キスってどんな味なのか、私はまだ知らないから
ケイとしばらく話していると、エリザさんが顔を覗かせた。
「そろそろ交代の時間ですわ」
結構時間経ってたんだなぁ。
なんだかケイも眠たそうだ。
「いや、エリザはまだ寝ててもいいぞ。俺が見張ってるし」
「しかし、」
「ケイ、無理はよくないよ」
エリザさんの言葉を遮って、私は言った。
ケイは明らかに無理してそうだし、まだまだ先は長いから、こんなところで無理されたら困る。
「ん……わかった。何かあったらすぐに起こせよ」
そう言って、ケイは馬車の屋根から飛び降りた。
降りてからこちらを見上げている。
「私、もうちょっとここにいるから」
ケイは了解と手を振って馬車へと戻っていった。
私は再び星空を見上げる。
満天の星空。大きく、綺麗な月。吸い込まれそうになるほどに、綺麗な夜だった。
エリザさんは横に座っている。
「ケイ様とは、たくさん話せましたか?」
「むぅ、わかっているくせに……」
最近ケイと話す時間が少ないと、愚痴をこぼしていたのは私だ。
それをエリザさんに聞いてもらってたんだから、わかっていて当然だった。
「えぇ、わかっていますわ。毎日のようにあんな惚気のような話を聞かされる身にもなってほしいものですわ」
「ま、毎日じゃないし……!」
うん、毎日なんか愚痴ってない……愚痴ってないはず……愚痴ってた?
「『ケイと話できない……』ってどれだけウブなのかしら。何回もやることはやってるんでしょう?お城でだって……」
「わー!わー!わー!」
「しー、皆さん起きちゃいますわ」
なんて恥ずかしいことを!
思い出したら顔が真っ赤になる。ケイのあれが私のあそこに……って、ああ!もう!
深呼吸深呼吸。すーはーすーはー。
よし。
「エリザさん?淑女がそんなこと言ったらダメですよ?」
自分が元男なことは棚に上げておきたい。
今は女ですし。
「はいはい、聖女様、わかりましたわ」
エリザさんはニヤニヤしながらそう返してきた。
なんか悔しい。けれど、別に私はエリザさんの弱みなんか……あ、あった。
「そうです。オークに襲われてた時みたいな、そんな感じの態度でいればいいんですよ」
「う、痛いところをついてきますわね」
やっとエリザさんに勝った!……あれ、なんの勝負だったっけ。そもそも勝負ではなかったとも思う。
その後もあれやこれやとエリザさんと話をした。
出会ったときのことや、これからのこと。孤児院のことや、リディアのことなんかも色々。
話しているとすっかり盛り上がってしまった。
女の子同士の会話ってずーっと話してられるな。男の時とは大違いだ。
「そういえばなんですが」
話を切って、エリザさんが言う。
「キスってどんな気持ちになるのかしら」
ん?んん?
エリザさんからそういった話を振ってくるのは珍しいな。どんな心境の変化があったのか。
「はっ!まさかケイのことが……」
「まさか。サツキちゃんの大切な人を取ったりだなんてそんなことはしませんわ。けど、好きな人のことを話すサツキちゃんは、とてもイキイキとしてますから、わたくしもそういった人ができたら、と思って」
ほっ……よかった。
エリザさんがケイのことを好きだと言ったらどうしようかと思っちゃった。
「それで、恋人同士というのは、キスをするものなのでしょう?それは、どういったものなのかな、と」
「ふふん、それは……」
あれ。
ちょっとまって。
「……サツキちゃん?」
「……私、キスされたことない」
よくよく思い返してみれば、ケイにされたときって、全部ドラゴンの血でおかしくなってる時ばっかりだ。
そもそも、告白されたわけでも、恋仲になったわけでもない。
ケイと私の関係って、ご主人様と奴隷?
そんな馬鹿な。
「キス、したことないんですの?」
「うん……」
そう考えると、すごく落ち込んできた。
かわいいかわいいとは言われるけれど、好きだとは言われたことはない。
でも、私も好きだとは言ってないから、それはお互い様かな。
だけど、私の勘違いだったらどうしよう。
私はもう、女の子として、ケイのことを異性として好きなんだけれど、ケイはそうじゃないかもしれない。
ケイは私のことを、今でも親友だと思ってるかもしれない。それは、私もケイのことは親友だと思っているけれど。
それ以上に。ケイの特別になりたい。ケイの恋人になりたい。
あわわ、自覚したら一気にドキドキしてきた。
自覚は前々からあったはずなんだけれど、ここまではっきりと自覚したのは初めてだと思う。
「サツキちゃん」
「ふぇ!?」
考えをまとめていたのに、急に話しかけられてびっくりした。
エリザさんは、真剣な眼差しでこちらを見ている。
「今回の皇国訪問。目標は、ケイ様とのキスです」
「えぇ!?」
何言い出してるんだろう、この第3王女様は。
そ、そりゃあ、ケイとキス、した……い、けど……。
うにゃぁぁ!恥ずかしい!想像したらすっごく恥ずかしい!
じたばたと頭を抱えて悶える私を、エリザさんはニヤニヤと見つめていた。
「どうにか、2人きりになれる時間を作りますから。そこでアタック!ですわ。キスしたら教えてくださいね」
「う、うん……」
あたまがふっとーする。
なんか恥ずかしい約束した気がするけど、そこまで頭が回らない。
「ふふっ。そろそろ寝たほうがいいんじゃないかしら」
「……うん、そうする」
エリザさんに馬車の屋根から降ろしてもらい、私は馬車へと戻っていった。
「それじゃあおやすみ、エリザさん」
「えぇ、良い夢を」
馬車に戻ると、サファイアは椅子に腰掛けたまま寝ていた。
床にはケイが、リディアを抱き枕のようにして寝ていた。
ちょっとむっとしてしまったけれど、年端もいかない子ども相手に嫉妬なんて、私はどうなってしまっているのだろうか。
なにせ女の子歴はリディアにすら劣っているから、感情をうまくコントロールできていないかもしれない。
だけど、そんな嫉妬もリディアの寝顔を見たら許せる気がした。
私はリディアを挟んで、川の字のようにケイの側で眠ることにした。
私は、ケイが好き。
まだ言葉にする勇気はないかもしれない。
だからまだ今日は、一緒に眠るくらいにしておきたい。
この話とはまったく関係ないですけれど、猫の下着流行ってるやつあるじゃないですか。
あれ、サツキちゃんに来てもらいたいと思う今日この頃。




