが私の、この問答の回答だ。
その答えに対して、クラウディアさんは、
「ん、じゃあ、しょうがないね」
とあっさりと引き下がった。
拍子抜けするほどにあっさりだった。
「随分あっさりと引き下がるんですね。クラウディアさんにとって、自分で言うのもなんですけれど、私の価値って結構高そうに見えたんですけれど」
「いやねぇ、確かに喉から手が出るほど君は欲しいけどね。そこの彼がおっかないからね。引き際くらいは見極めてるつもりだよ。だから、その殺気はもう仕舞ってほしいな」
チッっと舌打ちを打って、ケイは足を組み直した。
そんなに怒ってたんだ。私がものみたいに扱われていたからかな。
「やれやれ、これでも一国の皇女なんだけれどね」
「あはは、それは、ケイを怒らせたのが悪いんじゃないかと」
「君もだけどね、やっぱり肩書きを持った人間は何か胆力のようなものが違うのかねぇ」
ククっと笑うクラウディアさん。
むすっとしているケイ、後エリザさん。
よくわかっていないで、大人しくお菓子を食べるリディア。
なかなかにカオスな状況だ。
「さて、本題に入ろうかな」
あ、まだ本題じゃなかったんだ。
そう思ったけれど、すぐに切り替えて、クラウディアさんの話を聞いた。
「まぁ、会ってみたかった。っていうのが本題の半分なんだけれど。もう半分は、聖女の名を我が国にも貸して頂きたいというものかな」
うーん?どういうことだろうか。
私がよくわからない顔をしていると、エリザさんが口を挟む。
「つまりは、聖女教会をリシティア皇国にも建てたいという事でしょうか」
「その通り。さすが第3王女、話が早いね。本当は名前だけじゃなくて、実際に聖女様がいれば尚良かったんだけどね」
なるほど、名前を貸すとはそういうことなのか。
はたしてそれはいいことなのだろうか。
「もちろん、我が国に置く教会の維持費は国から出す。なんだったらさらに教会全体に助成金もだしていい。聖女様が孤児の保護に精力的なようだし、併設して孤児院も建てよう。人員もこちらで厳選して用意する。どうだろうか」
何かいいことしかない話で、裏がありますよー。といわんばかりだ。
これは罠ですと書かれた看板のようにも見える。
さっきまでの茶番で信用させて、これを飲ませようとする罠なのだろうか。
すぐには返事が出来そうにない。
「少し、考えさせてもらってもいいですか」
「あぁ、もちろんだとも。それで、もう一つ、お願いしたいことがあってだね」
今度は一体なんなのだろうか。
「そこの英雄君にお願いしたいのだけれど」
どっちにしても、嫌な予感しかしない。




