カレーとエリザの話
「おー、やってんなー」
カツン、カツンと木剣のぶつかり合う音。男の子が、見知った姫騎士に木剣を奮う。何度も何度も、姫騎士に一撃でも与えてやろうという、気概を感じる。
姫騎士は、その剣撃を受け止め、力を持って弾き飛ばす。
倒れた男の子の目の前に、剣先を向ける。
「ま、参りました」
「太刀筋は良かったですわ。勝ちたければ、まずは力をつけることからですわね」
その様子に、俺は悪いことを考える。
見渡せば、すぐそこに太めの木の枝があった。
その枝を片手に、屈伸をしてから、せーので駆け出す。
一瞬で間合いを詰め、枝を姫騎士に振り下ろす。
姫騎士は手に持った木剣で、受け止める。枝がポッキリと折れてしまった。
「あらら」
「ケイ様、不意打ちはやめていただきたいですわ」
「戦場じゃこんなことはよく起こることだ。よく覚えておけよ」
格好つけて、子どもたちに講釈を垂れてみた。
子どもたちはポカンとしていた。何が起きたかわからないという顔だ。
早すぎて見えなかったんだろうな。
1人のシスターだけは、憧れのような眼差しをこちらに向けている。いや、照れるね。
「サツキちゃんがお待ちしてますわ。中へどうぞ」
「ん、了解」
俺は手招きで、サフィとライルを呼んだ。
サフィはしずしずと歩いてきた。女の子がお姫様だ、と言っていた。エリザが微妙な顔をしたのを俺は見逃さなかった。
ライルが入ってくると、男の子たちがライルに群がってきた。
ちょくちょく顔を出しているらしく、何故か、妙に子どもに人気だった。
俺はそれを放っておいて、サフィと孤児院の中へ入っていった。
「おにーちゃん!」
リディアがトテトテと走ってきた。俺はそれを受け止め、抱きかかえた。
「リディア、いい子にしてたか?」
「うん!」
リディアがぎゅーっと抱きついてくる。
なんというか、自分の子どもができたらこんな感じなのだろうか。
「ケイ、いらっしゃい」
「おう、……それ、なんだかんだ似合ってるな」
サツキは照れ臭そうに笑った。
サツキが着ているのは、白を基調とした、厳かな修道服だ。夏仕様なのか、半袖になっている。それに、さっきまで料理をしていたのかエプロンをつけていた。
どこから用意したのか、おっさんが持ってきたのがこれだった。
聖女らしく、立派なものを着ていないと、ということらしい。
最初はサツキも、似合わないし自分にはもったいないからと首を振ったが、おっさんの押しと周りからの要望で、孤児院と教会にいる時だけ、これを着るようになった。
サツキは似合わないと思っているらしいけれど、透き通った銀髪と、白の修道服はすごいマッチしている。端的に言えば、かわいい。それにつきる。
「聖女や、夕餉はまだでありんす?」
せっかく聖女バージョンのサツキを堪能していたのに、ボケ老人みたいなことを言ってぶち壊しにしてくれるサフィ。
サツキもため息まじりに、
「今準備しているから、手を洗って、食堂で待ってて」
と言って、俺たちと入れ替わりに外へと出た。
エリザや、子どもたちを呼びに行ったのだろう。
俺はリディアを連れて、食堂で待つことにした。
しばらくすると、全員が食堂に集まった。
カレーのいい匂いが、部屋中に立ち込める。
皆、今か今かと待ちかねている。
サツキが代表で挨拶をする。
「じゃあ皆さん、いただきます」
いただきますの大合唱。ぱくぱくもぐもぐと食べる音があちこちから聞こえてくる。
どの世界でも、カレーは大人気なんだなぁとしみじみ思う。
俺も早速カレーをスプーンですくい、口へと運ぶ。
日本米と違って、米がべたつくけれど、カレーがそれ以上に美味い。
本当はもうちょっと辛口の方が好ましいけれど、子どもがたくさんいるから、そこまでわがままは言うまい。
「しかし、家畜の餌がこんなに美味しくなるだなんて、思ってもいませんでしたわ」
そうエリザが言う。
この世界の、というよりは、この国での米は家畜の餌なのだ。主食は主にパンを食べる。
精米技術がないので、籾殻の状態で、家畜の餌になるものを、サツキが安値で買い入れ、調理して食べられるようになった。
初めて米を見たときは感動したもんだ。
なにせずっとパンばっかりだったしな。俺は元々米派だったから、余計に嬉しくて泣きながら食った。
そう考えると、エリザにこれ食わせてるのって、なんか申し訳なくなるな。
あれで一応王族だし。王族に家畜の餌を食わせてるって、響きがすでにやばい。
まぁ、美味しそうに食べているから、いいか。
サフィはすでに、3回目のおかわりをしている。
ドラゴンだと知っている小柄のシスターが、泣きそうな顔で、せっせとおかわりをよそっていた。お前は反省とかそういったのはないのか。
というか、こいつよくここにこれるよなぁ。こいつの同胞が、この子らの親を殺したりもしただろうに。それに付き合っている俺も大概だが。
「わっちはそこまで、人の生き死にに興味はないでありんす。気に入ったものは別でありんすが」
とは、サフィの談。
人外、とくに高位のものとなると、そういうものなのかもしれない。
もちろん俺だって納得はいかないが、割り切らなくては、生きていけないのだ。
俺のことを気に入っているから大人しくしているが、なにか逆鱗に触れて、暴れ出そうものなら、その方がやっかいだ。
飯食わせとけば大人しくしているなら、その方がずっといい。
カレーを食べ終わり、腹やすめをしていると、エリザが話を切り出してきた。
「サツキちゃんとケイ様がそろっているので、今話したいと思うのですが」
あんまりいい予感がしない。こいつが何か言い出すときはロクでもないことばかりだ。
「隣国、リシティア皇国の皇女殿下から、聖女に会いたいと打診が来ているのです」
やっぱり、ロクでもない話になりそうだ。
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